表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

ep.2 結婚の誓い

※男性が男性に執着している描写があります。

 

 男は本を机の上に置くと、態とらしく肩を竦めた。


「いやー、ちゃんとセリフを覚えようとはしたんですが……プロローグまでしか読めませんでした。

 ……おや、昨夜ぶりですねー!」


 男が声をかけた人物に、周囲の視線が集まる。


「……っ!」


「釣れないですねー……昨夜はあんなに愛を囁いてくれていたのに」


「……は?」


 顔を引き攣らせた王太子が向けた視線の先には、聖女が顔を青くして視線を泳がせる姿があった。


「まさか――」


 みるみるうちに王太子の顔が怒りに赤く染まる。

 それを見た男は、喉をクックッと鳴らして笑いながら、ヘデラを取り押さえる騎士の側に寄った。


「女性をこんな風に押さえつけるなんて、この()()は野蛮な所ですねっと」


 男は騎士を蹴り飛ばすと、ヘデラの前に膝をついた。


「大丈夫ですか?」


「離れろ‼︎」


「……おやおや、聖女様との婚約を宣言しておきながら、ヤキモチですかー?」


「ぐっ……」


「…………」


「可哀想に、痛かったでしょう」


 伸ばされた手は、ヘデラの頬を包むように優しく添えられた。


 ――誰かの手が、こうして優しく自分に触れた事はあっただろうか。


 ヘデラは触れられた箇所に熱が集まるのを感じると、声を震わせながら男に問いかけた。


「……さっきの言葉は……どういう意味ですの……?」


「さっきの?」


(わたくし)をもらうと……結婚、してくださるって事……?」


「結婚? ……あははは!」


 少し間を置いた後、男は膝を叩きながら笑い声を上げた。


「……っ」


 ヘデラの視線が逸れると、

 男は笑いを抑え、悩ましげな声を漏らした。



「ふむ……結婚……結婚、ねぇ……」


「おい待て‼︎」



 空気を震わせるほどの怒号が広間に響き渡る。


 声の主は歯を食いしばりながら、男を睨み付けていた。


「……どうされたんです?」

「どうされただと⁉︎ ふざけるな‼︎」


 男の胸ぐらを掴んで声を荒げているのは、この国の宰相。

 普段温厚な彼が見せる珍しい姿に、広間の空気はひりついた。


「招待状を用意させたのは、この女の為だったのか⁉︎」


「はい? ああ、それだけではないですけど……」


「この女と……結婚するつもりなのか……?」


 宰相の声は、途端に弱々しくなった。


 2人のやり取りは多くの者達を困惑させた。

 騒つく広間を、更に騒がしくさせたのは、


「私の事を弄んだのか……?」


 宰相の涙だった。


「……えっ?」


「やだなぁ……奥様がいると突き放したのはあなたじゃないですか」


「こんな事になるのなら……私は離婚だって……‼︎」


「あなた⁉︎ 何を言っているの⁉︎」



「ちょっと待ってください‼︎」

「異議があるのはあなただけではないわ‼︎」

()()‼︎ 一体どういう事なの⁉︎」


 男の周りには多くの人が集まり、不満の声が溢れ返った。


 女に男、未婚の者だけでなく既婚者まで――


 縋るように男の名前を呼ぶ彼らに、宰相は顔を引き攣らせながら男に視線を向けた。


「お前……何人と()()()()()()……!」


「ふむ……今月だけですと、ひーふーみー……おや、指が足りませんね」


「な――」


「貴様らァ‼︎」


 王太子の声は、溢れる彼らの声を掻き消した。


「黙って聞いていれば……‼︎」

「で、殿下……」


 王太子は聖女の腕を振り払い、剣を抜いた。


 剣先は――群がる貴族達へと向けられた。


「――俺の()()から離れろ‼︎」


「は……?」


 王太子の言葉は広間に更なる混乱を齎した。


「……で、殿下‼︎ 何をおっしゃっているんですか⁉︎」


「俺に触るな‼︎ ルリ‼︎ こっちに来るんだ‼︎」


「ちょ……私を愛していたのでは……⁉︎」


「政略結婚するのなら、ヘデラ嬢よりあなたの方がマシだと思っていただけだ‼︎ 国のためだと思って我慢していたが、ルリが結婚すると言うのなら話は別だ‼︎」



「は、はぁ⁉︎ 王太子ともあろう方が――」

「うるさい‼︎ あなただって聖女でありながら――」


「あはは! 見てください、修羅場ですよ!」


「〜〜ッ黙れぇ‼︎」


 聖女は初めて声を荒げた。

 先程までのか弱い姿は見当たらない。

 歯を強く食いしばり、目を大きく開いて息を乱す聖女の姿に、誰もが顔を強張らせた。


 ――しかし、


(笑ってる……)


