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15話 戻った町と次の一歩

 次の日、ナオは少し遅めに目を覚ました。


 昨日は護衛依頼から戻り、ギルドで報告をして、宿に帰って、サチに土産を渡した。


 そのあと食堂で飯を食べたが、カジノには行かなかった。


 リュウも何も言わなかった。


 それくらい、体も頭も疲れていたのだと思う。


 窓の外はすでに明るい。


 町の音もいつも通り戻っている。


 荷車の音。


 屋台の声。


 冒険者たちの笑い声。


 村の静かな朝とは違う。


 この町の朝だ。


「……戻ってきたんだな」


 ナオは小さくつぶやいた。


 たった1泊しただけなのに、町の音が少し懐かしく感じる。


 不思議だった。


 荷物を軽く整理してから、ナオは杖を持って部屋を出た。


 階段を下りると、宿の入口にサチがいた。


 昨日渡した香り草の束が、入口近くの小さな棚に置かれている。


 ほのかにさわやかな匂いがした。


「おはよ」


 サチが顔を上げる。


「おはよう」


「今日は遅めだね」


「昨日の疲れが残ってる」


「そりゃそうでしょ、初めて泊まりの護衛だったんだから」


「泊まりって言っても1泊だけどな」


「1泊でも町の外でしょ」


 サチはそう言って、香り草の方をちらっと見た。


「これ、いいね、入口の匂いがちょっと変わった」


「邪魔じゃないか?」


「全然、むしろ助かる」


「ならよかった」


「虫よけにもなるんでしょ?」


「店の人はそう言ってた」


「たぶん?」


「たぶん」


「ナオまでミーみたいになってるじゃん」


 サチが笑った。


 ナオも少し笑う。


 ミーの話題が出ると、自然にリュウの顔も浮かんだ。


 木の鳥飾りを渡して、ミーの耳が動いた時のリュウの満足そうな顔。


 あれは、見ていて少し分かりやすかった。


「リュウは?」


 サチが聞く。


「まだ寝てるかも」


「昨日ちゃんと帰ってきたから、今日は許す」


「サチに許可されてる」


「だって心配したし」


 サチは少しだけ唇を尖らせた。


 軽い口調だったが、その奥に昨日までの心配がまだ少し残っている気がした。


「昨日はありがとう」


 ナオが言う。


「何が?」


「見送ってくれたことと、待っててくれたこと」


 サチは少し目を丸くした。


 それから、わざとらしく視線をそらす。


「別に、宿の客だからね」


「そういうことにしておく」


「なにその言い方」


「リュウに似てきたかな」


「それはやめた方がいい」


 2人は笑った。


 その時、階段から足音がした。


 リュウが少し眠そうな顔で降りてくる。


 髪はいつもよりまとまっている。


 昨日、ミーに渡す土産を買ったせいか、少しだけ身だしなみに気を使っているようにも見えた。


「おはよう」


 ナオが言うと、リュウは片手を上げた。


「おはよう」


「今日はまともに起きたな」


「俺は成長してるからな」


「昨日疲れて寝ただけだろ」


「それも成長の一部だ」


 サチがリュウを見る。


「昨日はちゃんと帰ってきたから、今日はちょっと信用してあげる」


「ちょっとか」


「8割くらい」


「高いのか低いのか分かんないな」


「リュウには高い方」


「ひどい」


 リュウは苦笑した。


「今日はどうするの?」


 サチが聞く。


「ギルドで報酬の確認と、軽い依頼かな」


 ナオが答える。


「昨日の次の日なのに働くの?」


「軽いやつだけな」


「休んでもいいんじゃない?」


「エルはいるし、町にいるなら何かした方がいい」


「真面目だね」


「カジノ行くよりはいいだろ」


 ナオが言うと、リュウがすぐ反応した。


「夜なら行ける」


「行かない流れだっただろ」


「まだ昼の話しかしてない」


「そういうところだぞ」


 サチが呆れたように笑う。


「リュウ、勝った次が危ないんじゃないの?」


「分かってる」


「何割?」


「9割」


「あと1割がカジノ行きそう」


「否定できない」


 リュウは自分で言って笑った。


 宿を出た2人は、いつもの屋台でパンと串焼きを買った。


 昨日の村の静けさと比べると、町の屋台はかなり騒がしい。


 でも、その騒がしさが少し心地よかった。


「やっぱ町は便利だな」


 リュウが串焼きをかじりながら言った。


「村も悪くなかったけどな」


