ep.20 洋菓子店
「ここならすぐには見つからないだろ」
少年がヘデラを連れて来たのは、騒ぎの続く路地から少し離れた建物の屋上。
ここから見える獣人や人間の姿は、区別がつかないほど小さい。
ヘデラは忙しなく動き回る彼らをしばらく眺めた後、ハッとして声を上げた。
「ちょっと‼︎ こんなところにお店があるなんて言わないでしょうね⁉︎」
「店は後だ。……半獣人について、あんたが知っていることを教えてほしい」
「……なんで?」
「情報をくれたら店に連れて行ってやる」
苛立った様子を見せるヘデラに怯むことなく少年はそう答えた。
「…………」
ヘデラは、少年の持つ洋菓子店の袋をチラリと見ると、体を左右に傾けながら思案した。
半獣人の話をするには、異世界のことも説明しなくてはならない。
勝手に異世界の話をしてしまったら、ルリは怒るのでは?
しかし、情報を渡さなければ店に行くことができない。
食べ放題とルリを天秤にかける。
――しばらく考えた後、ヘデラは大きな溜息を吐き出して首を横に振った。
「もういいわ、店の場所は他の人に――」
「その店に、一部のやつしか知らない特別な食べ放題メニューがあることは知ってるか?」
ヘデラの瞳が大きく見開かれる。
少年はニヤリと笑うと、袋の中に入ったケーキボックスを開いて見せた。
中にはチラシには載っていなかった様々な種類のケーキや菓子が並んでいる。
少年はキャラメルソースのかかったシュークリームを取り出すと、ヘデラの前に差し出した。
「情報をくれれば、その特別な食べ放題メニューを――」
「全てお話いたしますわ〜!」
天秤は大きく傾いた。
ヘデラは溢れる涎を扇で隠しながら、少年に全てを話した。
◇
「……と、いうわけ。だから私の知る半獣人はこの世界の者ではなくて、別の世界の者のことですわ〜!」
「別の、世界……」
ヘデラの話は、まるで子供の空想話のようだった。
少年が訝しむ視線を向けると、
ヘデラは表情をムッとさせ、目の前に異世界の乗り物を作り出して見せた。
そして、暴走する神を止めることが“夫”の仕事だと得意げに胸を張って伝えると、少年の目つきが変わった。
「“アキラ様”の助けになるかも……」
「ほら、全て話したんだから早くお店に案内してくださる?」
「……それは難しい」
「はぁ⁉︎ 私を騙し――むぐぅっ⁉︎」
少年はヘデラの口を塞ぐように手を押し付けると、喧騒に耳を澄ませた。
「……聖騎士達があんたを探し回ってる。騒ぎが落ち着くまで屋敷に――」
「むぐぐぅ‼︎」
「聖騎士に捕まったら一生お菓子が食べられなくなるかもしれないんだぞ! 今は我慢しろ! ……ほら、残りも食べていいから」
「むぐぅ……」
ケーキボックスを押し付けられると、ヘデラは渋々頷いた。
「背中に乗って」
少年はヘデラを背負うと、周囲を警戒しながら移動を始めた。
「……母ちゃん、大丈夫かな……」
弱々しく呟かれた言葉は、確かにヘデラの耳に届いた。
しかし、お預けを食らって拗ねるヘデラがそれに反応することはなかった。
◇◇◇
同時刻――
国内で最も人気の高い洋菓子店の前には、人だかりができていた。
中心に立つのは聖騎士である獣人3人と、洋菓子店のオーナーである三毛猫の獣人。
漂う空気は決して穏やかなものではなかった。
「何があったんです?」
「さぁ?」
騒ぎを聞きつけて集まった野次馬の中には、ルリの姿もあった。
「聖騎士さん、ケーキの買い忘れかい?」
「……お前達、中にいる客を調べろ」
「はっ!」
「ちょっと‼︎」
2人の聖騎士が剣に手をかけながら店に入って行くと、中からはいくつもの悲鳴が上がった。
オーナーは残った聖騎士に牙を剥いて迫った。
「なんの権利があってこんな事を‼︎」
「ある事件の容疑者がこの店に向かったとの情報があった。悪いが協力してもらうぞ」