 ただ一人。

 男だけは、笑みを浮かばせたままだった。


「用意していたメインイベントを前に、シナリオを踏み荒らされてご不満のようですね」


「な、なにを……」


「5年前、この国は謎の疫病によって財政難に陥った。

 治療費に研究費の増大、そして物流の停滞――国は崩壊寸前。

 そこに、ルチルクォーツ家から援助の声が上がり、なんとか難を逃れた。

 しかし、援助の全ては複製で作られた偽物。

 再び崖っぷちに立たされた国を救ったのは――タイミングよく現れた聖女」


「やめ……」


「悪役を使って地位を確立した聖女は、その力で世界に平和を取り戻す。

 聖女は感謝の言葉を一身に浴びながら、 王子様と結ばれてハッピーエンド――あっ、僕を含め、他にも目をかけている男性がいるので、ハッピーハーレムエンド?

 ……それがあなたの望むシナリオでは?」


 聖女の顔は徐々に青白くなり、握り込まれた拳は震えている。


「……なんの話だ……?」


「も、妄言です……‼︎ どうか耳を貸さないで……‼︎」


 聖女は声を上擦らせながら王太子の腕にしがみ付いた。


 先程までの激情が嘘のように、

 必死な形相で震える聖女と、狼狽える王太子。

 男は愉しむように笑みを浮かばせたまま、言葉を続けた。


「ふふっ、おもしろいですね。その疫病は――彼女によって生み出されたものなのに」


「黙って‼︎」


 男の言葉は聖女の声に掻き消されることなく、広間に響いた。


「……い、いくら創造のギフトを持つ聖女だとしても、疫病を生み出すことなど――」


「彼女は聖女ではありません」


 男は懐から“銃”を取り出した。

 しかし、“この世界”にそれは存在しない。



「そうでしょう? この世界の創造神――」



 誰もが不思議そうにそれを見つめる中、

 聖女だけは顔を強張らせた。



「“ハナサキ ヨウコ”さん」



「あんた……何者なのよ⁉︎」


 声を荒げた聖女の腰を突き破るように、蕾をつけた一本の植物が顔を出すと、

 広間からは多くの悲鳴が上がった。


「どうなってんの⁉︎ ()()()()に、どうやって入り込んだわけ⁉︎ あんたが余計な事したせいで全部めちゃくちゃじゃない‼︎」


「もっとめちゃくちゃにしたかったんですが、欲しいものができたので」


 男の視線がヘデラに向けられると、周囲の眼差しが再び執着の熱を帯びる。


 胸に手を当て、男は恭しくお辞儀をした。


「申し遅れました。“ヨツヤ カズマ”さんから依頼を受けて参りました、使徒の “ルリ” と申します。あなたの暴走を止めて、芽を摘ませていただきます」


 飛び出した名前に、聖女は強い動揺を見せた。


「ヨツヤ……四ツ谷⁉︎ なんであいつが……⁉︎」


 聖女から生えた植物が体をうねらせると、聖女の背中から歪な形の翼が現れ、羽根が刃のようになって男に向かって飛んで来た。


「少し手伝ってもらってもいいですか?」


 男は聖女の攻撃を銃身を使って弾きながら、ヘデラに声をかけた。


「手伝う…………えっ⁉︎ 私が⁉︎」


 ギョッとするヘデラに、男は声を上げて笑った。


「あはは、一緒に戦って欲しいわけじゃないですよ! 僕のトランクの中にある銃弾を……あー、小さな箱に詰まったたくさんの鉄の塊を、複製していただいてもいいですか? この後必要になるので」


 目の前に滑って来たトランクを開くと、中には着替えや様々な武器が収納されていた。

 ヘデラは戦闘音に体を震わせながら、言われた通りに銃弾の箱を手に取って急いで複製した。


 どれだけ複製すればいいのか――確認するように男の方を見ると、彼は光を宿す弾を銃に込めて、聖女に向かって放った。


 放たれた銃弾は、聖女の肩と膝を貫いた。


「な、なんで私の体に傷が……‼︎」


 聖女は光の粒を傷口から溢れさせながら、予想外の痛みに声を上げて後ろに倒れ込む。



「神弾と呼ばれる()にのみ効く銃弾です。残り4発――昨夜のように、存分に楽しみましょう」


 男の言葉に、聖女の顔に恐怖が滲み出る。


 先程よりも多くの羽根が飛んで来ると、男はトランクから取り出した番傘を使って防ぎながら、銃のシリンダーを開いた。


(戦い方を知らないみたいだな……なら十分)


