表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盾の少女は世界を救わない 〜攻撃できない盾魔法の少女、子どもの誘拐事件から国家の闇を暴く  作者: まるい そら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/47

第26話 安心する家

ドミニクは、ランプを持ったままゆっくり階段を降りてきた。


橙色の光が、石の階段を一段ずつ照らしていく。


揺れる火が、地下室の壁に長い影を落とした。

まるで、この空間そのものが息をしているみたいに。


階段を下りる足音は、落ち着いていた。


焦りも、怒りもない。


コツ。


コツ。


コツ。


静かな地下に、その音だけが響く。


やがてドミニクは、最後の段を降りた。


ランプの光が、部屋全体を淡く照らす。


横たわる子どもたち。


毛布。


冷たい石床。


そして――


私たち。


ドミニクは、そのすべてを一度見渡した。


驚きも、動揺もない。


ただ、状況を確認するような視線だった。


そして――


穏やかに言った。


「安心してください」


その声は、昼間の診察室と同じだった。


優しく、静かで、落ち着いている。

夜中の地下室とは思えないほど、自然な声だった。


「この子たちは苦しんでいません」


「だから――安心して眠っていられるんです」


私は、言葉を失った。


そのとき、フードの奥でビビがぴくりと震えた。


次の瞬間、布の奥へ逃げ込むように深く潜り込む。


さっきまでの怯え方とは違う。


もっとはっきりと、“嫌だ”と示すような反応だった。


目の前には、横たわる子どもたち。


小さな体は毛布の下でほとんど動かない。

誰一人、目を覚まさない。


それでも、胸だけがゆっくり上下している。


確かに、生きている。


けれど、それはあまりにも静かだった。


まるでここが眠るための場所ではなく、

「止められた時間」の中みたいに見えた。


隣で、ルークが両手斧を握り直した。


空気が、重く沈む。


それでも。


ドミニクだけが、


まるで診察の続きをしているみたいに、


穏やかな顔をしていた。


ルークが低く言った。


「はぁ?何言ってんだ」


ドミニクは怒らなかった。


むしろ、少し困ったように首を傾げた。


「おや」


まるで、診察室で患者に向き合う医者のような顔だった。


「説明していませんでしたか?」


静かな声だった。


責める調子ではない。


ただ、本当に“説明不足だったのかもしれない”と考えているような口ぶり。


彼はゆっくりと視線を落とす。


横たわる子どもたちを見下ろした。


ランプの橙の光が、眠る顔を淡く照らしている。


「恐怖は、人を壊します」


ドミニクは静かに言った。


「人は恐怖に触れると、理性を失う」


「泣き叫び、暴れ、逃げようとする」


その声は淡々としていた。


研究結果を説明する学者のように。


「戦争でも」


「飢えでも」


「魔獣でも」


「人を壊す本当の原因は、いつも恐怖です」


地下室に沈黙が落ちる。


私は何も言えなかった。


ドミニクは、ゆっくりとランプを持ち上げる。


光が子どもたちの顔をなぞった。


穏やかに眠る顔。


動かない体。


「ですが」


彼は続けた。


「この子たちは違います」


少しだけ、口元が緩む。


誇らしげに。


「恐怖を感じない」


「不安に揺さぶられない」


「絶望に押し潰されない」


彼は静かに言った。


「安心だけを感じています」


ラーラが眉をひそめる。


「……どういう意味?」


ドミニクは、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。


そして、穏やかに答える。


「魔法です」


静かな声だった。


静界カーム・フィールド


「感情の波を鎮める魔法」


「恐怖も、不安も、焦燥も――すべて薄くなる」


彼は手を軽く広げた。


まるで、完成した作品を見せるように。


「そして」


帰灯ホーム・ライト


その言葉を、丁寧に発音する。


「心が“安心できる場所”を覚える魔法です」


ラーラが、低く呟く。


「……洗脳じゃない」


ドミニクは首を振った。


「違います」


きっぱりと。


「導きです」


その言葉が、地下室の空気を凍らせた。


彼は、ゆっくりと続ける。


「外の世界は残酷です」


「孤児は生き残れない」


「飢え、利用され、最後は死ぬ」


その声には、怒りも悲しみもなかった。


ただ、事実を語るような静けさ。


「だから私は」


「この子たちに“安心できる場所”を与えました」


