第10話 魔法使い、勇者の客人となる
勇者パーティーが、魔王城から命からがら逃げ出したその、二週間後。
「……ひどい目にあった」
瘴気酔いの後遺症でげっそりとしたリアムに、ヒースは「文句ならリゼに言ってよ」と唇を尖らせた。
「本当に瘴気酔いなのかは、体内の濃度を測られてしまえばすぐに嘘だとわかる。演技で済ませるわけにはいかなかったんだよ」
「わかってるよ。それはいい。……そうじゃなくて」
「ああ」
ぽん、とヒースは手を打った。
「魔王の方? ずいぶん情熱的だったけど」
戦闘のあとは気分が高揚しやすいし、その興奮を誤認しやすい。そういう傾向はある。けれども、あの距離でもヒースの目に映る魔王は明らかに恋に浮かされていたし、目の前にいた当事者たるリアムはもっと強くそれを感じただろう。
けれども。
「……まあ、結構ショック受けた顔してたし、流石に理解したんじゃないの」
「理解?」
「住む世界の違いというか」
リアムはヒースやリゼとは異なり、浄化の魔法を身につけていない。そのうえ、彼の魔力はすでに剣技に特化したものになっているから、これから身につけることも難しいだろう。
それはつまり、リアムがヴェドニカに住むことは不可能であるということだ。リアムを安心させるつもりで言った言葉に、けれどもリアムは、軽く眉を寄せて沈黙した。そうして、少し考えた後に言う。
「そう言われても、とても安心できないな。……ヒース、お前、しばらく王都に残る気はないか?」
「え?」
「あれを追い返せるのはお前ぐらいだろ。俺の護衛を頼みたい」
リアムの提案に、ヒースは目を瞬いた。
リアムはあのとき、一瞬、魔王のほうを見ていたようだった。その魔王が、よほどひどい顔を──リアムを絶対に手放さなさそうに見える顔でもしていたんだろうか。だから、ヒースの言葉が信用できないのかもしれない。そして同時に、『渡りに船だ』とも思う。
ヒースは、まだ、北の霊峰には帰れない。王都にいる口実はあればあるほどいいのだ。
「別にいいけど……でも、リアムって、騎士団の実力者なんだよね。だから勇者に選ばれたんでしょ?」
「まあな。とはいえ、『勇者』なんて王族やら嫡子やら、本当に立場のあるものがつく役目じゃない。そういうもの以外の中で、だ」
「別に謙遜しなくていいよ、リアムが強いのは知ってるから。じゃなくてさ、それだけ強いのに護衛って、無理がない? その、対外的にさ」
「ああ。そこは、護衛じゃなくて、『勇者パーティーの仲間を暫く家に住まわせて社会見学させてやってる』って体にするから。実際お前、社会見学もしたいだろ? どこでも案内してやるぞ」
「ああ、それならいい……っていうか、僕にしか得がないぐらいなんだけど」
宿が得られるなら願ったりかなったりだし、伯爵家の三男であり騎士団所属の『勇者』という絶対的信用のある肩書だらけのリアムの仲介で王都を見て回れるのは、ありがたいという言葉では言い表せない。「リアムがいいなら」と、ヒースは軽く頷いた。
「どのみち、しばらく王都にはいるつもりだったし。わかったよ。もしあの男が来たら追い払ってあげる」
「……ああ。頼んだ」
リアムが手を差し出し、ヒースはその手をぎゅっと握った。そうして契約は成立し、ヒースはリアムの客人として、しばらく王都に滞在することになったのだった。




