ep.9 オークション開始
「最初の商品はこちら!」
「彼女は?」
「ダメだ、やっぱり探知できない……クソッ!」
「妨害魔法かしら……」
「舞台に現れるのを待つしかないね」
(演技がお上手で)
情報によれば、このような違法オークションは今までに何度も開かれている。
国に摘発されないよう情報管理は徹底され、表沙汰になることはなかったが、
今回開催されるオークションは違和感を覚えるほどに、管理が甘い。
(探知のスキルを使わずとも、エルフの居場所を知ることは難しくない。それに、警備もとってもお粗末。国に通報すれば被害は最小限で済むが……そうしなかったのはやはり――)
商品リストを指でとんとんと叩くと、ルリは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「こんな神でも、いなければ世界は崩壊する。……本当に、胸糞が悪い設定ですよ」
「ん?」
「ハヤト、どうしたの?」
「いや……」
「お待たせいたしました!」
舞台の上に布がかかった檻が運び込まれる。
どうやらここから、奴隷のオークションが始まるようだ。
「皆さまエルフが本命かとは思いますが、どうか運営の為にも他の奴隷のご購入も考えていただきたい!」
「早くエルフを出せー」
ふざけてヤジを飛ばす観客に、進行役は嬉しそうに手を叩いた。
「そんな事をおっしゃらず! 今回は多くの奴隷を用意しております! 最初に紹介するのは、珍しい萌黄色の髪を持つ若い人間の女です! ぎゃーぎゃーと騒がしいですが、使い所は多くあるかと!」
進行役が鞭を振るように腕を動かすと会場からは笑い声が上がった。
誰もがリストのヘデラを指差して口々に蔑む言葉を吐き出す中、4人組は憐れむような視線を檻に向けている。
ルリは周りの反応に態とらしく肩を竦めると、
檻の中から喚き声ひとつ聞こえないことに気付いて首を傾げた。
(……泣き疲れたのか? それとも……いや、披露する前に価値を下げるような事はしないはず……)
「価格は5万から!」
会場の盛り上がりに満足した進行役がスタート金額を提示すると共に、檻にかかった布を剥がすと――
「…………」
会場は時が止まったかのように静まり返った。
「あ、あれ……?」
進行役は石のように固まる観客達に当惑すると、恐る恐る檻の中に視線を向ける。
そこに、涙と鼻水を垂れ流して喚く女の姿はなかった。
(……商品を……間違えた……?)
少し珍しいというだけでブロンドより価値の劣る萌黄色の髪は、ライトに照らされペリドットのように輝き、
それが体に添う事によって、身に纏うただの布が、刺繍を施された美しいドレスのように見える。
目を伏せて座る彼女は、まるで一つの美術品のように美しかった。
「……あれは、人形か……?」
静かな会場にぽつりと落とされた声――それを否定するように金色の瞳が開かれると、観客達は思わず息を呑み、
ルリはエルフの写真を見た時に感じた引っかかりの正体に気付いた。
(ヘデラちゃんが“とても美しい”って事、忘れてました)
「……10‼︎ 俺は10出すぞ‼︎」
「15‼︎」
会場の雰囲気が変わった。
誰もが席を立ち、ハンドサインを忘れて金額を叫び始める。
ヘデラを求めるように手を伸ばし、舞台近くまで人が押し寄せると、進行役は顔を引き攣らせた。
「お、お待ちください‼︎」
「500‼︎ 私が最高額だ‼︎」
「はい⁉︎」
「1000‼︎」
「1500‼︎」
「えぇ⁉︎」
ヘデラの価格はこの短時間でエルフのスタート価格を超え、それ以上の値をつけた。
