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盾の少女は世界を救わない 〜攻撃できない盾魔法の少女、子どもの誘拐事件から国家の闇を暴く  作者: まるい そら


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第46話 王子の夜会

煌びやかな光に包まれた広間へ、私は一歩を踏み入れた。


幾重にも連なるシャンデリアの光が、大理石の床に反射し、行き交う貴族たちの衣装の色を淡くにじませていた。


すでに夜会は始まっている。

音楽と笑い声が重なる中で、場の中心だけが妙に張り詰めていた。


私は、わずかに視線を動かす。


(私、変じゃないかな…)


そのすぐ後ろで、低く落ち着いた声がかかる。


「ご安心ください、アイリー様。皆、あなたを見ていますが、敵意ではありません」


レオンだった。黒の正装に身を包み、いつもより一歩引いた位置で控えながら、視線は常に周囲をなぞっている。


「……そういうの、余計に緊張する」


小さく返すと、レオンはわずかに目を伏せた。


「失礼いたしました。ただ、何かあればすぐにお声がけください」


その言葉に、短く頷く。


その隣では、ラーラとルークもそれぞれ夜会用の装いに身を包んでいた。


ラーラは深い暗赤色のドレスを軽やかに着こなし、露出を抑えながらも動きやすさを失っていない。視線は人の流れを追い、死角を拾うように動いている。


「……人、多いわね」


「貴族ばっかだな」


ルークは窮屈そうに襟元を指で引いた。


普段の戦装束とは違う仕立ての良い服だが、肩幅の広い体にはどこか馴染んでいない。


「落ち着かねぇ」


「その顔、丸わかりよ」


ラーラが小さく笑う。


「でも、視界は開けてる。動きも読みやすい」


先ほどの言葉を言い換えるように、淡々と状況を評価する。


ルークは肩をすくめた。


「戦いやすいってか」


「そういうこと」


私は、そのやり取りを横目に見ながら、小さく息を吐く。


(ビビは……部屋で正解だったな)


音も、人も、気配も多すぎる。ここに連れてきていたら、落ち着いてはいられなかった。


そのとき、広間の奥で動きが止まった。


音楽がすっと引き、視線が一方向に集まる。


ゆっくりと、ひとりの男が前へ出る。


第一王子、エリオット・ヴァルドゥナ。


柔らかな微笑を浮かべながらも、その立ち姿には自然と場を支配する力があった。


「本日はお集まりいただき、感謝いたします」


穏やかな声が広間全体に広がる。


「皆様もご存じの通り、我が国は現在、隣国ガルドニア帝国との緊張関係の中にあります。戦はまだ全面には至っていませんが、小競り合いは増え続けており、その影響はすでに民の生活に及び始めています」