「やり方を考えなって言ってんだよ‼︎ 営業妨害もいいところだよ‼︎」
「何をする‼︎」
聖騎士が、掴み掛かってきたオーナーを強く振り払うと、彼女の体は宙へと投げ出される。
しかし、彼女はくるりと体を捻り、すぐに着地の体勢を整えた。
(さすが猫獣人。華麗な身のこなし――)
「カーラ‼︎」
ルリの視界に、オーナーへ向かって駆ける影が映り込む。
「ジル⁉︎」
着地点に滑り込み彼女を抱き止めたのは、一人の人間の男だった。
「いってて……大丈夫かい⁉︎」
「…………イヤッ‼︎ 触らないで‼︎」
オーナーは声を荒げて男を突き飛ばした。
「に、人間のくせに……よくも……!」
男はハッとして視線を落とす。それを見た聖騎士は、バツが悪そうに頭を掻いて人間の男を引っ張り起こした。
「はぁ……人間が不用意に異性の獣人に触れるな」
「す、すみません……」
「いや、俺が乱暴な真似をしたせいだ。すまなかった」
「……」
男から隠れるように聖騎士の後ろに立つオーナーに、ルリは違和感を覚えた。
今の獣人と人間の関係を考えれば、人間の男に対して過度に警戒することは不思議ではないが、引っかかったのはその前。
抱き止められた瞬間、
男を見つめる彼女の髭が、一瞬上を向いたのだ。
尻尾もただ下に垂れているだけで、膨らんではいない。
“言葉”ではあれほど拒絶しているにもかかわらず、“体”は男を拒絶していないように見える。
(これは――)
「隊長、見当たりません」
「うむ……しばらく店に聖騎士を滞在させてもらうぞ」
「なっ……!」
オーナーが不服を唱えようとした時、中にいた客が逃げるように店から飛び出して行った。
開け放たれた扉の向こう側、
テーブルの上に残されたケーキを見つめ、男が悲しげに目を細めたことに気付くと、オーナーは耳をぺたりと伏せながら彼に声をかけた。
「……ジル、従業員達に事情を説明してきてくれる? 怖がってると思うから……」
「分かった……」
「少しよろしいですか?」
聖騎士達の意識が向いていないことを確認すると、ルリは2人に声をかけた。
彼らはルリの纏う異質な雰囲気に、警戒するように表情を引き締めた。
「妻のためにケーキを買いに来たのですが」
しかし、客だと分かると、オーナーはすぐに笑顔を作って頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ございません。中を片付けて参りますので、少々お時間をいただいても?」
「急いでますので、このままでも大丈夫ですよ。苺のロールケーキをください」
「しかし――」
「半獣人ですって」
オーナーの言葉を遮るようにルリは言葉を投げた。
それを聞いた2人は、揃って視線を泳がせた。
「さっき聖騎士が話していたんですよ、半獣人を知る者が現れたと。怖いですよね〜」
耳をへたれさせ、瞳孔を大きく開くオーナーを隠すように男が一歩前に出ると、ルリはふっと笑みを浮かべた。
「……まぁ、見つかるのも時間の問題でしょう。聖騎士達が、総動員で探しているそうなので」
ルリはショーケースに視線を落とすと、軽く肩を竦めた。
「苺のロールケーキは売り切れみたいですね……残念。また来ます」
見送りの言葉はなかった。
店の外に出ると、聖騎士が野次馬に対して解散するように注意する様子が映り込む。
「隊長、あの男……怪しくないですか?」
何も買わずに店から出て来たルリに気付いた聖騎士の1人は、訝しげな視線を向けながらこの場を仕切っていた隊長に声をかけた。
「い、いや……ただの客だろう、気にするな」
「しかし……」
「いいから持ち場につけ、また連絡する」
「はい……」
隊長である虎獣人は、妖しい笑みを浮かべるルリから慌てて視線を外した。




