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19話 旧道の話と小さな約束

 次の日、ナオは宿の入口で香り草の匂いを感じながら、外を眺めていた。


 昨日の雨上がりとは違って、今日は朝から空が明るい。


 水たまりもかなり減っている。


 通りには屋台が並び、荷車が行き交い、冒険者たちがギルドの方へ歩いていく。


 いつもの町の朝だった。


 けれどナオの頭には、昨日見た旧道の景色が残っていた。


 崩れた道。


 土の下から出てきた古い道しるべ。


 見張り小屋。


 古い街道。


 その先に何があるのか、まだ分からない。


 でも、いつか行くことになる。


 そんな気がしていた。


「おはよ」


 サチの声がした。


 振り向くと、サチが宿の入口に置いた花の水を替えていた。


「おはよう」


「今日は早いね」


「昨日早めに寝たからな」


「カジノ行かなかったもんね」


「最近、それで判断されるな」


「分かりやすいから」


 サチは笑いながら、花の茎を少し整えた。


「昨日の旧道のこと、まだ考えてる?」


「分かるか?」


「顔に出てる」


「俺も分かりやすいのか」


「リュウほどじゃないけどね」


 ナオは少し笑った。


 サチは香り草の横に花を戻す。


 宿の入口が、前より少しだけ明るく見えた。


 ただ通り過ぎる場所だったはずなのに、そこに自分の持ち帰ったものがあるだけで、少し違って見える。


「旧道、危ない場所だったんでしょ?」


「ああ、道が崩れてた」


「奥まで行ったら、もっと危ないかもね」


「そうだな」


「でも行くんでしょ、いつか」


 サチは責めるようには言わなかった。


 ただ、分かっているという感じだった。


「行くと思う」


「だよね」


「でも、準備してからだ」


「私にも言ってから」


「ああ」


「帰ってくる予定も言ってから」


「ああ」


「ナオ、こういう時ちゃんと約束するけど、いざとなったら無理しそうだからなぁ」


「そんなに信用ないか?」


「信用はしてるよ」


 サチは少しだけナオを見た。


「でも、ナオは助けられるものを見つけたら、立ち止まれなさそう」


 ナオはすぐには返せなかった。


 護衛依頼の帰り道。


 怪我をしていた男と子どもを見つけた時のことを思い出す。


 あの時も、見捨てて進むことはできなかった。


 正しいかどうか分からないまま、荷車に乗せた。


 結果的には助かった。


 でも、それがいつも正しいとは限らない。


「そうかもしれない」


 ナオが言うと、サチは少し驚いたように目を上げた。


「否定しないんだ」


「できないな」


「じゃあ、そこは気をつけて」


「ああ」


「助けるなって言ってるんじゃないよ」


「分かってる」


「帰ってきてって言ってるだけ」


 その言葉は、前にも聞いた。


 でも、聞くたびに少し重さが変わる。


 ナオはうなずいた。


「ちゃんと帰ってくる」


「何割?」


「10割」


「よし」


 サチは安心したように笑った。


 その時、階段からリュウが降りてきた。


 今日は珍しく、寝癖が少ない。


 ただ、少し足元を気にしている。


 昨日、斜面で滑ったことをまだ引きずっているのかもしれない。


「おはよう」


 ナオが言うと、リュウは片手を上げた。


「おはよう」


「足、痛むのか?」


「痛まない」


「じゃあなんで見てるんだ?」


「泥が落ちたか確認してる」


「まだ気にしてたのか」


 サチがリュウを見る。


「昨日滑ったんだっけ?」


「少しな」


「怪我なくてよかったけど、ほんと気をつけなよ」


「分かってる」


「何割?」


「今日は10割」


「今日は?」


「毎日10割」


「今ちょっと盛ったでしょ」


「8割くらい盛った」


「ほぼ盛ってるじゃん」


 サチは笑った。


 リュウも笑いながら頭をかいた。


「今日はギルドか?」


 ナオが聞く。


「ああ、昨日の旧道のこと、ガルドさんに聞くんだろ?」


