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6章 勝ったり負けたり

 ナオはテキサスホールデムのテーブルの前で、少しだけ立ち止まった。

 

 丸いテーブルには、すでに何人か座っている。

 

 カードを見ている人。

 

 チップを指で触っている人。

 

 酒を飲みながら、余裕そうに笑っている人。

 

 でも、みんな目は真剣だった。

 

 遊びだけど、エルがかかっている。

 

 負ければ減る。

 

 勝てば増える。

 

 単純だけど、それだけで少し胸が熱くなる。

 

「ここ空いてますか?」

 ナオが聞くと、ディーラーは軽くうなずいた。

 

「どうぞ」

 ナオは席に座った。

 

 リュウと半分に分けたので、今持っているのは14万5千エル分のチップだ。


 

 宿代もある。

 飯代もある。

 武器や防具も、これから必要になる。

 

 だから全部失うわけにはいかない。

 

 でも、せっかくカジノに来たのに、何もしないで帰るのも違う。

 

「初めてか?」

 隣に座っていた男が聞いてきた。

 

「この店では初めてです」

 

「へぇ。じゃあ、やったことはあるのか?」

 

「少しだけです」

 ナオはそう答えて、テーブルの上を見た。

 

 テキサスホールデムは、自分の手札2枚と、場に出るカードを合わせて役を作るカードゲームだ。


 役はポーカーと同じ。

 

 強いカードを持っていれば勝てるわけじゃない。

 

 降りることもできる。

 

 チップを増やして、相手を降ろすこともできる。

 

 弱くても勝てる時がある。

 

 強くても負ける時がある。

 

 ナオはそこが面白いと思った。

 

「始めます」

 ディーラーがカードを配った。

 

 ナオの前に2枚のカードが伏せて置かれる。

 ナオは少しだけめくって確認した。

 

 悪くはない。

 でも、最初から大きくいくほどでもない。

 

「ベット」

 向かいに座っている赤い髪の女がチップを置いた。

 

 余裕がありそうな顔をしている。

 

 ナオも同じ分だけチップを置いた。

 

 まずは様子見だ。

 

 場に3枚のカードが開かれる。

 

 ナオの手札とは、あまり合わなかった。

 

 次で良くなる可能性もある。

 

 でも、追いかけるほどではない。

 

「どうする?」

 赤い髪の女が楽しそうに聞いてきた。

 

「降ります」

 ナオはカードを伏せた。

 

「早いね」

 

「最初から無理はしないです」

 

「そういう人の方が、案外長く残るんだよね」

 女はそう言って笑った。

 

 その頃、リュウはブレイブマンの台の前にいた。

 すぐに台を決めてすぐに椅子に座った。

 

 見た目だけなら、余裕のあるイケメン剣士だが、目は完全にスロットに持っていかれていた。

 

「よし、今日こそ出す」

 リュウはチップを入れ、レバーを叩いた。

 

 リールが回る。

 

 台の上にある魔法盤に、ブレイブマンが映った。

 

 森の中を走るブレイブマン。

 

 奥から魔物の影が出る。

 

 リュウの目が少しだけ開いた。

 

「お、いいんじゃねぇか?」

 

 左を止める。

 中を止める。

 右を止める。

 何もそろわない。

 

 魔法盤の中でブレイブマンが魔物に吹き飛ばされた。

 

「ああ、やっぱダメか!」

 リュウが頭を抱える。

 

 隣の客が笑った。

 

「今のは弱いだろ」

 

「いや、走ってたからちょっとあると思って」

 

「走るだけならよくある」

 

「そういうもんなんすかね?」

 

「そういうもんだ」

 

 リュウは悔しそうにしながら、またチップを入れた。

 

 ナオの方も2回目の勝負が始まっていた。

 

 今度の手札はさっきより良い。

 

 場のカード次第では、十分勝負できる。

 

 ナオは小さくチップを置いた。

 

 赤い髪の女もついてくる。

 

 隣の男もついてくる。

 

 場に3枚のカードが開いた。

 

 ナオの手札と1枚がつながる。

 

 まだ強いとは言えない。

 

 でも、次のカードで化けるかもしれない。

 

 隣の男がチップを増やした。

 

 赤い髪の女はすぐについていく。

 

 ナオは少し考えた。

 

 ここで降りれば少しの負けで済む。

 

 でも、ここで降りるには少しもったいない。

 