(まだ上がるのか……確かこの世界では、桁が――)
ルリはヘデラにつけられた金額にぽかんと口を開いた後、おかしそうに笑い声を上げ、
「2000‼︎」
横から聞こえた声にサッと笑みを引かせた。
「ハヤト‼︎」
「2100‼︎」
「くっ……‼︎ 2150‼︎」
「何を……‼︎ やめてくださいハヤト‼︎」
「お金はある‼︎ 彼女を手に入れなきゃ‼︎」
「何を考えてるんだ‼︎」
「一体何者なんだ……俺の……僕の世界にっ……あんな綺麗な女の子が……いつから……!」
正義感に引き締められていた顔は、
今は欲望にひどく歪み、勇者の面影は残されていない。
この会場にいる者達と同じ――醜く、欲に塗れた人間の顔。
「ぷっ……ははっ!」
ルリは結った髪に隠しておいたワイヤーを取り出し、席から立ち上がった。
そして、天井に吊り下がった照明にワイヤーを引っ掛け飛び上がると、未だ金額を叫び続ける客らを横目に、ヘデラのいる舞台へと降り立った。
「ルリ?」
「大人気ですね」
「……邪魔しないでくださる?」
「拗ねてるんですか?」
「フンッ!」
無表情だったヘデラの顔に少しだけ感情が滲む。
それだけで会場を虜にした美しさは霞んだ。
「ちょっとちょっと‼︎ 舞台にまで上がって来られたら困りますよ‼︎」
「すぐに帰りますのでご安心を」
ルリは集まってきた警備員に向かって銃を発砲すると、小さな刃が並んだワイヤーを使って鉄格子を切断し、ヘデラに手を差し出した。
しかし、ヘデラは眉を顰めて顔を背けた。
「……今ここで出て行ったらお金が手に入らないじゃない」
「構いません」
「はぁ?」
「僕が間違っていました」
ヘデラはハッとしてルリの方を見た。
「僕は、感情に従ってころころと表情を変えるヘデラちゃんが可愛くて好きです。……なので、僕の為にそれを殺すあなたを見て反省しました」
普段と変わらない、軽い笑みを浮かばせて話すルリ。
次々とゴム弾を受けて床に転がる警備員達。
恐怖で会場を埋め尽くす悲鳴の数々。
まるで出会った時と同じ――ルリに対して抱いていた怒りが、少しずつ胸の奥へと落ちていくのを感じると、ヘデラは口をぐっと横に引き締めた。
それに気付いたルリは、銃をくるくると回して言葉を続けた。
「それに! 金額が大きすぎます! 問題を解決したらこの世界を去るのに、使い切れなかったら悔しいじゃないですか」
「……でも、お金は必要でしょ?」
「問題ありません。余所者の僕らが、馬鹿正直にこの世界の法を守る必要なんてありませんでした。お金はヘデラちゃんの能力で作りましょう!」
「はぁ⁉︎」
ルリはワイヤーを使って檻に繋がれた鎖を断ち切った。
そしてそのまま軽々とヘデラを抱き上げると、口を尖らせる彼女の顔を覗き込み、首を傾げた。
「ダメですか?」
「ふんっ! 私を売り飛ばそうとしておいて、都合が良すぎるのではなくって?」
「ふーむ……ヘデラちゃんがお金を作ってくれれば、愛を語らう時間が増えて嬉しいなーなんて思ったんですが――」
「私にお任せになってー‼︎ いくらでも作ってさしあげますわー‼︎」
食い気味に返事をするヘデラに、ルリは満足げな笑みを見せた。
「なんてチョロ……可愛いんでしょう! ではさっさとホテルに帰って――おっと!」
舞台に一つの影が剣を振り翳し飛び込んで来る。
ルリがワイヤーを操って剣を捕らえると、金属が擦れる不快な音が辺りに響いた。
「その女性を離せ……‼︎」
飛び込んで来た男は強い怒りと殺意を乗せて、ルリを睨み付けていた。
彼の目の奥に赤い光を見つけると、ルリは口端を大きく吊り上げた。
「ご機嫌よう、勇者様」