静かに言葉を紡ぎながら、視線がゆっくりと会場を巡る。


「特に顕著なのが、戦争孤児の増加です」


空気がわずかに沈む。


「現在、ルクス養育院は全国に十九箇所、在籍する子どもは六百から七百名に及びます。これは皆様の支援と尽力によって支えられているものです」


一度、言葉を区切る。


だが、今度は止めずに続けた。


「しかし、現状は“維持”に過ぎません。今後さらに孤児が増えることを考えれば、この政策はより強い推進力をもって進めなければならないと、私は考えています」


視線が、ある一点へと向けられる。


「そこで、本日皆様にご紹介したい人物がいます」


王子がゆっくりと手を差し出す。


「アイリー・エイジス。こちらへ」


突然の指名に、動きが一瞬止まる。


周囲の視線が一斉に集まる。


逃げ場はない。


レオンが一歩だけ近づき、低く囁いた。


「大丈夫です。いつも通りで」


その言葉に、私は小さく息を吸う。


そして、歩き出した。


床に映る自分の姿が揺れる。


一歩ごとに、音がやけに大きく感じる。


王子の隣に立つ。


「彼女は、己の盾で子どもたちを救い、ベルグの街で発生したドミニク医師の一件においても迅速な対応を見せました」


場の空気が変わる。


知っている者は頷き、知らない者は興味を向ける。


「すでに一部では“光”として語られている存在です」


わずかに笑みを深める。


「そして昨日、彼女は名誉男爵として新たな立場を得ました」


ざわめきが広がる。


「今後は、彼女をルクス養育院の広報の中心とし、王都における活動の軸としていきたいと考えています」


王子は視線を会場全体へと戻す。


「まだ若く、新たな貴族です。だからこそ、皆様の力が必要です」


一人ひとりを見るように。


「どうか、彼女に手を貸していただきたい」


沈黙。


次の瞬間、拍手が広がった。


だが、その音の中に混じる視線は一様ではない。


歓迎、打算、疑念。


すべてが混ざっている。


その中心に、私は立っていた。


その光の裏側にあるものを、まだ誰も知らない。


拍手の余韻が広間に残る中で、私は高台の上に立ったまま呼吸を整えた。


笑みを浮かべる者、値踏みする者、反応を隠す者――無数の視線が一度に向けられている。


逃げ場はない。


隣に立つ王子がわずかに視線を寄せる。


「あなたの言葉を聞かせてください」


静かだが、拒む余地はない声音だった。


私は一度だけ目を閉じ、足を一歩前へ出す。


床に映る自分の姿がわずかに揺れる。


広間全体を見渡し、息を吸う。


「アイリー・エイジスです。昨日、名誉男爵の位をいただきました」


声は硬さを残しながらも、最後まで崩れない。


「私は、子どもを救うことを自分の役目だと思っています」


言葉を選びすぎない。


そのまま置く。


「すべてを救えるとは思っていませんが、目の前にいる命を見捨てないことはできると思っています」


視線を動かし、会場全体へ向ける。


「そのために動きますし、その過程で皆様に力をお願いすることもあると思います」


一瞬も逸らさずに言い切る。


「そのときは、どうか手を貸してください。よろしくお願いします」


深く頭を下げると、ドレスの裾が静かに揺れ、わずかに遅れて拍手が広がる。


音は揃わず、軽いものと形だけのものが混ざる中で、ひとつだけはっきりと力のこもった拍手があった。


顔を上げる。


人の流れの中に、その音の中心がある。


教会の黒衣をまとった男が、迷いなく手を打ち続けている。


マルセル。


教会本部の現場責任者。


背筋は伸び、肩の力は抜け、目はわずかに細められていて、その奥にあるのは打算ではなく、言葉をそのまま受け取った者の確かな肯定だった。


私の言葉を、疑いなく信じている。


視線を横へ流す。


会場の端で、ルークが腕を組んだまま立っている。


窮屈そうにしていたはずの男が、今は動かず、わずかに顎を引いてステージを見ている。


ラーラは壁際に寄り、拍手をしながらも視線だけは滑らせ、誰がどの温度で反応しているかを拾っている。


その中で、レオンの姿が一瞬視界から外れる。


探すように視線を動かすと、少し離れた位置で立ち、こちらではなく会場の奥を見ている。


拍手の流れには乗っていない。


何かを測るように、動きを追っている。


(……何を見てるの)


