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盾の少女は世界を救わない 〜攻撃できない盾魔法の少女、子どもの誘拐事件から国家の闇を暴く  作者: まるい そら


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第45話 金色の目

石畳に乾いた音が走った。


通りの奥で、それはゆっくりと揺れていた。


黒い塊だが、ただの影ではない。


建物の二階に届くほどの巨体が、石畳に沈むように立っている。


輪郭は曖昧で、ところどころが崩れ、また無理やり繋ぎ直されたように歪んでいる。


表面は均一ではなく、押し潰されたような凹みと、不自然に盛り上がった部分が混在していた。


その中央に、目が二つある。


黒の中に浮かぶ濁った光が、焦点が合っていないのに確かにこちらを向いている。


瞬きは遅く揃わず、開いたまま止まることもあれば急に閉じることもある。


その下で、形の定まらない腕のようなものが垂れ下がっていた。


地面に触れるたびに先端が崩れ、引きずられ、また形を作り直す。


脚も同じで、踏み出すたびに輪郭が崩れ、重さだけが遅れて沈み込む。


一歩ごとに体のどこかがわずかにずれていく。


私は無意識に息を浅くした。


それはただそこに立っているだけなのに、妙に視線を離しづらかった。


「……一体か、これは魔物か?なんだ?」


ルークが斧の崩牙を肩に担ぎ、足を止めた。


威圧はない。

唸り声も弱い黒い塊が、わずかに傾いた。


視線の先に、崩れた家の影で腰を抜かした老婆がいた。


動けないようだ。

目だけが、こちらとそれの間で揺れている。


次の瞬間、黒がそちらへ流れるように動いた。


「……っ!」


私は反応し、考えるより先に足が出る。


老婆とそれの間に割り込む。


「下がって!」


声と同時に、盾が展開する。


誓盾スティグマ・シールド!」


まだ薄い。

蕾のままの盾が、わずかに歪みながらも前に張り付いた。


それがぶつかる。


鈍い衝撃が腕に伝わる。


重い。


だが、押し切られはしない。


その一瞬で、空気が変わった。


「今のうち!!」


「……」


無言でレオンが踏み込む。


間合いに入るまで一瞬も淀まない。


低く沈み込んだ姿勢のまま、一気に距離を潰す。


剣が走る。


黒の表面を横一線に斬り裂く。


鈍い感触が手に残るが浅い。

斬れているのに、切断した手応えがない。


刃が通った軌跡が、わずかに遅れて歪む。


それでも、動きは止まる。


黒の塊が、その場でわずかに揺れた。


レオンは踏み込みを維持したまま、次の動きを止める。


その一瞬で、空気が静まる。


ラーラの気配が消えた。


足音も衣擦れも呼吸すら消える。


静歩サイレントウォーク


影に溶けるように姿が消える。


だが、完全に消えたわけではない。


位置だけがずれ、それの側面から背後へ滑るように移動する。


それの目が、わずかに遅れて追う。


「……遅い」


背後から声が落ちる。


同時に弓が引かれる。


弦の張る音が、わずかに震える。


狙いは一点ではない。


幻影射ファントムショット!」


放たれた矢が空間で軌道を歪ませる。


一本目は外れるように見えて内側へ折れ、

二本目は直線で飛び途中で沈むように軌道を落とし、

三本目は影の死角から浮き上がる。


避けようとした動きに、全てが重なる。


それの内部へ同時に突き刺さる。


鈍い音が、遅れて響く。


それが揺れ、歪みが広がり、輪郭が一瞬だけ崩れる。


だが、まだ崩れない。


目だけが、わずかにこちらを向いた。


「……ルーク!」


ラーラの矢が食い込み、それの動きがわずかに鈍る。


その瞬間を、ルークは見逃さなかった。


託されたと判断した途端、足に力を込める。


鋼爆アイアン・バースト!」


全身の筋肉が膨れ上がる。


血流が一気に加速し、視界がわずかに絞られる。


踏み込んだ足元で石畳が軋む。


だが、その重さごと前へ叩きつける。


