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7章 働いて、食って、賭ける

 朝、ナオは少し重たい体を起こした。


 昨日はカジノから帰ってきて、屋台で軽く飯を食って、リュウのブレイブマンの話を聞いて、そのまま寝た。


 大勝ちではなかった。


 でも負けでもなかった。


 袋の中のエルは、少しだけ増えている。


 その少しが妙にうれしかった。


「……起きるか」

 ナオはベッドの横に置いていた杖を手に取った。


 この世界に来てから、杖を持つのにも少し慣れてきた。


 元の世界では、武器なんて持ったこともない。


 けれど今は、この杖があると少し安心する。


 魔法を撃つ時も、リュウに支援魔法をかける時も、これがあるだけで感覚がまとまりやすかった。


 ナオは部屋を出て、隣の部屋の扉を軽く叩いた。


「リュウ、起きてるか?」

 返事はない。


「リュウ」

 もう1回叩く。


 すると、中から低い声がした。


「……あと8分」


「なんで8分なんだよ」


「この世界のラッキーナンバーだから」


「寝坊に使うな」

 ナオが扉を開けると、リュウは布団に半分埋まっていた。


 昨日あれだけスロットに熱くなっていた男とは思えない。


 スリムな体を丸めて、完全に寝る姿勢だった。


「今日はギルド行くって言っただろ」


「言ったけどさ」


「言ったなら起きろ」


「昨日、ブレイブマンがさ」


「夢に出たのか?」


「出た、8がそろう寸前で起きた」


「最悪の目覚めだな」


 リュウはゆっくり体を起こした。


 寝癖が少しついているのに、顔だけは無駄に整っている。


 こういうところは少しずるい。


「今日は稼ぐぞ」

 リュウは目をこすりながら言った。


「昨日もそれ言ってカジノ行っただろ」


「今日はギルドで稼ぐ」


「ならよし」


「稼いで、飯食って、また勝負だ」


「最後はいらない」


「いる」

 ナオはため息をついた。


 2人が下に降りると、サチが宿の入口近くを掃除していた。


 ナオたちに気づくと、軽く手を上げる。


「おはよ、昨日遅かったのに起きられたんだ」


「おはよう、なんとか」

 ナオが答えると、サチはリュウを見た。


「リュウは眠そうだね」


「夢の中で8がそろいかけたんだよ」


「なにそれ」


「ブレイブマン」


「あー、昨日ずっと話してたやつ」


 サチは少し笑った。


「で、今日はどうするの?」


「ギルドに行く」

 ナオが言うと、サチはうなずいた。


「いいじゃん、ちゃんと働くんだ」


「ちゃんとってなんだよ」

 リュウが少し不満そうに言う。


「昨日の話聞いてたら、ちゃんとって言いたくなるでしょ」


「勝ったんだぞ、2人合わせたら」


「それ、また言ってる」

 サチは笑いながら、ほうきを壁に立てかけた。


「朝食は外で食べてきなよ、ギルドに行く途中の屋台、朝だけ安いところあるから」


「助かる」

 ナオはうなずいた。


「ちゃんと食べてから行きなよ、無理しないでよ」

 サチがふとそう言った。


 昨日と同じような言葉だった。


 でも今日は、少し軽い言い方だった。


「分かってる」

 ナオはうなずいた。


「リュウもね」


「俺も?」


「うん、リュウは特に」


「なんでだよ」


「勢いで変な依頼受けそうだから」

 リュウは反論しようとして、少し考えた。


「……否定はできない」


「でしょ」

 サチは楽しそうに笑った。


 宿を出た2人は、サチに言われた屋台でパンと串焼きを買った。


 朝の屋台は思っていたより人が多い。


 冒険者もいれば、商人らしい人もいる。


 みんな片手で食べられる物を買って、急ぎ足で歩いていた。


 ナオは串焼きを1口かじる。


 少し塩気が強い。


 でも、朝の空腹にはちょうどよかった。


「こういうの、少し慣れてきたな」

 リュウがパンをかじりながら言った。


「分かる」

 ナオはうなずく。


「最初は全部知らない場所だったけど」


「今は宿とギルドとカジノの場所は分かる」


「偏ってるな」


「大事な場所だろ」


「まあ、間違ってはない」


 ギルドに着くと、中はすでに冒険者でいっぱいだった。


 依頼書が貼られた掲示板の前には人が集まっている。


 受付には何人か並んでいた。


 その中に、ミーの姿が見えた。


 獣人らしい耳がぴこぴこ動いている。


 何か書類を持って、少し慌てているようだった。


「あっ、ナオさん、リュウさん、おはようございますです」

 ミーがこちらに気づいて、にこっと笑った。


