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盾の少女は世界を救わない 〜攻撃できない盾魔法の少女、子どもの誘拐事件から国家の闇を暴く  作者: まるい そら


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第21話 王都視察②

翌朝。


宿の窓から差し込む光が、部屋の床に長く伸びている。


私は机の上に置かれた書類を閉じた。


昨日のホーリス院の視察記録だ。


特に問題は見当たらない。


帳簿も、子どもたちの様子も整っていた。


――模範的。


そう言ってしまえば、それで終わる。


私は小さく息を吐いた。


「……今日はセイント院ね」


フードの中でビビがもぞりと動く。


黒い瞳がこちらを見上げた。


「今日も付き合ってね」


ビビは小さく鼻を鳴らすと、またフードの奥へ潜り込んだ。


その時。


扉が軽く叩かれる。


「準備できたか?」


ルークの声だった。


「うん、今行く」


扉を開けると、ラーラが大きく伸びをしていた。


「王都のベッド、ふかふかすぎて逆に寝づらかったよ」


「あはは、贅沢な悩みね」


私は笑った。


階下へ降りると、レオンがすでに待っていた。


「おはようございます」


「本日はセイント院の視察となります」


短い説明。


必要以上の言葉はない。


ルークが小声で言う。


「今日も淡々男だな」


レオンの肩がほんのわずかに動く。


「聞こえております」


ラーラが吹き出した。


「耳いいね」


レオンは特に気にした様子もなく言う。


「馬車を用意しております」


私たちは再び王家の馬車に乗り込んだ。


王都の通りを進みながら、レオンが説明を続ける。


「セイント院は東区にあります」


「ホーリス院よりやや小規模ですが、運営方針は同様です」


私は窓の外を見ながら頷いた。


石造りの街並み。


朝の市場が賑わい始めている。


パン屋の前には行列ができていた。


王都は、静かに動き出している。


やがて。


馬車はセイント院の門をくぐった。


白い建物。


整えられた庭。


昨日とよく似た光景だった。


正面玄関では、シスターたちが並んでいる。


形式的な挨拶が交わされ、


私たちは建物の中へ案内された。


施設の雰囲気は落ち着いていた。


廊下は清潔に保たれ、


子どもたちの声も自然に響いている。


中庭では数人が縄跳びをしていた。


ラーラが呟く。


「ここも普通だね」


ルークが頷く。


「昨日と同じだ」


書類も整っている。


生活環境にも問題は見当たらない。


説明を聞きながら建物を回っていると、


ひとりの年配のシスターが私に声をかけてきた。


「視察官様」


穏やかな声だった。


「少しだけ、よろしいでしょうか?」


「もちろんです」


シスターは周囲を気にする様子もなく、柔らかく笑う。


「最近、巷で有名になっている先生をご存知でしょうか?」


「ベルグという街にいらっしゃる方で」


私は少し首を傾げる。


「ベルグ?」


「ええ」


シスターは頷いた。


「ドミニク先生とおっしゃる方で」


「“灯りの家”という治療所を開かれているそうです」


その名前を聞いた瞬間。


胸の奥で、何かが引っかかった。


――まただ。


私は静かに聞く。


「有名なんですか?」


「最近、王都でもよく耳にするようになりまして」


「不安の強い子や、夜に眠れない子どもを診てくださるそうです」


「とても評判が良いそうです」


私は小さく頷いた。


「そうなんですね」


シスターは続ける。


「視察官様は、子どもの保護に尽力されていると伺っています」


「ですから、もし情報としてお役に立てばと思いまして」


その言葉は、


純粋な善意だった。


私は礼を言った。


「教えてくださってありがとうございます」


シスターは穏やかに微笑み、


再び仕事へ戻っていった。


その後の視察も、問題なく終わった。


教育内容も、生活環境も問題はない。