「……行くぞ」


低く吐き、さらに踏み込む。


獣踏ビースト・ラッシュ!」


地面を蹴った瞬間、間合いが消える。


重量を無視した踏み込みが、一瞬で懐へ届く。


空気が押し潰される。


私の盾がわずかに開く。


完全ではない。


だが、通す。


ルークは迷わず、その隙間へ滑り込んだ。


視界の端で、それの目が揺れる。


遅い。


間に合わない。


「――終わらせる」


斧を振り上げる。


腕にかかる重さが、いつもより軽く感じる。


だが、それを無視して全てを一撃に乗せる。


それの中の目が、一瞬だけこちらを向いた。


焦点の合わない視線。


その片方、左の目だけが、かすかに金色に縁取られている。


崩断ブレイク・スラッシュッ!!」


振り下ろされた一撃が、それを縦に裂いた。


衝撃が地面へ叩きつけられる。


石畳が砕け、破片が跳ねる。


斬撃の軌跡に沿って輪郭が崩れ、支えを失った塊が沈み込む。


ずるり、と音を立てて崩れ、形を保てず広がった。


その瞬間、私と目が合った。


瞬きの、ほんの一瞬だけ。


それは、“見た”。


私を。


はっきりと。


――たすけて。


そう聞こえた気がした。


かすかな、途切れそうな響き。


思わず息が止まる。


金色に縁取られたその目を、私は見つめたまま動けなかった。


どこかで見たような感覚が、胸の奥に引っかかる。


知らないはずなのに、知っているような違和感。


言葉にできないまま、体が強張る。


次の瞬間、光が消えた。


金色の縁取りも黒の中へ沈み、完全に動きが止まる。


風が抜ける。


静かになる。


私はゆっくりと盾を解いた。


老婆が震えたまま、その場に崩れ込む。


「……もう、大丈夫です」


声をかける。


だが、視線は落としたままだった。


残骸のようなそれから、まだ目を離せなかった。


風が抜ける。


空気は軽い。


なのに、背中に薄い冷たさが残る。


破片の一つが、かすかに揺れた気がした。


瞬きの間に、それは止まる。


「どうかしましたか?」


レオンが心配そうに問う。


「……なんでもない」


答えながら、もう一度だけ足元を見る。


動かない。


音もない。


♦︎


すると、遠くから蹄の音が近づいてくる。


重い足並みが通りに入り、騎士団の紋章が視界に入った。


先頭の男が馬から降りる。


鋭い目がこちらを見た。


ガルド・レイヴン――王国騎士団長。


戦場で功を積み上げてきた、“前に立つ守り”を体現する男だ。


「……すでに終わっているな」


ガルドが短く言う。


「はい、先行して対処いたしました」


レオンが答える。


ガルドは周囲を一瞥し、崩れた壁と散乱した瓦礫に目を止めた。


そして、わずかに視線を私へ向ける。


「男爵様」


呼び方は丁寧だが、温度はない。


「早々に現場で動かれるとは……」


わずかに間が落ちる。


「随分と“積極的”ですな」


その曖昧さが、逆に重く残る。


「勝手な判断だ」


低い声が落ちる。


「報告はどうした」


「緊急性を優先いたしました」


レオンの声は変わらない。


「結果として民間被害が出ている」


言葉が重く沈む。


短い沈黙が落ちる。


レオンが、わずかに視線を上げた。


「……最小限です」


静かに言う。


「被害は軽傷二名。致命傷はありません」


事実だけを置く。


「これ以上の拡大は、防いでおります」


言い訳ではない。


ただの結果の提示。


空気が、わずかに張る。


ガルドの視線が、ほんの一瞬だけレオンへ向く。


測るように。


だが、それ以上は踏み込まない。


ルークが口を開きかけ、ラーラがわずかに視線で止めた。


ガルドはさらに一歩踏み込む。


「規定を逸脱した行動は記録する」


それだけ言って、視線を外した。


「残りは我々が処理する。貴様らは王城へ向かえ」


命令だけが残る。


「……承知いたしました。行きましょう、アイリー様」


レオンが言い、踵を返す。


通りを抜ける途中、崩れた家の前で足が止まった。


