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盾の少女は世界を救わない 〜攻撃できない盾魔法の少女、子どもの誘拐事件から国家の闇を暴く  作者: まるい そら


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第34話 言わないという答え

「……あの子は――」


ダリアの声が、かすかに震える。


ほんの少しだけ、間が落ちた。


指先が、わずかに強く皿を握る。


それでも、逃げずに言った。


「……ベベリオだよ」


その名前が、静かに落ちる。


空気が、わずかに止まった。


胸の奥で、何かがはっきりと噛み合う。


もう、確信だった。


だが――誰も口を開かなかった。


ダリアは、少しだけ視線を落とす。


遠くを見るような目だった。


「……小さい頃は、ベベって呼んでたんだ」


かすかに笑う。


「甘いもんが好きでね」


「マンゴーなんか出したら、すぐ手ぇ伸ばしてさ」


声が少しだけ掠れる。


それ以上は、続かない。


そのとき、奥から声がかかる。


「ダリア、悪い。こっち、ちょっと手伝ってくれねぇか」


やわらかい声だった。


急かすでも、怒るでもない。


ただ、仕事を回すための声。


ダリアは一瞬だけ目を閉じる。


それから、息を吐いた。


「……あいよ」


短く返す。


こちらに向き直る。


ほんの一瞬だけ、言葉を探すように間があった。


「……悪いね」


それ以上は、言わない。


言えない、の方が近い。


そのとき――


アイリーが一歩だけ前に出る。


声は、静かだった。


「いえ……こちらこそ」


ダリアの目が、わずかに動く。


「お話、聞かせていただいてありがとうございました」


まっすぐに向き合う。


逃げない視線。


「もし何かお困りのことがあれば」


ほんの少しだけ間を置く。


「王都で、私の名前を出してください」


軽く胸元のブローチに触れる。


「必ず、力になれるとは言えませんが……」


「何か手伝えることがあるかもしれません」


押しつけではない。


けれど、逃げでもない。


その境界の言葉だった。


ダリアは、すぐには答えない。


一度だけ、アイリーを見る。


それから、小さく息を吐いた。


「……ああ」


短い返事。


けれど、それで十分だった。


皿を持ち直す。


もう一度だけ、こちらを見る。


何かを確かめるような目。


それから、背を向ける。


足音が遠ざかる。


店の音が、また戻ってくる。


さっきまでと同じはずなのに、


もう、同じには聞こえなかった。


誰も、すぐには動かなかった。


♦︎


言葉も、出なかった。


「……行こう」


アイリーの声に、小さく頷く。


店を出た。


外の空気は少し冷たく、港の音が遠くに広がっている。


波の音。船の軋み。


誰も喋らない。足音だけが揃っている。


それぞれが、それぞれの中で噛み締めている。


名前、声、あの顔が離れない。


けれど――


口に出した瞬間、何かが決定的に変わってしまう気がした。


だから、誰も触れない。


そのまま、宿まで歩ききった。




宿に入る。


扉が閉まる。


外の音が、少しだけ遮断される。


アイリーが一度だけ深く息を吐いた。


そして振り返る。


「……部屋、来て」


短く、それだけ言う。


ルークとラーラが頷く。


三人で階段を上がる。


途中、レオンがこちらを見る。


何かを察している顔だった。


「……同行しますか」


静かな問い。


アイリーは首を横に振る。


「いえ」


一拍。


「レオンは、部屋で休んでてください」


「後で、必要になったら呼びます」


それで十分だった。


レオンは一度だけ頷く。


「……了解しました」


それ以上は聞かない。


その距離だった。




部屋に入り、扉が閉まる。


アイリーがゆっくりと椅子に腰を下ろす。


「……座って」


二人も続く。


少しだけ間が落ちる。


その沈黙は、逃げじゃない。


整理するための時間だった。


アイリーが、先に口を開く。


「……どう思う?」