「静かすぎた」


「カジノがないからか?」


「それもある」


「そこは認めるのか」


「でも星はきれいだったな」


「それは分かる」


 ナオはパンを食べながら、昨日の夜空を思い出した。


 町では見えない数の星。


 静かな道。


 遠くの犬の声。


 ああいう夜も、悪くない。


 ただ、帰ってくる場所があるからそう思えたのかもしれない。


 ギルドに着くと、受付の方から鈴の音がした。


 ちりん。


 見ると、ミーが昨日リュウからもらった木の鳥飾りを受付の棚に置いていた。


 紙を取るたびに、少し触れて鈴が鳴っている。


 そのたびにミーの耳が動く。


 リュウがすぐに反応した。


「飾ってくれたんだ」


 ミーは顔を上げる。


「あ、リュウさん、ナオさん、おはようございますです」


「おはよう、ミー」


「おはよう」


 ナオも声をかける。


 ミーは木の鳥飾りを少し持ち上げた。


「これ、かわいいので受付に置きました、鈴が鳴ると耳が勝手に動きます」


「今も動いてた」


 リュウが言う。


「やっぱり動いてました?」


「動いてた」


「気をつけます」


「いや、気をつけなくていいと思う」


「そうですか?」


「ああ、いいと思う」


 リュウは少しだけ視線をそらした。


 ミーはよく分からない顔で首を傾げる。


 ナオはその横で笑いをこらえた。


「昨日の護衛依頼、正式に完了になりました」


 ミーが書類を取り出す。


「追加の報告も通ってます、怪我人を連れて帰った件も、ハルムさんから説明がありました」


「問題なかったか?」


 ナオが聞く。


「はい、むしろ助かったって言ってました、治療所の人も、もう少し遅かったら危なかったかもって」


「そうか」


 ナオは少しだけ息を吐いた。


 正しいかどうか分からずにやったことだった。


 でも、少なくとも助かった人はいた。


 それだけで少し救われる。


「その男の人はどうなるんだ?」


 リュウが聞いた。


「衛兵さんが話を聞くみたいです、でも怪我があるので、まず治療ですね」


「そっか」


「リュウさん、気になりますか?」


「まあ、少しな」


「優しいですね」


「いや、昨日襲ってきた相手だし」


「でも気になるんですよね?」


「……まあ」


 ミーはにこっと笑った。


「それは優しいです」


 リュウは少し困った顔をした。


「真っ直ぐ言うなよ」


「曲げた方がいいですか?」


「いや、そういう意味じゃなくて」


「難しいですね」


 ミーは真剣に考え始めた。


 リュウはそれを見て、結局笑ってしまった。


 ナオは受付の横に貼られた小さな掲示を見た。


 昨日の護衛依頼とは別に、新しい依頼がいくつか増えている。


 軽い荷運び。


 薬草整理の手伝い。


 訓練場の片付け。


 町の南側で落とし物探し。


 大きな依頼はない。


 今日はそれくらいでちょうどいい。


「ミー、今日は軽い依頼がいい」


「軽い依頼ですね、荷物が軽いやつですか?危険が軽いやつですか?」


「危険が軽いやつ」


「あ、そっちですね」


「前も同じこと言ってたな」


「成長してないですか?」


「いや、確認するようになったから成長してる」


「おお、成長です」


 ミーは嬉しそうにうなずいた。


 リュウが掲示板を見る。


「訓練場の片付けって、ガルドさんのところか?」


「はい、昨日の午後に訓練用の的が壊れたらしいです」


「誰が壊したんだ?」


「ガルドさんです」


「教える側が壊したのかよ」


「強い魔法の見本を見せたら、的がばきっとなったそうです」


「見本が強すぎる」


 ナオは少し考えた。


 魔法の練習もしたい。


 ガルドに会えるかもしれない。


 訓練場の片付けなら、危険は少ない。


「それにするか」


「いいな、ついでに少し練習できるかも」


 リュウもうなずく。


 ミーは依頼書を用意しながら言った。


「リュウさん、片付けで張り切りすぎて壊さないでくださいね」


「俺は片付けで壊さない」


「本当ですか?」


「10割」


「おお、今日は信用できます」


「今日はってなんだよ」


 ミーはにこにこしたまま手続きを終えた。


 2人はギルド奥の訓練場へ向かった。


 そこにはガルドがいた。


 昨日と同じ灰色のローブ姿で、壊れた的の前に立っている。


 木の的は見事に真っ二つになっていた。


「来たか」


