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盾の少女は世界を救わない 〜攻撃できない盾魔法の少女、子どもの誘拐事件から国家の闇を暴く  作者: まるい そら


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第41話 任命式② ―盾は、誰のものか―

王城の奥、選ばれた者だけが立つ場所。


その扉の前に、私は立っている。


扉に、手をかける。


わずかに開いた隙間から、光が差し込む。


次の瞬間――


空気が、流れ込んできた。


「アイリー様、中へどうぞ」


名を呼ばれ、完全に開かれる扉。


踏み出す。


コツ……コツ……


靴音が、広い空間に響く。


その一歩で、視線が集まる。


――ざわ


抑えられた声。


広がる前に、押し殺される。


「……あれが?」


「平民だろう」


「噂の……」


「――本当に?」


断片だけが、耳に届く。


はっきりとは聞こえない。


でも、意味だけは分かる。


コツ……コツ……


歩くたびにそのざわめきが、背中にまとわりつく。


多方面から見られている。


貴族たちの目は、遠慮がない。


値踏み。疑い。あからさまな不快感。


隠そうともしない軽視。


中には、興味を隠さない者もいる。


珍しいものを見る目。


王の側に近いほど、空気が違う。


感情の輪郭が、ほとんど見えない。


そこに在るだけで、場の重さが変わる。


玉座と、その周囲。


視線を上げると、


一瞬だけ見えたのは――


第一王子、エリオット殿下。


以前と変わらないはずなのに、


今は、距離が違う。


遠い。


手の届かない位置にいる人間。


そのはずなのに。


目が合う。


それは刹那だった。


その瞬間――


ふっと、表情が緩んだ。


ごく淡い笑み。


作られたものじゃない。


自然な、“人の顔”。


それだけで、胸の奥に張りついていたものが、


少しだけ、ほどける。


すぐに、視線は外れる。


また、遠い存在に戻る。


でも――


さっきの一瞬だけは、確かに届いていた。


他にも、誰かがいるのは分かる。


でも――


顔を、ちゃんと見る余裕はない。


ただ、“見られている”ことだけが、はっきりと分かる。


測られている。価値があるか。使えるか。


それだけを、決められる場所。


赤い絨毯が敷かれた長い通路を進む。


コツ……コツ……


距離が、やけに長い。


終わりが遠く感じ、周囲の視線は消えない。


一歩ごとに、重さが増す。


前を見ると、先に呼ばれた二人の姿はない。


この場に立たされているのは、自分ひとり。


やがて――


玉座の前に至り、足が止まる。


(次、どうするんだっけ…)