「おはよう」

 ナオが返す。


「おはよう、ミー」

 リュウも軽く手を上げた。


 ミーは少し首を傾げた。


「昨日、カジノ行ったんでしたっけ?」


「なんで知ってるの?」

 ナオが聞くと、ミーは胸を張った。


「ギルドの情報網です」


「すごいな」


「まあ、さっきそこの冒険者さんが言ってただけですけど」


「情報網じゃないね」


「えへへ、そうですね」


 ミーはあっさり笑った。


 リュウが苦笑する。


「俺たち、そんなに目立ってた?」


「リュウさんの声が大きかったって言ってました」


「そこか」


「はい、ブレイブマンで、うわああって言ってたって」


「再現しなくていい」


 ミーは真面目な顔でうなずいた。


「でも勝ったんですよね?」


「2人合わせたら勝った」


「2人合わせたら……?」

 ミーは少し考え込んだ。


「えっと、じゃあリュウさんは負けたんですか?」


「なんでそこにたどり着くんだよ」


「違います?」


「……少し負けた」


「あ、当たってた」

 ミーはうれしそうに笑った。


 リュウは悔しそうに顔をそらす。


「今日はギルドの依頼を受けに来た」

 ナオが話を戻す。


「はい、えっと、Fランクで受けられる依頼ですよね」


「うん」


 ミーは掲示板の方を見た。


「今日は薬草採取と、角ウサギの討伐と、荷運びがありますです」


「荷運び?」

 リュウが反応する。


「はい、南門の近くまで荷物を運ぶ依頼です、戦闘は少なめですけど、重いらしいです」


「ナオ向きだな」


「なんでだよ」


「ゴツいから」


「杖持ってるヒーラー寄りなんだけどな」


「でも持てそうだろ」


「否定しづらい」


 ミーはナオを見て、少し感心したようにうなずいた。


「ナオさん、回復とか支援できるのに強そうですもんね」


「見た目だけは」


「見た目だけって言うと、なんか失礼ですかね?」


「自分で言う分にはいいだろ」


「じゃあ大丈夫ですね」

 ミーは安心したように笑った。


 リュウが小さく吹き出す。


「ミーって、たまに変なところで納得するよな」


「えっ、そうですか?」


「そう」


「そっかぁ」

 ミーは少しだけ耳を揺らした。


 本人はまったく気にしていない。


 ナオは掲示板の依頼書を見た。


 薬草採取は安全そうだが、昨日少しカジノで使った分を考えると、もう少し稼ぎたい。


 角ウサギの討伐は前にもやった。


 荷運びは戦闘が少ない代わりに、時間がかかりそうだ。


「角ウサギの討伐にする?」

 ナオが言うと、リュウがすぐにうなずいた。


「いいな、体動かしたい」


「昨日ずっと座ってたからな」


「スロットは心が動いてる」


「体も動かせ」


 2人は角ウサギ討伐の依頼を受けることにした。


 ミーが手続きをしながら、少しだけ真面目な顔になる。


「角ウサギは弱いですけど、油断すると足をやられます、前にやったことあるからって、気を抜いちゃダメですよ」


「分かった」

 ナオはうなずいた。


「大丈夫、俺が速攻で倒す」

 リュウが剣の柄に手を置く。


 ミーはリュウをじっと見た。


「リュウさんは、速そうだけど、勢いでどこか行きそうです」


「信用ないな」


「ありますよ、えっと、半分くらい」


「半分かよ」

 ナオは笑った。


 ギルドを出ると、2人は町の外へ向かった。


 南門を抜けると、風が少し変わる。


 町の中よりも草の匂いが強い。


 道の先には、低い草原が広がっていた。


 角ウサギは、この辺りによく出るらしい。


 ナオは杖を軽く握った。


「今日は無理に突っ込むなよ」


「分かってるって」


「本当に?」


「半分くらい」


「さっきから半分多いな」


 リュウは笑った。


 でも、戦う時の顔に変わるのは早かった。


 さっきまでカジノの話をしていたとは思えない。


 剣を抜く動きは軽い。


 スリムな体が、すっと前に出る。


 リュウは素早い。


 ナオの支援魔法をかければもっと速くなるが、何もなくても十分動ける。


「行けるか?」

 ナオが聞く。


「いける」


「じゃあ、強化かける」

 ナオは杖を構えた。


 魔力を流す。


 リュウの足元に淡い光が広がる。


「お、来た」

 リュウが軽く足を動かす。


「やっぱ軽いな」


「調子に乗るなよ」


「乗りすぎない程度に乗る」


「それが危ないんだよ」


 草むらが揺れた。


 角ウサギが2匹、飛び出してくる。


 額に小さな角があり、見た目はかわいい。


 でも突っ込まれると普通に痛い。