「そのつもり」


「俺も気になる」


「奥には行かないぞ」


「分かってる」


「何割?」


「10割」


 リュウは少し間を置いた。


「今日は本当に」


「その間が怪しいな」


 サチが言うと、リュウは苦笑した。


 2人は宿を出て、いつもの屋台でパンと串焼きを買った。


 リュウは串焼きを2本持っている。


 3本ではない。


 昨日に続き、そこは止まれたらしい。


「3本目は?」


 ナオが聞くと、リュウは少し胸を張った。


「止まった」


「成長してるな」


「だろ?」


「食欲でも止まる練習か」


「食欲は強敵だからな」


「それは分かる」


 ギルドに着くと、受付の棚から鈴の音が聞こえた。


 ちりん。


 ミーが木の鳥飾りに触れたらしく、耳がぴこっと動いている。


 リュウはそれを見ると、少しだけ口元を緩めた。


「おはよう、ミー」


「あ、リュウさん、ナオさん、おはようございますです」


「おはよう」


 ナオも声をかける。


 ミーはリュウの足元を見た。


「足、大丈夫ですか?」


「大丈夫」


「昨日滑ったって聞いたので」


「誰に?」


「昨日、ナオさんとリュウさんが帰ったあと、サチさんが少しギルドに来て、聞きました」


「サチ来たのか?」


 ナオが少し驚く。


 ミーはうなずいた。


「はい、香り草のお礼で、ギルドにも少し用があったみたいです」


「そうだったのか」


「あと、リュウさんが滑ったけど怪我はないって言ってました」


「広まってる」


 リュウが顔をしかめる。


 ミーは真面目な顔で続けた。


「でも、怪我がないならよかったです」


「心配した?」


「しました」


 ミーは即答した。


 リュウは一瞬、言葉に詰まった。


「そ、そうか」


「はい、リュウさんは速いけど、たまに危なそうなので」


「そこも即答なんだな」


「はい」


「でも心配してくれたなら、ありがとう」


 リュウが少し照れたように言うと、ミーは耳をぴこっと動かした。


「どういたしましてです」


 ナオは少しだけ視線を外した。


 見ないふりをしておく。


 たぶん、それが今は一番いい。


「ミー、ガルドさんいる?」


 ナオが聞くと、ミーは受付の奥を見た。


「います、訓練場です、昨日の旧道の話ですよね?」


「ああ」


「私も聞きたいです」


「受付はいいのか?」


「今は少しだけ大丈夫です、たぶん」


「そのたぶんは大丈夫なのか?」


「近くに別の受付さんがいます」


「なら大丈夫か」


 ミーは書類を少し片付けてから、2人を訓練場へ案内した。


 途中でまた木箱につまずきかけたが、リュウがすぐに手を出した。


「危ない」


「あ、ありがとうございますです」


「足元見ろよ」


「リュウさんに言われると、ちょっと不思議です」


「どういう意味だよ」


「昨日滑ったので」


「それは道が悪かったんだ」


「でも滑ったんですよね?」


「滑った」


「じゃあ、リュウさんも足元見ましょう」


「はい」


 リュウが素直に返事をしたので、ミーは少し嬉しそうに笑った。


 訓練場では、ガルドが木の的の前に立っていた。


 今日は魔法を撃っているわけではなく、的の角度を調整しているようだった。


「来たか」


 ガルドは振り向く前にそう言った。


「分かるんですか?」


 リュウが聞く。


「足音で分かる」


「俺たち、そんな特徴あります?」


「ある、ナオは重い、リュウは軽い、ミーは慌ててる」


「私、慌ててます?」


 ミーが聞くと、ガルドは即答した。


「慌ててる」


「そんなぁ」


 ミーの耳が少し下がった。


 リュウが笑う。


「当たってるな」


「リュウさんまで」


「でも、そこもミーっぽい」


「私っぽいですか?」


「ああ」


 ミーは少し考えてから、なぜか納得した。


「じゃあ大丈夫です」


「何が大丈夫なんだ」


 ナオは小さく笑ったあと、ガルドに向き直った。


「昨日、西の旧道の入口を見てきた」