主語はない。


けれど、通じる。


ルークはすぐには答えない。


一度だけ視線を落とす。


それから、低く言った。


「……あいつだと思う」


短い。


でも、迷いはない。


顔を上げる。


「名前は知らない」


はっきり言う。


「でも――」


一拍。


「ダリアさんが言ってた特徴も、反応も……全部、あいつに当てはまる」


言葉が少しだけ強くなる。


「それに」


喉の奥が、わずかに詰まる。


「……あいつ、“ベベ”って呼ばれてたんだろ」


視線が、少しだけ逸れる。


思い出している。


あの部屋での時間を。


「俺は、あいつのこと」


一瞬だけ間が落ちる。


「名前で呼んだことは、一度もない」


静かに言う。


「番号でも、呼ばなかった」


小さく息を吐く。


「……あんなもん、名前じゃねえから」


その一言に、ルークの価値観が乗る。


「いつも、“おい”とか、“お前”とか……それくらいだ」


わずかに自嘲が混じる。


「今思えば、ちゃんと呼んでやればよかった」


視線が落ちる。


「呼ぶ名前なんて、なかったけどな」


短く、笑うように息を吐く。


それから、顔を上げる。


今度は、逃げない。


「……だから」


拳が、わずかに握られる。


「俺は、あの人に言ってやりたい」


まっすぐ言う。


「息子は、生きてたって」


声は大きくない。


でも、はっきりと届く。


「どんな場所にいたかも」


「どんな状態だったかも」


一瞬だけ言葉が詰まる。


それでも続ける。


「……全部は言えないかもしれないけど」


「それでも」


視線を逸らさない。


「“生きてた”ってことだけは」


「伝えてやりたい」


静かに言い切る。


部屋の空気が、少しだけ重くなる。


ラーラがゆっくりと口を開く。


「気持ちは分かる」


否定はしない。


その上で。


「でも、それは“確定してから”だ」


一拍。


「今は、まだ“そう見える”だけだ」


アイリーも続く。


「……うん」


静かに頷く。


「ルークの言ってることは、間違ってない」


「でも」


視線が、まっすぐになる。


「それを今言うかどうかは、別の話」


ラーラが言葉を重ねる。


「母親だぞ」


短く。


重く。


「希望を渡すなら、責任も持て」


その一言で、空気が締まる。


ルークの拳が、わずかに強く握られる。


分かっている。


全部、正しい。


だからこそ――


言い返せない。


数秒の沈黙。


それから、ゆっくりと力が抜ける。


「……分かってる」


低く、吐き出す。


「今じゃない」


自分で言い切る。


それで、決まった。


アイリーが小さく頷く。


「母親に言うのは今はやめよう。まずは状況を整理しよう」


その言葉で、全員の立ち位置が揃う。


感情はある。


でも、動かない。


ここからは――


調べる段階だ。



♦︎


一度、区切りをつけるために。


宿の前で売られていたフレッシュジュースを買う。


冷たい液体が喉を通る。


それでも、胸の奥の重さは消えない。


三人で立ったまま、しばらく何も言わない。


それから――


アイリーが口を開いた。


「……整理しよう」


短く。


逃げない声だった。


ルークは、何も言わずにカバンに手を入れる。


探るように指先が動く。


触れた。


金属の感触。


ゆっくりと取り出す。


手のひらに収まる、小さな歯車。


中央に刻まれた数字。


――0824。


その瞬間、フードの奥でビビがぴくりと動いた。


小さな顔がのぞく。


黒い瞳が、歯車をじっと見ていた。


私は何も言わない。


ただ、その視線だけが妙に胸に残った。


それを、強く握り込む。


指の関節が、わずかに白くなる。


視線は落ちたまま。


離さない。


アイリーが続ける。


「五年前に何者かに攫われた、当時十二歳の子ども」


言葉を選びながら、置いていく。


「どこかに運ばれて」


「名前を奪われた」


一拍。


「そして、番号で管理されている」


その言葉の先に、


ルークの手の中の歯車がある。


ラーラの視線も、そこに落ちる。


