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14話 帰り道と小さな土産

村の朝は、町の朝より静かだった。


 ナオは宿の小さな窓から外を見た。


 薄い霧が畑の上にかかっている。


 遠くで鶏の鳴く声がして、誰かが井戸の水をくむ音が聞こえる。


 町のように屋台の煙が並ぶわけでもない。


 冒険者が武器を持って歩き回っているわけでもない。


 静かで、少し冷たい朝だった。


「……町とは違うな」


 ナオは小さくつぶやいた。


 昨日は初めての護衛依頼で、この村まで来た。


 荷物を守りながら歩き、途中で小型の魔物を追い払い、武器を持った男たちとも向き合った。


 大きな戦闘にはならなかった。


 けれど、あれはあれでかなり疲れた。


 魔物より、人間の方が変に重い。


 リュウが言っていた言葉を、ナオは思い出していた。


 隣の部屋から、何かが落ちる音がした。


「……起きたな」


 ナオは荷物を持って部屋を出た。


 リュウの部屋の扉を叩く。


「リュウ、起きてるか?」


「起きてる」


「今、何か落としただろ」


「荷物が自分で落ちた」


「そんなわけあるか」


 扉が開くと、リュウが少し眠そうな顔で出てきた。


 髪は昨日より跳ねている。


 剣は腰にある。


 荷物も一応まとまっている。


 ただ、袋の口から干し肉の包みが少し見えていた。


「それ、食べかけか?」


 ナオが聞く。


「非常用」


「食べかけの非常用ってなんだよ」


「非常に腹が減った時用」


「今だろ」


「今はまだ8割くらい」


「空腹を割合で言うな」


 リュウは笑いながら袋を閉じた。


 2人は宿を出て、昨日の連絡所へ向かった。


 村の道は狭く、土の匂いが強い。


 途中、小さな店の前に、干した果物や木の飾りが並んでいた。


 リュウが足を止める。


「土産、買ってくか?」


「昨日言ってたやつか」


「せっかく村まで来たし」


 ナオも店先を見る。


 派手な物はない。


 干し果物を固めた小さな包み。


 木で作られた小さな鳥の飾り。


 香りのする草を束ねたもの。


 町ではあまり見ないものだった。


「サチには何がいいかな」


 ナオが言うと、リュウがすぐににやっとした。


「やっぱ買うんだ」


「宿に世話になってるからな」


「はいはい、宿にね」


「その顔やめろ」


「別に何も言ってないだろ」


「顔が言ってる」


 ナオは店先の品を見た。


 サチには食べ物より、宿で使えそうなものの方がいいかもしれない。


 香り草の束は、部屋や入口に置くと虫よけにもなるらしい。


 店の老婆がそう教えてくれた。


「これ、ください」


 ナオは香り草の束を1つ買った。


 さわやかな匂いがする。


 強すぎず、宿の入口に置いても邪魔にならなそうだった。


「ナオらしいな」


 リュウが言った。


「そうか?」


「実用的」


「悪いか?」


「悪くない、サチも喜ぶんじゃないか」


 リュウはそう言ってから、自分も店先を見始めた。


「ミーには何がいいかな」


「ギルドへの土産だっけ?」


「そう、ギルドへの」


「じゃあ、ギルド全体に買えばいいだろ」


「いや、ミーに渡しやすいやつがいい」


「言ってること変わってるぞ」


「変わってない、ギルドへの土産をミーに渡すんだ」


「ほぼミー用だな」


 リュウは少し照れたように顔をそらした。


 店先に、小さな鈴のついた木の飾りがあった。


 鳥の形をしていて、振ると軽く鳴る。


 リュウはそれを手に取った。


「これ、どうかな」


「ミーの耳、反応しそうだな」


「だろ?」


「からかうために買うのか?」


「違う、似合いそうだと思っただけ」


「ふーん」


「その顔やめろ」


 結局、リュウは木の鳥飾りを買った。


 小さな鈴がついている。


 歩くたびに、かすかに鳴った。


 連絡所に着くと、ハルムがすでに帰りの荷物を確認していた。


 昨日より荷物は少ない。


 村から町へ運ぶのは、乾燥した薬草と小さな工芸品らしい。


「おはよう、よく眠れたか?」


 ハルムが言った。


「はい」


 ナオが答える。


