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盾の少女は世界を救わない 〜攻撃できない盾魔法の少女、子どもの誘拐事件から国家の闇を暴く  作者: まるい そら


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第24話 隠された家

夜。


客室の窓から見た子どもの後ろ姿が、頭から離れなかった。


診療棟の扉が閉まったあとも、私はしばらく窓の前から動けずにいた。


腕の中では、ビビが小さく震えている。


全身の毛が逆立ち、尻尾が大きく膨らんだままだ。


ここまで警戒する姿は、今まで見たことがない。


私はゆっくり息を吐いた。


そして、振り返る。


部屋の奥では、ルークとラーラがそれぞれのベッドで眠っていた。


静かな寝息だけが聞こえる。


けれど――


今見たものを、見なかったことにはできない。


私はビビをそっと抱え直すと、ルークのベッドへ近づいた。


肩を軽く揺する。


「ルーク」


小さな声で呼ぶ。


「……ん」


ルークが眉をしかめ、ゆっくり目を開けた。


「どうした……?」


私は声を潜めたまま言う。


「今、子どもが外に出た」


その言葉で、ルークの目が一瞬で覚めた。


「……は?」


私は窓の方を指す。


「生活棟から出てきて、診療棟へ向かったの」


「裸足で」


「目が……虚ろだった」


ルークは体を起こす。


その表情から、眠気は完全に消えていた。


私は次にラーラの方へ向かう。


「ラーラ」


肩を軽く揺する。


ラーラは小さく唸り、目を開けた。


「……なに?」


私は短く言う。


「子どもが診療棟へ行った」


ラーラの眉が寄る。


「こんな時間に?」


私は頷く。


「様子がおかしかった」


「夢遊病みたいだった」


ラーラはすぐに起き上がる。


部屋の空気が、一気に張り詰めた。


私は二人を見た。


そして、静かに言う。


「私は、あの子の後を追う」


一拍置く。


「一人で行くつもりはない」


「一緒に来て」


ルークは短く頷いた。


「もちろんだ」


この建物は静かすぎる。


ほんの小さな音でも、やけに響く。


「ラーラ、いつものアレお願いできる?」


その言葉を聞いたラーラが、小さく頷いた。


「はいよ〜」


軽い口調のまま、ラーラは小さく呟く。


「――静歩サイレントウォーク


次の瞬間。


空気が、ふっと静まった気がした。


床を踏んでも、音がほとんど響かない。


足裏が石床に触れているはずなのに、

まるで床から浮いているみたいに静かだった。


ラーラの魔法。


静歩サイレントウォーク


足音と気配を極限まで消す、斥候のための魔法だ。


私は一歩踏み出す。


靴底が床に触れる。


それなのに――


音が、ほとんど立たない。


ルークが小さく笑った。


「……ほんと便利だな、それ」


ラーラは肩をすくめる。


「斥候の基本だよ」


私たちは小さく頷き合う。


私はもう一度、窓の外へ視線を向けた。


診療棟は、月明かりの中で静かに立っている。


何も起きていないように見える。


それでも――


胸の奥の違和感は、消えなかった。


私は小さく言う。


「……静かに行こう」


そして私たちは、そっと客室の扉を開いた。


♦︎


夜の廊下へ足を踏み出す。


静まり返った灯りの家の中で、


私たちは診療棟の奥へ向かった。


私はそっと客室の扉に手をかけた。


ゆっくり押す。


キィィ……


古い蝶番が、細く軋んだ。


いつもなら気にも留めないほどの小さな音だ。


けれど――


その夜は、やけに大きく聞こえた。


静まり返った建物の中で、その音だけが空気を裂いたように響く。


胸の奥が、ぎり、と掻きむしられる。


私は思わず息を止めた。


誰かに聞かれたのではないかと、

背中の奥に冷たいものが走る。


けれど。


廊下は、変わらず沈黙していた。


私はゆっくりと扉を閉める。


今度は、音が出ないように。


ラーラとルークが、黙ってこちらを見ていた。


私は小さく息を整える。


「……静かに行こう」


二人が頷く。


私たちは足音を殺しながら、外へ向かった。


♦︎


今夜は満月だった。


高い窓から差し込む月の光が、

廊下の石床を淡く照らしている。


白い光の帯が、床の上に細長く伸びていた。


私はその光の中を、静かに進む。


フードの中では、ビビが固くなっている。


警戒しているのが分かる。


廊下の先にあるのは――急患室だ。


私は足を止める。


扉は完全には閉まっておらず、わずかに隙間が開いていた。


そこから、室内の様子がかすかに見える。


私はそっと中を覗き込んだ。


急患室には、簡素なベッドがいくつか並んでいる。


街道で体調を崩した旅人や、

急に症状が出た患者が一時的に休むための部屋だ。


昼間、ドミニクはここを指して言っていた。