扉が半分外れ、内側で誰かが息を潜めている。


視線が合う。


すぐに隠れる。


瓦礫の粉が靴にまとわりつく。


私は一瞬だけ立ち尽くし、何も言わずに歩き出した。


王城の石壁が視界に入る頃には、街のざわめきは遠ざかっていた。


♦︎


重い扉が開き、冷えた空気が流れ込む。


案内された先で、第一王子が待っていた。


「ご苦労だった」


穏やかな声が響く。


エリオットは椅子に座ったまま、こちらを見ている。


その視線は柔らかいが、どこか距離がある。


「迅速な対応に感謝する」


言葉は整っている。隙がない。


「街の被害は確認されているが、迅速な処理によって拡大は防がれたと聞いている」


「はい」


レオンが答える。


ほんの短い間が空く。


私は、わずかに息を吸った。


足が止まりそうになるのを押し出すように、一歩前に出る。


「……あの魔物ですが」


エリオットの視線が、まっすぐこちらに向く。


逃げ場がなくなる。


「通常の個体とは……違和感がありました」


それでも、止まれない。


「あれは……」


一度、息を詰める。


頭の中で、あの目がよぎる。


金色の縁。消える直前の、あの瞬間。


「倒した後も、何かが残っているような感覚があって……」


指先が、わずかに震える。


「ただの残骸じゃないような……」


視線が揺れる。


それでも、言葉を探す。


「……うまく言えないんですけど」


一歩だけ踏み込む。


「“終わってない感じ”がして」


空気が静まる。


レオンは何も言わない。


ラーラも、ルークも沈黙している。


私だけが、その場で言葉を探している。


「感覚の問題かもしれません。でも——」


喉が詰まる。


それでも、押し出す。


「……あれ、普通じゃないです」


言い切る。


その瞬間だけ、空気が揺れた。


わずかな沈黙。


エリオットは、そのまま私を見つめる。


一拍。二拍。


「なるほど」


軽く頷いた。


表情は変わらない。


「現場の感覚は重要だ」


穏やかなまま、言葉が重ねられる。


否定はしない。肯定もしない。


「報告として受け取ろう」


一度、指を組む。


「今回の件については、記録と照合し、専門部署で精査する」


整った対応。想定された処理。隙がない。


「不安を感じるのは当然だ」


わずかに声の温度が上がる。


「だが、現時点で確認されている事実としては、対象は討伐済みだ」


やんわりと、線を引く。


「まずは任務の完遂を優先してほしい」


わずかに言葉が途切れる。


視線がまっすぐ私に向く。


「引き続き、各養育院の視察と、子ども保護政策の巡回任務を進めてくれ」


言葉が静かに重なる。


「君の役割は、“現場で守ること”と“それを国に繋げること”だ」


逃げ道のない言い方。


「……はい」


私の声は小さい。


それ以上、言葉は出なかった。


言えなかった。


――違う。


そう思ったのに、理由だけが見つからない。


胸の奥に残った違和感だけが、消えずに残る。


「今日はここまででいいです。各自休息を取ってください」


柔らかく締められる。


少しの間を置いて、


「……今夜は王都で夜会も予定されています」


穏やかに言葉が続く。


「視察の件についても、いくつか取材が入る見込みです」


視線が軽く巡る。


「無理をする必要はありません」


少しだけ、声音が和らぐ。


「どうか、この後はゆっくり休んでください」


だが、その視線は最後にもう一度、私のところでわずかに止まった。


ほんの一瞬。


何かを、確認するように。


♦︎


客室の扉を閉めると、ようやく息が抜けた。


ルークが椅子に腰を落とし、腕を組む。


「なんか、すっきりしねぇな」


ラーラは窓際に立ち、外を眺めている。


レオンは壁に背を預け、目を閉じた。


私は窓に近づき、外の景色を見た。


(あの黒いのは何だったんだろう。“助けて”って声が聞こえたように感じたし、、、なんか見覚えがあるような無いような、、、)