「来た!」

 リュウが前に出る。


 1匹目の角ウサギが跳ねる。


 リュウは横に軽く避けて、剣の腹で叩き落とした。


 その動きは速い。


 ナオの支援が乗っているとはいえ、元々の身のこなしが良い。


 2匹目がリュウの足元を狙う。


「リュウ、右!」


「分かってる!」

 リュウは軽く跳んでかわし、そのまま剣を振った。


 角ウサギが倒れる。


「よし」


 ナオは周囲を見る。


 油断はしない。


 もう1匹、草の陰にいる。


 ナオは杖を向けた。


「はっ」


 小さな光の弾が飛ぶ。


 角ウサギの足元に当たり、動きが止まった。


 リュウがすぐに詰める。


 剣が一閃する。


「終わり」

 リュウは剣を下ろした。


「いい感じだな」


「まだ始まったばかりだけどな」


「でもこの感じならいけるだろ」


「その言い方、昨日のブレイブマンでも聞いた気がする」


「それは言うな」


 2人は角ウサギを探しながら草原を歩いた。


 途中で何度か戦闘になったが、大きな危険はなかった。


 ナオが支援をかけ、リュウが前に出る。


 危ない時はナオが魔法で止める。


 その流れが少しずつ形になってきていた。


 ただ、リュウはときどき調子に乗る。


「ナオ、あっちに3匹いる」


「待て、少し離れてる」


「まとめていけるだろ」


「いけるかもしれないけど、いく必要はない」


「じゃあ2匹だけ」


「そういう問題じゃない」


 結局、リュウは少し前に出すぎた。


 角ウサギが横から飛び出して、リュウの足元をかすめる。


「うおっ」


「だから言っただろ」

 ナオはすぐに杖を向ける。


「これでどうだ」

 淡い光が角ウサギを包み、動きが少し鈍る。


 リュウが体勢を立て直し、剣で仕留めた。


「今のは危なかった」


「だろ」


「でも倒した」


「反省しろ」


「してる」


「顔がしてない」


 リュウは笑っていた。


 ナオはため息をつく。


 でも、こういうやり取りにも少し慣れてきた。


 リュウが前に出る。


 ナオが支える。


 危なくなったら止める。


 それが2人の形になりつつあった。


 討伐数が依頼の数に届いた頃には、昼を少し過ぎていた。


 2人は木陰に座って、朝の屋台で買っておいたパンを食べた。


「昨日カジノ行って、今日ギルドで働いてるって変な感じだな」


 リュウがパンをかじりながら言った。


「そうか?」


「普通、どっちかじゃない?」


「この世界ではどっちも必要なんじゃないか」


「働いて、食って、賭ける?」


「最後はお前だけだって」


 リュウは笑った。


 ナオも少し笑う。


 草原の風は気持ちよかった。


 魔物と戦っている時は緊張する。


 でも、こうして休んでいると、ただの旅みたいにも感じる。


 まだ旅というほど遠くには行っていない。


 町の近くで依頼をこなしているだけだ。


 それでも、この世界で生きている感じはあった。


「そのうち、別の町にも行くのかな」


 リュウがぽつりと言った。


 ナオは少しだけ考えた。


「行くんじゃないか」


「だよな、ずっとこの町ってわけにもいかないだろうし」


「でも、今はまだここでいい」


「なんで?」


「まだ分からないことが多すぎる」


「それはそう」


「エルもいるし、装備もいるし、魔法ももっと使えるようになりたい」


「俺も剣をもう少し何とかしたいな」


 リュウは自分の剣を見る。


「あと、別の町にもカジノあるのかな」


「結局そこか」


「大事だろ、町ごとに違う台とかありそうじゃん」


「ありそうなのが嫌だな」


「ブレイブマン2とか」


「名前がそのまますぎる」


「ブレイブマン外伝」


「ありそう」

 2人は笑った。


 依頼を終えてギルドに戻ると、ミーが受付にいた。


 ナオたちを見ると、耳がぴこっと動く。


「あ、おかえりなさいです、無事でしたか?」


「なんて事なかったよ」

 ナオは依頼品を渡した。


 ミーが確認する。


「はい、数も大丈夫です、お疲れさまでした」


「リュウさんは飛び出しませんでした?」


「少し飛び出したな」

 ナオが答えると、ミーはリュウを見た。


「やっぱり」


「やっぱりってなんだよ」


「なんとなくです」


「なんとなくで当てるな」


 ミーは報酬を用意しながら、にこにこしている。


「でも無事なら良かったです、リュウさん、足は大丈夫ですか?」


「大丈夫、かすっただけ」


「かすったんですか?」


 ミーの耳が少し下がった。