ランプの光が揺れる。


子どもたちは動かない。


まるで深い夢の底に沈んでいるようだった。


ドミニクは静かに言った。


「ここにいれば」

「恐怖はない」

「苦しみもない」


そして、穏やかな笑みを浮かべた。


「安心して、生きていける」


ランプの光が、静かに揺れた。


橙の光が、眠る子どもたちの顔をなぞっていく。


「外の世界は怖い」


「ここは安心できる場所」


「そう理解すれば、人は怯えなくなる」


彼はまるで、当たり前の理屈を説明するように言った。


「だから、この子たちは苦しまない」


その言葉は、どこまでも穏やかだった。


地下室の空気だけが、冷たく沈んでいく。


私は、アイシャを見る。


毛布の中で、少女は動かない。


目は閉じたまま。


呼吸だけが、ゆっくりと続いている。


さっき聞いた言葉が、胸の奥に残っていた。


――ここが、あんしん。


その言葉が、妙に整いすぎていた。


まるで、自分で選んだ言葉じゃないみたいに。


私は、ゆっくり顔を上げた。


喉の奥が、少し乾く。


それでも、声は震えなかった。


「……それで」


ドミニクがこちらを見る。


ランプの光が、その瞳に映る。


私は続けた。


「それで、この子たちは幸せなの?」


地下室の空気が、わずかに止まる。


ドミニクは、一瞬も迷わなかった。


「はい」


あまりにも自然に答えた。


まるで、当然の事実を肯定するみたいに。


その迷いのなさが――


背筋を冷たく撫でた。


私は言葉を探す。


けれど。


胸の奥で、何かがうまく形にならない。


その時だった。


ルークが、低く吐き捨てた。


「……ふざけんな」


その声には、押し殺した怒りが混じっていた。


斧の柄を握る手に、わずかに力が入る。


地下室の空気が、ぴりりと張り詰める。


それでも――


ドミニクは動じなかった。


むしろ、静かに首を振る。


「いいえ」


その声は、相変わらず穏やかだった。


怒りも、焦りもない。


ただ、静かな確信だけがある。


「私は真剣ですよ」


ランプの光が、彼の顔を揺らした。


その表情は――


どこまでも、誠実な医者の顔だった。


そして、ドミニクは少しだけ遠くを見る。


ランプの光が彼の横顔を照らしていた。


「昔、私の村が魔獣に襲われました」


その言葉は、まるで昔話でも語るような落ち着いた声だった。


戦争で追われた魔獣の群れが、山を越えて村へ流れ込んできたのだと彼は言った。


小さな村は混乱に包まれ、

大人たちは武器を取り、

子どもたちは地下室へ押し込まれた。


ドミニクも、その中にいた。


だが――子どもたちは泣き始めた。


恐怖で。


止めようとしても、泣き止まなかった。


ドミニクの声は淡々としていたが、その光景ははっきりと浮かんだ。


暗い地下。

震える子どもたち。

止まらない泣き声。


そして――。


その声を聞きつけて、魔獣が来た。


地下室の扉が破られた。


ドミニクはそこで、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。


ランプの火が、揺れる。


「……守れませんでした」


静かな声だった。


怒りも悲しみもない。

ただ、事実だけがそこに残っていた。


ドミニクは、横たわる子どもたちを見下ろす。


「その時、思ったんです」


恐怖さえなければ、子どもたちは泣かなかった。

泣かなければ、魔獣に見つからなかった。


あの地下室を暴いたのは――恐怖でした。


彼は、ゆっくりと顔を上げる。


「恐怖は、人を殺す」


ランプの火が、わずかに揺れた


「だから私は、それを消しました」


穏やかな声だった。


まるで医師が、治療の結果を説明するみたいに。


「この子たちは恐怖を感じません」


「不安も、絶望もない」


彼は、わずかに微笑む。


「ただ安心だけがある」


「従って生きればいい」


そして、静かに言った。


「それだけで、人はずいぶん楽に生きられる」


私は、ゆっくり首を振った。


胸の奥で、何かが冷たく固まっていく。


「違う」


小さな声だった。


ドミニクが目を細める。


私は、もう一度言った。


「それは、生きてるって言わない」


一瞬、地下室の空気が止まる。


けれどドミニクは怒らない。


むしろ、どこか困ったように息を吐いた。


「あなたは優しい人ですね」


その言葉には皮肉も嘲笑もない。


ただ、本当にそう思っているような響きがあった。


しかし彼は続ける。


優しさだけでは人は救えない、と。


孤児は社会で生きられない。

犯罪者になるか、飢えて死ぬか、そのどちらかだ。


だからこそ――。


「導いてやる方が幸せなのです」