「コール」

 ナオもチップを置いた。

 

 4枚目のカードが開く。

 

 ナオの役が少し強くなった。

 

 悪くない。

 

 かなり悪くない。

 

 けれど、勝てると決まったわけではない。

 

 隣の男がチェックした。

 

 赤い髪の女がチップを置く。

 

「強いんですか?」

 ナオが聞く。

 

「さあね」

 女は笑っている。

 

 余裕があるようにも見える。

 

 そう見せているだけにも見える。

 

 ここが難しい。

 でも、面白い。

 

「コール」

 ナオはついていった。

 

 隣の男は降りた。

 

 最後のカードが開く。

 

 ナオの役は完成しなかった。

 

 弱くはない。

 

 でも、かなり強いわけでもない。

 

 赤い髪の女はナオを見ている。

 

 ナオは少し考えてから、チェックした。 

「チェック」

 

「私もチェック」

 お互いカードを開く。

 

 女の勝ちだった。

 

「あー、負けた」

 ナオは素直に言った。

 

「惜しかったね」

 

「途中まではいけると思ったんですけど」

 

「そういう時が1番エルを失うよ」

 

「怖いこと言いますね」

 

「本当のことだからね」

 

 ナオは苦笑した。

 チップは少し減った。

 

 でも、大きく失ったわけではない。

 

 それに、少しだけ分かった。

 

 この女は、強い時に少し楽しそうになる。

 

 それが癖なのか、わざとなのかは分からない。

 でも覚えておく。

 

 リュウの方では、また声が上がった。

「おっ、おっ、おっ!」

 

 魔法盤の中で、ブレイブマンが剣を抜いていた。

 さっきよりも明らかに派手だ。

 背景も青く光っている。

 

「これ、あるだろ」

 リュウは前のめりになった。

 

 左を止める。

 青8が止まる。

 

「お」

 中を止める。

 青8が止まる。

 

「おお?」

 隣の客も少しだけ台を見た。

 右リールが回っている。

 

 青8が流れていく。

 

 リュウは息を止めた。

「来い」

 右を止める。

 青8は少し上で止まり、盾の絵柄が滑り込んだ。

  

「ああああ!」

 リュウが大きくのけぞった。

 魔法盤の中で、ブレイブマンが魔物に押し返される。

 

 隣の客が笑った。

「外れたな」

 

「今の演出で外れるのかよ!」

 

「外れる時は外れる」

 

「くそ、絶対入ったと思った」

 

「入ってたら揃うだろ」

 

「正論やめろ」

 リュウは悔しそうにチップを入れた。

 

 ナオの方では、次の勝負が始まっていた。

 今度の手札はかなりいい。

 

 ナオは表情に出さないようにした。

 

 体は大きくて、座っていてもそれなりに目立つ。


 でも、ここで威圧しても意味はない。

 

 杖で押すわけでもない。

 

 必要なのは、見ることだ。

 

 相手の顔。

 

 指先。

 

 チップの置き方。

 

 全部、見逃さないようにする。

 

 ナオは小さくチップを置いた。

 

 何人かがついてくる。

 

 場に3枚のカードが開いた。

 

 ナオの手札ときれいにつながる。

 

 強い。

 

 今度は勝負できる。

 

 でも、すぐに大きく出るのはやめた。

 

 強い時ほど、落ち着かないと危ない。

 

 ナオはチェックした。

 

 赤い髪の女がチップを置く。

 

 ナオは少し迷ったふりをして、同じだけ置いた。

 

 4枚目。

 

 さらに良くなった。

 

 今度はナオがチップを置く。

 

 隣の男が降りる。

 

 赤い髪の女だけが残った。

 

「今度は自信あり?」

 女が聞いてきた。

 

「少しだけ」

 

「少しだけって顔じゃないね」

 

「そう見えます?」

 

「見えるよ」

 女がチップを置く。

 

 最後のカードが開く。

 ナオはカードを見た。

 悪くない。

 むしろかなりいい。

 

 ここで大きく行けば、もっと取れるかもしれない。

 

 でも、相手がさらに上なら負ける。

 ナオは少し悩んだ。

 

 リュウならたぶん全部行く。

 

 そう思うと少し笑いそうになった。

 

 でも、自分はリュウじゃない。


「チェック」

 ナオはそう言った。

 

 女もチェックした。

 

