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8話 変な依頼と変な予感

 次の日、ナオとリュウはギルドの掲示板の前に立っていた。


 昨日は角ウサギの討伐を終えて、食堂で飯を食べて、そのまま宿に戻った。


 カジノには行かなかった。


 リュウは何度か行きたそうな顔をしていたけど、結局行かなかった。


 それだけでも、少し成長したのかもしれない。


「今日は何にする?」

 リュウが掲示板を見ながら言った。


「無理なく稼げるやつがいいな」


「それ、毎回言ってないか?」


「大事だろ」


「まあな」


 掲示板にはいくつかの依頼が貼られている。


 薬草採取。


 荷運び。


 角ウサギ討伐。


 壊れた柵の修理手伝い。


 迷子の飼い鳥探し。


 どれもFランクで受けられる依頼だった。


 ナオは腕を組んで考える。


 ゴブリン討伐の時みたいに大きく稼げる依頼は、毎回あるわけではない。


 地味な依頼をこなして、少しずつエルを貯める。


 たぶん、それが普通の冒険者の生活なのだろう。


「飼い鳥探しってなんだ?」

 リュウが依頼書を指さした。


「そのままだろ」


「鳥探してエルもらえるのか?」


「もらえるみたいだな」


「楽そうじゃない?」


「そういう依頼ほど変なことになる気がする」


「偏見だろ」


 その時、受付の方からミーが小走りでやって来た。


 耳がぴこぴこ揺れている。


「あ、ナオ、リュウさん、おはようございますです」


「おはよう、ミー」

 ナオが言うと、ミーはにこっと笑った。


「今日は依頼選びですか?」


「そう、何かおすすめある?」


「おすすめですか?えっと、楽なのと、普通なのと、ちょっと変なのがあります」


「ちょっと変なのって何?」

 リュウがすぐに食いついた。


 ミーは胸を張って、掲示板の端に貼られた依頼書を指さした。


「これです、逃げた光トカゲの捕獲です」


「光トカゲ?」


 ナオは依頼書を見る。


 内容はこうだった。


 町の東側にある小さな畑で、魔力を帯びた光トカゲが数匹逃げた。


 畑を荒らすわけではないが、夜になると光って目立つ。


 近所の子どもが追いかけて危ないので捕まえてほしい。


 報酬はそこそこ。


 危険度は低め。


 ただし、すばしっこい。


「トカゲ捕まえるだけか」

 リュウが言った。


「だけって言うと簡単そうですけど、かなり速いらしいです」


「俺向きだな」


「リュウさん、速いですもんね」


「だろ?」


「でも、勢いで畑を壊しそうです」


「信用ないな」


「ありますよ、ちょっと」


「ちょっとかよ」


 ミーは悪気なく笑っている。


 いじっているというより、思ったことがそのまま出ている感じだった。


 リュウは少し複雑そうな顔をした。


 ナオは依頼書をもう一度見る。


「危険度が低いなら、これでいいか」


「だな、たまには討伐以外もやろうぜ」


「トカゲ相手に剣は使いづらそうだけどな」


「速さで勝つ」


「畑は壊すなよ」


「それは努力する」


「努力じゃなくて確定で頼む」


 ナオが依頼書をはがして受付に持っていくと、ミーが手続きをしてくれた。


「じゃあ、東の畑に行ってください、依頼主さんはロダンさんって人です、たぶん麦わら帽子をかぶってます」


「たぶん?」


「いつもかぶってるので、今日もかぶってると思います」


「雑だな」


「でもだいたい合ってます」

 ミーは自信ありげにうなずいた。


「光トカゲは噛むことはほとんどないらしいですけど……捕まえようとすると光って逃げます、あと、びっくりするとぴかーってなります」


「ぴかーって」


「ぴかーです」

 ミーは両手を広げた。


 ナオとリュウは顔を見合わせた。


「まあ、行ってみるか」


「だな」

 2人はギルドを出て、東の畑へ向かった。


 町の東側は、南門の草原とは少し雰囲気が違った。


 畑が広がり、野菜や穀物が並んでいる。


 土の匂いが強い。