やがて私たちは建物を後にした。


玄関前で、レオンが静かに言う。


「これで今回の視察は終了となります」


ルークが腕を組む。


「予定通りなら、ここで帰るんだったな」


「はい」


レオンは頷く。


「本来は本日中に王都を出発し、ホームディアへ戻る予定です」


私は少し考える。


そして言った。


「……ベルグへ行ってみたい」


ラーラが顔を上げる。


「ドミニク先生のところ?」


「うん」


私は頷いた。


「二つの施設で名前が出てきて」


「偶然かもしれないけど、少し気になるし」

「いろいろ、話を聞きてみたい」


レオンは少し考え、


静かに言った。


「承知しました」


「契約上、護衛の報酬は当初予定されていた日数分のみが支払われます」


「行き先を変更しても問題はありません」


つまり。


予定外の行動でも、契約上は問題ないということだ。


ルークが肩をすくめる。


「じゃあ決まりだな」


レオンは続ける。


「ベルグまでは王都から馬車で一日半」


「徒歩なら二日ほどの距離になります」


私は頷いた。



「ありがとう、レオン」


そして、もう一つ思い出したことを尋ねる。


「次の視察の予定はどこだっけ?」


レオンはすぐに答えた。


「はい」


「湾岸都市アクアレアにあるルクス養育院の視察が予定されています」


私は少し考え、


軽く頷いた。


「わかりました。では三週間後に、王都に行きます。レオンさんも気をつけてお仕事してくださいね」


レオンは一瞬だけ目を上げ、

そして静かに頷いた。


「承知しました」


「その頃には次の資料も準備しておきます」


一礼する。


「ここから先は公式視察ではありませんので」


「私はここで失礼いたします」


それだけ言うと、

レオンは背筋を伸ばしたまま王都の通りへ戻ろうとした。


その時だった。


「レオンさん」


私が呼び止める。


レオンが振り返る。


「はい?」


私はポケットから小さな飴を取り出した。


花柄の包み紙。


「口、開けてください」


レオンの眉が、ほんの少しだけ動く。


「……?」


「いいから」


私は軽く手を振った。


一瞬の沈黙。


そして――


レオンは戸惑ったまま、少しだけ口を開ける。


その瞬間。


「はい」


ぽん。


飴をそのまま口へ入れた。


レオンの目がわずかに見開く。


完全に予想外だったらしい。


口の中で、飴が転がる。


ゆっくりと広がる甘い香り。


花のような、柔らかな甘さ。


レオンは数秒だけ黙った。


そして小さく息を吐く。


「……甘いですね」


私は肩をすくめる。


「長い仕事のあとには、甘いものがいいでしょ」


レオンは一瞬だけ私を見た。


何か言おうとしたようだったが――


結局、何も言わずに小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


短く礼をして、背を向ける。


そして待機していた馬車へ乗り込んだ。


やがて馬車はゆっくりと動き出し、


レオンを乗せたまま

王都の通りへ静かに消えていった。



少しの沈黙。


そのあと。


ルークが言う。


「なあ」


「俺にもそれちょうだいよ」


ラーラが吹き出した。


「ルークも甘いの好きだもんね〜」


私は呆れた顔でポケットを探る。


「はいはい、一個だけよ?」


♦︎


それから私たちは一度宿へ戻った。


今日視察したセイント院についての報告書を、簡潔にまとめる。

内容を確認し、封をしてから受付へ渡した。


「王城の担当部署へ、届けていただけますか」


宿の係は慣れた様子で頷く。


この宿は、王城関係者や公的任務の者が滞在するために指定された宿だ。

報告書や連絡文書も、ここから王城へ届けられる仕組みになっている。


手続きを終えると、私は部屋へ戻った。


今度は、視察官としての支度を解く。


白い制服の上着を丁寧に脱ぎ、軽く整えてから畳む。

胸元の王家の紋章のブローチも外し、小さな箱へ戻した。


