表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盾の少女は世界を救わない 〜攻撃できない盾魔法の少女、子どもの誘拐事件から国家の闇を暴く  作者: まるい そら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/47

第43話 異物 

夜会の最中、突然ガラスが割れ、小さな悲鳴が上がった。

その場の視線が集まった先に、ひとつの異様な光景があった。


割れた破片を手にしたまま、


ひとりの男が、静かに立っていた。


数名の使用人が素早く駆け寄り、


散らばった破片を回収し始めた。


無駄のない動き。

――最初から想定されていたかのように。


「お怪我はございませんか」


「問題ないよ」


軽い声。


男はしゃがみ込んだまま、


拾い上げた破片を指先でつまんでいた。


光にかざす。


角度を変える。


観察するように。


「……」


その仕草に、違和感が残る。


少なくとも――ただの事故ではない。


「普通のガラスだね」


ぽつりと呟く。


誰に向けたものでもない。


「厚みは、まあ標準か」


軽い。あまりにも軽い。


「ごめんね」


そう言う。


だが――


謝罪ではない。


ただの“処理”。


「手、滑ったってことでいい?」


くすっと、笑う。


その場の空気が、わずかに凍る。


「……」


男は、ゆっくりと顔を上げた。


そして――


視線が、合う。


「へぇ」


ほんの少しだけ、


興味が乗る。


その瞳は、光を反射するように淡く、

何を見ているのか分からない。


「……」


レオンが、一歩前に出る。


完全に遮る位置。


わずかに視線を細める。


「……アデル・ファーナー様」


低く、抑えた声。


「この場での行動としては、少々過剰かと」


遠回し。


だが――


明確な牽制。


アデルは一瞬だけ、


興味深そうにレオンを見る。


「ああ、知ってるんだ」


軽い声。


「さすが」


感心したように言うが、


そこに重みはない。


「問題ないよ」


肩をすくめる。


「ただの確認だから」


何の説明にもなっていない。


「……」


レオンはそれ以上踏み込まない。


だが、位置は一切崩さない。


完全に遮る形を維持する。


アデルはその様子を一瞥し、ふっと興味を失う。


「……まあいいや」


それだけ言って、視線を外した。


使用人たちはすでに破片を回収し終え、


何事もなかったかのように場を整えていた。


音楽も、再び流れ出す。


「……」


私は、


その違和感から目を離せなかった。


そのとき――


「ねえ」


気づけば、すぐ近くに立っていた。


距離が、近い。


「……!」


反射的に息を呑む。


レオンが即座に間に入る。


「少し距離をお願いします」


「いや、大丈夫大丈夫よ」


アデルは軽く手を振る。


「攻撃するつもりはないから」


その言い方が、余計に違和感を残す。


「……何のご用でしょうか」


レオンの声は低い。


だが、完全に排除はしない。


アデルは視線をずらさないまま、


こちらを見る。


「アイリー・エイジス男爵、ちょっと聞きたくて」


軽い口調。


「仮の話なんだけどさ」


一拍。


「もし、子どもたちが――」


ほんの少しだけ、間を置く。


「国に、うまく利用されていたら」


「どうする?」


空気が、


わずかに止まる。


質問としては単純。


だが――


重い。


考える前に、言葉が出た。


「連れて帰ります」


間を置かない。


「どんな理由でも関係ありません」


視線を逸らさない。


「その子が、そこにいることを望んでいないなら」


一拍。


「私は、引き剥がします」


視線を、逸らさない。


「……」


アデルは、黙って見ている。


一瞬も、逸らさない。


「へぇ」


小さく、声が漏れる。


「即答なんだ」


「普通なら、もう少し迷うけど」


首を傾げる。


「非効率だね」


淡々とした評価。


だが――


否定ではない。


「……」


そのまま、しばらく何も言わない。


ただ、見ている。


反応。


呼吸。


揺れ。


すべてを。


「……まあいいや」


ふっと、


興味を切る。


「データとしては十分」


そう言って、


視線を外す。


その瞬間、


こちらの存在から外れたような感覚が走る。


「……」


何も残さない。


答えも、評価も。


ただ、


“観測された”だけ。


アデルはそのまま、


人の流れの中へ消えていった。


♦︎


その直後。


ざわめきが、別の形に変わる。


自然と人の流れが開き、道ができる。


――王族。


その中心を、静かに進んでくる影。


「……」


思わず、息を呑む。


隣で、レオンがわずかに身を寄せた。


「……ご存知だと思いますが、正面が国王陛下です」


低く、抑えた声。


「オズヴァルト・ヴァルドゥナ陛下です」


白髪混じりの短髪。


深く刻まれた皺。


感情を感じさせない眼差し。


立っているだけで、空気そのものを支配している。


「その隣が、――エアリス・ヴァルドゥナ王妃殿下です」


柔らかな気配。


だが、ただ穏やかなだけではない。


王の隣に立ち続けてきた者の、揺るがない静けさがあった。


「後方、右側」


レオンの声が続く。


「第一王子、エリオット・ヴァルドゥナ殿下です」


整った容姿。


柔らかな雰囲気。


だが、その奥に、強い意志が見える。


「左側が、第二王子――レオニス・ヴァルドゥナ殿下」


短髪。


鋭い目。


軍人のような立ち姿。


一切の隙がない。


「……」


空気が、明確に違う。


「その後ろが、王女殿下」


ほんのわずかに、


レオンの声が柔らぐ。


「セレナ・ヴァルドゥナ殿下です」


淡い髪。


やわらかな表情。


場の空気の中で、そこだけが少し違う。


――温度がある。


「……」


そのとき。


ふと、視線が重なったように感じる。


セレナ王女の瞳。


「……」


言葉はない。


ただ、その視線だけが、胸の奥に残る。


次の瞬間、王女は静かに視線を外し、


王族の列の中へと戻っていった。


「最後尾――」


レオンの声が、わずかに低くなる。


「初の女性、王直属護衛長、カイラ・ゼノヴァです」


長身。


無駄のない軍装。


一切の隙がない。


その存在だけで、“近づくな”と告げているような雰囲気を纏っている。


「……」


カイラの視線が、一瞬だけこちらに触れる。


だが、それ以上は踏み込まない。


すぐに、王の周囲へと意識を戻す。


「……」


空気が、変わる。


ここが、この国の中心だと、嫌でも理解させられる。


誰もが姿勢を正し、王の歩みを静かに見つめる。


そして、中央に立ち、視線が場全体を捉える。


「今宵は」


低く、通る声。


「王国の礎となる者たちが集う場である」


短い。


だが、重い。


「それぞれの立場において、務めを果たすこと」


「それが、この国を支える」


間。


「新たに名を得た者にも――」


一瞬、


視線がこちらに向く。


「その責務を、理解してもらいたい」


逃げ場のない言葉。


「王国の強さは、個ではなく、構造にある」


「皆に、期待しておる」


それだけ言って、王は言葉を閉じる。


短い挨拶。


だが、十分すぎる重さ。


「……」


そのとき。


ふと、別の視線を感じた。


やわらかい、けれど、まっすぐ。


その視線を辿る。


――セレナ王女。


一瞬だけ、優しい瞳と目が合う。


わずかに視線が揺れる。


「……」


胸の奥に、小さな何かが残る。


(王女様と目が合ったのは、気のせいじゃない…?)