 カードを開く。

 

 ナオの勝ちだった。

 

「よし」

 小さく声が出た。

 

 チップがナオの前に流れてくる。

 さっきの負け分が戻って、少し増えた。

 

「慎重だね」

 赤い髪の女が言った。

 

「大きく勝つより、大きく負けない方がいいかなって」

 

「地味な考え方だね」

 

「近くに派手なのがいるので」

 ナオはリュウの方を見た。

 

 ちょうどリュウがブレイブマンの台の前で固まっていた。

 

 魔法盤の中で、ブレイブマンがドラゴンと向き合っている。

 

 背景は赤い。

 さっきより明らかに熱そうだった。

 

「……これはさすがにあるだろ」

 リュウの声が少し低くなる。

 

 左を止める。

 青8。

 

 中を止める。

 青8。

 

「来い」

 右を止める。

 

 今度は、青8がしっかり止まった。

 

 3つの青8が横に並ぶ。

 

 一瞬だけ静かになって、次の瞬間、台全体が光った。

 

 魔法盤の中でブレイブマンがドラゴンを斬り伏せる。

 

 派手な音が鳴り、チップが払い出された。

 

「しゃ!」

 リュウが立ち上がりそうな勢いで拳を握った。

 

「見たか!これは入ってた!」

 隣の客がうなずく。

 

「今のは入ってたな」

 

「だろ?分かったもん」

 

「本当か?」

 

「半分くらい」

 

「半分かよ」

 リュウは笑いながらチップをかき集めた。

 

 さっきまで減っていた分が、かなり戻ってきた。

 ここでやめれば、たぶんほぼ負けなしで終われる。

 

 でも、リュウの手はもう次のチップをつかんでいた。

 

「次は早目に入ってくれ」

 

「やめ時って知ってるか?」

 

「勝ってから考える」

 

「今勝っただろ」

 

「こんなのは勝った内に入らない」

 

 リュウはチップを入れた。

 その少し後、ナオは区切りのいいところで席を立った。

 

 結果は大勝ちではない。

 でも、少しだけ増えた。

 

 テーブルを離れる時、赤い髪の女が手を振った。

「またおいで」

 

「勝てそうな時に来ます」

 

「そういう人ほど来るんだよ」

 

 ナオは苦笑して、リュウの方へ向かった。

 

 リュウはまだブレイブマンの前にいた。

 

 顔は明るい。

 

 でも、受け皿のチップは思ったより多くない。

 

「リュウ」

 

「ナオ、聞いてくれ」

 

「嫌な予感しかしない」

 

「一時期めちゃくちゃ勝ってた」

 

「今は?」

 

 リュウは黙った。

 

「今は?」

 ナオがもう1回聞く。

 

「……ちょっと減った」

 

「負けてるじゃん」

 

「でも、途中は勝ってた」

 

「途中は関係ないだろ」

 

「関係ある。気持ち的には勝ってる」

 

「エルは?」

 

「少し負けてる」

 

「それは負けだな」

 リュウは悔しそうに台を見る。

 

「いや、でもブレイブマンは悪くない。俺のやめ時が悪かった」

 

「それはそうだな」

 

「まだ勝てる」

 

「今日はもうやめとけ」

 

「あとちょっとだけ……」

 

「ちょっとで終われないだろ」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「半分くらい」

 

「半分かよ」

 ナオはリュウの肩に手を置いた。

 

 ゴツい手で軽く押すと、リュウは少しだけ椅子から離れた。

 

「今日は帰るぞ。2人で見れば少しプラスだ」

 

「マジで?」

 

「俺が少し勝った」

 

「さすがナオ」

 

「お前が減らした分を埋めただけだけどな」

 

「パーティってそういうものだろ」

 

「都合いいな」

 

「2人パーティだからな」

 

 リュウは笑った。

 ナオも少し笑った。

 

 2人はチップをエルに換えて、カジノを出た。

 

 外はもう夜だった。

 

 でも町はまだにぎやかだ。

 

 酒場から笑い声が聞こえる。

 

 屋台から肉の焼ける匂いがする。

 

 冒険者らしい人たちが、今日の依頼の話をしながら歩いていた。

 

 この世界の夜にも、少しずつ慣れてきた。

 

「悔しいな」

 リュウが袋を振りながら言った。

 

「負けたから?」

 

「いや、勝ちきれなかったから」

 