その疑問が形になる前に、拍手はさらに広がり、広間全体が一段だけ熱を帯びる。


光の中心に立ったまま、私はその場から動けずにいた。


♦︎


高台から降りると、空気の圧が一段ゆるむ。


背中に集まっていた視線がほどけ、代わりに近い距離のざわめきと音楽が戻ってくる。


私は小さく息を吐き、そのまま足を進めてルークたちのもとへ向かう。


「……はぁ」


肩の力が抜ける。


「緊張した」


二人の前で立ち止まり、顔を上げる。


「変じゃなかった?」


ルークが一瞬だけ目を細め、そのまま肩をすくめる。


「普通に立ってただろ」


短いが、否定ではない。


ラーラがその横でくすりと笑い、わざとらしく姿勢を正した。


「とても堂々としておりましたよ、男爵様」


軽くスカートの端を摘むような仕草をして、視線だけを上げる。


「立派なご挨拶でした」


「やめて」


顔をしかめる。


「その呼び方、まだ慣れてない」


「慣れなさいよ」


ラーラはさらりと返し、グラスを口元に運ぶ。


「もうそういう立場なんだから」


ルークが横から小さく笑う。


「まぁ、変ではなかったな」


その一言に、肩の力がもう少し抜ける。


そのとき、後ろから控えめな足音が近づく。


振り向くと、黒衣の男が一歩距離を保ったまま立ち止まった。


教会の装い。


マルセルだった。


「少し、お時間よろしいでしょうか」


柔らかな声だが、言葉ははっきりしている。


向き直る。


「はい」


マルセルは一度だけ頭を下げ、まっすぐに視線を向ける。


「先ほどのお言葉、聞かせていただきました」


間を置かずに続ける。


「……あの言葉は、現場に立つ人間として、とても重く受け取りました」


その声には飾りがない。


「私たちは、すべてを救うことはできません」


同じ言葉をなぞるように言いながら、わずかに目を伏せる。


「それでも、手を伸ばし続けるしかないと、そう思ってやってきました」


顔を上げる。


その目は揺れていない。


「あなたの言葉は、その先に進もうとしているものだと感じました」


一歩だけ、距離を詰めて止まる。


「もし、あなたが本気でその役目を担うのであれば」


言葉を区切らずに続ける。


「私は、現場の人間として、できる限り力をお貸しします」


はっきりとした声だった。


「教会としても、私個人としても、協力は惜しみません」


その言葉に、一瞬だけ言葉を探す。


すぐに、頷く。


「……ありがとうございます」


短いが、視線は逸らさない。


マルセルは穏やかに微笑み、もう一度だけ頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


それ以上は踏み込まず、そのまま一歩下がる。


場の距離を保ったまま、静かに人の流れへ戻っていく。


その背中を見送り、ラーラが小さく息を吐く。


「いい人ね」


「だな」


ルークも短く返す。


私はマルセルの背中を目で追ったまま、ゆっくりと視線を戻す。


そのとき、近くを通った給仕が銀のトレイを運び、香ばしい匂いが流れてくる。


広間の奥では料理が並び始め、人の流れが少しずつ移動している。


ラーラが視線だけでそちらを示す。


「行く?」


「……行こう」


ルークが頷く。


私も小さく息を吐き、足を踏み出す。


光と音の中へ、三人はそのまま歩き出した。


♦︎


食事を終えた広間は、先ほどまでの緊張がわずかにほどけ、談笑の声と軽い笑いが混ざり合っていた。


人の流れも、ゆるやかに広がっている。


私はグラスを手にしたまま、小さく息を吐いた。


「……やっと少し慣れてきた」


ラーラが横で肩をすくめる。


「最初が重すぎたのよ」


「まぁな」


ルークも短く返し、周囲を見回す。


さっきまで感じていた視線の圧は薄れ、代わりに距離を測るような視線が散っている。


そのとき、背後から迷いのない足音が近づく。


振り向く前に、空気が変わる。


「ご挨拶が遅れました」


低く、よく通る声だった。


振り向く。


そこに立っていたのは、整えられた装いの男。


無駄のない立ち姿と、崩れない表情。


クロヴィス・レクシオン。


噂で聞いていた、王子一番の側近。


その視線が、まっすぐに向けられる。


「クロヴィス・レクシオンと申します。第一王子の補佐を務めております」

丁寧な言葉遣いだが、温度は薄い。


形式としての礼儀だけが整っている。


私は正面から視線を受け止める。


「アイリー・エイジスです」


クロヴィスはわずかに口角を上げる。


「先ほどのご挨拶、拝聴いたしました」


評価とも否定とも取れない声音で続ける。


「今後、王子の活動に同行される機会が増えると思います」


一歩だけ距離を詰める。


「その際、私も必ず同行いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」


言葉は穏やかだが、逃げ場がない。


私は小さく頷く。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


クロヴィスの視線が、ほんのわずかに動く。


周囲を一度だけ確認し、再び戻る。


