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ep.17 妖精

 

「ゔわぁあああっ‼︎ ルリィィイイ‼︎」


 ルリはカズマによってまたもや強制的に家を追い出された。


 真っ赤な顔をして泣き喚くヘデラの姿は、

 “夫”がいなくなって寂しい妻というよりも、“親”を恋しがる子供のようだ。


「ケーキやるから、しゃんとしろ‼︎」

「グスッ……最低でも15種類は用意して……」

「わがまま言うんじゃねぇ‼︎ ったくふざけやがって……」


 カズマが渋々ケーキを差し出すと、ヘデラはピタリと涙を止めて皿を奪い取った。


「これで勘弁してやりますわ〜!」

「あれだけ騒いでいたくせに……薄情なのはどっちだよ……」


 ケロリと機嫌を直したヘデラに呆れながら、カズマは視線を扉に投げた。


 ルリはまだ家の前にいる。


 本気で心配するような奴ではない。

 秘密をバラされることを心配しているんだろうが――


『意地悪なことを言ってすみません』


 何を考えているんだか。



「ふんふーん」

 ――大きな溜息を吐き出すカズマの横で、ヘデラはご機嫌な様子でフォークを手に取った。


 ミントが添えられたブルーベリーのレアチーズケーキ。


 ヘデラは口元に薄く笑みを浮かべると、フォークでブルーベリーを突き刺し、掬い上げた。


「ふふっ……次はどんな顔が見られるかしら」



 ◇◇◇



 ヘデラの能力は神には劣ると言えど、人間には過ぎたもの――使い方次第で厄災になり得るものだ。


 カズマはヘデラの創造の力を、戦うための能力ではなく身を守るための能力へと導いた。


 敵を貫く槍ではなく、防壁を作ることを覚えさせ、

 兵器の使い方ではなく、操縦技術を叩き込んだ。


 ルリの役に立ちたい。

 そう思っていたヘデラは、特訓の内容に不服そうにしていたが、すぐに何も言わなくなった。


『その方が、ルリの役に立つ』


 この一言で、呆気なく。


 ルリの名前を出すと素直に言うことを聞く彼女に、想定していたほど苦労はしなかった。

 しかし、ここまで心酔するヘデラに心配は重なるばかり。



「ルーリ‼︎ ルーリ‼︎」

「はぁ……多少は執着も薄れると思ったんだがな」

「なんの話です?」

「っわ‼︎ ビビらすんじゃねぇよ‼︎」


 ――そして、あっという間に約束の1週間が過ぎた。


「ルリ〜‼︎ 会いたかったですわ〜‼︎」

「僕も――わーお! 特訓の成果ですか? 跳躍力が凄まじい!」

「いや、それは鍛えてねぇよ……」


 顔に飛び付いて来たヘデラを支えるルリの顔は、いつも通りの笑みが貼り付けられている。

 あの時に見た表情はなんだったのか――カズマは軽く頭を振ると、ルリに鍵と手帳を手渡した。


「おやおや、早速ですか?」

「邪神に動きがあったらしくてな、上(・)から急かされた。いつも通り大まかな情報はそこに書いて――」

 《お姉ちゃん、お姉ちゃん》


 カズマの声に被って聞こえてきた声に、

 ヘデラは顔を不快そうに歪ませ、扇を構えた。


 《お姉ちゃん、お姉ちゃん、契約しよ》

 《契約、契約》

「うるさい! しっしっ!」


「ん? ……ああ、妖精さんとお話ししているんですか?」


 ヘデラを取り囲むように集まり、声をかけてきたのは淡い光を纏った蝶。

 それは、カズマの世界に存在する妖精と呼ばれる者たちだった。


「契約させたんですか?」


 妖精の姿が見えないルリは、

 不思議そうに視線をあちこちに巡らせながら、カズマに尋ねた。


「いや、ヘデラは拒否した……んだが、どうしても契約したいらしくてしつこく付き纏ってんだ」

「そうなんですね……ヘデラちゃん、契約してあげては? 色々と便利ですよ?」


 儀式を通して契約すれば、妖精は様々な力を貸し与えてくれるのだが――


「いらない。ルリとの時間を邪魔されたくないわ」


 ヘデラはそう吐き捨てて首を横に振った。


 《またフラれた、フラれた》

 《えーん、えーん》

 《ねばーぎぶあっぷ》

 《用が済んだのなら退け小童共。小娘、早う儂と契約せい》

「⁉︎」


 大袈裟に落胆して見せる妖精達の後ろに、大きな影が一つ増える。

 姿を確認したカズマは目をギョッとさせた。


「しつこいわね‼︎ 嫌ですわ‼︎」

 《生意気な女子(おなご)じゃ。親父殿からもなんとか言うてくだされ。儂と契約すれば、親父殿の心配事も一つ減りましょうぞ》


 ルリよりも身の丈が頭2つほど大きく、人に似た姿をしたその妖精は、

 着物の袖で口元を隠しながら愉しそうにクックッと喉を鳴らした。


「……久しぶりに顔を見せたかと思えば、何が目的だ?」


 三日月のように弧を描く瞳はヘデラに向けられたまま。

 カズマは顔を顰めながら彼を睨み上げた。


 《この娘がどのような道を辿るのか、興味が湧きました》


 妖精はそう言って、ヘデラの顔を覗き込んだ。


 《ほれ小娘、今なら目玉一つで契約を結んでやるぞ》

「あっち行って」

 《なんでじゃぁ‼︎ 儂と契約すればどれだけの恩恵を得られるか‼︎》

「知らないわよ‼︎ しっしっ‼︎」


 まさかあの物好きがヘデラを気にいるとは――


 カズマは“彼”と契約して力を手に入れたヘデラを想像してゾッと体を震わせると、手を翳して風を巻き起こした。


「契約するつもりはないって言ってるだろ、散れ散れ!」


 《わー》

 《御無体なぁ》


 妖精達は気の抜けた声を上げて風に散らされるように姿を消した。


 しかし、姿は見えなくとも、気配は残っている。

 彼らはまだ契約を諦めていないようだ。

 カズマはズキズキと痛む頭を押さえながら、ルリへの説明を再開した。


「次の世界には神が2人。どちらも神域から降りて、地上にいる……くれぐれも無茶はするなよ」

「無茶なお願いですね」


「ルリ」


 念を押すように名前を呼ばれ、ルリは笑みを消した。


「……善処します」


 不快さを隠さず返事をするルリに対して、カズマは呆れたように溜息を吐きながら、今度は中身の詰まった袋を手渡した。


「今回は多めに渡しておく。豪遊はすんなよ」

「善処しまーす」


 袋の中を覗いたルリは途端ににぱっと笑みを弾けさせ、わざと同じ言葉を使って返事をした。


 腹立たしい。


「……頼んだぞ」


 どっと疲労が体にのしかかる。

 カズマは顔をげっそりとさせて2人を見送った。



 ◇◇◇


「ルリ! この世界にもモンスターが――」

「ヘデラちゃん、少しお口をチャック」

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