♦︎


王の言葉が終わった瞬間、


広間に拍手が広がり、


やがて、ざわめきへと変わっていく。


けれど――


私には、何も入ってこない。


息が、詰まる。


視線。


空気。


全部が重なって、うまく呼吸ができない。


「……ちょっと、外の空気を吸ってくる…」


レオンにだけ小さく告げ、人の輪から外れ窓辺へと向かった。


高い窓から差し込む夜気が、


熱を帯びた広間の空気を、やわらかく切り分けていた。


遠く、庭園の灯りが揺れている。


夜風が、頬に触れる。


冷たい。


それでも、ようやく息ができる。


肺の奥に溜まっていたものを、ゆっくりと吐き出す。


……まだ、胸の奥が重い。


さっきの言葉が、離れない。


王の言葉。


ここには、それを押し付けてくる視線がない。


ほんの少しだけ、ひとりになれた気がした。


――そう、思ったのに。


「……お疲れのようね」


振り向く。


そこに立っていたのは、長い銀髪の女性。


やわらかな微笑。


けれど――


その視線だけが、逃がさない。


女性は、わずかにスカートを摘まみ、


優雅にカーテシーを見せた。


最小限で、完璧な所作。


「エルミナ・フェルノア」


一拍。


「公爵家、当代よ」


静かに名を置く。


それだけで、空気が変わる。


一瞬、息を整える。


慌てず、遅れず。


同じようにスカートの端をつまみ、膝を折る。


「……アイリー・エイジスと申します」


顔を上げる。


まだ少しぎこちない。


けれど、視線は逸らさない。


エルミナは小さく頷いた。


「ええ」


短く、受ける。


一瞬だけ、こちらを静かに見て。


「――少し、息が詰まるでしょう?」


断定だった。


優しく、逃げ場を残したままの言葉。


「……はい」


わずかに息を吐く。


「少しだけ、疲れました」


自然に、言葉が続く。


エルミナは頷く。


「当然よ」


即答だった。


窓の外へ視線を流す。


「その立場は、楽ではないもの」


一拍。


「軽い顔で立っていい場所でもない」


「……」


言葉が詰まる。


図星だった。


エルミナは続ける。


「あなたは優しいのね」


やわらかい声。


だが、逃がさない。


「でも」


「優しいだけでは、守れないわ」


胸の奥に、静かに刺さる。


「……それでも」


気づけば、言葉が出ていた。


「守りたいと、思っています」


エルミナは、こちらを見る。


測るように。


「そう」


短い。


それだけ。


「なら」


空気が、わずかに近づく。


「覚えておきなさい」


静かに、重く。


「守るというのは」


「選ぶことよ」


「……」


「すべては、守れない」


断言。


「そのとき」


視線が刺さる。


「何を残すかで――あなたが決まる」


息が、詰まる。


それでも、目を逸らさない。


「……はい」


エルミナは、ほんのわずかに口元を緩めた。


「いいわ」


初めて、温度が落ちる。


「その目を、忘れないことね」


一瞬だけ、包み込むような空気。


けれど――


次の瞬間には、消えている。


「この場には」


エルミナは視線を外す。


「あなたを“役割”でしか見ない者もいる」


「でも」


わずかに、横目で見る。


「そうじゃない者もいるわ」


一拍。


エルミナは、ほんのわずかにこちらを見る。


「……見ている者もいる」


それだけ。


だが――


逃げ場ではなく、“支え”として残る言葉だった。


エルミナが、静かにその場を離れていく。


引き止める理由は、ない。


ただ、その背中が見えなくなるまで、


自然と視線が追っていた。


――その少し離れた位置で、


レオンが立っているのに、気づく。


最初から、見ていたのだと分かる。


けれど、踏み込んではこなかった。


距離を守ったまま、こちらの様子だけを見ている。


一瞬、視線が合う。


レオンは、それを確認するように、わずかに息をついた。


それから、


静かに一歩、近づく。


「……少し、何か食べましょうか」


低い声。


近すぎない距離。


「このままだと、持ちません」


それだけ。


命令ではない。