「あなたの言葉は、理想としては非常に美しい」


そのまま続ける。


「ですが、現場では“選ばなければならない場面”が必ず訪れます」


声音は変わらない。


淡々としている。


「すべてを救えない状況で、どこに手を伸ばすのか」


視線がわずかに細くなる。


「その判断を誤れば、より多くを失うことになります」


言葉は静かだが、重さがある。


私は一瞬だけ息を止め、すぐに返す。


「……だからといって、最初から切り捨てることはできません」


クロヴィスの視線がわずかに揺れる。


興味を測るような動き。


「現場では、優先順位をつける、と言います」


間を空けずに続ける。


「手を伸ばす先を選ぶ、というだけです」


その言い方に、ルークの眉がわずかに動く。


ラーラは何も言わず、視線だけをクロヴィスに向けている。


私は視線を逸らさない。


「それでも、目の前にいる命を見ない理由にはなりません」


クロヴィスはほんのわずかに笑う。


感情のない、形だけの動き。


「……やはり、殿下がお好みになりそうな考え方ですね」


その言葉に、軽く棘が混ざる。


「理想は、人を動かすには便利です」


グラスを持つ手元に一瞬だけ視線を落とし、すぐに戻す。


「ただし、現実を回すのは理想ではありません」


言い切る。


「その点については、いずれ理解されるでしょう」


完全な否定ではない。


だが、寄り添いもない。


私は短く息を吐く。


「……理解するかどうかは、その時に考えます」


クロヴィスは一瞬だけ目を細める。


評価するように。


「そうですか」


それ以上は踏み込まない。


「本日は顔合わせですので、この程度にしておきましょう」


一歩下がる。


距離を戻す動きが自然すぎる。


「今後とも、よろしくお願いいたします」


最後だけ、丁寧に整えられる。


そのまま踵を返し、人の流れの中へ溶けていく。


姿が見えなくなったあと、空気が少しだけ軽くなる。


ルークが小さく息を吐く。


「……あいつ、嫌な感じだな」


「ええ」


ラーラも短く返す。


「言葉は綺麗だけど、中身は別」


私は、クロヴィスが消えた方向を見たまま、グラスを持ち直す。


正しいことを言っている。


それは分かる。


でも、納得はできない。


広間の音楽は変わらず流れ、笑い声も続いているのに、さっきの会話だけが浮き上がったまま消えずに残っていた。


広間の音楽は変わらず流れ、笑い声も続いているのに、さっきの会話だけが浮き上がったまま消えずに残っていた。


グラスの中の液面が、わずかに揺れる。


視線を落とす。


その小さな揺れが、妙に現実を強くする。


(……選ぶ)


言葉が、胸の奥に引っかかる。


選ばなければならない場面。


手を伸ばす先を決めること。


それが、当たり前のように語られていた。


私はグラスを持つ指に、わずかに力を込める。


(……違う)


そう思うのに、


その“当たり前”を否定しきれない自分がいる。


広間の向こうで、誰かが笑う。


音が遠く聞こえる。


さっきまで確かにいたこの場所が、ほんの少しだけ遠く感じる。


「……どうしたの」


ラーラの声が、横から落ちる。


はっとして顔を上げる。


「……なんでもない」


そう答えると、ラーラは一瞬だけこちらを見て、それ以上は何も言わなかった。


ルークは何も聞かず、ただ周囲に視線を向けている。


それが、ありがたかった。


音楽が、ゆるやかに調子を変える。


人の流れが、少しずつ出口へ向かい始める。


夜会が終わりへと向かっている合図だった。


「……終わるな」


ルークが小さく呟く。


「ええ」


ラーラも短く返す。


私は、広間をもう一度だけ見渡した。


最初に足を踏み入れたときとは違う。


ここにある視線の意味も、


この場所での立ち位置も、


少しだけ、分かるようになっている。


それでも。


(……見ないことにはしない)


胸の奥で、言葉にしないまま決める。


正しいかどうかじゃない。


自分がどうするかだ。


最後の音が静かに途切れる。


拍手が小さく広がり、やがて収まる。


夜会は、終わった。


外へ出る。


ひんやりとした夜の空気が、頬に触れる。


胸の中に溜まっていたものが、少しだけほどける。


それでも――


さっきの言葉だけは、消えない。


そのまま、残っている。


♦︎


――翌朝。


差し込む光に目を細めて起き上がり、水を口に含む。


ふと、テーブルの上に視線が止まる。


一通の封書が、置かれていた。


見覚えのない紋章。


丁寧に封がされたまま、そこにある。


(……誰から)


手に取る。


紙はしっかりとした重みを持っていた。


予想していなかった相手からのものだと、直感で分かる。


指先が、わずかに止まる。


知らないはずなのに。


――どこかで、見た気がした。


静かに、封を切る。


その瞬間。


何かが、変わる音がした。

この物語の先には、まだ語られていない真実があります。


もし続きを覗いてみたいと思っていただけたなら、

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