 遠くでは農作業をしている人たちが見えた。


「あれじゃないか?」

 リュウが指さす。


 畑の端に、麦わら帽子をかぶった男が立っていた。


 ミーの説明は意外と当たっていた。


「ロダンさんですか?」

 ナオが声をかけると、男は顔を上げた。


「おう、ギルドの人か?」


「はい、光トカゲの依頼で来ました」


「助かったよ、夜になるとぴかぴか光ってな、子どもが面白がって追いかけるんだ」


「危ないんですか?」


「トカゲ自体は弱いんだが、とにかく速い、それに畑に入られると作物が折れる」

 ロダンは畑の奥を指さした。


「今はあの辺にいるはずだ、昼間は草の陰に隠れてる」


「何匹ですか?」


「3匹だな、できれば生け捕りで頼む」


「分かりました」

 ナオはうなずいた。


 リュウは軽く腕を回す。


「速いなら俺の出番だな」


「だから畑壊すなよ」


「分かってるって」


 2人は畑の端を歩きながら、光トカゲを探した。


 しばらくすると、草の陰で何かがきらっと光った。


「いた」

 ナオが小声で言う。


 小さなトカゲが、葉の間から顔を出している。


 体は薄い青色で、背中に小さな光の筋があった。


 見た目は少しかわいい。


 でも、動きはかなり速そうだった。


「俺が回り込む」

 リュウが低い声で言う。


「待て、近づきすぎるな」


「分かってる」

 リュウは音を立てないように横へ動いた。


 剣士だけあって、こういう時の足運びはうまい。


 普段は勢いだけに見えるけど、体の使い方はちゃんとしている。


 ナオは杖を構えた。


 攻撃するわけではない。


 逃げ道をふさぐために、軽く魔力を流す。


「はぁぁっ」


 杖の先から淡い光が伸び、畑の外側に薄い壁のようなものができた。


 名前は分からない。


 ただ、こうしたいと思うと、何となく形になる。


 光トカゲがびくっとした。


 次の瞬間、すごい速さで走り出す。


「リュウ!」


「任せろ!」

 リュウが前に出る。


 速い。


 トカゲも速いが、リュウも負けていない。


 リュウは畑の畝を踏まないように、細い足場を軽く跳んで進んだ。


「こっちだ!」


 トカゲが方向を変える。


 ナオは杖を向けた。


「うぉっ!」


 小さな光がトカゲの前に落ちる。


 トカゲは驚いて止まった。


 そこにリュウが布袋をかぶせる。


「よし、1匹!」


「畑は?」


「壊してない!」

 リュウは少し得意げに言った。


 ナオは周囲を確認する。


 作物は無事だった。


「やるじゃん」


「だろ?」


 ロダンも少し離れたところで感心していた。


「おお、思ったより上手いな」


「思ったよりってなんですか」

 リュウが苦笑する。


「いや、剣持ってるから、もっと派手に走るかと思ってな」


「俺、意外と繊細なんで」


「自分で言うな」

 ナオが言うと、リュウは笑った。


 残りは2匹。


 1匹目を捕まえたことで、少しコツが分かった。


 ナオが逃げ道をふさぎ、リュウが追い込む。


 攻撃する必要はない。


 倒すよりも、捕まえる方が難しい。


 2匹目は小さな水路の近くにいた。


 水面に体の光が映っている。


「今度は水路に逃げそうだな」

 ナオが言う。


「俺が向こう側行く」


「足滑らせるなよ」


「大丈夫」


「昨日も今日も、その大丈夫が信用できない」


「今日は信用しろ」


 リュウは水路の反対側へ回り込んだ。


 ナオは杖を構える。


 今度は強く光らせすぎないようにする。


 驚かせすぎると、どこに飛ぶか分からない。


「はぁ……」


 息を吐きながら、杖の先から淡い光を出す。


 光トカゲが顔を上げた。


 ナオと目が合う。


 その瞬間、トカゲがぴかっと光った。


「うわっ」


 思わず目を細める。


 ミーが言っていた、ぴかーだった。


「ナオ、大丈夫か!」


「大丈夫、そっち行った!」


 トカゲが水路の横を走る。


 リュウが反応する。


 速い。


 剣を抜く時とは違うが、動きの鋭さは同じだった。