「それが1番危ない考え方だぞ」

 

「分かってる」

 リュウはそう言いながらも、まだ悔しそうだった。

 

「でも楽しかったな」

 

「それは分かる」

 ナオはうなずいた。

 

「負けると腹立つけど、勝つと気持ちいい」

 

「それも分かる」

 

「また行こうぜ」

 

「その前にギルドだな」

 

「分かってる。働いて、稼いで、また遊ぶ」

 

「順番は大事だな」

 

 2人は宿屋へ戻った。

 扉を開けると、慣れた匂いがした。

 

 少し安心する。

 サチはカウンターの近くで片付けをしていた。

 

 ナオたちに気づくと、顔を上げる。

 

「おかえり。遅かったね」

 

「カジノ行ってた」

 リュウが普通に言った。

 

 サチの手が止まった。

「……また?」

 

「またってほど行ってないだろ」

 

「この前も行ってたよね?」

 

「この前はこの前だ」

 

「同じ意味だよ」

 サチは少し呆れた顔をした。

 

「で、勝ったの?」

 ナオとリュウは顔を見合わせた。

 

「勝った」 

「勝ったな」

 2人は同時に言った。

 

 サチは目を細める。

「その言い方、あまり勝ってない人の言い方」

 

 ナオは笑った。

「鋭いな」

 

「やっぱり」

 リュウが慌てて手を振った。

 

「いや、負けてはない。2人合わせたら勝ってる」

 

「2人合わせたら?」

 

「大事なのは合計だ」

 

 サチは小さくため息をついた。

「無理だけはしないでね」

 

 その言い方は、思ったより優しかった。

 

 ナオは少し返事に困った。

 

 心配されることに、まだ慣れていない。

 この世界に来てから、毎日よく分からないことばかりだった。

 

 魔物と戦って、エルを稼いで、飯を食って、また明日のことを考える。

 

 落ち着く暇なんてほとんどない。

 でも、この宿に戻ると少しだけ落ち着く。

 誰かが「おかえり」と言ってくれる。

 それだけで、思っていたより違った。

 

「大丈夫」

 ナオは言った。

 

「ちゃんと引き際は考えてる」

 

「ナオはまだ信用できる」

 

「俺は?」

 リュウが自分を指さした。

 

 サチは少し考えた。

「リュウさんは、ミーちゃんに怒られたら?」

 

「なんでミーが出てくるんだよ」

 

「ギルドで会うでしょう?」

 

「まあ、会うけど」

 

「明日、言っちゃおうかな」

 

「やめろ!」

 リュウが本気で慌てた。

 

 ナオとサチは同時に笑った。

 そのあと、2人は遅めの飯を食べた。

 

 リュウはブレイブマンの話を大げさに話した。

 赤い背景で外れた話は、まるで世界が自分を裏切ったみたいに話していた。

 

 青8がそろった話は、たぶん本当の3倍くらい派手になっていた。

 

 サチは呆れながらも、ちゃんと最後まで聞いていた。

 

 ナオはその横で、今日の勝負を思い返していた。

 

 勝てた場面。

 降りて正解だった場面。

 追いすぎて負けた場面。

 

 もっと取れたかもしれない場面。

 ギャンブルは怖い。

 でも、ただ怖いだけじゃなかった。

 この世界で生きるには、魔物を倒す力だけでは足りない。

 

 エルを稼ぐ力。

 危ないところで止まる力。

 相手を見る力。

 それから、負けても笑って戻ってこられる場所。

 

「次は絶対勝ち越す」

 リュウはまだ言っている。

 

「その前に、明日はギルドだろ」

 ナオが言うと、リュウは肉を飲み込んでうなずいた。

 

「分かってる。働いて、稼いで、また勝負だ」

 

「本当に分かってるのか?」

 

「分かってるって」

 

「怪しいな」

 

「働く、食う、賭ける。これがこの世界の生き方だ」

 

「最後はお前だけだと思う」

 ナオは笑った。

 

 全部が危なくて、全部が不安定で、明日どうなるかも分からない。

 

 でも今日は、勝ったり負けたりして、飯を食って、笑っている。

 

 この世界での生活は、まだ始まったばかりだ。

 

 ナオは袋の中のエルを軽く鳴らした。

 

 大勝ちじゃない。

 

 でも、負けでもない。

 

 今日はまだ、前に進めている。

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