「村、静かすぎて逆に眠れなかったです」


 リュウが言うと、ハルムは笑った。


「町の人間は最初そう言うな」


「カジノの音がないと物足りないのか?」


 ナオが言う。


「そこまでは言ってない」


「顔が言ってる」


「言ってない」


 荷物の積み込みを手伝い、帰りの準備を終える。


 ハルムは昨日の道を見ながら言った。


「帰りも同じ道だが、油断はできん、昨日の男たちがまた出る可能性もある」


「分かりました」


 ナオは杖を握った。


 リュウも剣の柄に手を置く。


 昨日と違って、少しだけ気持ちは落ち着いていた。


 ただの移動ではない。


 荷物を守る。


 依頼を終わらせて、町に帰る。


 それが今日の仕事だった。


 村を出る時、リュウが少し後ろを振り返った。


「なんか、1泊しただけなのに、ちょっと知ってる場所みたいになるな」


「分かる」


 ナオも村の門を見る。


「でも帰る場所は町だな」


「サチも待ってるしな」


「宿があるからな」


「はいはい」


「その返事やめろ」


 リュウは笑った。


 帰り道は、昨日より少しだけ歩きやすく感じた。


 1度通った道だからかもしれない。


 草原の広がり。


 林の位置。


 休憩した場所。


 昨日はすべて初めてだったものが、今日は少しだけ見覚えのある景色になっていた。


 それだけで、不安が少し減る。


 でも、林の近くに差しかかった時、ナオは自然と足を少し緩めた。


「ここ、昨日魔物が出たところだな」


 リュウが言った。


「ああ」


「今日は静かだな」


「静かだからって安全とは限らない」


「ナオらしい」


「警戒して損はない」


 ハルムも荷車をゆっくり進める。


 林の奥で、小さな鳥が飛び立った。


 その音に、リュウがすぐ反応する。


 だが、剣は抜かなかった。


 ナオも杖を構えかけて、すぐに下ろす。


「鳥か」


「鳥だな」


「昨日の光るトカゲよりは普通だ」


「ここにはいないだろ」


「分からないぞ、光る鳥とかいるかもしれない」


「この世界ならありそうで嫌だな」


 少し緊張が緩んだ。


 だが、その直後、荷車の後ろからがたんと音がした。


 ナオとリュウは同時に振り返る。


 荷物の1つが少し傾いていた。


「止まってください」


 ナオが言うと、ハルムが荷車を止めた。


 荷物を確認すると、縄が少し緩んでいた。


 道の凹凸でずれたらしい。


「危なかったな」


 リュウが言う。


「落ちたら壊れてたかもな」


 ナオは荷物を押さえ、リュウが縄を結び直す。


 リュウの手つきは少しぎこちない。


「結べるのか?」


「たぶん」


「たぶんは怖い」


「こういうの苦手なんだよ」


 ハルムが横から手を出した。


「ここはこうだ」


「おお」


 リュウが感心する。


「すごいな」


「荷を扱うなら基本だ、冒険者も覚えておいて損はない」


「たしかに」


 ナオも手元を見る。


 剣や魔法だけではない。


 荷物の結び方。


 道の見方。


 休むタイミング。


 護衛には、戦う以外のことが多い。


 ナオはそれを覚えておこうと思った。


 荷物を直し、再び進む。


 昼前、道の脇で休憩を取った。


 ナオは水を飲み、サチにもらった干し果物を1つ食べた。


 リュウは干し肉とパンを食べている。


 やっぱりよく食べる。


「それ、ミーに買ったやつ?」


 ナオがリュウの袋を見て聞いた。


「そう」


 リュウは木の鳥飾りをちらっと見せた。


 鈴が小さく鳴る。


「似合うと思うんだよな」


「耳がぴこぴこしそうだな」


「するだろうな」


「それ見たいだけじゃないのか?」


「半分くらい」


「正直だな」


 リュウは少し笑った。


「でも、昨日見送りに来てくれたしさ」


「ああ」


「なんか、ああいうのあると帰らないとなって思うな」


「分かる」


「ナオもサチに言われたんだろ、ちゃんと帰ってきてって」


 ナオは干し果物をかじったまま、少し黙った。


「言われた」


「効いた?」


「かなり」


「だよな」


 リュウは空を見上げた。


「こういうの、面倒だけど悪くないな」


「面倒なのか?」