 リュウは身を低くして、布袋を構える。


「そこ!」


 袋が地面に落ちる。


 中で光がもぞもぞ動いた。


「2匹目!」


「うまいな」


「俺、捕獲向いてるかもしれない」


「調子に乗るなよ」


「乗りすぎない程度に乗る」


「それ昨日も聞いた」


 残りは1匹。


 だが、その1匹がなかなか見つからなかった。


 畑の端。


 草むら。


 水路の近く。


 小屋の裏。


 どこを探しても見つからない。


「逃げたか?」

 リュウが言った。


「依頼主はこの辺にいるって言ってたけどな」

 ナオは周囲を見回す。


 すると、小屋の屋根の上が一瞬だけ光った。


「あそこ」


「屋根?」


 光トカゲは小屋の屋根の端にいた。


 小さな体で、こちらをじっと見ている。


「どうやって上がったんだよ」


「トカゲだからじゃないか」


「それで納得していいのか?」

 リュウは小屋を見上げた。


「俺が登る」


「壊すなよ」


「分かってる」


「本当に?」


「今度は7割くらい」


「増えたな」


 リュウが小屋の側面に足をかけようとした時、ナオは嫌な予感がした。


 小屋は古い。


 リュウが軽いとはいえ、屋根に乗れば壊れるかもしれない。


「待て、俺がやる」


「ナオが登るのか?」


「登らない」


 ナオは杖を構えた。


 光トカゲを傷つけず、下に誘導する。


 そんな都合のいい魔法が出せるかは分からない。


 でも、やってみるしかない。


「はぁぁっ!」


 杖の先から、ふわっとした光が浮かんだ。


 光は小さな玉になって、屋根の上へゆっくり飛んでいく。


 光トカゲがそれを見る。


 興味を持ったのか、首を傾げた。


「お、食いついた」

 リュウが小声で言う。


「静かに」


 光の玉を少しずつ動かす。


 トカゲはそれを追って、屋根の端へ近づいた。


 そのまま下へ誘導する。


 いける。


 そう思った瞬間、リュウがくしゃみをした。


「ぶえっくしょい!」


 光トカゲがびくっと跳ねた。


「あ」


 トカゲが屋根から飛び降りる。


 ナオは慌てて杖を向けた。


「うぉー!」


 光の膜のようなものが地面に広がる。


 トカゲはその上に落ちて、少し跳ねるように転がった。


 リュウがすぐに走る。


「今だ!」


 布袋がかぶさる。


 中で光が暴れたあと、すぐに静かになった。


「捕まえた!」


「くしゃみするなよ」


「出たんだから仕方ないだろ」


「あと少しで逃げるところだったぞ」


「でも捕まえた」


「結果で押すな」


 ロダンが大きく笑いながら近づいてきた。


「いやあ、助かった、3匹とも無事だな」


「はい、たぶん」


 ナオが袋を渡すと、ロダンは中を確認した。


 袋の中で、小さな光が3つ動いている。


「大丈夫だ、こいつらは夜になったら別の場所に移しておくよ」


「飼ってるんですか?」


「畑の虫を食ってくれるからな、逃げなきゃ役に立つんだ」


「なるほど」


 ただの害獣ではないらしい。


 この世界の生き物は、まだ分からないことだらけだ。


 ロダンは報告用の札に印を押してくれた。


「ギルドにこれを持っていけば報酬が出る」


「ありがとうございます」

 ナオは札を受け取った。


「また逃げたら頼むかもしれん」


「できれば逃がさないでください」

 リュウが言うと、ロダンは笑った。


「努力する」


「それ、信用できないやつだ」


「お前もよく言うだろ」

 ナオが言うと、リュウは目をそらした。


 依頼を終えた2人は、ギルドへ戻った。


 途中、リュウはやたら機嫌が良かった。


「俺、今日かなり活躍したよな」


「まあ、したな」


「速さが出たな」


「畑壊さなかったのは偉い」


「そこかよ」


「大事だろ」


「ナオもさ、あの光のやつ良かったじゃん」


「あれな、俺もよく分かってない」


「分かってないのに出るの怖いな」


「それは思う」


 ナオは杖を見る。


 魔法の名前は分からない。