けれど、拒ませない言い方。


「……はい」


小さく頷く。


促されるまま、テーブルへと足を向ける。


並べられているのは、

一口で食べられるように整えられた料理。


薄く切られた肉に、香草のソース。


色鮮やかな野菜のマリネ。


小さな焼き菓子に、果実を使った甘い香り。


ひとつ、手に取る。


口に運ぶ。


……味は、


よく分からない。


それでも、空のままではいけないと分かっている。


もう一口。


レオンは何も言わない。


ただ、


ほんのわずかに、気にしている気配がある。


「……大丈夫です」


小さく言う。


レオンは、それに短く頷いた。


それ以上は、何も言わない。


けれど、


離れすぎない距離を保ったまま、立っている。


それだけで、少しだけ、呼吸が整う。


(レオンがそばに居てくれて、本当に助かった)


夜会は、


ゆっくりと終わりへ向かっていった。


人の流れが、少しずつ動き出す。


帰り支度を整える者、


最後の挨拶を交わす者。


その中で――


ふと、視線が止まる。


社交界での礼節を教えてくれた、セリーナ・ロザンヌ。


「……」


一歩、近づく。


「本日は、ありがとうございました」


声をかける。


セリーナが、わずかに目を見開く。


意外そうに。


「……礼を言われるほどのことはしておりません」


最初は、硬い。


だが――


「ですが」


ほんの少しだけ、視線が和らぐ。


「……きちんと、やりきりましたね」


それだけ。


短い言葉。


だが、確かに評価だった。


「……はい、ありがとうございます」


小さく、頭を下げた。


♦︎


夜会の終わり。


人の流れに紛れながら、


どうにか、足を動かす。


視線がある。


言葉が飛ぶ。


それでも、


立ち止まるわけにはいかない。


そのすぐ後ろに、


一定の距離を保って、


レオンがいる。


振り返らなくても分かる。


崩れそうな歩幅に、


合わせてくれている。


何も言わない。


ただ、


離れない。


――それだけで、


なんとか歩ける。


部屋の前で足が止まる。


ほんの一瞬、


遅れる。


「……大丈夫です」


振り返らずに言う。


レオンは、


短く頷く気配だけを残して、


それ以上は踏み込まない。


「レオン、今日はありがとう。おやすみなさい」


そう告げ、扉を開け中に入る。


扉を閉めた瞬間、ようやく音が切れる。


ドレスのまま、鏡の前に立つ。


そこにいるのは、


自分で――


自分ではない。


胸元に触れる。


重い。


布地も、エイジスという名も、


まだ身体に馴染まない。


それでも、


さっき、あの場に立っていたのも、


確かに自分だった。


「……」


静かに息を吐く。


背中の留め具に手を回す。


一つ、


また一つ。


外れるたびに、締めつけがほどけていく。


床に落ちる、柔らかな音。


肩から重みが滑り落ちる。


鏡の中の自分が、少しだけ近づく。


与えられた名。


与えられた場所。


その重さだけが、


残っている。


――まだ、分からない。


ここが、守るための場所なのか。


それとも、守る者を選ぶ場所なのか。


ベッドの端に腰を下ろす。


思考が、まとまらない。


今日の言葉が、重なる。


王の声。


アデル魔導管理官の質問。


エルミナの視線。


レオンの一言。


消えない。


明日は――


王子主催の夜会。


また、あの場に立つ。


同じように、きっと見られる。


「……」


それでも、


逃げるという選択肢は浮かばない。


背中から倒れ込む。


視界が暗くなる。


まだ、どこかで考えている。


けれど、身体が先に限界を迎える。


――気づけば、


ベッドの上で、眠っていた。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。


もし本作を気に入っていただけましたら、

ブックマークや評価をいただけるととても嬉しいです。


皆さまの応援が、次話更新の力になります。

今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