「従順に生きる方が、人は苦しまない」


ラーラが、小さく舌打ちした。


「……無理だね」


短く吐き捨てる。


その声には、完全な拒絶が込められていた。


ラーラは、ドミニクを真っ直ぐ見たまま続ける。


「話しても意味ない」


地下の空気が、わずかに冷える。


私は、ゆっくり頷いた。


胸の奥で、答えはすでに決まっていた。


「……騎士団を呼びます」


私がそう言うと、ドミニクは驚かなかった。


むしろ、少しだけ首を傾げる。


まるで当然の流れだとでも言うように。


「どうぞ」


静かな声だった。


「構いませんよ」


ランプの火が、橙色に揺れる。


その光の中で、ドミニクは穏やかに微笑んでいた。


「私は、間違っていませんから」


その落ち着きが、逆に不気味だった。


逃げる気配もない。

弁解する様子もない。


ただ、そこに立っている。


まるで――

この状況すら、すでに理解しているかのように。


ラーラが小さく息を吐いた。


「……決まりだね」


そして、私を見る。


「私が行く」


私は頷く。


「お願い」


ルークも短く言った。


「頼んだ」


ラーラはもう迷わなかった。


踵を返す。


石の床を蹴り、階段へ向かう。


数歩で闇の奥へ消える。


足音が、階段を駆け上がっていく。


コツ、コツ、コツ――


やがてその音も、遠ざかった。


地下に残ったのは――


私。


ルーク。


そして、ドミニク。


静かな空間だった。


ルークがゆっくりと前へ出る。


子どもたちを背に、私の半歩前に立つ。


そして、斧を構えた。


両手斧――崩牙。


重い刃が、ランプの光を鈍く反射する。


いつでも振れる距離。


一歩でも近づけば、届く間合い。


それだけで十分だった。


ドミニクは、それを見ても表情を変えない。


逃げない。


怯えない。


ただランプを持ったまま、そこに立っている。


そして、穏やかな声で言った。


「安心してください」


「私は、抵抗するつもりはありません」


地下室に、静かな沈黙が落ちた。


ランプの火だけが、ゆっくりと揺れている。


私は、ドミニクを見た。


その男は、まるで診察室に立っている医者のように落ち着いていた。


逃げる様子もない。


焦りもない。


ただ――観察している。


ドミニクは、ゆっくりと言った。


「あなたは、不思議な方ですね」


私は眉を寄せる。


「……何がですか」


彼は少しだけ首を傾ける。


「普通の人なら、怒るか、恐れるか、私を殴るでしょう」


ランプの光が石壁に影を揺らす。


「ですが、あなたは違う」

「まだ話そうとしている」


その言葉に、私は少しだけ息を吐いた。


「……医者だからです」


ドミニクの眉が、わずかに動く。


私は続けた。


「人を救おうとしている人を」


「いきなり“悪”だと決めつけるのは」


「簡単です」


私は子どもたちを見る。


眠ったままの顔。


静かな呼吸。


「でも」


「あなたは、本当にそれが正しいと思っている」


ドミニクは、否定しなかった。


私は言った。


「だったら」


「どうしてそこまで、子どもたちを閉じ込めるんです」


ランプの火が、小さく揺れる。


ドミニクは少し考えた。


まるで、難しい診断をする医者のように。


「……あなたは」


静かに言った。


「人は変わると思っていますね」


私は頷く。


「思っています」


ドミニクは、少しだけ笑った。


優しい笑顔だった。


だからこそ、余計に歪んで見える。


「私は思いません」


その声は、とても静かだった。


「人は」


「環境に負けます」


彼は、横たわる子どもたちを見た。


「孤児」


「戦争」


「飢え」


「暴力」


「そういうものの中で育った子どもが」


「普通に生きられると思いますか?」


私は答えなかった。


ドミニクは続ける。


「あなたは、きっと優しい家で育った」


「守られていた」


「だから“可能性”を信じられる」


その言葉に、ルークの斧がわずかに動いた。


だが私は、手で止めた。


ドミニクは私から目を逸らさない。


「ですが私は違う」


彼の声は、静かだった。


「私は、恐怖を見た」


「人が壊れる瞬間を」


「子どもが、泣きながら死んでいくのを」


地下室の空気が、わずかに重くなる。


そして彼は言った。


「だから私は」


「壊れる前に、守る」


「苦しむ前に、静かにする」


ランプの火が、揺れる。


「それが、私の答えです」


私は、しばらく黙っていた。


胸の奥で、言葉を探す。


やがて、ゆっくり言った。


「……それでも」


ドミニクが、わずかに目を細める。


