ep.8 デートしません?
◇◇◇
結局絆されてしまった。
なぜ頷いてしまったんだろう。
『彼らへの行為は仕事ですが、ヘデラちゃんは違いますよ』
かけられた言葉を思い出すと、瞼がゆっくりと下りた。
(……まぁ、いいか)
彼はいつも、望むものをくれるのだから――
「この世界では数百年ほど前に、モンスターと呼ばれる異形の存在が現れたそうです」
襲ってきた睡魔に身を委ねようとした時、
ルリは突然、ヘデラの乱れた髪を整えながら話を始めた。
「平和だった世界に突如として現れた厄災。
出現当初は弱い個体が多く、魔法や陸戦兵器等で対処できていたようですが……モンスターは進化を続け、数を増し――遂に、国を滅ぼすほどの力を手にしました」
軽く纏められた髪が肩にかかる。
毛先がオレンジ色のライトに照らされ、まるで蝋燭に灯る火のように見える。
ぼんやり眺めながら話を聞いていると、眠気が強さを増した。
「徐々に世界を蝕むモンスター達に、多くの人々が恐怖し、神に祈りました。
――そんな時に現れたのが、勇者と名乗る一人の青年です。
神から神託を受けたと話すその青年は、襲い来るモンスターの群れを光の剣を使ってあっさりと倒してしまったそうです。
そして彼は、世界の為に戦うことを宣言し、人々の心に希望の光を差し込んだ」
「はぁ……」
ヘデラが瞼を擦りながらルリの方へ体を向けると、彼は興奮気味に話を続けた。
「この勇者、すごいですよー! 女騎士、女白魔法士、半獣の少女と、仲間は美人ばかり!」
「へぇ……」
「3人とも“偶然”居合わせた彼に命を救われ、仲間になったそうです!」
「そう……」
「見事な“テンプレ”です! 探すのにここまで苦労しなかったことはありません!」
「てんぷれ……?」
ルリは眼鏡のチェーンを指で軽く弾くと、ヘデラに顔を近付けた。
ヘデラを覗き込む眼鏡のレンズは、相変わらず真っ黒で何も映さない。
「誰もが夢見る勇者物語です。モンスターを一掃できる力を持ち、導かれるように救いを求めて集まる美少女達。
節目節目に強力なモンスターが現れるのもそうです。
この勇者が今回のターゲット、この世界を創り上げた神で間違いないでしょう」
「ふーん……」
その話は明日ではダメなのか――
強い眠気のせいで、つい適当に返してしまう。
しかしルリの話は止まらなかった。
「欲の種を宿した神は、ほとんどが世界を見守るのではなく、自分が物語の主人公になる事を望んで世界に干渉してしまう。
モンスターは彼の物語を彩る為に生み出されたんでしょう――誰かさんのように。
わざわざその為に創られた存在は、今まで渡ってきた世界にもいましたが、これは――」
「ふぁ……よく分かりませんわ」
限界だ。
ヘデラは耐えかねて背を向けた。
「ふむ……」
ルリは少しだけ口を閉じた後、ヘデラの耳元にそっと顔を寄せた。
「ヘデラちゃん……明日デートしません?」
「はぁ…………デート⁉︎」
囁かれた言葉に、眠気は一瞬で吹き飛んだ。
ルリはにっと口端を持ち上げて、地図をヘデラの前に広げた。
「連れて行きたいところがあるんですよ」
「どこ⁉︎」
「ここです」
ルリは地図にある印を指でとんとんと叩いた。
カフェ? 大きさから見るに歌劇場? いや、それとも――
「闇オークションの会場です」
「…………ん?」
「出品されるのは宝石や骨董品、兵器や奴隷など様々ですが……今回のオークション最大の目玉商品は、“エルフの少女”。美しい容姿を持ち、魔法が得意――そして、噂ではどこかのお姫様だとか。
そんなエルフは勇者の仲間になるか、そうでなくとも重要な人物だと相場が決まっています。
勇者は必ず、その会場に現れるでしょう」
ぽかんとするヘデラの頭に頬擦りしながら、ルリは続きを話した。
「不確定要素があるので、今回接触は避けて確認だけ行います。ついでに、ヘデラちゃんには出品物の複製をお願いしたくて」
ヘデラは怒りを堪えるようにぐっと口を横に引き締めると、ルリの鼻を指で軽く弾いた。
「あいたっ」
「何がデートよ‼︎」
「あれ? ダメですか? ん〜……ヘデラちゃんがいてくれたら助かるんだけどなぁ〜」
「……私がいたら、助かる?」
「はい。ものすごーく助かります」
それを聞いたヘデラは目を輝かせると、地図を見下ろして口元に笑みを浮かばせた。
どうせ、一人で時間を潰すのにも困っていた所だ。
「仕方ありませんわね〜! この有能な奥さんが、ついていってあげますわ〜!」
ヘデラの上機嫌な笑い声は部屋に大きく響き渡った。
