第37話 ぐるぐる、もらえるんだよ
※体調不良にて今週の投稿は、4/2の木から再開予定です。
キャンディ一家と過ごした時間から、あっという間に二週間が過ぎた。
出発前日、私たちはホームディア院を訪れ、全幅の信頼を寄せているシスター・クララに子どもたちのことを託した。
「アイリーさん、ここは任せてください」
その一言で、背中を押された気がした。
そして、出発当日の明朝。
空気はまだ冷たく、街は完全には目を覚ましていない。
ラーラは大きなあくびをしている。
「……眠ぃ」
昨夜も、結局ギルド受付のミレイユに担がれて帰ったらしい。
酒は好きなのに、一杯で潰れるのは相変わらずだ。
ルークが呆れたように一瞥してから、はっきりと言う。
「王都経由だな」
「うん。一度レオンと合流しなきゃね」
私は頷き、そのまま馬車へ乗り込む。
もう、この移動もすっかり当たり前になっていた。
フードの中では、ビビが小さく丸まって眠っている。
変わらない重みが、肩にあった。
車輪が動き出し、見慣れた景色がゆっくりと離れていった。
♦︎
王都サンクトリアに着いたのは、三日後の夕方だった。
その日はいつも利用する宿で一泊し、翌朝を迎えた。
「お待ちしておりました。本日からまたよろしくお願いします」
宿の前には、すでに馬車が止まっており、レオンがいつもと変わらない声で言った。
「ありがとう!レオンもまたよろしくお願いします」
そして、馬車がゆっくりと動き出す。
街を抜け、やがて景色が開けていく。
しばらくは、いつもの静かな時間だった。
その中で――
ルークがぽつりと口を開く。
「……おい」
「ん?」
私は顔を上げる。
「いつからだ」
「なにが?」
一拍。
「淡々男の呼び方」
言われて、少しだけ止まる。
隣に座るレオン。
さっきの会話が頭に浮かぶ。
「あ……」
「気づいてなかったのかよ」
ラーラが笑う。
「……うん、全然」
ルークが短く言う。
「自然すぎるだろ。“レオン”って」
私は思わずレオンを見る。
本人は、いつも通り前を見ているだけだった。
私は少しだけ息を整える。
「……レオン」
隣で、レオンが視線だけこちらに向ける。
「はい」
「呼び方なんだけど」
短く続ける。
「さっき、普通に呼び捨てしてて……無意識だったんだけど」
一拍。
「そのまま呼び捨てで、いいかな?」
レオンは一瞬だけ間を置く。
それから――
「問題ありません。好きなようにお呼びください」
それだけだった。
私は小さく息を吐く。
「……よかった」
ラーラがくすっと笑う。
「なんだそれ」
ルークは何も言わない。
ただ、少しだけ目を細めた。
馬車はそのまま進む。
隣の距離は変わらない。
けれど――
ほんの少しだけ、
空気がやわらいだ気がした。
♦︎
王都を出てから、馬車で二日。
途中、街道の街――ベルグに立ち寄る。
本当は、ベルグ院にいるアイシャやチェルシー、ベグやポールの顔も見たかった。
けれど今回は寄らない。
帰りに行くと決めている。
その日は宿で一泊し、翌朝、まだ空気の冷たい時間に出発した。
「夕方ぐらいには到着するよな?グラディオール」
ルークが外を見ながら言う。
ラーラが軽く肩を回す。
「技術都市、だっけか」
「うん」
私は頷く。
――そこで、
隣から静かな声が入る。
「技術都市グラディオールは、王都の北にある大都市です」
レオンだった。
「鉱山と工房を併せ持つ、国の技術開発の中枢で」
「王城や軍の装備も、ほとんどがあそこで設計・改良されています」
ラーラが小さく口笛を吹く。
「へぇ、職人の街ってやつか」
レオンは頷く。
「成果主義が強い街です。技術があれば、誰でも上に行けます。」
「……その分、管理も徹底されています。」
短い言い方だった。
でも、含みがあった。
ルークが低く言う。
「……やりすぎるタイプか」
レオンは否定しない。
「効率を優先する傾向はあります」
それだけだった。
♦︎
やがて――
景色が、少しずつ変わり始めた。
煙。
金属音。
遠くで何かを打つ音。
「……俺、初めて来たよ」
ルークが少し興奮気味に呟いていた。
技術都市グラディオール。
門をくぐった瞬間、空気が変わる。
洗練された作り。
一切の無駄がない。
人の流れも、音も、