私は続けた。


「それでも」


「人は、生きる価値がある」


「怖くても」


「間違えても」


「泣いても」


「それでも」


私は子どもたちを見る。


「生きるって」


「そういうことだと思います」


地下室は静かだった。


ドミニクは、少しだけ考えた。


そして、ゆっくり言った。


「……あなたは」


「まだ、そう思えるんですね」


その声には、


理解しているのか、


それとも遠くから見ているだけなのか、


分からない響きが混ざっていた。


彼は、静かに首を振る。


「ですが」


「世界は、あなたほど優しくありません」


その時。


地下室のどこかで、


小さく、石の音が鳴った。



子どもたちの呼吸だけが、地下室に満ちていた。


深く、ゆっくりとした寝息。

それが、この場所で生きている証のように続いている。


私は、アイシャのそばに座った。


膝をつき、そっと彼女の手を取る。


細い指。


体温は低い。


冷たい。


それでも――


確かに、脈は打っていた。


弱く。


けれど、確かに生きている。


私はその手を、そっと包み込む。


ただ、ここにいることを伝えるように。


そのとき、肩口でビビが小さく身じろいだ。


怯えて震えるのではなく、じっと私に寄ってくる。


小さな命が、もう一つここにあるのだと分かる。


「……大丈夫」


声にならないほど小さく呟いた。


その横で、ルークは一歩も動かない。


子どもたちと私の前に立ち、入口の方を睨んでいる。


両手斧――崩牙。


その刃は、ランプの光を鈍く反射していた。


いつでも振れる構え。


一歩でも近づけば届く距離。


その背中だけで、十分だった。


ドミニクは、その向こう側に立っている。


逃げようとはしない。


抵抗する様子もない。


ただ、ランプを持ったまま、静かにそこにいる。


橙の光が、石壁をゆっくり揺らしていた。


時間が、ゆっくり流れていく。


誰も動かない。


誰も言葉を発しない。


地下室には、


子どもたちの呼吸と、


ランプの火が揺れる小さな音だけが残っていた。


そして――


不意に、上で音がした。


――ガン。


重い音だった。


木の扉が開く音。


次いで、金属が触れ合う硬い音が続く。


鎧。


複数の人間が動く気配。


階段の上から、光が差し込む。


足音が近づく。


重い靴底が石を踏む。


カツン。


カツン。


カツン。


複数だ。


迷いのない足取り。


やがて――


鎧をまとった騎士たちが、地下室へ降りてきた。


ランプの光が、彼らの甲冑に反射する。


先頭の騎士が、周囲を見渡した。


横たわる子どもたち。


斧を構えるルーク。


そして――


ランプを持った男。


騎士の視線が止まる。


低い声が、地下室に響いた。


「灯りの家院長、ドミニク」

「子どもたちの監禁、および違法取引の疑いで拘束する」


地下室の空気が、わずかに動く。


それでも――


ドミニクは、動かなかった。


逃げようともしない。


抵抗する様子もない。


ただ、ゆっくりと騎士たちを見た。


そして、


ほんのわずかに微笑んだ。


まるで――


ドミニクは、すでに結末を知っている人間のように静かだった。


騎士が近づく。


鎧が触れ合い、低く音を立てる。


それでも、彼の表情は変わらない。


ゆっくりと両手を差し出した。


抵抗する気配は、最初からなかった。


そして、最後に私を見た。


穏やかな目だった。


まるで診察室で患者に話す時のように、落ち着いた声で言う。


「誤解しないでください」


小さく首を振る。


「私は、この子たちを傷つけていません」


ランプの光が、彼の横顔を照らす。


その目には、迷いがない。


「恐怖も、絶望も」


「この子たちは、もう感じない」


そして、わずかに微笑んだ。


「……それだけで、人はずいぶん楽に生きられるものです」


騎士がドミニクの腕を取る。


拘束具が、金属音を立てた。


それでも彼は抵抗しない。


ただ、私を見たまま静かに言った。


「どうか――」


「この子たちを、また苦しませないでください」



足音が、遠ざかる。


地下に残ったのは――


子どもたち。


私。


そしてルークとラーラ。


静かな地下。


アイシャの呼吸が、ゆっくり続いている。


私はその手を握ったまま、


小さく呟いた。


「……もう大丈夫だよ」


私はそう言った。


けれど――


その言葉が、

本当にこの子たちを救ったのか。


その答えを、

私はまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