 仕組みも分からない。


 でも、こうしたいと思うと、何かが出る。


 便利ではある。


 けれど、怖さもある。


 もっとちゃんと知る必要がある。


 いつか、何か失敗する前に。


 ギルドに戻ると、ミーが受付で何かの紙を逆さに持っていた。


 本人は真剣に読んでいる。


「ミー、それ逆さじゃない?」

 ナオが言うと、ミーは紙をくるっと回した。


「あ、ほんとです、なんか読みにくいと思いました」


「気づけよ」

 リュウが笑う。


「でも、読めそうな気もしたんですよ」


「読めないだろ」


「気持ちは読めてました」


「気持ちは文字にならないぞ」


「なるほどです」

 ミーは納得したようにうなずいた。


 ナオは報告用の札を出す。


「光トカゲ、3匹捕まえたよ」


「おお、すごいです、ぴかーってなりました?」


「なった」


「あれ、びっくりしますよね」


「知ってたなら言ってくれよ」


「言いましたよ、ぴかーって」


「あれで説明したつもりだったのか」


「はい」

 ミーは堂々としていた。


 リュウが肩を震わせて笑う。


 手続きが終わり、報酬が渡される。


 昨日の討伐よりは少ないが、思ったより悪くない。


「これなら、地味だけどいい依頼だったな」

 ナオが言うと、リュウもうなずいた。


「戦うだけじゃないのも面白いな」


「畑壊さなかったからな」


「そこ何回言うんだよ」


「大事だから」


 ミーがにこにこしながら2人を見る。


「ナオとリュウさん、なんかいい感じですね」


「いい感じ?」

 リュウが聞き返す。


「はい、ナオが止めて、リュウさんが動いて、えっと、なんか、そういう感じです」


「説明ふわっとしてるな」


「でも合ってる」

 ナオが言うと、リュウは少しうれしそうに笑った。


「まあ、2人パーティだからな」


「今のところはな」


「そのうち増えるかもな」

 リュウが何気なく言った。


 ナオは少しだけ考える。


 今は2人。


 でも、この世界でずっと2人だけでやっていくのかは分からない。


 町を出る日が来るなら、きっともっと必要になる。


 戦える人。


 知識がある人。


 支えてくれる人。


 ナオはそこで、宿のサチの顔を思い浮かべた。


 すぐに首を振る。


 まだ、そういう話をするには早い。


「どうした?」

 リュウが聞く。


「いや、なんでもない」


「その顔はなんか考えてる顔だ」


「気のせいだ」


「絶対気のせいじゃない」

 

 ミーが首を傾げる。


「考え事ですか?」


「まあ、少し」


「考えすぎると、お腹すきますよ」


「それはミーだけじゃないか?」


「そうですかね?」

 ミーは真剣に悩み始めた。


 やっぱり少しおバカだ。


 でも、そこが変に憎めない。


 ギルドを出た頃には、夕方になっていた。


 今日もカジノには行っていない。


 でも、昨日とは違う満足感があった。


 変な依頼を受けて、走って、魔法を試して、エルをもらった。


 派手ではない。


 でも、こういう日が増えていけば、この世界での生活は少しずつ形になっていくのかもしれない。


「今日はどうする?」

 リュウが聞いてきた。


「宿に戻る前に飯食うか」


「肉?」


「昨日も肉だったろ」


「肉は毎日でもいける」


「野菜も食え」


「異世界でまで言われるとは思わなかった」


 2人は近くの食堂へ向かった。


 道の向こうでは、カジノの看板が夕方の光を受けて少しだけ輝いている。


 リュウがちらっとそっちを見る。


 ナオも見た。


「今日は行かないぞ」

 ナオが言う。


「分かってる」


「本当に?」


「8割くらい」


「そこは10割で言え」


「じゃあ、8割8分」


「増やし方がラッキーナンバー寄りだな」


 リュウは笑った。


 ナオも笑った。


 働いて、食って、また明日を考える。


 賭けるのは、そのあとでいい。

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