ep.5 便利なモノ
「神……?」
「なんだその目は‼︎」
じっとりとした視線が向けられると、カズマは犬のように歯を剥き出してヘデラを睨み付ける。
――その姿は余計に、ヘデラの中の疑惑を膨らませた。
「ククッ……」
「笑うんじゃねぇクズ‼︎ …………んで? この女が例の?」
「はい、そうです。可愛いでしょ?」
ヘデラを抱き寄せて髪に頬を寄せるルリに、カズマは不愉快そうに顔を歪ませて首を振った。
「……悪い事は言わねぇ、離婚しろ」
「なんですって⁉︎ やっぱりこの人神様なんかじゃありませんわ‼︎ 出て行け‼︎」
「ここは俺の家だバカ‼︎ お前が出てけ‼︎」
子供のように叩き合う2人に、ルリはひとしきり笑った後、ヘデラの肩を優しく掴んで引き離した。
「ヘデラちゃん、信じ難いかもしれませんが……本当に神様なんですよ」
「こんな男が⁉︎」
「こんな男が、です」
「うるせぇ‼︎」
カズマは声を荒げると、ルリの肩を殴りつけた。
「いたぁい」
「気色悪い声出すな‼︎ ったく、ふざけやがって‼︎」
「そういえば……彼女、説得できました?」
殴られた肩を摩りながらヘラヘラと尋ねてきたルリに、カズマは寄せていた眉間の皺を更に深く刻んだ。
「よくもいけしゃあしゃあと……最初にちゃんと言ったよな? あいつは俺のこと苦手だろうからあんまり刺激するなって」
「そうでしたっけ?」
「ふざけんな‼︎ お前が好き勝手しやがったせいでどれだけ大変だったか――」
「彼女? なんのお話をしていますの?」
除け者にされていると感じたのか、ヘデラが不機嫌そうに会話を遮ると、ルリはぽりぽりと頬を掻いた。
「あー……ヘデラちゃんの世界の神様の事です。ほら、あの聖女の――」
「……あの女、死んでませんの?」
ヘデラの発した一言に、カズマは大きく目を開いて、言葉を失った。
「はい、急所は外したので」
「なんで?」
「……ふふっ、お忘れですか? 僕のお仕事は神の暴走を止めて、世界の崩壊を防ぐことです。
殺してしまっては契約違反になってしまいます」
「ああ……そうでしたわね、ごめんなさい」
そう言いつつも、ヘデラは不服そうに顔を顰めている。
「……そういえばお前、神聖力を宿した弾丸を複製したんだってな。俺にも見せろ」
カズマはバツが悪い顔を浮かばせながら、話題を逸らした。
それによってヘデラの雰囲気は少しだけ和らいだが、カズマの物言いが気に食わなかったのか、彼女は拗ねた子供のようにつーんと顔を背けた。
「嫌ですわ!」
「んだと⁉︎」
「ふーんっ!」
「ヘデラちゃん、見せてあげてください」
「……仕方ありませんわね」
「こ、こいつ……‼︎」
ヘデラは意識を集中すると、光を帯びた弾丸を作り出して見せた。
それを見たカズマは、思案するように口元を押さえる。表情は先ほどよりもずっと険しい。
「…………」
「ね、すごいでしょ?」
「ああ……」
「まだ作れましてよ! ……あれ?」
「ヘデラちゃん!」
気を良くしたヘデラが再び意識を集中した時――ぐらりと視界が回った。
ルリは、体を大きく後ろに傾けるヘデラを慌てて受け止めると、顔を覗き込む。
彼女の顔は、まるで血を抜かれたように真っ白だった。
「大丈夫……ではなさそうですね」
「ううっ……気持ち悪いですわ……」
「少し休んでください」
ルリはヘデラを抱き上げ、奥の部屋にあるベッドに寝かせた。
「ルリ……」
「大丈夫、側にいますよ」
優しく手を握ると、ヘデラはそれを軽く握り返した後、視界が揺れる感覚に耐えきれず、ゆっくりと目を伏せた。
「……寝ましたかね」
――少しして、ルリは手を離して立ち上がり、カズマの方へ振り返った。
「彼女の能力、どう思います?」
「……どの世界でも、複製能力ってのは、対象の内部構造や性質を理解していないと完璧に複製する事はできない。やったところでガワだけの粗悪品ができるだけだ。
――だが、こいつはそれができた。
しかも、神弾に関しては触れてもいないのに、神聖力まで完璧に複製してみせた。
これはただ複製するだけのモノじゃない。創造の力――神の力だ。
人間だからか、俺たちの力には及ばない上に、代償を払う必要があるみたいだが……」
「ただの人間が何故?」
「花崎が自分の望む世界の為に、こいつを創り出したからだろうな。
神の手で直接創られた人間は、神の力を宿すことがある。
俺の世界でもそうだった。
今は血が薄れて、世界に影響のない能力として残っているが……元はこいつのように世界の法則を変えるような強い力だった」
カズマは額を押さえて重い溜息を吐き出した。
「女は置いていけ。今の時代、この力は管理する必要がある」
「いやでーす」
「おいクズ‼︎ 冗談言ってんじゃねぇ‼︎」
「彼女は僕のお嫁さんなので」
ルリは口を三日月のようにして笑うと、カズマの顔を覗き込んだ。
「彼女も僕と一緒にいたいと願うはずですよ」
