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盾の少女は世界を救わない 〜攻撃できない盾魔法の少女、子どもの誘拐事件から国家の闇を暴く  作者: まるい そら


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22話 ドミニクの灯りの家

街道の街ベルグは、王都とはまるで違っていた。


高い城壁も、大きな広場もない。

街道を中心に店と宿が並び、旅人の往来で成り立っている町だ。


荷馬車の車輪の音。

武装した冒険者たち。

香辛料の匂いを漂わせる商人。


人の流れは絶えないのに、どこか落ち着いた空気がある。


私は街の奥へ視線を向けた。


石畳の道の先。


窓から柔らかな灯りが漏れていた。


入口の看板には、こう書かれている。


――ドミニクの灯りの家。


ラーラが小さく口笛を吹いた。


「思ってたより普通だね」


ルークも腕を組んだまま建物を眺める。


「診療所ってより、でかい家だな」


石と木で作られた二階建て。

横から覗くと庭には小さな薬草畑が見える。


不思議と落ち着く雰囲気だった。


私は入口へ歩いていく。


その時。


フードの中で、ビビが小さく動いた。


「ビビ?」


黒い瞳が建物を見つめていた。


しかしすぐに、またフードの奥へ潜り込む。


ラーラが笑う。


「もうそこ完全に家だよね」


ルークが肩をすくめる。


「巣だろ」


私は苦笑して扉を叩いた。


コンコン。


少しして、中から足音が近づく。


扉が静かに開いた。


現れたのは、一人の男だった。


四十代後半ほどだろうか。


整えられた髪。

落ち着いた目元。

清潔な白衣。


穏やかな笑顔が浮かんでいる。


「こんばんは」


柔らかな声だった。


「旅の方ですか?」


私は軽く頭を下げる。


「はい。王都から来ました」


「私は――」


名乗ろうとした瞬間だった。


男の表情が、わずかに変わる。


「ああ……」


静かな驚き。


「もしかして、視察官のアイリー様ですか?」


私は少し目を瞬かせた。


「私を?」


男は穏やかに頷いた。


「最近、王都の方でお名前を耳にします」


「子どもたちの保護に尽力されていると」


言葉には敬意がこもっていた。


「私はドミニクと申します」


軽く一礼する。


「この灯りの家を運営しております」


ラーラが小声で言う。


「有名人じゃん」


ルークが笑った。


「俺たちも有名になってるか?」


「絶対なってない」


私は二人を軽く睨み、ドミニクへ向き直る。


「ベルグへ来たついでに、少しお話を伺えればと思って」


「王都で、先生のお名前を聞いたものですから」


ドミニクは優しく微笑んだ。


「それは光栄です」


扉を大きく開く。


「どうぞ中へ」


私たちは建物へ入った。


木の床。

薬草の香り。

壁には本棚が並んでいる。


医療施設というより、落ち着いた家のようだ。


ドミニクが説明する。


「こちらは診療棟になります」


「子どもたちが生活する建物は隣です」


庭の向こうを指さした。


そこにはもう一つ、少し小さな建物が建っている。


ルークが周囲を見回す。


「ちゃんとしてるな」


ラーラも頷く。


「薬も多いし、本もいっぱい」


ドミニクは少し照れたように笑う。


「子どもたちは繊細ですから」


「安心できる環境が大切なのです」


その言葉は自然だった。


作った感じがない。


私は続けて尋ねる。


「こちらでは、どんな症状を診ているんですか?」


ドミニクはゆっくり歩きながら答える。


「主に夜驚症や不安症です」


「夜に眠れない子ども」


「強い恐怖を抱えている子」


薬棚の前で足を止める。


「街道の町ですから」


「旅人の家族も多い」


「環境の変化で心を崩す子もいるのです」


ラーラが少し眉を下げた。


「子どもって、そういうの弱いよね」


ルークも頷く。


「環境変わるだけで不安になるしな」


ドミニクは静かに言った。


「ええ」


「ですから私は――」


「安心できる場所を作ることを大切にしています」


私はその言葉を聞きながら、薬棚を見つめる。


瓶。

乾燥薬草。

小さな魔石。


整然としていた。


ドミニクが振り返る。


「よろしければ、子どもたちの様子も見ていきますか?」


「生活棟の方にいます」


私たちは隣の建物へ向かった。


扉を開けると、柔らかな灯りが広がる。


中には数人の子どもがいた。


机で絵を描く子。


本を読む子。


静かに座っている子。


どの子も落ち着いている。


ラーラが小さく言う。


「……みんな静かだね」


ルークも腕を組む。


「俺の小さい頃は、めっちゃうるさかったよ」


ドミニクは穏やかな声で答えた。


「安心すると、人は落ち着くものです」


