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ep.19 赤いドレスを着た緑髪の女

 

 意気揚々と飛び出したヘデラだったが、

 チラシに載っていた地図は、目印になる建物や矢印が描かれただけの簡易的なもの。

 まともに出歩いたことのないヘデラが、そんな地図一つで目的地へと辿り着けるわけがなく――


「……お店はどこにありますのー⁉︎」


 彼女はものの数分で、迷子の称号を得た。


「こ、このままでは食べ放題に間に合いませんわ〜‼︎」


 チラシに書かれた食べ放題の利用時間を睨み付け、ヘデラはギリギリと奥歯を鳴らした。


 ここまで来てスイーツを何も食べられないなんてことはあってはならない。


「くっ……‼︎ 仕方ありませんわね……適当に誰か捕まえて、道案内を頼みますわ〜‼︎」


 迷っている時間はない。

 カッと目を見開き、ヒソヒソと話す通行人目掛けて一歩を踏み出したその時――


「こんな街中でフードなんか被って怪しいなぁ? お前半獣なんじゃねぇの?」


 聞こえてきた“半獣”という言葉に足が止まった。


 声のした方へ視線を向けると、

 高い建物に挟まれた路地で獣人が3人、フードを深く被った少年を取り囲んで笑う姿があった。

 

「フード取れよ」

「…………はぁ……これで満足?」


 少年はフードを捲ると、

 目元にかかる髪を指先で軽く除けながら、獣人達を睨み付けた。


 毛先にオレンジ色の入った短い黒髪。

 変わった髪色ではあるものの、フードを取った少年はなんの変哲もない“人間”だった。


「ぷっ……ただの人間じゃねぇかよ!」

「ギャハハッ!」


 それを確認した獣人達は、悪びれる様子もなく互いの肩を叩き合って笑った。


「……もういいだろ」


 少年は堪えるようにぐっと拳を握り締め、大通りに向かって足を踏み出した。


「おいおい、少し揶揄っただけだろ〜? そんな怒るなよ〜」

「……うざ」

「あ?」


 はっきりと聞こえた不満の声。

 獣人達は顔を見合わせたあと、立ち去ろうとする少年を羽交い締めにした。


「な、何すんだよ‼︎」

「尻尾も確認しねぇとな?」

「はぁ⁉︎ ふざけるな‼︎ 離せよ‼︎」


 人通りがないわけではない。

 しかし、獣人だけでなく、人間でさえも――少年をちらりと視界の端に入れるだけで、誰一人として助けに入ろうとはしなかった。


「ッ……‼︎」


 獣人の手がズボンに伸びると、少年は僅かに“瞳孔”を細める。

 そして、次の瞬間――


「ちょっといいかしら?」

「あ?」


 獣人の手を遮るように扇が差し込まれた。


 全員の視線が向けられた先には、目を輝かせるヘデラの姿があった。


「そこのあなた」

「……お、俺?」


 ヘデラは獣人を押し除けて少年の前に立つと、彼が手に持つ袋を指差した。


「あなたが持っているその袋、食べ放題をやってる洋菓子店のものですわよね?」

「え……そ、そうだけど……」

「私(わたくし)そこの食べ放題……コホンッ、大事な用事があって今すぐその店に行かなくてはならないの。案内を頼めるかしら?」


「おい、取り込み中なのが見て分からねぇのか?」


 獣人の1人が威嚇するように牙を剥き出して顔を近付けると、ヘデラは不快そうに顔を歪ませた。


「それが私に何か関係ある?」

「はぁ? テメェ……その格好といい、頭おかしいんじゃねぇの?」

「はぁ⁉︎ このドレスのどこがおかしいのよ‼︎」

「いや……ドレスだからおかしいんだろうがよ……」


 獣人は通行人を指差した。

 スカートを履いている者はいるが、ヘデラのようにドレスを着た者は1人もいない。


 ヘデラはキョロキョロと辺りを見回したあと、不思議そうに首を傾げた。


「どうして誰もドレスを着ていないの?」

「当たり前だろ……仮装パーティーじゃあるまいし……」

「この世界の常識なんて知らないわよ‼︎」


 パチンッと扇を畳む音が路地に響く。

 ヘデラは苛立ちを露わにしながら獣人を睨み付けた。


「とにかく! あんた達に用はありませんわ! 邪魔だからあっち行ってくださる?」

「……いい加減にしろよ人間。失せるのはテメェの方だ」

「それともお前もオレたちにボディチェックされてぇのか?」


 獣人達が下卑た笑みを浮かべると、ヘデラは呆れたように視線を宙に投げた。


「獣人って下品なのね……まだあの愚かな半(・)獣(・)の女の方がマシに見えますわ」


 前の世界で勇者(ハヤト)の側にいた半獣の少女を思い出して発したヘデラの言葉に、

 空気は一瞬にして凍りついた。


「お、お前……」


「……なに?」


「君達! 何を争っているんだ!」


