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ep.18 禁忌の子

 


「あ? おい、“人間のメス”。今何か言ったか?」


「モンス――むぐぅっ‼︎」

「どうぞお気になさらず」


 ルリは慌ててヘデラの口を押さえると、空いた手を彼女の頭の上でくるくると回し、パッと開いて見せた。

 そのジェスチャーの意味を察した“毛むくじゃらの者”は、憐れむようにヘデラを見つめた後、何も言わずに去って行った。


「ふぅ……そういえば、ヘデラちゃんは獣(・)人(・)を見るのは初めてでしたね」

「むごご‼︎ むぐぅ‼︎」


 兎、犬、牛、馬――

 服を着て、言葉を話し、二足歩行で目の前を通り過ぎて行く様々な“動物”に、ヘデラは興奮を抑え切れずもごもごと口を動かし続けた。


(問題を起こす前に話を聞かせる必要がありそうだ)


 ルリは溜息を吐き出すと、

 ヘデラを引き摺って、人気のない路地に移動した。


「……ヘデラちゃん、彼らはモンスターではなく獣人と呼ばれる種族です」

「前の世界にいたのとは全然違いますわ! ほらあの、獣の耳が生えた勇者の仲間の――」


「シーッ」


 ルリはヘデラの唇に指を置いた。


「勇者の仲間は“半獣人”です。獣人ではありません。どうか発言には気を付けてください」

「……?」

「この世界では、人間と獣人だけが“種族”として認められています。人間と獣、両方の特徴を併せ持つ半獣人は――」


 唇から下腹部へ、ルリはゆっくりと指を這わせた。


「人間と獣人の間にできた罪の結晶。禁忌の子と呼ばれ、存在を許されていません」



 ルリは今いる世界の歴史を、ヘデラに語った。


 この世界は地の神と天の神――二柱の神によって創られた。


 世界の成長を望んだ二柱の神は、

 二つの種族を世界に生み落とした。


 高い知能を持った人間。

 そして、高い身体能力を持った獣人。


 人間と獣人は神の教えの下、力を合わせて世界を大きく発展させた。


 ――ある時、

 人間の女と、獣人の男が恋に落ちた。


 共に生き、共に支え合ってきた者同士。

 そこに愛が生まれることは、珍しいことではなかった。


 しかし、人間と獣人は種族の違いから、子を成すことができない。

 反対する者は多かった。


 それでも――


(例え子供ができなくとも、私はあなたと共に在りたい)


 二人は共に歩む道を選んだ。


 幸せそうな彼らを見て、

 周囲に溢れる反対の言葉は、次第に祝福の言葉へと変わっていった。



 ――そんな中、人間の女が子を身籠った。



(君の愛は偽りだったのか)


 獣人の男は心に大きな傷を負い、女の前から姿を消した。


(違う‼︎ 彼の子よ‼︎)


 人間の女はそう訴え続けたが――信じる者はいなかった。


 彼女は非難の声に苦しみながらも、子供を産んだ。


(ほら、やっぱり彼の子だ)