すべてが“機能している”。
交易都市ヴェインシアとは違う。
あそこは“流れ”。
ここは――
“管理”だった。
馬車は減速することなく、そのまま街の中へ入っていく。
外は人と荷の動きで埋まっている。
――なのに、ぶつからない。
進む流れと戻る流れが、
自然に分かれている。
誰も指示していないのに、
全員が同じ規則で動いている。
止まらない。
淀まない。
すべてが、一定のリズムで動いている。
「……止まると邪魔になる街だな」
ルークが低く言う。
レオンが短く頷く。
「ええ。この都市は“流れから外れること”を嫌います」
馬車はそのまま進む。
迷いがない。
目的地が決まっている動きだった。
「なんか……生き急いでいるみたいで息詰まるな」
ラーラが小さく言う。
「めっちゃ分かる」
私は頷いた。
見慣れない光景に少し動揺した。
やがて馬車は、ひときわ整った通りに入る。
建物の造りも、通る人の服装もどこか揃っていた。
「ここです」
レオンが短く言う。
馬車が静かに止まる。
目の前の建物は、飾り気がない。
でも、洗練されたデザインを感じられる。
「政府関係者が利用する宿になります」
簡潔な説明だった。
私は一度だけ建物を見上げる。
(さすが、政府関係者が利用するだけの宿だ)
馬車を降りる。
足を踏み出した瞬間、
外の流れに、少しだけ飲まれそうになる。
それでも――
なんとか、足を揃える。
そのまま、宿の中へ入った。
用意された夕食は、簡素に見えて上質だった。
上品に整えられた料理が静かに並ぶ。
誰も多くは語らないまま、それぞれが口に運ぶ。
やがて食事を終え、与えられた個室へと戻った。
思い思いの時間を過ごしながら、夜は静かに、更けていった。
♦︎
翌朝。
私たちは簡単に支度を整えると、そのまま宿を出た。
今日の目的は、はっきりしている。
――グラディオール院の視察。
案内された建物は、飾り気がなかった。
だが――余計なものが一切ない。
線も配置も、すべてが計算されているようだった。
「こちらです」
レオンが短く言う。
そのとき。
扉の前に、すでに一人の男が立っていた。
こちらを待っていたのだと分かる。
金髪寄りの整った髪。
青い瞳。
姿勢に一切の隙がない。
「お待ちしておりました」
柔らかい声だった。
「グラディオール院責任者、ジェラルド・ハイバーンです」
私は一歩前に出る。
「アイリーです。本日は視察で伺いました」
ジェラルドは、わずかに頷く。
「承知しております」
それだけだった。
言葉も、間も、過不足がない。
そのまま、手にした板状の魔道具を扉の横へかざす。
――カチッ
静かな音とともに、扉が開いた。
私は視線を落とす。
「……それは?」
ジェラルドがこちらを見る。
「識別式の魔道具です」
淡々とした説明だった。
「登録された者のみ通行できます」
余計な補足はない。
私は小さく頷く。
「この都市では、行政管理下の施設にのみ導入されている仕組みです」
さらりと付け足される。
それで説明は終わりだった。
♦︎
中へ入る。
音が少ない。
だが、完全な静寂ではない。
どこかで、一定のリズムが続いている。
視線の先、
小さな部屋で子どもたちが何かを描いていた。
円。
線。
繋がる形。
――歯車に似た模様。
「見て、ぐるぐる!」
「それ、選ばれたらもらえるやつだよな!」
無邪気な声。
ただの遊び。
……のはずなのに。
私は、ほんの一瞬だけ足を止める。
ジェラルドは振り返らない。
気づいていないのか、
気にしていないのか。
「こちらへ」
先を歩きながら言う。
一定の速さ、迷いのない足取り。
私はその背中を見る。
施設内を一通り案内されたあと、
ひとつ、気になっていたことを口にする。
「さっきの……識別式の魔道具って」
ジェラルドが足を止める。
振り返る動きも、無駄がない。
「他にはどこで使われているんですか?」
一拍。
ほんのわずか。
「主に、出入りの管理です」
淡々と答える。
「施設職員の行動記録、立ち入り制限区域の制御」
「それから――」
言葉が、少しだけ続く。
「選別対象の識別にも使用しています」
私は表情を変えない。
ただ、問いを重ねる。
「ここにいる子どもたちにも、それを使っているんですか」