そうぼんやり考えながら、城下の人通りを見る。


しばらくすると、ノックの音がした。


扉が開き、セドリカが入ってくる。

「大変だったわね!」


いつもの調子で、部屋を見渡す。


「聞いたよ。あんた達が片付けたんだって?」


「……まあな」


ルークが短く答える。


セドリカはテーブルに腰を預け、腕を組んだ。


「で、その“妙なやつ”の話だけど」


視線が細くなる。


「ここ五、六年で増えてるみたいよ」


部屋の空気が、わずかに沈む。


「年に数回、街中に突然出る」


ラーラが振り向く。


「街中に?」


「そう。本来はあり得ない」


セドリカは指先でテーブルを軽く叩いた。


「主要な都市には、魔物の侵入を防ぐ魔道具が設置されてる」


「結界みたいなもんだろ」


ルークが言う。


「そう。外から入るものは弾く仕組み」


セドリカは、そこで一度言葉を切った。


「なのに、内側に出る」


言葉が静かに落ちる。


「誰にも気づかれずにね」


ラーラが小さく息を吐く。


「……内部発生」


「普通に考えれば、そうなるねぇ」


セドリカは肩をすくめる。


「でも、そんな現象は確認されてない」


窓の外で、風が揺れる。


私は、ゆっくり口を開いた。


「……あの」


全員の視線が、集まる。


少しだけ、息を詰める。


「さっきの……あれなんですけど」


言葉を探す。


「倒した後、目が……」


一瞬、迷う。


それでも、続ける。


「片方だけ、金色に縁取られていて」


空気が止まる。


「……それで」


喉が、少しだけ詰まる。


「助けてって……聞こえた気がして」


沈黙。


ルークが眉をひそめる。


「……声?」


ラーラは目を細める。


「……気のせい、って感じじゃないのよね」


私は、小さく頷く。


「……うん」


セドリカだけが、ゆっくりと視線を細めた。


「……面倒な話だねぇ」


軽く言うが、声音は軽くない。


「それ、ただの魔物の話じゃない可能性がある」


テーブルから体を離す。


「“中身が別”か、“元が別”か」


わずかに沈黙が落ちる。


「どっちにしても、ろくなもんじゃない」


私の指先が、わずかに震える。


セドリカはそのまま、続けた。


「似た話、ゼロじゃないよ」


ラーラがわずかに顔を上げる。


「昔、失敗した魔法実験とか、錬金術の事故とかで——」


言葉を選ぶ。


「“残ったもの”が形を持つことがある」


空気が、冷える。


「……それが、ああいう形になることもね」


ルークが舌打ちする。


「気持ち悪ぃな」


セドリカは、ゆっくり視線を横に流す。


レオンへ。


部屋の端で、壁にもたれたまま動かない。


「で?」


軽く首を傾ける。


「王城側は、何も知らないって顔するわけ?」


返事はない。


視線も動かない。


セドリカは、少しだけ笑った。


「……あんた」


一歩、踏み込む。


「本当に、何も知らないのかい?」


沈黙。


レオンは何も言わない。


その無反応が、逆に答えのように残る。


セドリカはそれ以上追わない。


「まあいいさ」


軽く言って、背を向ける。


「厄介な匂いしかしないってことは、よく分かった」


窓の外で、風が揺れる。


私は手すりに触れた。


冷たい。


あのときと同じ感覚が、指先に残る。


終わったはずなのに。


何も終わっていない気がする。


――違う。


そう思うのに、理由だけが見つからない。


「……今夜は王子主催の夜会だったわねぇ」


セドリカが、ふと呟く。


「王子様の“表の顔”が見れる日だ」


わずかに口元が上がる。


「運が良けりゃ、“裏”もな」


誰も笑わない。


空気だけが、わずかに張る。


レオンは何も言わないまま、ゆっくりと視線を外した。


それが、合図のようだった。


私はゆっくりと手を離す。


胸の奥の違和感は、そのまま残っている。


消えないまま。


夜へ、持ち越される。


その夜、王都は静かに灯り始めていた。


何も知らないまま、笑う場所へ向かうように。


――そして、その裏で。


“終わったはずのそれ”が、


まだ、どこかで息をしている。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


書くことは一人でもできますが、

続ける力は、読んでくださる方にいただいています。


ブックマークや応援が、その力になります。

本当にありがとうございます。

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