「――0824」


静かに重なる。


空気が、わずかに沈む。


ラーラが低く言う。


「きっと何かしらの施設だよな」


断定に近い。


アイリーが頷く。


「うん。そうだと思う。」


「あの時の少年は、16.17歳ぐらいの青年に見えたから、普通の誘拐じゃない。」


「どこかで管理されてると思う。」


ルークが、小さく息を吐く。


歯車を握ったまま。


「……だから、あいつは」


言葉を探す。


喉の奥で、一度引っかかる。


「……普通じゃなかった」


「目も、反応も……全部、ズレてた」


一拍。


思い出している。


「あいつ、自分で考えて動いてる感じじゃなかった」


握る力が、少し強くなる。


「何かに、押さえつけられてるみたいな」


短く、息を吐く。


「……怯えてるっていうより」


言葉を選ぶ。


「“止められてる”感じだった」


その一言で、空気が変わる。


ラーラの視線がわずかに細くなる。


アイリーも、何も言わない。


ただ、受け取っている。


繋がる。


全部が。



アイリーが続ける。


「問題は、その施設がどこか」


一拍。


「そして、誰が関わっているのか」


ラーラがすぐに返す。


「単独じゃ無理だな」


「人も、場所も、時間も、金もかかる」


視線を上げる。


「おそらく組織だ」


否定はない。


ルークも、同じ結論に立っている。


けれど――


名前は出ない。


まだ、出せない。


アイリーが静かに言う。


「焦って当てにいく段階じゃない」


「一つずつ、潰していく」


ルークは何も言わない。


ただ、手の中の歯車を見ている。


強く握ったまま。


まるで――


二度と手放さないように。


アイリーが決めるように言った。


「一度、戻ろう」


ルークが視線を向ける。


「……ホームディアか」


「うん。情報が足りない」


迷いはない。


ラーラが頷く。


「ギルマスだな」


短く言う。


「あいつなら、表に出てない話も拾ってる」


ルークが小さく息を吐く。


「……ああ」


それで、十分だった。


方向は決まった。


誰も、余計なことは言わない。


アイリーが静かに続ける。


「今日はもう休もう」


「頭、回ってないまま動いても意味ない」


ラーラが肩をすくめる。


「違いない」


ルークも何も言わない。


ただ、小さく頷く。


歯車は、まだ手の中にあった。


それを一度だけ見て、


ゆっくりとカバンに戻す。


「……じゃあ、みんな解散ね」


アイリーが立ち上がる。


それに合わせて、二人も立つ。


言葉は少ない。


けれど、もう十分だった。


それぞれ、自分の部屋へ戻る。


♦︎


夜。


部屋の中は静かだった。灯りが、わずかに揺れている。


アイリーは椅子に座ったまま、動かなかった。視線は落ちたまま、さっきの言葉が頭の中で繰り返されている。


――伝えたい。


ルークの声。まっすぐで、迷いのない声。あれは間違っていない、そう思う。


けれど。


――間違えたら、終わりだ。


ラーラの声。あれも間違っていない。


どちらも、正しい。だからこそ――決められない。


考えが、まとまらない。


「……」


小さく息を吐き、顔を上げる。

このままじゃ駄目だと思い、私は扉を開けた。




廊下には人の気配が残っていた。

遠くで話し声や物音がかすかに響く。


その中で、足音だけがやけに耳についた。


迷いはなくそのまま進む。


目的の場所である、とある部屋の前で足を止める。

一拍、軽く息を整えノックをした。


「……はい」


中から、すぐに返事があり扉が開く。

レオンが立っていた。


「話し合いは終わりましたか?」


静かな声。


アイリーは少しだけ間を置いてから言う。


「はい……少し、お話いいですか」


一瞬だけ視線が揺れる。けれど逸らさない。


「中に入っても?」


レオンはすぐに頷く。


「どうぞ。そこのイスを使ってください」


レオンはベッドに腰掛け、アイリーを見る。


少しだけ間が落ちる。その沈黙は、さっきの続きだった。


アイリーがゆっくりと口を開く。


「……分からないんです」


正直な言葉だった。