そして代わりに、いつもの装備を身につける。


動きやすい革の服。

兄の形見の茶色い外套を羽織った。


相変わらずフードの奥では、ビビが小さく丸くなっていた。


「よし」


私は小さく息をつく。


部屋を出ると、再び受付へ向かった。


「この制服、クリーニングをお願いできますか」


白い上着を差し出す。


「また王都へ戻る予定があるので、その時まで預かっていただけると助かります」


係はすぐに頷いた。


「承知いたしました。大切にお預かりいたします」


私は軽く礼をする。


手続きを終え、宿を出た。


私たちは街道の街――ベルグへ向けて歩き出した。



♦︎



王都を離れると、景色は一気に変わった。


街道の両側に森が広がっている。


商人の馬車。


旅人。


そして時折、武装した冒険者。


ラーラが周囲を見回す。


「王都よりこっちの方が落ち着くね〜」


ルークが笑う。


「お前、都会向きじゃないもんな」


その時だった。


フードの中で、


ビビが――


ビクッ


と体を震わせた。


私は立ち止まる。


「ビビ?」


ビビはフードの縁から顔を出し、


森の方を見ていた。


尻尾がふくらんでいる。


警戒している時の反応だ。


次の瞬間。


森の奥から、


ドサッ


という音がした。


影が飛び出す。


小型の魔獣だ。


大きさは犬ほど。

体はネズミに似ているが、尾には鋭い棘が並んでいる。


――ブライアラット。


しかし――


シュッ


矢が飛んだ。


魔獣の喉を正確に貫く。


ブライアラットは数歩よろめき、


そのまま地面に崩れ落ちた。


森の奥から、


ひとりの女性が姿を現す。


長い銀髪。


緑の外套。


背には弓。


そして――


尖った耳。


エルフだった。


彼女は倒れた魔獣を確認し、


それから私たちへ視線を向ける。


「……驚かせたならごめんなさいね」


落ち着いた声だった。


ラーラが目を見開く。


「エルフ!?」


ルークが腕を組む。


「弓の腕、すげぇな。あれ一発で仕留めたのか」


エルフの女性は、少しだけ笑う。


「この辺り、たまに出るのよ」


「放っておくと旅人を襲うから」


私は一歩だけ前に出た。


「あなたは……冒険者ですか?」


女性は軽く頷く。


「ええ。まあ、そんなところ」


「一人で森を歩くのが好きなの」


そして、静かに名乗った。


「フェリアーナよ」


「弓と回復魔法が少し使えるだけの、ただの旅人」


ルークが感心したように言う。


「その“少し”であれ仕留めたのか」


ラーラが笑う。


「ただの旅人って感じじゃないけど」


フェリアーナは肩をすくめた。


「あなたたちは?」


私は答える。


「ベルグの街へ向かってるところなの」


「街道を歩いて行く途中で」


フェリアーナは少し驚いたように眉を上げた。


「ベルグ?」


「それなら、この道で合ってるわ」


森の奥を指さす。


「この街道をそのまま行けば、明日には着くはず」


ラーラが頷く。


「よかったー。道合ってた」


私は聞き返した。


「フェリアーナさんは?」


エルフは軽く振り向く。


「私は王都へ向かうところ」


「少し用事があってね」


ルークが笑う。


「じゃあ、逆方向だな」


その時。


フェリアーナの視線が、


私のフードに止まった。


「……あら?」


少し驚いた声。


「その子――」


私は首を傾げる。


エルフは言った。


「ミルリスじゃない」


「珍しいわね」


私は思わず聞き返す。


「ミルリス?」


フェリアーナは頷いた。


「魔力の流れに敏感な小動物よ」


「普通の森でも、滅多に見かけない」


フードの中で、


ビビが小さく鳴く。


その黒い瞳は、


まだ森の奥を警戒していた。


フェリアーナは少しだけ目を細めた。


「……その子、面白い反応するでしょ?」


「魔力の歪みとか、変な気配にすぐ気づくの」


私はビビの頭をそっと撫でる。


「そうなんだ」


フェリアーナは優しく笑った。


