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ep.6 余計なお世話

 

 目を覚ましたヘデラは、静かに周囲を見回した。


『大丈夫、側にいますよ』


 そう言っていたルリの姿はない。

 ヘデラは短く息を吐き出してベッドから起き上がり、音を立てないようにゆっくりと扉に向かった。


 少し軋んだ音を立たせて開いた扉の先には、椅子に座って退屈そうに欠伸をするカズマの姿があった。


「ゲッ」

「ゲッとはなんだ‼︎」


 堪らず声が漏れ出た。

 カズマは不快な反応を見せるヘデラに向かって犬のように吠えたが、彼女は無視して部屋を見回した。


「……それ、なんですの?」


「へ?」


 しばらく彷徨っていたヘデラの視線は、机に並べられた人形に向いて、止まった。


 ルリの不在を知って暴れるかもしれないと身構えていたカズマは、思わず間の抜けた声を漏らした。


「まさか……おままごとでもして遊んでらしたの?」


 ヘデラが怪訝な顔を見せると、カズマはハッとして机をバンバンと叩いた。


「んなわけねぇだろ‼︎ これはお前のために用意したもんだ‼︎」

(わたくし)おままごとをするような歳ではなくてよ‼︎」

「いいからそこ座れ‼︎」


 ヘデラは渋々椅子に腰を下ろした。

 まるで気にしていないような態度をとっているが、玄関に続く扉を顔を背けてまで見ようとしない姿は、不安を隠しきれていない。


「はぁ……お前、甘いもんは好きか?」


「…………ええ」


 カズマは深く息を吐き出して苛立ちを鎮めると、ヘデラの前に紅茶と苺のケーキを並べた。

 すると、口から溢れる涎を拭いながら、ヘデラは苦渋に満ちた表情を浮かべてカズマを睨み付けた。


「くっ……! こんな物で私を丸め込もうとするなんて、卑怯ですわよ……⁉︎」

「……ほーん? ならいらないんだな?」

「いらないとは言ってないでしょぉ⁉︎」


 ヘデラは慌ててケーキの皿を自分の方へ引いた。


「……毒とか入ってませんわよね?」

「入ってねぇよ‼︎ お前は俺をなんだと思ってんだバカ‼︎」

「バカぁ⁉︎」

「いいから黙って食ってろ‼︎」

「むぐぅ⁉︎」


 口を塞ぐようにケーキが押し込まれると、ヘデラは顔をうっとりとさせてもぐもぐと頬を動かした。

 やっと静かになったヘデラに、カズマはホッと息を吐いた後、兎の模型を手に取って話を始めた。


「クズ……ルリから話は聞いてるな?」

「むぐっ……?」

「はぁ……あいつの仕事のことだ」

「んんっ……神の暴走を止めて世界の崩壊を防ぐことでしょ?」


 カズマは兎の模型を狼の模型の隣に並べた。


「神の成り立ちは?」


「元は人間…………そういえば、あなたも元は人間ですの?」


「ああ、そうだ。俺や、お前のいた世界の神も、元は人間。俺たちは、クラスメイト……学友だった。

 修学旅行で移動中のバスが――」


 散らばったガラス。

 手足の先が冷たくなっていく感覚。

 体を這って落ちていく血。

 赤く染まる修学旅行のしおり。


『哀れな魂達よ……どうか私に償いの機会を……』


 終わりの記憶と始まりの声――


 カズマは何かを抑え込むように固く目を閉じると、深く息を吐き出してから話を続けた。


「……俺達は邪神の手によって無意味に命を刈り取られ、真実を知らないまま、俺含め38人が神となり、21の世界が与えられた」


 宙に天使の人形が38体。

 そして、球体が21個並べられる。

 ヘデラは頬をもぐもぐと動かしながらそれを見上げた。


「――そして今、邪神の手によってその内18人の神が消滅し、8つの世界が崩壊した」


 18体の天使の人形が砕け、8個の球体が黒くなって崩れ落ちると、ヘデラは眉を寄せてケーキを庇うように腕を翳した。


「このまま放ってはおけない――そう思った。

 だが、他の世界に干渉するには色々と面倒な条件がある。

 そして、俺みたいな単身の神は、自分の世界から長く離れるわけにはいかない。


 だから使徒――俺の代行者として、ルリに神の暴走を止め、世界の崩壊を防ぐ役目を任せた。あいつはクズだが、そこら辺の人間より動ける上に――」


 カズマはそこで言葉を切ると、顔を顰めさせてヘデラに視線を向ける。


「……悪い事は言わない、お前はここに残れ。

 お前も見ただろ、化け物になりかけた花崎……神の姿を」


 カズマが兎の模型に向かって拳を振り下ろすと、模型はバラバラに砕けた。


「他にも使徒はいたが、生き残ったのはルリ1人。

 ……戦う力を持たないお前が生き残る可能性は、想像以上に低い」


「……」


「もう一度言う、ここに残れ。ルリは俺が説得してやる。不満を垂れるだろうが――」


 それを聞いたヘデラは口の中のケーキを飲み込んで、どこかホッとしたように表情を緩ませた。

 カズマが不審に思いながらも、言葉を続けようとした時――ヘデラは宙に浮く天使の人形を一体手に取った。


「言いたいことはそれだけ?」

「あ?」


 ヘデラは人形を机に叩きつけ、銃を作り出してカズマに向けた。


「ハァ⁉︎」

「長々と何を語り始めたかと思えば……くだらない」

「いや……だからっ、お前みたいなただの人間が――」


 指が引き金にかかるのを見て、カズマは思わず顔を強張らせる。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、額を押さえながら呆れ気味に溜息を漏らした。