「待ってる人がいるってことは、勝手に無茶できないってことだろ」


「そうだな」


「でも、悪くない」


「そうだな」


 2人は少しだけ黙って、同じ方向を見ていた。


 道はまだ町へ続いている。


 遠くに、昨日出てきた岩陰が見えた。


 ナオは自然と表情を引き締める。


「昨日の場所だな」


 リュウも気づいた。


「ああ」


 ハルムも少し緊張したように、荷車の速度を落とす。


 岩陰には、誰もいないように見えた。


 だが、完全には分からない。


 ナオは杖を握る。


 リュウは荷車から離れすぎない位置に立つ。


 昨日より、2人の動きは自然だった。


 岩陰の前を通り過ぎようとした時、草むらが少し揺れた。


 リュウが一歩前に出る。


 ナオは杖を向ける。


 出てきたのは、昨日の男たちではなかった。


 小さな子どもだった。


 痩せた男の子が、こちらを見て固まっている。


 手には木の棒。


 服はかなり汚れていた。


 リュウが剣から手を離す。


「子ども?」


 ナオも杖を下ろした。


 ハルムが小さく息を吐く。


「近くの集落の子かもしれん」


 男の子は逃げようとした。


 だが、足元がふらついて、すぐに座り込んだ。


「待って」


 ナオはゆっくり近づく。


 男の子は警戒している。


 ナオは距離を取ったまま、荷物から水袋を出した。


「飲むか?」


 男の子は何も言わない。


 ただ、水袋を見ている。


 ナオは地面に水袋を置いて、少し下がった。


 男の子はおそるおそる手を伸ばし、水を飲んだ。


 リュウは周囲を見ている。


 罠かもしれない。


 それでも、今のところ他に人の気配はない。


「1人か?」


 ナオが聞く。


 男の子は首を横に振った。


 それから、岩陰の方を小さく指さす。


 ナオとリュウは顔を見合わせた。


「見に行くか?」


 リュウが小声で言う。


「荷車から離れすぎない」


「分かってる」


 ハルムは少し考えてから言った。


「私も行こう、荷車はここに置けない」


「危なくないですか?」


「荷を置いていく方が危ない」


 結局、荷車をゆっくり進めながら岩陰の奥を見ることにした。


 そこには、昨日の男の1人が倒れていた。


 短剣を持っていた男ではない。


 木の棒を持っていた方だ。


 肩を押さえて、苦しそうに息をしている。


 昨日より顔色が悪い。


「昨日の……」


 リュウが低く言う。


 男はナオたちに気づくと、逃げようとした。


 しかし、動けなかった。


「待て、何もしない」


 ナオが言った。


「近づくな」


 男はかすれた声で言う。


 ナオは距離を取ったまま、男を見る。


 肩に傷がある。


 昨日の戦いでできたものではない。


 何かに噛まれたような跡だった。


「魔物か?」


 リュウが聞く。


 男は答えない。


 子どもが男の近くへ寄る。


 たぶん、親か兄弟か。


 関係は分からない。


 だが、置いていくには重すぎる状況だった。


 ハルムが小さく息を吐いた。


「近くに古い小屋がある、そこまでなら運べるかもしれん、町に戻れば治療も受けられる」


「でも、昨日の男ですよ」


 リュウが言う。


「分かっている」


 ハルムの声は静かだった。


「だが、ここで死なせれば寝覚めが悪い」


 ナオは男を見る。


 昨日、荷物を奪おうとした相手。


 武器を向けてきた相手。


 でも、今は怪我をして動けない人間だった。


 どうするのが正しいのか、すぐには分からない。


 ただ、見捨てて進むことは、ナオにはできなかった。


「リュウ」


「ああ」


 リュウは短く答えた。


「荷車に少しだけ場所を作りましょう」


 ナオが言うと、ハルムはうなずいた。


 荷物を少し寄せ、男を荷車に乗せる。


 リュウは警戒しながら手伝った。


 男は抵抗しなかった。


 抵抗できなかったのかもしれない。


 子どもも一緒に荷車の端に座らせた。


「町まで運ぶんですか?」


 リュウが小声で聞く。


「連れていくしかない」


 ナオは答えた。


「依頼外だな」


「そうだな」


「でも、まあ、仕方ないか」


「リュウは嫌か?」


「嫌っていうか、昨日襲ってきた相手だしな」


