ep.3 イカれた夫婦
塞いでいても耳が痛くなるほど大きな発砲音。
肩を突き飛ばすような衝撃。
重たく痺れる指先。
無意識に止まっていた息をゆっくり吐き出すと、ヘデラは目の前の聖女に目を凝らす。
貫かれた蕾は、焼け焦げた花びらを散らしながら砕け、
聖女は糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。
「アレって死――」
「ヘデラちゃん、よくできました」
耳元で囁かれた声に、きゅっと喉が締まり、途端に聖女の生死などどうでもよくなった。
ヘデラは聖女から視線を外して、自身の痺れる手を軽く擦った。
「さてさて」
男――ルリは、銃をホルダーに収めると、スキップしながら横たわる聖女の側へ寄った。
「いやー今回は楽でしたねー! 毎回こうならいいのにー」
ルリは聖女を転がして仰向けにすると、額に埋まった石を確認した後に、懐から鍵を取り出して上に掲げた。
そして、そのままゆっくりと手首を捻ると――宙には重厚な扉が姿を現した。
扉は落下することなく静止している。
「よろしくお願いします」
ルリが声をかけると、扉は勢いよく開かれた。
扉の向こうは闇が続くだけで、何も見えない。
ヘデラや壁際に追いやられた招待客達が食い入るように見つめていると、扉の奥から一本の腕が伸びてきた。
「あいたっ」
腕はルリの頭を軽く殴り付けた後、聖女の腕を掴んで引き上げ、扉と共に静かに消え失せた。
広間には多くの人間がいるというのに、声は1つも聞こえてこない。
間の抜けた顔で固まる招待客を見回すと、ルリは鼻歌交じりにヘデラの元へと戻り、優しく彼女を抱き寄せた。
「これからよろしくお願いしますね、僕のお嫁さん」
「!」
「あはは、やっぱりあなたの笑った顔はとても可愛らしい」
添えられた指が軽く口角に埋まる。
笑みを零しても、叱責されない。
彼は否定しない、全てを受け入れると言ってくれた。
そして――
「早く二人っきりの時間を過ごしたい……ヘデラちゃんはどうです?」
求めているもの全てをくれる。
指が滑るように唇を撫でると、胸の奥が熱くなった。
これだ、これこそが――
「動くな‼︎」
うっとりとするヘデラの耳に不快な音が混じる。
騎士達が2人を取り囲むと、ヘデラはその奥に立つ王太子を見た。
ヘデラの顔を見た王太子は顔を強張らせた。
引き下がり、痙攣する口角、
眉間に深く刻まれる皺、
細められた瞳――
表情を取り繕う事をやめたヘデラの顔は、まるで別人のようだった。
「……ぶはっ‼︎ あははは‼︎」
それを見たルリはおかしそうに笑い声を上げると、ヘデラの頭に頬を寄せた。
「怒った顔もなんて可愛らしいんでしょう」
「ほ、褒めても何も出ませんわよ〜!」
「照れた顔もかわい〜!」
「そのふざけた茶番をやめろ‼︎」
王太子の怒声が響くと、ヘデラは緩んでいた顔を再び歪ませ、ルリは態とらしく肩を竦めた。
「僕らそろそろお暇したいんですけど……」
「これだけの騒ぎを起こしておいて戯言を……‼︎ 罪人2人を拘束しろ‼︎」
「罪人? 先ほどまであんなに僕を求めていらっしゃったのに……寂しいですねー」
「ルリ……」
態とらしく袖で目元を押さえるルリに、王太子の瞳が何かを期待するように揺れる。
それに気付いたヘデラは、威嚇するように王太子に向かって吠えた。
「ルリは私の旦那でしてよー‼︎」
「は、はぁ⁉︎ このっ……罪人の分際で……‼︎ 女はルチルクォーツ夫妻と共に地下牢へ‼︎ その男は……一先ず俺の部屋に――」
「わーお! 素敵なお誘いですねー! あなたがどんな罰を与えてくれるのか、とても興味をそそられます! ――が」
「うっ……‼︎」
衝撃音と共に一人の騎士がその場に倒れ込む。
ルリの構えた銃の先からは、薄らと煙が上がっていた。
「これ以上ここに滞在するつもりはありません。もうこの世界に用はないので」
“聖女を屠った謎の鉄の塊”
“床に転がり動かなくなった同僚”
“吊り上がる男の唇”
「…………う、うわぁぁああ‼︎」
――銃口を向けられた騎士は死の予感を感じ取ると、堪らず悲鳴を上げて逃げ出した。
「騎士が命令を放棄して逃げ出すとは、しつけ直した方がよろしいのでは?」
ルリは王太子に視線を向けたまま、騎士の背中に向けて引き金を引いた。
発砲音は一度では終わらなかった。