 ガルドが振り向く。


「これ、どうやったらこうなるんですか?」


 リュウが壊れた的を見て言った。


「魔法を当てた」


「当てすぎじゃないですか?」


「加減を間違えた」


「先生でも間違えるんですね」


「間違える、だから練習する」


 ガルドは平然と言った。


 ナオはその言葉に少し安心した。


 分からないまま使っている自分だけが危ないわけではない。


 ちゃんと分かっている人でも、間違えることはある。


 だから練習する。


 それは自然なことなのだろう。


「片付けの依頼で来ました」


 ナオが言うと、ガルドはうなずいた。


「壊れた的を運んで、新しい的を出す、それが終わったら少し見てやる」


「いいんですか?」


「ああ、昨日の護衛で何か感じたことがあっただろ」


 ナオは少し驚いた。


「分かるのか?」


「顔に出てる」


「顔に出るのか」


「お前は考え込む顔をする」


 リュウが横でうなずいた。


「それは分かる」


「リュウに言われたくない」


「俺は顔に出ないだろ」


「カジノ行きたい時、顔に出てる」


「それは別」


「別じゃない」


 ガルドは少しだけ笑った。


 2人は壊れた的を運び始めた。


 木の板は思ったより重かった。


 ナオは大きな破片を持ち上げる。


 リュウは細かい破片を集める。


 訓練場の土には、焦げたような跡が残っていた。


 ガルドの魔法の跡らしい。


「魔法って、使い方間違えると普通に危ないな」


 リュウが言った。


「当たり前だろ」


 ナオが答える。


「でもさ、ナオの魔法は光ってるし、支援っぽいから、そこまで危ない感じしないじゃん」


「光の弾は当たったら痛いだろ」


「まあな」


「それに、支援も間違えたらリュウが転ぶ」


「昨日転びかけたな」


「だから練習がいる」


 ナオは破片を置きながら言った。


 リュウは少し真面目な顔でうなずく。


「俺も止まる練習、ちゃんとやるか」


「やっと自分で言ったな」


「ミーに言われすぎた」


「効いてるじゃないか」


「効いてる」


 片付けが終わると、ガルドが新しい的を立てた。


 昨日より少し小さい。


 ナオはその前に立つ。


「昨日、護衛で魔法を使ったか?」


 ガルドが聞く。


「使った」


「どう使った?」


「魔物を驚かせるために光を出したのと、リュウを支援した、それと人に向けて撃てるように見せた」


「撃ったのか?」


「撃ってない」


「いい判断だ」


 ガルドは短く言った。


「撃てることと、撃つことは違う、相手が人間なら特にな」


 ナオは昨日の男たちを思い出した。


 短剣を持った手。


 震えていた声。


 そして今日、怪我をして倒れていた男。


「難しいな」


「ああ、難しい」


「魔物より人間の方が」


「そう思うなら、まともだ」


 ガルドは的を指さす。


「今日は撃つ練習じゃない、止める練習をする」


「止める?」


「相手を傷つけず、動きを止める、あるいは進む方向を変える、護衛ではそっちの方が役に立つことがある」


 ナオは杖を握り直した。


 相手を倒すのではなく、止める。


 光で驚かせる。


 足元に壁のようなものを作る。


 昨日も感覚でやっていた。


 それをもう少し狙って出せるようにする。


「まず、的の前に光を落としてみろ、当てるな、前に落とす」


「分かった」


 ナオは杖を向ける。


 魔力を集める。


 小さく固める。


 でも飛ばしすぎない。


 的に当てるのではなく、手前に落とす。


「はぁぁっ」


 光が飛び、的の足元に当たった。


 少し近い。


 的がかすかに揺れた。


「当たりかけたな」


 ガルドが言う。


「難しい」


「攻撃の感覚が混ざってる、落とすんじゃなく、置け」


「置く」


「そうだ、投げるな、置く」


 ナオはもう一度構える。


 今度は光を押し出さない。


 的の前に、そっと置く。


「うぉ……」


 杖の先から光が伸び、的の手前でふっと地面に落ちた。


 小さく光が弾ける。


 的には当たらない。


「今のだ」


 ガルドがうなずく。


「これを戦闘中に出せれば、相手の足を止められる」


「相手を傷つけずに」


「そうだ、ただし、油断すれば自分がやられる、優しさで使うんじゃない、状況を制御するために使え」


 ナオはうなずいた。


 優しさではない。


 状況を制御する。