 ヘデラ達の元に駆け寄って来たのは腰に剣を下げた2人の犬獣人。

 彼らの白い制服の胸元には、教会のシンボルが大きく刺繍されている。

 獣人達はそれに気付くと、慌てて彼らの元へと駆けて行った。


「どうやら私に恐れをなしたようね!」

「おい、あんた」


 少年は彼らを視界に捉えたまま、そっとヘデラに声をかけた。


「半獣の知り合いがいるのか?」

「知り合いじゃありませんわ。オークション会場で――」

「オークション⁉︎」


「そこの君」


 犬獣人の声が割って入る。

 鋭い眼光は、騒ぎの元となった少年ではなく、ヘデラへと向けられている。


「我々と来てもらおうか」

「はぁ? どうして私が――」


 犬獣人達が姿勢を少しだけ低くして構えたことに気付くと、少年はヘデラの腕を掴んで路地の奥に向かって駆け出した。


「ちょっと‼︎ 何するのよ‼︎」

「逃げるんだよ‼︎ さっきのやつら、たぶんあんたに半獣の知り合いがいるってことを“聖騎士”に話した‼︎ 捕まったらひどい尋問にあうぞ‼︎」

「知り合いじゃないってば‼︎」

「それでも“知ってる”んだろ⁉︎ だったら同じだ‼︎」


「逃すな‼︎」


 犬獣人は四つん這いになると、速度を上げて2人に迫った。


「このままじゃ追いつかれる……! 仕方ない……あんた、俺の背中に――」

「私食べ放題に行かなくてはならないのよ⁉︎」

「それどころじゃないだろ⁉︎」


 ヘデラは後方に迫る犬獣人を睨み付ける。


「何のために外に出たと思っているのよ‼︎」


 そして、

 勢いよく手を振るい上げると、足元からは大量の貨幣が湧き上がった。


「なっ……⁉︎」

「おい‼︎ 金だ‼︎」

「拾え拾え‼︎」


「ど、どきなさい‼︎」


 大量に生成された貨幣は犬獣人を押し流しながら大通りへと溢れ出し、

 路地には貨幣を求める人が集まり壁ができあがった。


「ふんっ……これなら追って来られないでしょ。ほら、さっさと店に案内して」


「……」


 少年はぽかんとしていた口を慌てて閉じると、フードを深く被り直してヘデラの手を引いた。


「ついて来て」


 ◇◇◇


 あるホテルの一室。


「おいふざけるな‼︎ 俺は今日非番だぞ‼︎」


 ルリは自身の髪をいじりながら、通信機に向かって怒鳴る虎獣人の声に耳を澄ませた。


 《聖騎士は全員捜索にあたるようにとの命令だ‼︎》


 通話相手も興奮しているのか、会話は筒抜けだ。


 《ガセかもしれんが、半獣と接触した者が現れたらしい‼︎》

「なんだと⁉︎ ……クソッ‼︎ どこに向かえばいい⁉︎」


(ふむ……情報もそれなりに集まりましたし、そろそろ本格的に動きますかね)


 髪を纏めて結い上げると、ルリは虎獣人が手土産だと言って持って来た有名洋菓子店のケーキボックスを覗き込んだ。

 中にはヘデラの好みそうなケーキが並んでいる。


(少しは機嫌を取ってやらないと……)


 腑抜けた顔でケーキを頬張るヘデラを思い浮かべると、自然と口元が緩んだ。


 《西の12番地だ‼︎ 赤いドレスを着た緑髪の女を探せ‼︎》


「そいつが――」


 ゴトンッと重たい音が部屋に響く。


 《何の音だ……? 誰かいるのか?》


「い、いや? も、物を落としただけだ、気にしないでくれ。……すぐに向かう」


 虎獣人は通信を切ると、ベッドから転げ落ちたルリに慌てて駆け寄った。


「大丈夫か⁉︎ 怪我は⁉︎」


「……大丈夫です。お仕事ですか?」


「あ、ああ……少し問題が起きてな……もう少し一緒にいたかったんだが……」


「また教会に顔を出します。……ほら、早く行かないと怒られてしまいますよ?」


 虎獣人は名残惜しそうに何度もルリの方を振り向きながら部屋を出ていった。


 パタリと扉が閉まると、ルリはケーキボックスを引っ掴んで窓から飛び出し、ヘデラのいる宿泊施設へと向かった。


(この世界では、緑髪はそう珍しくはない)


「ヘデラちゃーん! 今日は早めに帰って来ましたよー!」


 わざといつもよりも大きな声を出して部屋に入る。

 しかし、いつものように駆けてくる彼女の姿はない。


(ヘデラちゃんが部屋から出る理由がない)


「おやおやー? 拗ねてるんですかー? 早く出て来て可愛いお顔を見せてくださーい!」


 クローゼットやベッドの下、トイレや風呂場――隠れられる場所全てを確認したが、ヘデラの姿は見当たらない。


「ヘデラちゃーん」


 返事はない。


 赤いドレスを着た緑髪の女――


「………………あの女ぁ……!」


 怒りで口角をひくひくと痙攣させながら、ルリはケーキボックスを握り潰した。

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