ジェラルドは、わずかに首を横に振る。
「いいえ」
即答だった。
「特別推薦で移行した先で使用されます」
私は、ほんの少しだけ間を置く。
「……どういう用途ですか」
「個体ごとの行動を記録します」
変わらない口調。
「各自に割り当てられた部屋の出入り」
「学習内容の履歴」
「滞在時間、接触範囲」
「それらを自動的に蓄積します」
私は続ける。
「常時ですか」
「はい」
一切の迷いがない。
「原則として、常時記録されます」
「外すことは?」
「想定されていません」
それも、同じ温度で返る。
「本人が持つんですか」
「はい」
「常時携行します」
「紛失した場合は?」
ほんの一瞬だけ、視線が止まる。
だが、すぐに戻る。
「再発行は可能です」
「ただし――」
わずかに区切る。
「管理上の評価に影響します」
評価。
その言葉だけが、静かに残る。
私は、さらに聞く。
「本人には、どう説明されていますか」
ほんのわずかに、間。
計るような沈黙。
「必要な範囲で説明されます」
それ以上は続かない。
私は頷くだけにする。
言葉は、ここで止めた。
♦︎
「少し、自由にご覧になりますか」
案内が一段落したところで、ジェラルドが言う。
「はい」
短く返す。
「必要があれば、お声がけください」
それだけ言うと、静かに離れていった。
見送りながら、私は一度だけ視線を巡らせる。
そして――
足を向け、子ども達のいる部屋へ向かった。
子どもたちは、まだ同じ場所にいた。
紙の上に、同じ模様を描いている。
円。
線。
繋がる形。
「こんにちわ〜」
声をかける。
数人が、ぱっと顔を上げた。
「それ、何描いてるの?」
一人の子が、嬉しそうに紙を持ち上げる。
「これ?」
「ぐるぐる!」
隣の子が口を挟む。
「選ばれたらもらえるやつだよな!」
私はしゃがむ。
目線を合わせる。
「選ばれたら?」
「うん!」
別の子が頷く。
「いい子はもらえるんだよ!」
「ちゃんとできたら!」
口々に重なる声。
明るい。
楽しそうに。
それが、余計に引っかかる。
「……それ、もらったらどうなるの?」
一瞬だけ、間が空く。
でも、すぐに返ってくる。
「えっとね――」
「えらいところにいける!」
「すごいとこ!」
言葉は曖昧だった。
子どもたちに、生活のことや食事のことをいくつか聞く。
返ってくるのは、どれも変わらない答えだった。
私は、ひとつだけ視線を落とす。
机の上。
同じ模様が並んでいる。
「……その紙、もらってもいい?」
一人の子が顔を上げる。
「いいよ!」
迷いなく差し出される。
私はそれを受け取る。
軽い。
ただの紙。
――のはずなのに。
「ありがとう」
それだけ言う。
もう一度だけ、紙を見る。
同じ形。
同じ線。
同じ描き方。
まるで――
子どもたちは、また描き始める。
何も変わらない様子で。
私は紙を手にしたまま、その場を後にした。
視察は、そのまま終了した。
建物を出るとき、
さっきの“カチッ”という音が、もう一度鳴った。
今度は、少しだけはっきり聞こえた気がした。
♦︎
外へ出る。
空気が、わずかに軽い。
数歩進んだところで、声がかかる。
「本日はありがとうございました」
振り返る。
ジェラルドが立っていた。
「非常に有意義な時間でした」
そう言って、軽く頭を下げる。
私は紙を持ったまま答える。
「こちらこそ、ありがとうございました」
ジェラルドは、わずかに頷く。
それだけだった。
会話は、そこで終わる。
そのとき。
フードの中で、小さく動く気配。
「……ビビ?」
顔を出したビビが、きゅ、と鳴く。
いつもより、少しだけ強く服を掴んだ。
視線は、施設の方へ向いたまま。
私は一度だけ、振り返る。
ルクス養育院グラディオール院。
整った建物。
問題のない場所。
完璧な施設。
――本当に?
その問いは、口には出さない。
まだ、答えはない。
でも。
胸の奥に、小さく残る。
子どもたちの声。
「選ばれるとね」
「ぐるぐる、もらえるんだよ」
意味も知らないまま、
笑っていた声。
私はゆっくりと前を向く。
通れる者と、
通れない者。
その線引きが、なぜか離れなった。
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