「分かる」


「でも、子どもいるし」


 リュウは頭をかいた。


「こういうの、面倒だな」


「そうだな」


「でも、置いていけないな」


「ああ」


 荷車は少し重くなった。


 進む速度も落ちた。


 男は苦しそうに目を閉じている。


 子どもは黙って荷車の端に座り、木の棒を抱えていた。


 ナオは時々振り返りながら歩いた。


 ただの護衛依頼が、少し違うものになっていた。


 敵だった相手を助ける。


 正しいかどうか分からない。


 でも、今はそうするしかない。


 町が見えてきた時、ナオはようやく少し息を吐いた。


 門の前で衛兵に事情を話す。


 ハルムが説明し、男と子どもは町の治療所へ運ばれることになった。


 昨日荷物を奪おうとしたことも、正直に伝えた。


 男は抵抗しなかった。


 子どもは最後まで何も言わなかった。


 ただ、治療所へ向かう前に、ナオの方を少しだけ見た。


 礼なのか。


 警戒なのか。


 分からない。


 でも、目は昨日の男たちとは違っていた。


「終わったな」


 リュウが言った。


「まだギルドに報告がある」


「そうだった」


 ハルムは荷物を無事に届けたあと、ナオたちに深く頭を下げた。


「本当に助かった、帰りは予定外のことまであったが、君たちがいてくれてよかった」


「荷物が無事でよかったです」


 ナオが言うと、ハルムは少し笑った。


「荷物だけじゃない、あの親子もだ」


「親子なんですか?」


「たぶんだがな、あの子の様子を見る限り」


 ハルムは町の奥を見た。


「世の中、うまくいかないことも多い、だが今日みたいなこともある」


 ナオは何も言えなかった。


 リュウも黙っていた。


 ギルドに戻ると、ミーが受付から身を乗り出した。


「あ、帰ってきました!」


 耳がぴんと立っている。


 リュウを見ると、すぐに表情が明るくなった。


「リュウさん、無事ですか?」


「無事」


「ナオさんも無事ですか?」


「ああ」


「よかったです、ちゃんと帰ってきましたね」


 ミーはほっとしたように笑った。


 リュウは少し得意げに胸を張る。


「しかも護衛成功だ」


「すごいです」


「途中で魔物も追い払った」


「おお」


「あと、昨日襲ってきたっぽい男も助けた」


「えっ?」


 ミーの耳がぴたりと止まった。


「どういうことですか?」


「説明すると長い」


 ナオが言う。


「長くても聞きます、受付なので」


「受付関係あるか?」


「たぶんあります」


 ナオたちは報告した。


 昨日の男たち。


 帰り道で見つけた子ども。


 怪我をしていた男。


 荷車に乗せて町まで連れてきたこと。


 ミーは途中で何度か目を丸くしながら聞いていた。


「なんか、すごい護衛依頼でしたね」


「俺たちもそう思う」


 リュウが言う。


「リュウさん、追いかけたりしなかったんですか?」


「しなかった」


「おお、止まる練習の成果です」


「それ、まだ言うのか」


「はい、でも今回はすごくいい意味です」


「ならいいか」


 リュウは少し照れたように笑った。


 ミーは報酬の手続きをしながら、ちらちらリュウを見ていた。


「リュウさん、ちゃんと帰ってきてよかったです」


「そんなに心配してた?」


「えっと、少しです」


「少し?」


「8割くらいです」


「かなりじゃないか」


「そうかもです」


 ミーは自分で言ってから、少しだけ恥ずかしそうに耳を下げた。


 リュウは言葉に詰まった。


 ナオはその横で静かに笑った。


 報酬を受け取ったあと、リュウはごそごそと袋を探った。


「あ、そうだ」


「なんですか?」


「これ、村の土産、ギルドに」


 リュウは木の鳥飾りを差し出した。


 小さな鈴が、ちりんと鳴る。


 ミーの耳がぴこっと動いた。


「あ、かわいいです」


「ギルドに飾ってもいいし、ミーが持っててもいいし」


「え、いいんですか?」


「土産だからな」


「ありがとうございますです」


 ミーは両手で受け取った。


 鈴を軽く鳴らす。


 ちりん。


 耳がまた動く。


 リュウはそれを見て、少し満足そうだった。


「耳、動いたな」