「ここでは、恐れる必要がありませんから」


子どもたちは私たちをちらりと見る。


しかしすぐに視線を戻した。


不自然ではない。


けれど。


どこか静かすぎる気がした。


その時だった。


フードの中で、ビビが動く。


ピク。


私は小さく声を落とす。


「ビビ?」


ビビは顔を出さない。


ただ、体が少し緊張していた。


視線は――


診療棟の奥。


しかし、すぐに動きが止まる。


ドミニクが時計を見る。


「そろそろ夕食の時間です」


「もしよろしければ、今夜はここに泊まっていきませんか?」


「旅人用の部屋がありますよ」


ラーラの目が輝く。


「ほんと!?」


ルークが笑う。


「今から宿を探すのもめんどくさいしな」


私は少し考え、頷いた。


「では、お言葉に甘えてお願いしたいです」


ドミニクは嬉しそうに微笑んだ。


「もちろんです。歓迎します」


「今日は皆で一緒に食べましょう」

「子どもたちも、旅のお客さんに会えると喜びます」


ラーラがすぐに顔を上げる。


「ほんと?」


ルークが笑う。


「俺たちが珍しいのか?」


ドミニクは穏やかに頷いた。


「街道の町とはいえ、ここは治療施設ですから」


「子どもたちの生活は静かなものです」


「外の話を聞くのは、きっと良い刺激になります」


そう言って、隣の食堂へ案内してくれた。


生活棟の奥にある小さな食堂だった。


木の長机が二つ。

窓からは夕方の光が差し込んでいる。


すでに五人の子どもたちが席についていた。


年齢はばらばらだ。


一番小さい子は、椅子にちょこんと座って足をぶらぶらさせている。


私たちを見ると、子どもたちの視線が一斉に集まった。


ドミニクが穏やかに言う。


「皆さん、こんばんは」


「今日は王都からお客さんが来ています」


「アイリーさんと、ラーラさん、ルークさんです」


子どもたちが少しだけざわつく。


ラーラがにこっと笑って手を振った。


「こんばんはー」


ルークも軽く手を上げる。


「今日は泊まらせてもらうぜ」


一番端に座っていた女の子が、静かに立ち上がった。


長い焦茶髪。

細い体。


落ち着いた表情をしている。


「……アイシャです」


小さく頭を下げる。


「よろしくお願いします」


声は控えめだったが、はっきりしていた。


ドミニクが説明する。


「アイシャは、十四歳で一番年上なんです」


「皆の面倒をよく見てくれています」


アイシャは少しだけ困ったように笑う。


「そんなことないです」


その隣で、小さな男の子が椅子から身を乗り出した。


「ぼくリューク!」


元気な声だった。


「七さい!」


足をぶんぶん振りながら言う。


「おねえちゃんたち旅人?」


ラーラが嬉しそうに頷く。


「そうだよ〜」

「王都から歩いてきたの」


リュークの目が丸くなる。


「え!すご!」


ルークが笑った。


「お前も歩くか?」


「むりー!」


即答だった。


食堂に小さな笑いが広がる。


残りの子どもたちも、それぞれ軽く名前を名乗った。


少し恥ずかしそうな子。

黙って会釈だけする子。


皆、どこか控えめだ。


けれど、怯えている様子はない。


やがて料理が並び始めた。


温かいスープ。

焼いたパン。

野菜の煮込み。


豪華ではないが、きちんとした食事だ。


ドミニクが言う。


「では、いただきましょう」


子どもたちが声を揃える。


「いただきます」


食事は、静かに始まった。


リュークはスープを飲みながら、私たちをちらちら見ている。


「ねえねえ」


小声で聞いてきた。


「王都ってお城ある?」


私は笑って頷く。


「あるよ」


「すごく大きい」


リュークの目がさらに輝く。


「ドラゴンとかいる?」


ルークが真顔で言った。


「いる」


ラーラが吹き出す。


「こらこら、嘘つくな!」


食堂の空気が少しだけ明るくなる。


その時だった。


アイシャが静かに言った。


「……王都は、怖くないですか?」


声は小さい。


けれど、はっきりとした問いだった。


私は少し考える。


「怖いところもある」

「でも、優しい人も多いよ」


アイシャは少しだけ目を伏せる。


「そうなんですね」


その左手首には、薄い包帯が巻かれていた。


私はそれ以上は聞かなかった。



ドミニクが穏やかに言う。


「アイシャは、不安が強く出ることがあるんです」


「ですが、ここでは落ち着いてきています」


アイシャは小さく頷いた。


食事はそのまま続く。


ラーラは子どもたちとすぐ打ち解けた。


「その絵、誰が描いたの?」


「ぼく!」


「上手じゃん!楽しそうな絵だね」


ルークはパンをかじりながら、子どもたちの質問にゆるく答える。


「街道の魔獣って怖いの?」


小さな声で聞いたのはリュークだった。


ルークは肩をすくめる。


