第11話 魔法使い、大神殿に赴く
「お久しぶりです。お元気そうで良かった!」
社会見学の第一弾として選ばれた大神殿でふたりを出迎えたリゼは、すこしの後ろめたさも見せずにそう言った。
「死ぬかと思ったけどな」
「でも、うまくいったじゃないですか。王宮にも神殿にも、ヴェドニカからは勇者パーティーへの謝辞しか届いていないと聞きますし」
リゼは少しも悪びれずに笑い、「ヒースくんも、変わりないようで何よりです」とヒースに視線を向ける。
「見学希望と聞きましたが、就職先探しですか? 大歓迎ですよ!」
「違うってわかってるだろ。その名の通りの社会勉強だよ。僕の村には小さい神殿しかなかったし、師匠は何も教えてくれなかったから、神のことはよく知らないんだ」
「なるほどなるほど。では、案内しつつ説明しましょうか」
二人を中へと案内しながら、リゼは、慣れた口調で説明をはじめた。
「リアムは知っていると思いますが……エルセリニアはそもそも、南の大陸からの移住者が築いた国です。建国者たる王に啓示を与えたのが、我らが神エルセ。エルセは王にこの島を目指すよう伝え、王が各地の竜や精霊と契約するのを助けました。ゆえに、この大神殿では、大神エルセを祀っています。ヒースくんにも少し話しましたが、恋愛の加護があるのは、エルセは仲を取り持つ神のためなんですね」
神殿へ続く道は参拝者で賑わっており、厳かながらもどこか和やかな雰囲気が漂っている。
大きな扉は広く開かれており、中に入ると、最奥に大きな像が座しているのが見え──その威容に、ヒースは目を見開いた。
人ではない。
それは、巨大な『竜』だった。ヴェドニカに出るような『小竜』とはまた異なる、見るものを畏怖させるに足る美しい翼と、精悍な容貌を持つ、聖なる竜。ヒースはいっとき息を止めた。
(……どうして)
はじめて見る。
そもそもヒースは、エルセリニアの神話をさわりしか知らない。だから知らなかった。エルセが、竜の姿をしていたことさえ。
なのに。
(どうしてこんなに、《《懐かしい》》ような気がするんだ……?)
手が、無意識に、手にしていた杖を縋るように握る。何も知らないのに、よく知っているような気がする。──どうして? 混乱するヒースの耳に、リゼの語りの続きが届く。
「エルセの像がある神殿は、実は、さほど多くはありません。なぜなら、地方では、その契約した精霊を祀ることが多いからですね。北では『原初の古竜』、西では『海竜アズロ』、南では『海の精セイレン』、そして更に小さな地域を守る精霊たちがそれぞれ祀られ、エルセは添え物のようになっていることも多いんです」
何も考えられないまま、ヒースはほとんど自動的に答える。
「そうなんだ。……『原初の古竜』も、聞いたことがないけど」
「そうなんですか? ヒースくんが住んでいた北の霊峰エーデは、王と最初に契約を交わした古竜が、瘴気から国を守る結界の要として選んだ地とされているんですが……その山に住んでいたヒースくんが、エルセ神の教えも古竜のことも全く知らないというのは……正直、かなり忸怩たる思いですね」
リゼは一度言葉を止めて、呆然とエルセの像を見上げているヒースに首を傾げた。
「……とはいえ。さすがのヒースくんも驚く素晴らしさでしょう?」
「素晴らしさ、というか。知らなかったから。……神って、竜だったんだ?」
「と、言われています。……我らが神をはじめとする古の竜は、いわゆる魔物の竜とは全く異なる存在とされていますが、その詳細はほとんど失われてしまいました。この石像も、どれほど本来の姿を表しているものか……。……でも、それでも」
リゼは厳かな表情で石像を見上げ、祈りの形に指を組んだ。
「我々が生きているのは……エルセリニアが変わらずあり続けられるのは、我々を瘴気から守ってくださる神と竜、そして精霊のおかげです。そうであることを、ヴェドニカに行って痛感しました」
「……そうだね」
ヒースは頷いた。まだ思考がふわふわとして、考えるべきことを考えられていないような気がする。今語られていることは、なんだかとても大事なことである気がするのに。
「……北の霊峰の古竜、か。帰ったら師匠に聞いてみるよ。師匠がどれぐらいあそこに住んでいるのか知らないけど、もしかしたら、面識があるかもしれないから」
「ふふ、そのときはぜひ、お話を聞かせてくださいね。……せっかくですし、司教様にも顔を通しておきますか」
リゼはくるりと体を翻らせて、ヒースたちを先導する。ヒースがそれに続こうとしたところで──ふと、大神殿の入口、広く開かれた扉の辺りが、大きくざわめくのが聞こえた。
「聖女様、……だれか、だれか、助けて下さい……!!」