気付けば2人を囲んでいた騎士達は、重なるように次々と床に倒れていく。
「さてと……ヘデラちゃん、次は誰にします?」
「……え?」
「…………い、いやーーッ‼︎」
ヘデラの瞳が獲物を探すように彷徨うと、途端に悲鳴が広間を埋め尽くす。
恐怖に逃げ惑う人々に、ルリはおかしそうに手を叩いて笑い声を上げた。
「あははは、見てくださいヘデラちゃん! みんな巣を壊された蟻みたいに慌てふためいていますよ! おかしいったらありませんね!」
「…………」
いつも小馬鹿にしたようにヘデラを見ていた者達は、その顔を恐怖で歪ませ、滑稽な姿を晒している。
「…………ぷっ……あっはははは‼︎」
その姿を見たヘデラは、腹を抱えて笑い声を上げた。
口を大きく広げ、手を叩いて笑う下品な姿を、咎める者はいない。
「あーおっかしい‼︎ 無様で気持ちが悪いですわ‼︎」
「あははは!」
咎めるどころか、同調するように一緒になって笑うルリに、心を覆っていた殻は完全に破壊された。
王太子は笑い狂う2人を前に足がすくみ、心は強い恐怖心で満たされていった。
「い、イカれてる……」
「……あらぁ? 殿下はそうは思いませんのー?」
ヘデラは吊り糸が切れた人形のように、首をカクンッと横に倒して王太子の顔を覗き込む。
彼女の見せる美しくも狂気的な笑みに、ルリは上機嫌で王太子に銃口を向けた。
「る、ルリ……!」
「なかなか楽しかったですよ。もう会うことはないかもしれませんが、お元気で。
……あっ! ご機嫌よう!」
「あははっ! ルリったら!」
「待っ――」
銃口から勢いよく飛び出した弾は、王太子の額に当たった。
――しかし、それは頭を貫くことなく床に落ちると、軽く弾んで足元に転がった。
白目を剥いて倒れ込む王太子の顔を覗き込み、ヘデラは残念そうに声を漏らした。
「……聖女に使った物とは違いますの?」
「はい、これはゴム弾……当たるととっても痛いですが、殺傷性のない物です。残念ながら僕は人を殺す事を禁止されているので。
……さて、そろそろ行きましょうか?
たくさん愛し合いましょうね」
ヘデラはその言葉の意味を理解して、頬を紅潮させながらぐっと拳を握り締めると、そのまま上に掲げた。
「さっさと場所を移しますわよー! 今夜は寝かせませんわー!」
「なんて情熱的! では張り切って行きましょー!」
「ヘデラ‼︎」
「……あら?」
呼び止めたのは、拘束されたまま横たわる両親。
ヘデラがゆっくりと顔を向けると、両親は安堵の表情を浮かべて言葉を続けた。
「私達も一緒に連れて行ってくれ‼︎」
「このままじゃ処刑されてしまうわ‼︎」
「……ヘデラちゃん、どうします? できれば置いて行きたいのですが……」
「私達はヘデラの親だぞ‼︎ 私の娘と結婚したいと言うのなら――」
「ぷっ」
無様に体を捩らせながら声を荒げる両親の姿に、ヘデラは思わず吹き出した。
「親……ふふっ……親ですって……」
ヘデラはルリの腕に絡みつくように抱き付き、扇で口元を隠しながら両親を見下ろした。
「……“蟻”って変な鳴き声を上げるのね」
「ぷっ……クックク…………ご機嫌よう、蟻さん」
唖然とする彼らを置いて、2人は靴音を響かせながら振り返る事なく舞台をあとにした。
◇◇◇
王家主催の舞踏会で起こったテロ事件。
1人の男が、王族を含む多くの貴族達を恐怖に陥れた。
事件の詳細は伏せられたが、
貴族達が教会への寄付を絶ったことで、この事件には教会が関係していると噂が広がった。
「新薬は教会所属の“新しい聖女様”が作ったんだって?」
「ああ、難航していたらしいが……」
しかし、“ある人物”の支援によって疫病の治療薬が完成し、流通すると、
存続を危ぶまれていた教会は、再び権威を取り戻し――
「“また”貴族が処刑されたのか。今度はなんだ?」
「……さあ?」
“邪神を崇拝している”
そう言って教会を非難していた貴族達は、何かに怯えるように口を噤んだ。
平民達の間では、多くの憶測が飛び交ったが――
「王妃殿下、陛下の容態が急変したと……」
「ふんっ……やっとか、しぶとい狸め……第二王子に準備を進めるよう話をしなさい。それと、男の捜索は続けて」
「はっ」
「……ルリ、約束は果たしたわよ……早く戻って来なさい。
あなたの居場所は、私の隣だけ……そうでしょ……?」
真実が明らかになることはなかった。