「はぁ……さっさとそれを下ろせ。俺にはそんなオモチャ――」


 銃の隙間から淡い光が漏れる。

 それに気付いたカズマはハッとして、再び顔を強張らせた。


「お前ソレ……‼︎」


「お気付きになりまして? ……コレ、(あなた)にはよく効くのでしょう?」


「ふざけ――」


「ルリは私を必要としているのでしょう? ならば妻としてどこまでもついて行きますわ。その結果、死ぬことになろうと」


 細められた瞳には、迷いも、不安も見えない。


「あなたのそれは――余計なお世話、というやつですわ」


 頬を引き攣らせるカズマに、ヘデラは口端を大きく吊り上げると――引き金を引いた。



「…………ん?」


 ――しかし、それはカチリと音を立てるだけで、弾が飛び出す事はなかった。


「……」

「あ、あれ?」

「……このガキィ……」

「あっ……ちょ……お待ちになって⁉︎ お待ちに――」

「フンッ‼︎」

「ぐぇっ‼︎」


 カズマはヘデラの頭を片腕を使って抱え込み、そのまま締め上げた。

 そして銃を奪ってシリンダーを確認すると、込められた弾の位置が合っていない事に気付く。


「使い方も碌に知らないくせに、よくもまぁ……」

「離しなさいよ野蛮人‼︎」

「うるせぇ‼︎」

「ぐ、ぐるじい……‼︎」

「おや、僕のいない間に仲良くなったようですね」


 カズマがヘデラの旋毛に拳をぐりぐりと押し付けていると、後ろから呑気な声がかかる。

 振り返るとそこには、ヘラヘラと笑うルリの姿があった。


「る、ルリ〜! ……この野蛮人‼︎ さっさと離しなさいよ‼︎」

「誰が野蛮人だこのポンコツ娘‼︎」

「ぽ、ポンコツぅ⁉︎」

「ぷっ……ククッ……カズマさん、離してあげてください」


 肩を軽く叩かれると、カズマは渋々ヘデラを解放した。


「うえぇぇぇん‼︎」

「おーよしよしかわいそうにー!」


 泣きべそをかいて飛び付くヘデラと、それを抱き止めて頭を撫でるルリ。

 2人の姿を見て、カズマはまるで気味の悪いものでも見るように顔を引き攣らせた。


「……2人で何をお話に?」


 ルリは、そんなカズマの顔を覗き込むようにして問いかけた。

 口は笑っていても、圧をかけるような声――それだけで、ルリが何を心配しているのかはよく分かった。

 カズマは不機嫌そうに口を曲げて手をひらつかせた。


「……余計な事は話してねぇよ」

「私達の仲を引き裂こうとしたんですのよ‼︎」

「なんてひどい! きっと僻んでるんです! 自分が独り身だから!」

「ぶっ殺すぞ‼︎」

「到底神様から出る言葉とは思えませんね〜」

「物騒ですわ〜」

「こいつら……ッ‼︎」


 額に青筋を立てて拳をブルブルと震わせるカズマに、ルリは笑いを堪えながら手を差し出した。


「鍵を」

「あ? ……もういいのか?」

「はい」


 まだ戻って一日しか経っていない。

 最近、ルリがこの世界に留まる時間が短くなっている。そして、異世界に滞在する時間は逆に増えている――


 カズマは不審に思いながらも、ルリに一冊の手帳と鍵を手渡した。


「次の世界はどんな所なんです?」

「また魔法や亜人が存在する世界だ。ただ、今回は科学技術の方も多少発展しているらしい。詳しくはそこに書いてある」

「まったく子供というのはファンタジーが好きですねー」

「はっ」


 カズマは乾いた笑いを漏らすと、もう一つ鍵を取り出して、ヘデラに投げ渡した。

 その鍵を見たルリは、上がっていた口角を少しだけ落とした。


「なんですのこれ」

「お前、ここに残るつもりはないんだろ?」

「ええ」


 胸を張ってフフンと鼻を鳴らすヘデラに、カズマは溜息を吐き出した。


「ったく……それはこの世界に通じる鍵だ。どうしても怖くなったり、無理だと思ったら使え」


「必要ありませんわ」


 ヘデラは鍵を投げ返すと、ぴたりとルリにくっ付いた。


「ルリがいますもの」

「なんて愛らしいんでしょう」

「いいから持っとけ‼︎」

「イヤァッ‼︎ ケダモノ‼︎」

「変態クソジジイ!」

「黙れ‼︎」


 カズマは暴れるヘデラのサッシュベルトに鍵を括り付けた。


「無理矢理ここに縛り付ける事だってできるんだぞ、これは最大限の譲歩だ」

「大丈夫ですよ、カズマさん」


 ルリは眼鏡のレンズを指でとんとんと叩き、笑みを濃くした。


「うまくやりますから」

「……殺すなよ」

「あはは、分かりました。では、行きましょうか」


 ルリが鍵を捻ると、今までに見た物はまた違った種類の扉――中央に剣のような模様が刻まれた扉が現れ、ゆっくりと奥に開かれる。

 ヘデラはルリから差し出された手を取ると、迷いなく扉の向こうへ足を踏み入れた。





「はぁ……元々イカれてんのか、それとも狂わされたのか…………」


 扉が消えると、カズマは椅子に腰掛けてぐったりと机に突っ伏した。


「クズが……」


 目を伏せると脳裏にルリと出会った時の記憶が蘇る。


 喜ぶリン達の後ろで、ただ一人呆然と立ち尽くすルリの姿。


「……はぁ」


 大きな溜息を残して、カズマは部屋から姿を消した。


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