 その言い方は、少し冷たいようで、逆に分かりやすかった。


 リュウの方では、ガルドに言われて動きの練習をしていた。


 前に出る。


 止まる。


 戻る。


 荷車の代わりに置いた木箱から離れすぎないように、距離を確認しながら動く。


「リュウ、前に出すぎだ」


 ガルドが言う。


「今のもですか?」


「あと2歩遠い」


「2歩か」


「護衛対象が後ろにいる時、その2歩で相手に横を抜かれる」


「なるほど」


 リュウは木箱との距離を見た。


 もう一度動く。


 今度は踏み込みを少し短くし、すぐ戻る。


「今のは?」


「悪くない」


「おお」


「だが戻る時に背中を向けるな」


「難しいですね」


「だから練習する」


 リュウは息を吐き、もう一度動いた。


 いつもの勢いだけではない。


 ちゃんと考えている。


 ナオはそれを横目で見て、少し頼もしく感じた。


 訓練が終わる頃には、2人とも汗をかいていた。


 大きな戦闘をしたわけではない。


 でも、昨日とは違う疲れがあった。


 ガルドは腕を組んで2人を見る。


「お前たちは、派手な強さより先に、戻る力を覚えた方がいい」


「戻る力?」


 ナオが聞く。


「行って、帰ってくる力だ、護衛でも、討伐でも、旅でも同じだ」


 その言葉に、ナオはサチの顔を思い出した。


 ちゃんと帰ってきて。


 それはただの心配ではなく、大事な力なのかもしれない。


「強いやつは倒せるやつじゃない、帰ってこられるやつだ」


 ガルドはそう言った。


 リュウも黙って聞いていた。


 いつもなら軽く返しそうなところだが、今日は何も言わなかった。


「分かりました」


 ナオが言うと、ガルドはうなずいた。


「分かったつもりでいい、あとは依頼で覚えろ」


「厳しいな」


 リュウが言う。


「冒険者だからな」


 ガルドは昨日と同じようにさらっと言った。


 訓練場を出ると、ミーが受付で木の鳥飾りを手にしていた。


 鈴を鳴らしすぎたのか、近くの職員に少し注意されている。


「あ、すみません、鳴らしすぎました」


「仕事中だからね」


「はい、でもいい音なので」


「気持ちは分かるけどね」


 リュウが近づくと、ミーはすぐに飾りを棚に戻した。


「あ、リュウさん」


「気に入った?」


「はい、とても」


「ならよかった」


「でも鳴らしすぎて注意されました」


「やっぱり」


「耳が勝手に反応するので、少し楽しいです」


「それは見てて分かる」


 ミーは少し恥ずかしそうに耳を伏せた。


「リュウさん、今日は訓練したんですか?」


「した」


「止まる練習ですか?」


「そう」


「おお、リュウさんが自分から止まる練習を」


「なんか大事件みたいに言うな」


「大事件ではないけど、すごいです」


「それならいいか」


 ナオは報酬の確認を済ませる。


 片付けの依頼報酬は少ない。


 でも訓練もできたので、十分だった。


「ナオさんも魔法の練習しました?」


 ミーが聞く。


「ああ、今日は止める練習」


「ナオさんも止める練習ですか」


「リュウとは少し違うけどな」


「2人とも止まる日ですね」


「変な日みたいに言うな」


 ミーは楽しそうに笑った。


 ギルドを出る頃には、夕方が近くなっていた。


 カジノの看板は、まだ灯り始めていない。


 リュウはその方向をちらっと見たが、すぐに目を戻した。


「今日は行かない」


 リュウが自分から言った。


「珍しいな」


「昨日帰ってきたばっかりだし、今日は訓練で疲れた」


「本当に成長してるな」


「だろ?」


「明日は?」


「分からん」


「そこは変わらないな」


 2人は笑いながら、宿の方へ歩いた。


 途中で屋台の匂いがしたが、まだ飯には少し早い。


 ナオは宿に戻ってから、サチに今日の話をすることにした。


 宿の入口では、サチが香り草の位置を少し変えていた。


 昨日より見えやすい場所に置かれている。


「おかえり」


「ただいま」


 ナオが答えると、サチはナオとリュウの顔を見比べた。


「今日は疲れてる顔してる」


「訓練した」


「依頼じゃなくて?」


「訓練場の片付け依頼と、ついでに練習」


「へぇ、何の練習?」


「止める練習」


「止める?」


 サチが首を傾げる。


 リュウが横から言った。


「俺は前に出すぎない練習」


「それは大事だね」


「即答だな」