◇◇◇
「…………」
「うえぇぇぇん‼︎ ルリィィイイ‼︎」
「…………ぶはっ‼︎ あははははは‼︎」
「笑い事ではなくってよ‼︎」
ヘデラはオークション会場地下の、檻の中にいた。
事の発端は数時間前――
『フードを深く被って僕から離れないでくださいね。まだオークションの出品手続きは終了していないので』
『?』
『ヘデラちゃんの髪色は、この世界では少し珍しいです。……目をつけられたら誘拐されて、そのまま出品されてしまうかもしれません』
『えっ⁉︎』
『あはは、僕から離れなければ大丈夫ですよ。さ、手を繋いで――』
『おおルリ! 待っていたぞ!』
『お待たせして申し訳ございません! 例の物は?』
『券なら用意しておいたぞ! ……ん? 連れがいると言っていなかったか?』
『…………あれ? ヘデラちゃん?』
少し目を離した隙に、ヘデラは姿を消した。
「ウギギギ……」
――そして、この有様である。
「はぁ……はぁ……ンンッ……お、お菓子に釣られたというのは、ククッ……本当ですか……?」
「…………」
「あははははは‼︎」
腹を抱えて笑うルリに、ヘデラは羞恥と怒りに顔を赤くしながら歯を食いしばると、鉄格子を掴んで強く揺すった。
「ここから出して‼︎」
「んふふふ…っ……ちょっと難しいですねー……今騒ぎを起こすわけにはいかないので。……あっ、そうだ! いい事を思いつきました!」
ルリは鉄格子を掴むヘデラの手に触れ、頭を軽く傾けながら顔を覗き込んだ。
「ヘデラちゃん、このまま出品されてください」
「はぁ⁉︎」
「せっかくですしお金を稼いでいきましょう! さてさて、ヘデラちゃんにはどのぐらいの値がつきますかね〜……あっ、まずは出品者に話をつけなくては」
「ちょっと⁉︎」
「心配しないでください。“商品”は見た目が大事なので、ひどい扱いを受ける事はないはずです。……おっと、オークションが始まるまで時間がありません! 急がなくては!」
「ふざけないで‼︎」
「落札されたら適当なタイミングで迎えに行きますね〜」
ヘデラの手に口付けると、ルリは手をひらひらとさせてその場を立ち去った。
「ちょっと⁉︎ 本気⁉︎ 嘘でしょ⁉︎ このクズ‼︎ 薄情者ーーッ‼︎」
「おい! また騒いでいるのか!」
入れ替わるように警備員がヘデラの元へやって来ると、騒ぐ彼女に呆れたように頭を掻いた。
「いい加減にしろ! ……ったく、騒いでいるのはお前だけだぞ……泣くのをやめて愛想よくしていたら、多少はマシな所に引き取られるかもしれんぞ?」
「あの男……よくも……」
ヘデラは鉄格子を強く握り締めると、肩を震わせながらぶつぶつと怨嗟の声を漏らし――少しして、引き攣る頬を持ち上げて笑みを浮かべた。
「……私をぞんざいに扱った事を後悔させてやりますわ……!」
◇◇◇
ルリはオークション会場へ足を踏み入れると、指定された席に腰を下ろした。
(ふむ……ここなら全体が見渡せる……良席ですね)
軽く辺りを見回して参加者を確認した後、眼鏡のチェーンを指に絡ませながら手渡された商品リストを開く。
アンティークな物品に興味を惹かれながら、ページを捲ると――
「ぷっ……くくっ……すごい顔……」
涙と鼻水を垂らして子供のように泣くヘデラの写真が飛び込んで来た。
恐らくヘデラは最初のパフォーマンスも兼ねた前座――“捨て売り”に出されるだろう。
ヘデラの写真の下に表記されたスタート価格は、到底人間についていい額ではない。
ヘデラを誘拐したゴロツキから出品権を買い取るのに、ルリはこの3倍以上の額を支払った。
「元が取れるかどうか怪しいところですね……ま、これで多少危機感を持ってくれれば御の字か」
ルリは眼鏡のチェーンを軽く弾くと、今回の目玉商品であるエルフのページを開いた。
シルクのようなブロンドの髪、そしてエルフ特有の長い耳。
儚げな表情を浮かべるエルフは、絵画のように――
「……ん?」
そのエルフの写真に、一瞬思考に引っかかりを感じた。
何かを忘れている。
ルリが首を捻ると、隣の席にローブを着た4人組が腰を下ろした。
「こんなことが……許せない……!」
「落ち着いてくださいハヤト! 彼女を助けるんでしょ!」
「!」
「お待たせいたしました! これより、オークションを開始いたします!」
舞台上に上がった男の声に、4人組の会話はピタリと止んでしまった。
だが――
(僥倖)
ルリは笑みを深め、彼らの声を聞き漏らさないように集中しながら舞台へと視線を向けた。