「伝えた方がいいのか、伝えない方がいいのか」


視線が、少しだけ揺れる。


「どっちも、正しい気がして」


小さく笑う。自嘲に近い。


「でも……どっちも、怖い」


その一言で、空気が少しだけ重くなる。


レオンは何も言わない。ただ、聞いている。


アイリーは続ける。


「もし、伝えて――違ったら。希望だけ渡して、壊すことになる」


一拍。


「でも。本当の事を何も言わなかったら……それも違う気がして」


言葉が揺れる。それでも止めない。


「……どうすればいいのか」


静かに落ちる。


数秒。レオンはすぐには答えない。その沈黙が逃げじゃないと分かるから、アイリーも待つ。


やがて、レオンがゆっくりと口を開いた。


「……正解は、ありません」


短く、はっきりと。


「どちらを選んでも、誰かは傷つきます」


その言葉が、静かに落ちる。


アイリーは目を伏せる。分かっていた。けれど――重い。


レオンは続ける。


「だからこそ、“今”決める必要があるかを考えるべきです」


一拍。


「確証がない状態で選ぶ判断は、ほとんどが後悔になります」


静かな声だった。押し付けではない。ただの事実。


アイリーはゆっくりと息を吐く。胸の奥にあったものが、少しだけ形になる。


「……今は」


小さく、言葉が出る。


「まだ、選ばなくていい」


自分に言い聞かせるように。


レオンは何も言わない。それでいいという距離だった。


アイリーは目を閉じ、ゆっくり開く。


「……ありがとうございます」


小さく頭を下げる。それで、十分だった。


椅子から立ち上がる。もう、迷いはない。

扉へ向かい手をかける――


「……アイリー様」


後ろから、声がかかる。


振り返る。


レオンはそのままの姿勢で、こちらを見ていた。


少しだけ間があって、


ゆっくりと立ち上がる。


手に、小さな包みを持っていた。


「先ほど、三人で話されている間に」

「……少し、外で買ってきました」


差し出される。


布に包まれた、小さな焼き菓子。


クッキーだと分かる。


「甘いものは、思考を落ち着かせます」


ほんの少しだけ、視線が緩む。


「無理にとは言いませんが」


「……よろしければ」


それ以上は言わない。


それが、レオンの距離だった。


アイリーは少しだけ目を見開く。


すぐには受け取らない。


一瞬だけ、迷う。


けれど――


ゆっくりと手を伸ばし、受け取る。


「……ありがとうございます」


今度の声は、少しだけ柔らかい。


レオンは何も言わない。


ただ、小さく頷くだけ。


それで十分だった。


アイリーは扉を開ける。廊下に出る。


静かな空気。


手の中の包みを、一度だけ見る。


そのとき、フードの奥からビビがそっと顔を出した。


甘い匂いに気づいたのか、小さく鼻をひくつかせている。


思わず、少しだけ笑ってしまう。


「……だめ。これは後でね」


小さくそう言うと、ビビは安心したようにまた肩口へ丸まった。


それから、軽く息を吐く。


――大丈夫。


そう思えた。


確証は、まだない。


一度、ホームディアに戻る。


そこで、情報を集める。


表に出ていないものを、掬い上げる。


その先に、何があるのか。


まだ、分からない。


けれど。


胸の奥で、わずかに引っかかるものがあった。


あの街で見てきたもの。


何度も視察してきたはずの場所。


“問題はない”とされてきた場所。


――本当に、そうなのか。


足が、ゆっくりと前に出る。


廊下の奥へ。


静かな夜の中へ。


その一歩が、


まだ見えていない“何か”へと繋がっている気がした。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


もし少しでも「続きが気になる」「面白い」と感じていただけたら、

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ひとつひとつの反応が、次の物語を書く力になります。

今後ともよろしくお願いします!

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