薬を投与しながら、症状が落ち着くのを待つ場所だと。


ベッドの周囲には、簡易的な白いカーテンが吊られている。


患者の視線を遮るための、簡単な仕切りだ。


今は――誰もいないはずだった。


月明かりが窓から差し込み、

室内を青白く照らしている。


ゆらり。


カーテンが揺れた。


風は入っていない。


窓は閉まっている。


それなのに。


白い布が、ゆっくり揺れている。


私は息を止めた。


風は、入っていない。


窓は閉まっているはずだ。


それなのに。


白い布が、静かに揺れている。


まるで――


その向こう側に、誰かが立っているかのように。


背中に冷たいものが走る。


私はしばらく、そのカーテンを見つめた。


動く気配はない。


声もない。


ただ、布だけがゆっくり揺れている。


ルークが、私の背後で小さく囁いた。


「……風か?」


私は答えなかった。


視線を逸らさないまま、耳を澄ます。


何も聞こえない。


やがて、カーテンの揺れは静かに止まった。


完全な静寂が戻る。


……誰もいない。


私は小さく息を吐いた。


「行こう」


これ以上ここに留まる理由はない。


それでも、背を向ける瞬間まで――


私は、その白いカーテンから目を離せなかった。



次に現れるのは――診察室。


昼間、ドミニクが子どもたちを診ていた部屋だ。


扉は半分ほど開いたままになっていた。


私は歩みを止めず、その前を通り過ぎる。


室内には月明かりが差し込み、机と診察台をぼんやりと照らしていた。


昼間見た時と、配置は何も変わっていない。


机。


診察台。


壁に並んだ医療器具。


整然と並んだままだ。


それなのに――


空気だけが、違って見えた。


昼間は落ち着いた診療室だったはずなのに、


今はどこか、冷たい。


まるで。


人の気配だけが、まだ残っているような。


私は無意識に室内へ視線を向ける。


机の上には、開かれたままの診療記録。


その横に、ランプ。


もう火は消えている。


誰もいないはずなのに、


ほんの少し前まで、


誰かがここにいたような気がした。


ルークが後ろで小さく囁く。


「……さっきまで使ってたみたいだな」


私は答えない。


視線だけを室内から外す。


今は、止まっている場合ではない。


私はそのまま足を進めた。


診察室の前を通り過ぎ、


さらに奥にある処置室に行こうとする


その時だった。


「待って」


小さな声でラーラが言った。


私は振り向く。


ラーラは診察室の奥ではなく、横の廊下へ視線を向けている。


「こういう時はさ」


声は低いが、落ち着いていた。


「外側から詰めていこう」


「いきなり奥に入ると、逃げ道を見落とす」


私は頷いた。


診察室の前を通り過ぎ、

横の廊下へ入る。


そこは昼間、患者が座っていた待合室だった。


長椅子。

掲示板。

受付台。


月明かりが床に落ちている。


人の気配はない。


私は受付の奥を一度だけ覗いた。


帳簿。

ランプ。

薬棚。


動いた形跡はない。


ルークが小さく言う。


「問題なさそうだな」


ラーラが頷いた。


「よし」


そのまま振り向く。


「じゃあ次」


視線の先にあるのは――


処置室だった。


♦︎


処置室。


ここには治療用の器具や薬棚が並んでいる。


昼間は子どもたちの治療に使われる場所だと、ドミニクは説明していた。


窓から差し込む月明かりだけが、室内を青白く照らしていた。


治療台。

薬棚。

整然と並ぶ金属器具。


そのどれもが、冷たい光を鈍く反射している。


私は足を踏み入れた。


その時だった。


……匂い。


私は思わず立ち止まる。


鼻をかすめたのは、かすかな油の匂いだった。


灯油。


この部屋では、夜に作業をする時だけランプを使うはずだ。


昼間、ドミニクはそう説明していた。


私は周囲を見回す。


処置台の横。


壁際に置かれた小さなランプ。


火は消えている。


けれど――


灯芯の先が、まだ黒く焦げていた。


そして。


空気の中に、わずかに残る油の匂い。


まるで――


ほんの少し前まで、ここで灯りが使われていたかのように。


ルークも気づいたのか、小さく呟いた。


「……ランプの匂いだな」


ラーラが眉をひそめる。


「でもさ」


「こんな時間に、ここ使う?」


私は答えなかった。


ただ、


静まり返った処置室をもう一度見渡す。


誰もいない。


物音もない。


それなのに。


この部屋には、


ついさっきまで人がいた気配だけが残っていた。


私は視線を奥へ向ける。


処置室の奥には、二つの通路がある。


ひとつは、奥へ続く扉を開けると、薬剤室。


薬の保管庫だ。


もうひとつは、右側の扉。


診療棟のさらに奥。


研究室へ続く部屋。


私は小さく息を吸った。


胸の奥で、違和感が少しずつ形を持ち始めている。


ラーラが小さく顎で奥の扉を示す。