「ああ、聞いてる」


「崩れた場所に、古い道しるべが出てた」


「見張り小屋の文字があったんだろ」


「知ってるのか?」


 ガルドは的から手を離し、腕を組んだ。


「昔の街道だ、今はほとんど使われていない」


「見張り小屋は?」


「残っているはずだ、ただし、まともな状態かは知らん」


「危ない場所なのか?」


「危ない」


 ガルドは短く言った。


 その言い方で、リュウの顔が少し真面目になる。


「魔物が出るんですか?」


「出る可能性がある、あそこは昔から小型魔物の通り道になりやすい」


「ミーが言ってたな」


「それだけじゃない」


 ガルドは訓練場の端にある古い椅子に腰を下ろした。


「古い街道は、人が使わなくなると魔物が使う、道が残っているからな」


「魔物も道を通るのか?」


 リュウが聞くと、ガルドはうなずいた。


「通る、獣も魔物も、歩きやすい場所を選ぶ、昔の道は特にそうだ」


「じゃあ見張り小屋のあたりは」


「通り道の近くにある可能性が高い」


 ナオは昨日の旧道を思い出した。


 濡れた草。


 崩れた土。


 斜面の下に出ていた古い道しるべ。


 その先の細い道。


 ただの廃れた場所ではない。


 使う人間が減ったあと、別のものが通る場所になっている。


「行くなら、準備が必要だな」


 ナオが言うと、ガルドは少し目を細めた。


「行くつもりか?」


「いつかは」


「今すぐじゃないな?」


「今すぐじゃない」


「ならいい」


 ガルドはうなずいた。


「行くなら、最低でももう1人は欲しい」


「もう1人?」


 リュウが反応する。


「お前たちは2人で動けるようになってきた、だが見張り小屋まで行くなら、索敵か回復か、荷物管理ができるやつがいた方がいい」


「回復はナオができるんじゃないですか?」


 ミーが言うと、ガルドは首を横に振った。


「ナオは支援寄りだ、回復もできるかもしれんが、まだ安定していないだろ」


「そうだな」


 ナオは認めた。


 回復っぽい力はある。


 でも、自分でも分かっていない。


 怪我を完全に治すような使い方は、まだできない。


「それに、ナオが倒れたら終わりだ」


 ガルドは続けた。


「リュウが前に出て、ナオが支える、それは悪くない、だが2人だけだと崩れた時の立て直しが弱い」


 リュウは少し黙った。


 たぶん、自分が前に出すぎることを考えているのだろう。


 ミーも真剣に聞いていた。


「じゃあ、誰か加えた方がいいのか」


 ナオが言うと、ガルドはうなずいた。


「すぐにではない、だが遠くへ行くなら考えろ」


 ナオの頭に、サチの顔が浮かんだ。


 それから、ミーの顔も。


 まだ早い。


 サチは宿の仕事がある。


 ミーはギルドの受付だ。


 今すぐパーティに入れるような話ではない。


 けれど、いつか町を離れるなら。


 その時、2人だけではなくなる可能性はある。


「ナオさん?」


 ミーが首を傾げる。


「何か考えてます?」


「ああ、少し」


「お腹空きますよ」


「それはミーだけだろ」


「そんなことないです、リュウさんも空きます」


「俺を巻き込むな」


「リュウさん、いつもお腹空いてそうです」


「まあ、それは否定できない」


 ガルドは少しだけ笑った。


「今日は旧道へは行くな、行くならまずギルドで正式な調査依頼が出てからだ」


「分かった」


「それまでは、町の近くで経験を積め」


「はい」


 リュウが素直に返事をする。


 ガルドはリュウを見た。


「お前は昨日滑ったらしいな」


「そこまで伝わってるんですか」


「ギルドでは伝わる」


「怖いな」


「斜面で無理をするな、速さでどうにもならん場所もある」


「分かりました」


「本当に分かってるか?」


「10割」


 リュウが言うと、ミーが横から小さく言った。


「9割くらいかもです」


「ミー」


「心配なので」


 リュウは何も言えなくなった。


 ナオは少し笑った。


 ガルドとの話を終えたあと、ミーは受付へ戻り、ナオとリュウは掲示板の前に立った。