「まあな。出会えば危ない」


子どもたちの顔が少し強ばる。


そこで、ルークは軽く笑った。


「でも心配すんな」


「人が住んでる場所には、だいたい魔獣避けの錬金術具が置かれてる」


「街や宿場町の周りは、ちゃんと守られてるんだ」


ラーラが横から口を挟む。


「だから普通に暮らしてる分には、ほとんど遭遇しないよ」


子どもたちはほっとしたように頷きながら、興味深そうに話を聞いていた。


そんな光景を見ながら、


私はふとフードの中を触れた。


ビビは静かだった。


丸くなっている。


しかし。


ほんのわずかに、体が固い。


(警戒してるのかな?)


私は何も言わず、そっと手を離す。


夕食は穏やかな空気のまま終わった。


子どもたちは順番に席を立ち、部屋へ戻っていく。


最後にアイシャが小さく頭を下げた。


「今日はありがとうございました」


ラーラが笑う。


「また話そうね」


リュークは手を振る。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん達おやすみー!」


やがて生活棟は静まり返った。



♦︎



客室に案内された私たちは、扉が閉まるのを待ってから部屋の中を見回した。


簡素な部屋だったが、きちんと整えられている。


壁際には木製のベッドが四つ並び、薄い毛布と清潔なシーツが用意されていた。


私はそのひとつに腰を下ろす。


柔らかな軋みが、静かな部屋に小さく響いた。


ラーラも隣のベッドに腰をかけ、肩をほぐすように伸びをする。


そして小声で言った。


「……寝るの早いね」


さっきまで賑やかだった食堂が、もう静まり返っている。


子どもたちは、夕食のあとすぐに部屋へ戻されていた。


ルークはベッドの端に腰を掛け、腕を組む。


少しだけ懐かしそうな顔だった。


「まだ小さい子どもだしな」


それから、ふっと笑う。


「俺なんて、まだ遊びたくてさ」


「早く寝ろって、よくかあちゃんに怒鳴られてた」


ラーラがくすっと笑う。


「ルーク、絶対やんちゃだったでしょ」


「うるせぇ」


二人のやり取りを聞きながら、


私はゆっくり立ち上がり、窓のそばへ歩いた。


窓を少しだけ開ける。


夜の空気が、静かに流れ込んできた。


ベルグの空は暗い。


王都のような明かりは少ない。


街灯もまばらで、遠くの家々に灯る小さな光が点々と見えるだけだった。


そのぶん、


夜空の星は、驚くほどはっきりと瞬いていた。


遠くで風が鳴る。



その時。


フードの中で、


ビビが――


ブルッ


と体を震わせた。


私は振り向く。


「ビビ?」


ビビはフードの縁から顔を出した。


黒い瞳が、


まっすぐ――


診療棟の奥を見ている。


じっと。


まばたきもせずに。


何かを警戒するように。


私はその方向へ視線を向けた。


窓の外。


診療棟の裏手には、もう一つの建物がある。


子どもたちが暮らしている生活棟。


暗闇の中で、建物の輪郭だけがぼんやりと浮かんでいた。


明かりは――


ほとんど消えている。


子どもたちは、もう眠っているはずだ。


……それなのに。


私は、窓の外をもう一度よく見る。


風が、草を揺らす。


遠くで、扉が軋んだような音がした。


けれど。


それ以外は、何もない。


ただの夜だ。


何もおかしなものは見えない。


「……気のせい?」


私は小さく呟いた。


しかし。


ビビはまだ動かない。


尻尾を膨らませたまま、


暗闇の奥を睨んでいる。


その小さな体が、


わずかに震えていた。


――ミルリスは、魔力の流れに敏感なの。


ふと、


フェリアーナの言葉が頭をよぎる。


危険な魔力の気配に、とても敏感。


その子が警戒している時は、


少し周りを見た方がいい。


森でも、


街でも。


私は窓の外をもう一度見た。


生活棟。


診療棟。


その間の、暗い庭。


何もない。


……はずなのに。


胸の奥で、


説明のつかない違和感が、


ゆっくりと広がっていく。


その時だった。


かすかに。


本当に、かすかに。


どこかから――


金属が触れ合うような、


小さな音がした。


カチ。


まるで、鍵が閉まった音のようだった。


私は思わず息を止める。


風の音が、また庭を撫でた。


もう一度、耳を澄ませる。


けれど。


それ以上の音は聞こえない。


私はゆっくりと窓を閉めた。


背後では、


ルークとラーラがまだ話している。


部屋の中は、


変わらない静かな空気だった。


それでも――


フードの中で、


ビビはまだ、


震えていた。


まるで。


この家のどこかに、


見えない何かが潜んでいると、


知っているかのように。

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