「先、こっちいこう」


私は頷いた。


静かに。


ゆっくりと。


私は扉に手をかけた。


きし……


わずかな軋み。


誰もいないはずの建物の中で、その音だけがやけに大きく感じられる。


薬剤室だった。


壁一面に棚が並び、薬瓶が整然と並んでいる。


乾燥薬草。


粉末薬。


小瓶に詰められた液体薬。


昼間見た通りの光景だった。


荒らされた様子はない。


誰かが急いで出ていった形跡もない。


静まり返った、ただの保管庫。


ルークが小声で言う。


「……変わりなさそうだな」


ラーラも小さく頷いた。


私は棚を一度見渡す。


違和感はない。


少なくとも――ここでは。


私はすぐに言った。


「次行こう」


三人は静かに扉を閉める。


再び処置室。


そして。


右側の扉。


研究室へ続く入口。


私はその扉を見つめた。


あの子は、確かに――


診療棟へ入っていった。


その先にあるのは、


この部屋ーー研究室


ラーラが低く言う。


「……行く?」


私は迷わなかった。


「行く」


短く答える。


ルークも頷く。


誰も、止めようとはしない。


私はゆっくりと扉を押した。


ギィ……


わずかな軋み。


研究室だった。


昼間見た時よりも、広く感じる。


部屋の中央には、大きな作業机。


机の上には、魔導具と書類が並んでいる。


机の上の書類の端に、

小さな手形のような汚れが残っていた。


壁際には、本棚。


そして――


薬品棚。


瓶や魔石が整然と並んでいた。


月明かりが窓から差し込み、室内を青白く照らしている。


私はゆっくり中へ入る。


足音は、ほとんど響かない。


ラーラの魔法が、まだ効いている。


ルークが周囲を見渡す。


「……誰もいないな」


机。


棚。


床。


どこにも、人の気配はない。


昼間見た研究室と、何も変わらない。


私は小さく息を吐いた。


「確かに……この部屋にはいない」


あの子は、確かに診療棟へ入っていった。


それなのに。


ここには――


誰もいない。


その時だった。


ラーラが小さく言った。


「ちょっと待って」


私は振り向く。


ラーラは、目を閉じていた。


集中するように、ゆっくり息を吸う。


そして、小さく呟く。


気配探知センスサークル


次の瞬間。


空気が、静かに揺れた気がした。


見えない波紋が、床から広がっていくような感覚。


ラーラはしばらく目を閉じたまま、じっと立っている。


そして――


ゆっくり目を開いた。


その表情が、少しだけ変わっていた。


「……変だ」


私はすぐに聞く。


「どうした?」


ラーラは、床の方を見ながら言った。


「この建物……」


「誰もいない」


ルークが眉を上げる。


「それは今見た通りだろ」


ラーラは首を振る。


「違う」


そして、ゆっくりと言った。


「この階には、誰もいない」


私は思わず聞き返す。


「……この階?」


ラーラは、ゆっくり床を指差した。


「でも」


「下にいる」


空気が、一瞬で張り詰めた。


ルークが低く言う。


「……地下か?」


ラーラは頷く。


「人の気配」


「複数ある」


私は思わず周囲を見回した。


どこにも階段は見えない。


それでも。


確かに、この建物のどこかに――


地下がある。


私は静かに言った。


「……探そうか」


ルークが頷く。


「隠し階段ってやつだな」


ラーラはすでに部屋の壁際を調べ始めていた。


本棚。


机の裏。


床。


私は薬棚の前へ行く。


瓶をどかし、棚を押す。


動かない。


ルークは壁を軽く叩いている。


コン。


コン。


音を確かめている。


しばらく、静かな時間が流れた。


その時。


ラーラの手が止まった。


「……あった」


低い声だった。


本棚の下に指をかける。


ゆっくり押す。


ギ……。


重い音がした。


本棚が、わずかに動く。


私はすぐ振り向く。


ラーラは、本棚の前に立っていた。


壁一面の本棚。


その下の部分に、指をかけている。


「ここ」


そう言って、ラーラがゆっくり押す。


ギ……


重い音がした。


本棚が、わずかに動く。


そして――


その奥から、暗闇が現れた。


地下へ続く階段だった。


冷たい空気が、ゆっくりと上がってくる。


私はその闇を見つめた。


その先に――


何かがある。


私は小さく呟く。


「……地下」


ラーラが低く言う。


「人の気配」


「間違いなく、ここからだ」


ルークが斧の柄を握り直した。


私は階段の奥を見つめたまま言う。


「行くよ」


地下から、冷たい空気が流れてくる。


まるで――


この建物の本当の姿が、


そこに隠れているかのようだった。


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