 今日は大きな依頼を受ける気分ではなかった。


 旧道の話で、少し頭が重い。


 でも、何もしないのも落ち着かない。


「軽いやつにするか」


 リュウが言った。


「そうだな」


「さっきの話聞いたあとに、変に大きいの受ける気にならないし」


「珍しく冷静だな」


「俺だって考える」


「今日は本当に成長してるな」


「昨日滑ったからな」


「滑るのも役に立つんだな」


「二度と役に立てたくないけどな」


 掲示板には、町の中の配達補助の依頼があった。


 雨のあとで道が悪く、少し重い荷物を何軒かに届ける手伝い。


 危険はない。


 報酬は少なめ。


 でも、今の気分にはちょうどよかった。


「これにするか」


「いいな、町の中だし」


 手続きをして、2人は荷物配達に出た。


 配るのは、布や小さな道具、乾燥した薬草の包みだった。


 ナオは荷物を持つ。


 リュウは道を確認しながら先に歩く。


 町の中とはいえ、昨日の雨で足元は悪い。


 リュウは前より慎重だった。


「リュウ、そこ水たまり」


「分かってる」


「そこ泥」


「見えてる」


「そこ滑るぞ」


「ナオ、俺の保護者か?」


「今はそうかもな」


「やめろ」


 リュウは笑った。


 でも、ちゃんと避けて歩いている。


 配達先の1つは、サチの宿の近くだった。


 荷物を届けたあと、ナオは宿の入口をちらっと見た。


 サチが客と話している。


 こちらに気づくと、小さく手を振った。


 ナオも軽く手を上げる。


 それだけだった。


 でも、なんとなく安心した。


「寄らなくていいのか?」


 リュウが言う。


「依頼中だ」


「真面目だな」


「あとで話せる」


「それもそうか」


 リュウは少し笑った。


 すべての配達を終え、ギルドに戻る頃には昼を少し過ぎていた。


 ミーが受付で待っている。


「あ、お疲れさまでした」


「終わった」


 ナオが配達確認の札を渡す。


「ありがとうございますです」


 ミーは確認しながら、リュウを見た。


「滑りませんでした?」


「滑ってない」


「転びませんでした?」


「転んでない」


「水たまりにはまりませんでした?」


「はまってない」


「おお、完璧です」


「だろ?」


「リュウさん、今日は10割ですね」


「やっと信じたか」


「はい、今日は信じます」


 ミーはにこにこしている。


 リュウも少し嬉しそうだった。


 報酬を受け取り、ギルドを出る。


 今日は大きなことはしていない。


 旧道の話を聞き、町の中で配達をしただけだ。


 でも、ナオの中には、少し先のことが残っていた。


 見張り小屋へ行くなら、もう1人欲しい。


 遠くへ行くなら、2人だけでは崩れた時に弱い。


 ガルドの言葉は、思ったより重かった。


 宿へ戻ると、サチが入口で香り草を少し結び直していた。


「おかえり」


「ただいま」


「今日は早いね」


「町の中の配達だった」


「旧道じゃないんだ」


「ああ、ガルドさんに話を聞いた」


 サチの手が少し止まる。


「何て?」


「見張り小屋の方は、魔物の通り道になってる可能性があるって」


「やっぱり危ないんだ」


「ああ」


「行くの?」


「今すぐは行かない」


「今すぐは、ね」


 サチはナオの言葉を繰り返した。


「行く時は準備するし、ギルドの正式な依頼が出てからにする」


「2人で?」


 ナオは少し黙った。


 サチはその反応を見逃さなかった。


「何か言われた?」


「行くなら、もう1人は欲しいって言われた」


「もう1人」


「ああ、索敵とか回復とか、荷物管理ができる人」


「そっか」


 サチは香り草を結ぶ手を止めた。


 少しだけ考え込むような顔になる。


「2人だけじゃ危ないんだね」


「そうらしい」


「ナオはどう思うの?」


「たぶん、その通りだと思う」


「たぶん」


「うつったな」


「うつってるね」


 サチは少し笑ったが、すぐに真面目な顔に戻った。