「えっ、動きました?」


「動いた」


「勝手に動きます」


「面白いな」


「面白いですか?」


「いや、いいと思う」


 ミーはよく分からない顔をしながらも、嬉しそうに飾りを見ていた。


 ナオは報告を終えると、ギルドを出た。


 リュウもミーに手を振ってついてくる。


「嬉しそうだったな」


 ナオが言う。


「ギルドへの土産だからな」


「まだ言うのか」


「そういうことにしておけ」


 リュウは少し照れたように言った。


 夕方の町は、いつものようににぎやかだった。


 カジノの看板も光り始めている。


 だが、今日は不思議とそちらへ足が向かなかった。


 疲れている。


 それもある。


 でも、それだけではない。


 今日は帰る場所がある。


 報告する相手がいる。


 ナオは宿へ向かった。


 入口にはサチがいた。


 ナオたちを見ると、ぱっと表情が変わる。


「帰ってきた」


「ああ」


 ナオが答える。


 サチは一歩近づいた。


「怪我は?」


「ない」


「リュウは?」


「俺もない」


「本当に?」


「本当に」


「何割?」


「10割」


「よし」


 サチはようやく息を吐いた。


 ナオは荷物から香り草の束を出した。


「これ、土産」


「え?」


「村で買った、虫よけにもなるらしい」


 サチは受け取って、少し驚いた顔をした。


 それから、香りを確かめるように鼻に近づける。


「いい匂い」


「宿に置けるかと思って」


「……ありがと」


 サチは少しだけ目をそらした。


「実用的でナオっぽいね」


「リュウにも言われた」


「でも、嬉しい」


 その言葉に、ナオは少しだけ胸が軽くなった。


「ちゃんと帰ってきたな」


 ナオが言うと、サチは小さくうなずいた。


「うん、ちゃんと帰ってきた」


 サチは香り草を胸の前で持ったまま、少しだけ笑った。


「おかえり」


「ただいま」


 そのやり取りだけで、ナオは思ったより安心した。


 町に戻った。


 宿に戻った。


 サチのところへ戻った。


 それが、ただの帰還以上の意味を持ち始めている気がした。


 リュウは少し離れたところで、その様子を見ていた。


「俺、先に荷物置いてくるわ」


「逃げるな」


 ナオが言うと、リュウは笑った。


「邪魔しないだけだ」


「何の話だよ」


「さあな」


 リュウは軽い足取りで宿の中へ入っていった。


 サチは首を傾げる。


「リュウ、何か変じゃない?」


「いつもだろ」


「それもそうだね」


 2人は少し笑った。


 その夜、ナオとリュウは近くの食堂で飯を食べた。


 カジノには行かなかった。


 リュウも今日は行こうとは言わなかった。


 肉を食べながら、リュウはぽつりと言った。


「護衛って、疲れるな」


「かなりな」


「でも、悪くなかった」


「ああ」


「また行くことになるかな」


「あるだろうな」


「そのうち、もっと遠くにも行くのかな」


「たぶんな」


「その時、サチとかミーはどうするんだろうな」


 ナオは少しだけ箸を止めた。


「まだ早いだろ」


「そうだけどさ」


「でも、いつか考えることになるかもな」


「だよな」


 リュウは少し笑った。


「まあ、今はまだこの町でいいか」


「そうだな」


「カジノもあるし」


「最後で台無しだな」


「大事だろ」


 ナオは笑った。


 でも、その笑いは軽かった。


 町に戻ってきた安心感。


 依頼を終えた疲れ。


 そして、少しだけ広がった世界。


 隣村までの護衛依頼は、小さな仕事だったかもしれない。


 けれどナオたちにとっては、大きな一歩だった。


 町の外へ出た。


 帰ってきた。


 誰かに見送られ、誰かに迎えられた。


 それだけで、この世界での居場所が少しだけ形になった気がした。


 ナオは食堂の窓から、夜の町を見た。


 カジノの光。


 ギルドの明かり。


 宿へ続く道。


 まだ知らない場所は多い。


 でも、帰る場所も少しずつ増えている。


 それはきっと、悪くないことだった。

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