「大事でしょ」


「まあな」


 ナオは続ける。


「俺は相手を傷つけずに止める練習」


「ナオっぽい」


「そうか?」


「うん、でもそれ難しそう」


「かなり」


「危ない相手を止めるんでしょ?傷つけないって、逆に大変じゃない?」


「そうなんだよな」


 サチは少し考え込んだ。


「でも、できたらすごくいいね」


「ガルドさんにも、状況を制御するために使えって言われた」


「難しいこと言う人だね」


「でも分かりやすかった」


「ナオ、そういうの好きそう」


「そういうの?」


「ただ強いとかより、考えて動く感じ」


 ナオは少しだけ照れくさくなった。


「好きというか、そうしないと怖い」


「それがナオっぽいんだよ」


 サチは軽く笑った。


 リュウはその横で伸びをする。


「俺は考えすぎると動けなくなるからな」


「リュウは動いてから考えそう」


 サチが言う。


「それ、悪口?」


「半分くらい」


「また半分か」


「でも、ちゃんと戻る練習してるならいいじゃん」


「今日は褒められてる気がする」


「半分くらいね」


「結局半分」


 リュウは笑いながら宿の中へ入っていった。


「俺、荷物置いてくる」


「ああ」


 ナオは入口に残った。


 サチは香り草を指先で少し整えながら言った。


「昨日帰ってきて、今日もう訓練って、冒険者って忙しいね」


「暇な日もあると思う」


「カジノ行く日?」


「それはリュウだな」


「ナオも行くでしょ」


「少しは」


「正直」


 サチは笑った。


 それから、少しだけ真面目な顔になる。


「昨日の護衛、また行くことになるのかな」


「あると思う」


「もっと遠くにも?」


「いつかは」


「そっか」


 サチは香り草から手を離した。


「そうなったら、また見送るのかな」


「嫌か?」


「嫌っていうか、慣れなさそう」


「俺も慣れないと思う」


「出る側なのに?」


「出る側も、戻ること考えると少し重い」


 サチはナオを見た。


「ちゃんと帰ってくるって、簡単じゃないんだね」


「ああ」


「でも、帰ってくるなら見送れる」


 その言葉に、ナオは少しだけ息を止めた。


「そうか」


「うん、帰ってくるならね」


 サチは軽く笑った。


 重い話になりすぎないようにしているのが分かった。


 ナオも、それ以上深くは言わなかった。


「じゃあ、帰ってくる練習もしないとな」


「そんな練習あるの?」


「ガルドさんが言ってた、行って帰ってくる力が大事だって」


「いいこと言うね、その人」


「だろ」


「でも、リュウに1番必要そう」


「それはそう」


 サチはまた笑った。


 夜、2人は近くの食堂で飯を食べた。


 カジノには行かなかった。


 リュウは少しだけ行きたそうにしていたが、足は向けなかった。


「今日は止まる日だからな」


 リュウが肉を食べながら言った。


「自分で言うと効果あるな」


 ナオが返す。


「でも明日は分からん」


「それも自分で言うな」


「正直な男だから」


「都合のいい正直だな」


 食堂の窓から、カジノの光が少しだけ見えた。


 ナオはそれを横目に見ながら、今日の訓練を思い返した。


 撃つのではなく、置く。


 倒すのではなく、止める。


 行くだけではなく、帰る。


 今まで少しずつやってきたことが、少しずつ言葉になっていく。


 この世界に来たばかりの頃は、ただ生きるだけで精一杯だった。


 今も余裕があるわけではない。


 でも、何を覚えればいいのかは少しずつ見えてきた。


 リュウは剣を使いながら、止まることを覚えている。


 ナオは魔法を使いながら、支えることを覚えている。


 そして2人とも、帰ることを少しずつ覚えている。


 派手な勝利ではない。


 大きな冒険でもない。


 でも、この積み重ねがいつか、もっと遠くへ行く力になるのだと思う。


 ナオは水を飲み、窓の外を見た。


 町の光。


 ギルドの明かり。


 宿の方角。


 カジノの看板。


 全部が、昨日より少しだけ身近に見えた。


 行って、帰ってくる。


 その繰り返しで、この世界は少しずつ広がっていく。


 たぶん、明日もまた何かがある。


 でも今日は、止まる日でいい。


 そう思いながら、ナオは食事を続けた。

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