「あの……」


「ああ、もう複製が終わったんですか? すみません、少し待って――」



 男はヘデラの差し出した物を見て、言葉を途切れさせた。



「……これは?」


「ひ、必要かと思って……」


 ヘデラが複製した弾の中には、光を宿した銃弾が1つ、紛れ込んでいた。


 番傘を肩にかけてしゃがみ込んだ男の顔からは、笑みが消えている。


 ヘデラは顔を青くすると、視線を下に落とした。


「……失礼」


 男はヘデラを抱えて飛び上がった。


 聖女の攻撃範囲外へ出ると、男はヘデラの複製した光の弾を銃に込めて、聖女に向かって撃ち放つ。



「うあああっ……‼︎」



 弾は真っ直ぐに、聖女の腹部を貫いた。




「……素晴らしい‼︎」



 男は歓喜の声を上げると、ヘデラの手を握って顔を近付けた。

 深い穴のような、真っ黒なレンズの奥で――ヘデラを欲するように、まるで誘うように一瞬、

 何かが光ったような気がした。


「まさか神力までも複製してしまうとは‼︎ 想像以上です‼︎


 ――先ほどの件、すぐに返事をしなくてよかった」


「……え?」



「結婚しましょう」



 男は攻撃を再開しようとする聖女の翼を撃ち抜き、握っていたヘデラの手にそっと口付けた。


 放心するヘデラに構わず、男は更に言葉を続けた。



「――ただ一つ、お願いがあります」



 起きあがろうとする聖女の足を、神弾が貫く。



「今ここで、“ヘデラ・ルチルクォーツ”とお別れしてください。

 僕は先ほどの、みっともなく泣き喚いていた“本物のあなた”と結婚がしたいです」



 ――本物って、なに?


 思考はまだ追いついていない。



「聞こえませんか? 解放されることを望み、必死に呼びかけるあなたの声が――」



 ただ――混乱する中で、男の声だけが、



「聞こえないふりをして、また閉じ込めてしまうのですか?」



 耳に入り込み、



「僕はあなたから奪わない。全て、受け入れます」



 水に落ちた絵の具のように、ヘデラの中に広がった。



「――さあ、お人形ごっこはここで終わりにしましょう」



 返事も待たずに重ねられた唇。

 ぬるりと侵入してきた舌の感触。

 舌を引っ掻くように当たるピアス。

 体に這う痺れるような感覚。



『さすが、私達の人形(むすめ)だ』



 ――何が娘だ、畜生め。



(――ああ、壊れたのは心じゃなかったんだ)



 言葉が根を張り、

 最後の糸が切れた音がした。



「ふっ……プロポーズをやり直しますかね。

 結婚しましょう――“ヘデラちゃん”」


「……喜んで」


 ヘデラは笑みを浮かべた。

 歓喜と狂気が共存するその笑みに、男は口端を吊り上げて愛おしそうに頬を撫でた。



「……では、夫婦初めての共同作業といきましょう!」


 男は銃をヘデラに持たせると、後ろから抱き締めるように腕を回して構えさせた。


 銃口を向けられた聖女は、ボロボロになった体を引き摺りながら声を上げた。


「ちょ、ちょっと……待ちなさいよ‼︎ 私が死んだら……この世界は――」


「ああ、伸ばし過ぎないでください。指にも気をつけて、火傷しますよ」


「こう?」


「そうそう! お上手です! 大きな音が出ますので僕の腕に耳をくっ付けてください。もう片方は僕が押さえます」


「ちょっと‼︎ 話を――」


「あっ、一応あの人神様なんですけど……誓いの言葉とか言っときます?」


「ぷっ……あっははははは‼︎」


 態とらしく頭を横に倒して聖女を見る男の言葉に、ヘデラはおかしそうに笑い声を上げると、引き金に指をかけた。


「はぁ……誓いの言葉は必要ありませんわ……ただ――」


「待ちなさい……待って……‼︎」


「素敵な舞台をありがとう ――ご機嫌よう」



 引き金にかかった指に、男の指がそっと重なる。


 大きな音と共に飛び出した弾は、聖女から生えた蕾を貫いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