「……なんとも思ってねぇ癖に、一丁前な事言ってんじゃねぇ」
「お友達の世界を救いたいんでしょう? 彼女がいた方が早く解決すると思いますが?」
楽しそうに話すルリに、カズマは苛立ちを露わにして胸ぐらを掴んだ。
「嫌がらせのつもりかよ」
「これがなぜ嫌がらせになるんです? ふーむ……他の世界から来た人間なんですから、そう目をかけてやる必要はないでしょうに……」
「そういう問題じゃ――」
「安心してください。何かあればちゃんと処理しますから」
「おい‼︎」
「あはは、すごい顔! 少し出かけて来ます。ヘデラちゃんを頼みましたよ〜」
「……チッ」
カズマは去って行くルリの背中に向けて舌打ちすると、魘されるヘデラを見下ろして眉を下げた。
「はぁ……どうするか……」
◇◇◇
――街から離れた丘の草原。
「半年ぶり、くらいですかね」
まだ大して慣らされていない道をゆっくりと進みながら、ルリはぽつりと呟いた。
この道は彼らと一緒に作った道。
何年前のことだったか――
ふと、視線を前に向けると、風車のついた家が目に入る。
ルリは静かに息を吐き出すと、家の横で薪を割る男に声をかけた。
「ちゃんと姿勢を正さないと腰を痛めますよ」
「へっ? ……おお! ルリじゃないか!」
険しい顔で薪割りをしていた男はルリを見た途端、ぱっと笑顔を咲かせた。
「おーいみんな! ルリが帰って来たぞ!」
「ホント⁉︎ ……あぁルリ! おかえり!」
「ルリ! 無事でよかったっす!」
声を聞いて、ルリの周りには次々と人が集まった。
彼らは笑顔を浮かばせながら、ルリの無事を心から喜んでいるように見える。
「みなさん変わらずお元気そうで安心しました」
「いやいや、アインスさんこの前まで腰を痛めて死んでたんすよ!」
「おいやめろよ! かっこ悪いだろ!」
「なのにまた薪割りを? ……そろそろ妖精と契約して魔法を使ったらどうです?」
「いやぁ、まだ慣れない……というか、理解できなくてな……」
「まったく……また痛めないように気をつけてくださいよ? ……彼女はどこに?」
「また裏で本でも読んでるんじゃないかい? 呼んでこようか?」
「いえ、僕が行きます」
ルリは家の裏手に回ると、彼女がいるであろう場所に向かった。
丘の上に立つ一本の木。
その木の影に金色の髪がちらついて見えると、ルリはゆっくりと歩み寄って声をかけた。
「リン」
「……ルリ? 帰って来たのね!」
リンと呼ばれた金髪の女性は、ルリに気がつくと嬉しそうに笑みを溢して抱き付いた。
「無事でよかった」
そう言って優しく背中を叩くリンの手に、ルリは安堵するようにホッと息を吐き出した。
「ご心配をおかけしました。……またその本を読んでいたんですか?」
「ええ、この世界は私たちのいた世界とは違った常識が多くあるから。……早く馴染めるように努力しないと、ルリにも申し訳ないし……」
リンはルリから離れると、悲しげに目を伏せて指先を擦り合わせた。
「私たちの為に、いつも無理をさせてごめんね……」
「いいえ、望んでやっている事です。あなたが気に病むことではないですよ」
『なんでルリがやらなきゃいけないんですの?』
ふと、ヘデラの声が頭に過る。
上がっていた口角がすとんと落ちると、慌てて口元を隠すように押さえた。
「ん? どうかしたの?」
「いえ……なんでもありません。……僕がいない間、何か困ったことはなかったですか?」
「うーん、特になかったけど……それが困ったことっていうか…………みんな元々は仕事人間だったから、ゆっくりする事に慣れなくて……」
「あはは! 贅沢な悩みですね。ふーむ……この世界の仕事は、今のあなた達には難しいでしょうし……」
「うぅ……カズマ様の所に行って何かできることはないか聞こうかしら――」
「今はダメです」
ルリは被せるように言葉を発した。
――あの女の存在を知られるわけにはいかない。
様子のおかしいルリを見て、リンは不思議そうに首を傾げた。
「ダメなの?」
「ダメです」
「えー……まさか、またカズマ様とケンカしたの? だから会わせたくないんでしょ!」
彼女の言葉に、ルリはぎこちなく笑った。
「……明日には戻るので、その時にちゃんと仲直りしますよ」
「えっ⁉︎ まさかもう次の世界に出発するの⁉︎ 帰って来たばかりなのに…… 」
「すみません……」
「……次も、無事に帰って来てね?」
リンの手が頬に触れると、一瞬だけ顔が強張る。
何かを確認するようにじっと彼女を見下ろし、少し間を置いてから、ルリは口を開いた。
「……大丈夫ですよ、便利なモノを手に入れたので」
「そうなの?」
「はい。……あっ、言い忘れてました! お土産買って来ましたよ!」
「ホント⁉︎ 急いで確認しなきゃ!」
無邪気にはしゃぐリンの後ろを歩くルリの足は、何かに引かれるように重かった。