 リュウは一瞬だけ言葉に詰まる。


「いや、本当に大丈夫だから」


「ならいいですけど」


 ミーは少しだけ心配そうだった。


 リュウは照れたように目をそらす。


 ナオはそれを見て、少しだけ笑った。


「なんだよ」


「別に」


「その顔は何か思ってるだろ」


「思ってない」


「絶対思ってる」


 ミーはよく分からない顔で2人を見ていた。


「えっと、何の話ですか?」


「なんでもないよ」


 ナオが言うと、ミーはうなずいた。


「なんでもない話なんですね、分かりました」


「分かってないだろ」

 リュウが小さく言う。


 報酬を受け取ると、袋が少しだけ重くなった。


 カジノの勝ちより地味だ。


 でも、ちゃんと働いて得たエルだった。


 ナオはその重みが悪くないと思った。


「今日はもう宿に戻るか」


「そうだな」

 リュウがうなずく。


「カジノは?」

 ナオがわざと聞くと、リュウは少し悩んだ。


「……今日はやめとく」


「珍しいな」


「昨日の負けを取り返したいけど、今日行ったらまた減りそうな気がする」


「成長したな」


「俺は成長する男だからな」


「明日には戻ってそうだけど」


「それはある」


 2人はギルドを出て、宿へ向かった。


 夕方の町は朝とはまた違うにぎやかさだった。


 仕事を終えた人たちが酒場に向かい、屋台には客が並び始めている。


 ナオは杖を持ちながら歩く。


 リュウは剣を腰に下げて、少し軽い足取りで隣を歩いていた。


 宿に戻ると、サチが入口の近くで客と話していた。


 話が終わると、こちらに気づいて手を振る。


「おかえり、今日はちゃんと働いてきた?」


「ちゃんと働いた」

 リュウが胸を張る。


「珍しい」


「珍しくないだろ」


「昨日の話聞いたあとだとね」

 サチは笑った。


 ナオは報酬の袋を軽く持ち上げる。


「依頼も無事終わったよ」


「よかったじゃん」

 サチは少し安心したように言った。


「怪我は?」


「少しだけかすったけど、大丈夫」


 リュウが答えると、サチは目を細めた。


「少しだけって言う人、だいたい怪しいんだよね」


「本当に少しだって」


「ナオ、ほんと?」


「本当に少し」


「ならいいけど」

 サチはうなずいた。


「夕飯はどうするの?食べるなら、外の食堂混む前に行った方がいいよ」


「そうだな」

 ナオが言うと、リュウがすぐに続けた。


「今日は肉多めで」


「食堂でエル払えば食べられるんじゃない?」


「働いたから払える」


「お、ちゃんとしてる」

 サチは笑いながら、宿の奥へ戻っていった。


 2人は荷物を置いてから、近くの食堂へ向かった。


 食堂はすでに冒険者たちでにぎわっていた。


 大きな皿に盛られた肉。


 山盛りのパン。


 酒を飲んで笑っている冒険者。


 昨日のカジノとは違うにぎやかさだった。


 2人は空いている席に座り、肉とパンを頼んだ。


 リュウは椅子に座るなり、大きく息を吐いた。


「今日はカジノ行かないぞ」


「誰に宣言してるんだ」


「自分に」


「それは大事だな」


「でも明日は分からん」


「そこは分かってろ」

 ナオは笑って、杖を椅子の横に立てかけた。


 今日も勝ったり負けたりではなかった。


 ちゃんと依頼を受けて、魔物を倒して、エルを稼いだ。


 派手ではない。


 でも、こういう日があるから、この世界で生きていけるのかもしれない。


 ナオは報酬の袋を見た。


 昨日のカジノの少しの勝ち。


 今日の依頼の報酬。


 どちらも大事なエルだ。


 使い方を間違えればすぐなくなる。


 でも、うまく使えば明日につながる。


「明日はどうする?」

 リュウが聞いてきた。


「ギルドで依頼を見る」


「で、夜は?」


「分からない」


「カジノ?」


「分からないって言っただろ」


「それは行く可能性あるってことだな」

 リュウはにやっと笑った。


 ナオは否定しようとして、少しだけ止まった。


 行かないとは言いきれない。


 昨日のカードの感覚が、まだ頭のどこかに残っている。


 勝った時のチップの音。


 負けた時の悔しさ。


 相手の表情を読むあの感じ。


 あれはたぶん、少し癖になる。


「……働いてからだな」

 ナオが言うと、リュウは笑った。


「それでいい」

 

 働いて、食って、たまに賭ける。


 今の2人には、それくらいがちょうどよかった。

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