一瞬の迷い。


思い出した私は、右膝を床につく。


赤い絨毯の上に、静かに沈む。


背筋を伸ばしたまま頭を垂れ、視線は落とす。


王を、正面から見ない。


それが、この場の礼。


その瞬間。


場の性質が、切り替わった。


ざわめきが消える。


「――これより、功績の読み上げを行う」


側近の声が響く。


逃げ場は、ない。


宣告のように、言葉が落ちてくる。


「対象者――」


一拍。


「ルクス養育院視察官、国公認ギルド特別登録者」


わずかな間。


「“盾の少女”アイリー」


その呼び名が落ちた瞬間、空気がわずかに揺れる。


「国公認ギルド特別登録に至る経緯――」


声は変わらない。


淡々と、続く。


「レムナ村における魔獣襲撃時」


場の緊張が、わずかに深まる。


「対象者は単独で前線に立ち、魔獣群の侵攻を阻止」


「村外周において防御に特化した戦闘行動を継続」


「避難誘導の時間を確保し、非戦闘員の離脱を成立させる」


「複数回にわたり直接攻撃を受けつつも、戦線を維持」


一つずつ、記録が積み上がる。


「結果として、村内における生存者多数」


わずかな間。


「当該行動により、対象者は命を賭して他者を守る行為を実証」


「これをもって、国公認ギルド特別登録者として認定」


重く、確定する。


そして――


「また、対象者は任務外においても」


別の方向から、言葉が落ちる。


「危機的状況にある住民への救済及び保護を継続的に実施」


「孤児、被災者、非戦闘員に対する対応において、顕著な実績を有する」


「当該行動は、継続性及び自主性を伴うものと認められる」


戦闘ではない。


だが、積み重ねられたもの。


さらに――


「ドミニク『灯りの家』における対応」


広間の圧が、もう一段沈む。


「児童保護対象、複数名を現場より確保」


「精神的混乱状態にある児童の安定化を実施」


「対話及び観察により、状況把握及び支援体制の確立に寄与」


静かに、だが確実に、


“人を守る行為”が並べられる。


「以上の行動により――」


一拍。


「対象者は、個人として複数の生命を保護し」


「社会的影響を含め、顕著な成果を示したと認定する」


言葉が沈む。


周囲の空気が変わる。


最初とは違う。


貴族たちの理解が、追いつく。


“ただの平民”ではない。


実際に、命を守ってきた人間。


「――以上」


読み上げが終わる。


一拍。


広間の輪郭が、すっと引き締まる。


誰も、息を動かさない。


玉座。


そこに座すのは――


ヴァルドゥナ王国 国王、


オズヴァルト・ヴァルドゥナ。


その視線が、まっすぐに降りる。


ただ見られているだけで、


体の奥まで測られるような感覚。


広間の隅まで届く。


「顔を上げよ」


私は、声を出していいのか分からず


無言でゆっくりと顔を上げる。


初めて、王の姿を正面から捉える。


「汝は、何のためにその身を盾とする?」


問い。


試すようでもあり、


確かめるようでもある。


一瞬、言葉が詰まる。


でも――


「……目の前の人を、守るためです」


短く。


それ以上は言えない。


評価でも、否定でもない。


ただ、受け取る。


「そうか」


それだけ。


だが、それで十分だった。


そして――


「ここに名を与える」


空気が、張り詰める。


誰も、動かない。


呼吸すら、止まりそうになる。


「アイリー――」


すべてが、止まる。


そして――


「エイジス」


その名が、落ちた。


ざわめきが走る。


王の視線が、


まっすぐに降りる。


「そちを――」


一拍。


場が、息を止める。


「アイリー・エイジス」


「王国名誉貴族、男爵とする」


さらに続く。


「“エイジス”とは、守護を象徴する盾の名」


わずかな間。


「掲げられし時、その盾は意味を持つ」


言葉が、静かに落ちる。


「多くの命を庇いしその在り方をもって――」


「その名を与える」


その名は、祝福というより、刻印に近かった。


「以後、その名をもって在れ」


一拍。


「あわせて、王都貴族街外縁に所在する屋敷を下賜する」


空気が、わずかに揺れる。


「当該屋敷は、今後の任務拠点としてこれを用いよ」


逃げ場が、形になる。


次の瞬間。


拍手が広がる。


音が満ちる。


祝福の形の中に、私は立っている。


音は大きいのに、内側はやけに静かだ。


「……守る盾」


私は――


もう、戻れない位置にいる。


その日、少女は名前を得て、逃げ場を失った。


♦︎


どうやって、ここまで戻ってきたのか。


あまり覚えていない。


レオンに案内されるまま、廊下を歩き、


扉を抜けて――


気づけば、控え室の前に立っていた。


「……こちらです」


レオンの静かな声。


扉が開き中に入る。


そのまま、力なく椅子に座った。


背もたれに体を預け、何も考えられない。


「……アイリー?」


ラーラの心配する声。


「大丈夫?」


返事が、出ない。


口を開こうとしても、うまく言葉にならない。


「……おい、レオン。何があった?」


ルークの声が入る。