「大事にしてあげて」


「ミルリスはね、信頼した相手から離れないの」


「きっと、あなたのことを気に入ってる」


私は少しだけ微笑む。


「わかった!ありがとうフェリアーナさん」


フェリアーナは背中の弓を軽く叩いた。


「じゃあ、私はもう行くわ」


「王都までまだ少し距離があるし」


ラーラが手を振る。


「気をつけてねー!」


ルークも軽く顎を上げた。


「またどこかでな」


フェリアーナは小さく頷く。


そして一歩、森へ戻りかけてから、


ふと振り返った。


「ミルリスはね」


「危険な魔力の気配に、とても敏感なの」


静かな声だった。


「その子が警戒している時は、少し周りを見た方がいい」


「森でも、街でもね」


そう言うと、


エルフの女性――フェリアーナは


木々の間へと歩き、


やがて森の奥に消えていった。


しばらくの間、


その方向を見ていたラーラが言う。


「……すごい人だったね」


ルークも頷く。


「弓の腕もだけど、雰囲気が違うな」


私はフードの縁をそっと触れる。


その中で、


ビビが小さく身を丸めていた。


けれど、その黒い瞳はまだどこかを警戒しているようだった。


♦︎


フェリアーナと別れたあと。


私たちはそのまま街道を進み続けた。


森はゆっくりと背後へ遠ざかり、

やがて街道は低い丘と草地の中へ続いていく。


空はすでに夕暮れに近づいていた。


ラーラが空を見上げる。


「そろそろ暗くなるね」


ルークも周囲を見回した。


「今日はここで野営だな」


街道から少し外れた場所に、

旅人がよく使う小さな野営地があった。


石を並べた簡単な焚き火跡と、

風を避ける低い岩場。


私たちはそこで足を止める。


ラーラが手際よく薪を集め、

ルークが火を起こす。


やがて小さな焚き火が揺れ始めた。


その橙の光のそばで、

私は外套を少しだけ整える。


フードの中で、ビビがもぞりと動いた。


ひょこっと顔を出す。


そして、周囲をきょろきょろ見回したあと

再び奥へ潜り込む。


ラーラが笑った。


「完全に家だね、そのフード」


ルークが鼻を鳴らす。


「巣だろ」


私は苦笑する。


「落ち着くなら、なんでもいいわ」


焚き火の音が、静かな夜に溶けていく。


遠くで夜鳥が鳴いた。


ビビの尻尾が、フードの中で小さく揺れる。


――ミルリス。


フェリアーナの言葉が、ふと頭に浮かんだ。


魔力の流れに敏感な生き物。


私はフードの縁にそっと触れる。


「……そうなの?」


小さく呟く。


もちろん、ビビは答えない。


ただ、温かい体温だけがそこにあった。


その夜は、大きな出来事もなく過ぎた。


♦︎


翌朝。


空気は冷たく、空は澄んでいた。


簡単な朝食を済ませ、

私たちは再び街道を歩き始める。


森はすでに遠く、

街道はなだらかな丘を越えて続いていた。


昼を過ぎた頃。


遠くに、小さな街が見えてくる。


石壁に囲まれた街道の町。


ルークが目を細めた。


「見えたな」


ラーラが身を乗り出す。


「あれがベルグ?」


私は地図を確認する。


「ええ。間違いないわ」


夕方の光の中で、

ベルグの街は静かに佇んでいた。


街道の旅人が行き交い、

荷馬車がゆっくり門をくぐっていく。


私たちもその流れに混ざり、

街の中へ入った。


王都ほどの賑わいはない。


けれど、旅人の多い街特有の活気があった。


宿屋。

鍛冶屋。

街道商人。


そして。


街の奥へ続く、一本の石畳の道。


私はふと足を止める。


その先に、

ひとつの建物が見えた。


大きな屋敷ではない。


けれど。


静かな灯りが、窓から漏れている。


入口の看板には、こう書かれていた。


――ドミニクの灯りの家。


フードの中で、ビビが小さく動く。


私はその建物を見上げた。


ここが。


静かな光が


私たちを迎えるように揺れていた。

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