「私は冒険者じゃないから、行くとか行かないとか簡単に言えないけど」


「ああ」


「でも、2人だけじゃ危ないなら、ちゃんと誰かと行ってほしい」


「分かった」


「無理して、2人で行かないで」


「行かない」


「何割?」


「10割」


 サチはナオを見て、ゆっくりうなずいた。


「ならいい」


 ナオは少しだけ迷ってから言った。


「サチは、町の外に出たいと思うことあるか?」


 サチは少し驚いた顔をした。


「急だね」


「急だったな」


「んー、どうだろ」


 サチは宿の中をちらっと見た。


 客の声が聞こえる。


 宿の仕事はある。


 ここにはサチの生活がある。


「今すぐどこかに行きたいってわけじゃないけど」


「ああ」


「ずっとここだけっていうのも、たまに考えるかな」


「そうなのか?」


「うん、宿は好きだよ、でも外の話を聞くと、ちょっと気になる」


 サチは少しだけ笑った。


「ナオたちが村に行った話とか、旧道の話とか聞いてるとね」


「危ない話ばっかりだけどな」


「それでも」


 その言葉に、ナオは少しだけ胸が揺れた。


 今すぐではない。


 でも、いつか。


 その言葉が、どこかで形になり始めている気がした。


「いつか、ちゃんと安全に行ける時があったら」


 ナオは言いかけて、少し止まった。


 サチが続きを待つように見る。


「一緒に行けたらいいな」


 言ってから、ナオは少しだけ視線を外した。


 サチもすぐには返事をしなかった。


 入口の香り草が、風で少し揺れる。


「うん」


 サチは小さく言った。


「その時は、ちゃんと安全にね」


「ああ」


「あと、宿の都合も考えてね」


「もちろん」


「それから、リュウが食べ物全部食べないように」


「そこも大事だな」


 2人は笑った。


 空気が少しだけ軽くなる。


 でも、さっきの言葉は消えなかった。


 いつか一緒に行けたら。


 それは、ただの思いつきではなくなっていた。


 その夜、ナオとリュウは食堂で飯を食べた。


 リュウは今日のミーとのやり取りを少し嬉しそうに話していた。


「今日は10割って言われた」


「滑らなかったからな」


「ミーに信じてもらえた」


「よかったな」


「なんか、嬉しいな」


「素直だな」


「まあな」


 リュウは肉を食べながら、少し照れたように笑った。


「ナオはサチと何話してたんだ?」


「旧道の話」


「それだけ?」


「それだけだ」


「ふーん」


「その顔やめろ」


「いや、ナオも分かりやすいなと思って」


「お前ほどじゃない」


「そうかな」


「そうだ」


 ナオは水を飲んだ。


 見張り小屋。


 旧道。


 魔物の通り道。


 もう1人。


 サチの外へ出たいという言葉。


 リュウとミーの距離。


 いろいろなものが、少しずつ先へつながっている。


 今すぐ大きな冒険に出るわけではない。


 特別な勝負に呼ばれるわけでもない。


 でも、日々の中で少しずつ準備が進んでいる。


 ナオはそう感じていた。


 食堂の外では、カジノの看板が今日も光っていた。


 リュウは一度だけそちらを見る。


 だが、今日はすぐに目を戻した。


「今日は?」


 ナオが聞くと、リュウは少し考えた。


「行かない」


「本当に?」


「今日は10割」


「ミー効果か?」


「かもしれない」


 リュウは笑った。


 ナオも笑った。


 止まること。


 戻ること。


 誰かに心配されること。


 誰かと一緒に行くかもしれない未来。


 この世界での生活は、思っていたよりゆっくり進んでいる。


 でも、そのゆっくりが今は悪くなかった。


 急がなくていい。


 ただ、少しずつ強くなり、少しずつ遠くへ行けるようになる。


 そしてそのたびに、ちゃんと帰ってくる。


 今のナオには、それが一番大事に思えた。

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