 獣人の男と同じ耳が見えた時、人間の女は喜びに涙を流した。

 そして、産声を上げた赤子を抱き上げようと手を伸ばした次の瞬間――歓喜の声は喉の奥へと落ちていった。


 自身と同じ人間の体に、

 獣人と同じ耳や尾。

 赤子は、人間にも獣人にもなりきれない、半端な姿をしていた。


 自分達の子供だと安堵する気持ちは消え、恐怖に悲鳴が飛び出した。


 悲鳴を聞きつけ集まった者達は、産まれたばかりのそ(・)れ(・)に強い嫌悪を――そして大きな恐怖心を抱いた。


 人間の女は出血とショックでほどなくして死に、残された赤子は教会へと連れていかれた。


 そ(・)れ(・)の誕生を知った地の神は、教会の鐘を激しく揺らした。

 けたたましく鳴り響く鐘の音は何日も止まず、

 神がその存在を否定している事は明らかだった。


 人々はその存在を消すことで、地の神の怒りを鎮めようとした。

 しかし、本来なら子供を成すことのできない獣人と人間の間には、子供が産まれ続けた。


 二つの種族は地の神の怒りを恐れ、互いを遠ざけるようになり――数十年前、正式に獣人と人間が交わることが禁じられた。



「ですので、半獣人の話題は大変危険です。気をつけてくださいね?」

「ふぅん……それで、これからどうしますの?」


 ちゃんと話を聞いていたのか怪しい反応だが、ルリは構わず答えを返した。


「まずは情報収集ですね。今手元にある情報はコレだけなので」


 パラパラとめくられる手帳には、話されるよりも多くの情報が記されているように見える。


「……そうなのね」


 だが、ヘデラにとってはどうでもよかった。

 それ以上の興味を示さないヘデラに、ルリは機嫌を良くして肩を抱き寄せた。


「情報収集は明日からにして、宿泊施設に向かいましょう。1週間頑張ったご褒美、欲しいでしょう?」

「さっさと移動しますわよ〜‼︎」


 食い気味で返事をするヘデラに、ルリは笑みを溢した。




 ◇◇◇


 次の日の朝、

 ルリは早速情報を集めるために街へ出た。


 部屋を出る際、

 ヘデラは嫉妬と怒りに獣のように唸り声を上げながらシーツを噛み締めていたが――


『い、いっでらっじゃい……早ぐ……帰っで来でぐだざいまじ……ッ!』


 引き止める言葉は一つも吐き出さなかった。


 “寛容な妻”を演じようと必死に嫉妬心を抑え込む彼女の顔は、なかなかに――


「ンンッ! ……さて、始めますか」


 笑いを誤魔化すように咳払いをして、大通りに足を踏み入れる。


 視界に入った人間や獣人は、

 嫌悪や恐怖、そして不安を互いに向け合っている。


 ルリはそっと耳を澄ませた。


「――」

「――」

「お前……教会にバレたらどうすんだよ……」


 多くの声の中から、“教会(キーワード)”が飛び出すと、ルリは視線を声のした方へ移す。


 そこには羊の獣人と兎の獣人が、人混みを避けるように路地で煙草を吸っていた。


「問題ねぇよ。メスじゃないからな」

「趣味わりぃ……」

「なかなか悪くねぇぞ。ただなぁ……人間は体力がねぇから」


 こんなにも早く獲物が見つかるとは、幸先がいい。


「少しよろしいですかー?」


 ルリは二人の会話に割って入った。


「人間が何の用だ」

「興味深いお話が聞こえて来たもので」

「はぁ?」


 兎は小型の動物だが、兎の獣人は人間の平均身長より少し低い程度。

 体格差に問題はない。負担は少なく済みそうだ。

 あとは――


 兎獣人の“数値”を確認したルリは、ニッと口端を吊り上げた。


「……お兄さん、良ければ僕とどうです?」



 ◇◇◇


 この世界に渡って数日。


「暇ですわー」


 ルリは情報収集に忙しく、

 部屋に残されたヘデラは、退屈を感じていた。


 ルームサービスは既に楽しみ尽くした。

 他にこの部屋でできることはないかと、気怠げに部屋を見渡す。

 すると、ラックに置かれた雑誌の種類が変わっていることに気付く。

 清掃を頼んだ時に入れ替えられたようだ。


「仕方ありませんわね〜これで暇を潰し……ん?」


 一冊のファッション誌を手に取ると、後ろに隠れていたチラシが目に入る。


 チラシには、チョコレートでコーティングされた色とりどりのクッキー、繊細な蝶の飴細工が乗ったケーキ、積み上がったシュークリームの山など、魅力的な写真の数々。


 光の速さでチラシを手に取り詳しい内容を確認する。


 “店内のスイーツ食べ放題! ※制限時間は60分”


「た、食べ放題……⁉︎ い、イカれてる……‼︎」


 ヘデラはチラシを食い入るように見つめ、溢れ出しそうな涎を飲み込んだ。


 そして、


「……そういえば、部屋で大人しくしていろとは言われてませんわね」


 口角を大きく吊り上げた。



「こういう場所には噂好きが集まるものですわ〜! そう、これは情報収集! ルリのお仕事をお手伝いいたしますわよ〜!」


 ヘデラはチラシを片手に部屋を飛び出した。

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