少しだけ焦っている。


レオンは、一拍だけ置いてから答える。


「……申し訳ありません」


低い声。


いつも通りの調子。


「内容については、アイリー様の許可がない限り、お答えできません」


きっぱりとした線引き。


それ以上は、何も言わない。


「はぁ?なんだそれ……」


ルークが眉をひそめる。


「いや、まぁ……」


言いかけて、止まる。


アイリーの様子を見て、それ以上踏み込まない。


ラーラも、何も言わない。


ただ、見ている。


そのとき。


――もぞ


ポシェットが揺れる。


「……キュ」


ミルリスの小さな声。


次の瞬間、ビビが顔を出す。


するりと外に出て、そのまま肩に乗る。


体を寄せ、頬にふわりと触れる。


温かい。


ただ、そこにいる。


それだけで、呼吸が戻る感じがする。


「……水、飲むか?」


ルークがコップを差し出す。


いつもり、少しだけ優しい。


私は、小さく頷いてそれを受け取る。


手が、まだ少し重い。


口をつける。


冷たい感覚が喉を通る。


部屋の中は、一時の静寂が支配する。


すると――


バンッ


バンッ


レオンが扉が開けると、見慣れた人物が立っていた。


「ちょっとぉ!!」


そこにいたのは、ギルマスのセドリカ。


そのまま、まっすぐこちらに歩いてくる。


「……あんた」


私の前で、足を止め、じっと見る。


さっきまでの空気を、


そのまま持ってきている。


「全部、見てたわよ」


「最初から最後まで」


一歩、近づく。


「……あんなもん、普通に立ってられるわけないでしょ」


吐き捨てるように言う。


どこか、苛立っている。


場に対して。


それを、当然のように受け入れている側に対して。


そして――


ふっと、肩の力が抜ける。


「……で」


一瞬だけ、間。


「やったわね」


口元が、わずかに歪む。


笑っているようで、どこか苦い。


指を向ける。


「貴族様よ、あんた」


その言い方は、祝福でも皮肉でもない。


どこか、“面倒なものを背負ったな”という響き。


「名誉男爵」


さらに、間を置いて――


「名前まで貰ってたじゃない」


視線が、まっすぐ刺さる。


「アイリー・エイジス」


その名を、確認するように口にする。


「……あれ、軽くないわよ」


ぽつりと。


「完全に“使う気満々”のやつだから」


空気が、止まる。


「……は?」


ルークの声。


完全に理解が追いついていない。


「いや、ちょっと待て」


一歩出る。


「今の話、どこまで本気だ?」


「全部」


即答。

セドリカは、目も逸らさない。


「王が直接名を与えて、爵位までつけたわよ」


肩をすくめる。


「どう考えても、本気で囲いにきてるでしょ」


「……囲い?」


ラーラが、眉を寄せる。


さっきまでの軽さはない。


「ちょっと待って」


ゆっくり、言葉を選ぶ。


「それってつまり――」


「そういうこと」


セドリカが被せる。


あっさりと。


「もう“ただの視察官”じゃないってこと」


部屋の空気が、重くなる。


「……いや、いやいやいや」


ルークが頭をかく。


完全に処理が追いついていない。


「なんでそうなるんだよ」


「なんでって……」


セドリカが、呆れたように息を吐く。


「“盾の少女”だの、“エイジス”だの」


「完全に役割押し付けられてんのよ」


吐き捨てる。


「貴族ってのはね」


一瞬だけ、言葉を切る。


ほんのわずか、昔を思い出すような間。


「……自由になるためのものじゃないの」


低く言う。


「縛るためのもんよ」


その声だけが、妙に現実の温度を持っていた。


ラーラが、わずかに目を細める。


ルークは、何も言えない。


理解はできていない。


でも、“軽くない”ことだけは分かる。


私は――


何も言えない。


頭の中が、まだ整理できていない。


ただ、さっき呼ばれた名前だけが残っている。


「……アイリー・エイジス」


セドリカが、もう一度口にする。


今度は、少しだけ静かに。


「……ほんと、とんでもないの貰ったわね」


そのとき。


――コンコン


扉が叩かれ、空気がまた変わる。


レオンが視線を向ける。


「どうぞ」


扉が、開く。


入ってきたのは――


フリード・ドローレ。


ルクス養育院の施設総監。


穏やかな表情。


整った所作。


だが――


その目だけが、


こちらをまっすぐ見ている。


「……失礼します」


一礼。


静かに、部屋に入ってくる。


「アイリー様」


呼ばれる。


その声は、いつもと変わらない。


さっきまでとは違う名で呼ばれる未来が、


もうそこまで来ている気がした。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。


もし本作を気に入っていただけましたら、

ブックマークや評価をいただけるととても嬉しいです。


皆さまの応援が、次話更新の力になります。

今後ともよろしくお願いいたします。

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