ep.15 期待するような視線
「うわぁぁぁぁん‼︎ ルリィィィイ‼︎」
「…………」
部屋には、
床に転がって泣き喚くヘデラと、顔を引き攣らせながらそれを見下ろすカズマの2人だけ。
ルリの姿はなかった。
――数十分前。
『……おい、ポンコツ』
『誰がポンコツよ‼︎』
『ケーキ食うか?』
カズマが翳した手をゆっくりと横に振ると、
苺のショートケーキやガトーショコラ、フルーツタルトにミルフィーユ――数多くのケーキが宙に現れ、机を彩るように並べられた。
甘い香りが鼻の奥へ流れ込むと、ヘデラの口には唾液が溢れた。
『好きなだけ食べていいぞ』
『好きなだけ⁉︎』
それを聞いたヘデラは、椅子に飛び乗るように着席。
即座にケーキを頬張った。
『……次の世界には1週間後に向かってもらう』
意識が逸れた事を確認したカズマは、ルリに静かに声をかけた。
『僕はクビでは?』
『フンッ……本当にクビにしたっていいんだぞ』
『……なぜ1週間後なんです?』
『ヘデラに力の使い方を教える。本当はここに置いて行けと言いたいが、無理に引き留めればどうなるか……』
修復された壁や床に視線を投げながら、カズマは重たい溜息を吐き出した。
『その間お前は、リン達の所にでも行ってろ』
『僕も手伝います』
『は?』
カズマの口からは間の抜けた声が漏れた。
『……必要ない』
『しかし……』
喜んでリン達のところへ向かうだろうと思っていたが――
どこか気の進まない様子のルリを見て、カズマは顔を顰めさせた。
『……心配しなくても、秘密をバラしたりしねぇよ』
『へ?』
『……は? それを心配して言ったんじゃねぇの?』
ぽかんとするルリに、カズマは片眉を持ち上げた。
『だったらなんで……』
『その……』
『……』
いつもならぺらぺらと無駄によく回る口を、珍しくもごもごとさせるルリに、カズマは訝しげな視線を向けて口を開いた。
『お前がいたら邪魔だ。さっさとリン達のとこに行け』
『……3日後、様子を見に来ます』
『いいから』
何を考えているんだか。
面倒に思ったカズマは、ルリを強制的に外へと追い出した。
――そして、冒頭の叫びへと繋がる。
「うえぇぇぇん‼︎」
「う、うるせぇ……」
成人した女が子供のようにバタバタと手足を振り回して泣き喚く姿は、ひどく悍ましい。
ヘデラのキンキンと頭に響く泣き声に、カズマは堪らず顔を歪ませた。
「〜〜っ1週間だけだ‼︎ いい加減泣きやめ‼︎」
「イヤァァアッ‼︎ ルリはどこに行きましたのぉぉお‼︎ …………ッ⁉︎」
目の前にクッキーを差し出すと、ヘデラの泣き声がピタリと止まる。
カズマはホッと安堵の息を吐き出した。
「……欲しいか?」
「…………」
「チョコにストロベリー、紅茶に抹茶……味の種類は豊富だ」
宙にずらりとクッキーが並ぶと、ヘデラの表情が引き締まる。
「欲しいなら、俺の話を聞け」
「……」
「……ルリの側にいるには、お前も力をつけねぇとダメだ」
カズマはヘデラの細い腕を見て眉を寄せた。
『何かあれば僕が処理しますよ』
邪魔だと判断すれば、ルリは平気でヘデラを見捨てるだろう。
そうなれば、
戦う力を持たないヘデラは、最悪死ぬかもしれない。
鍵があっても、使う前に事切れてしまえば意味がない。
「……だから、お前に力の使い方を教える」
「別に必要な――」
「ルリの役に立ちたいだろ?」
「ルリの、役に……?」
ヘデラの瞳からは涙が引き、代わりに輝きが生まれた。
「そうだ。使い方をしっかりと学べば、ルリの役に立つ。……どうする?」
「やりますわ〜!」
「よし」
カズマがクッキーを投げると、ヘデラはすぐさま飛びついた。
「早速始めるぞ」
「んぐぐ……コホンッ、少しお待ちになって」
「あ? なんだよ」
「“あの世界”はどうなりましたの?」
ヘデラは口端にクッキーの欠片をつけたまま、問いを投げかけた。
――ハヤトの世界のことを言っているのだろう。
カズマは少しだけ目を伏せた。
「……あいつが、勇者として現界する前まで時を戻した」
「…………」
「だが、モンスターの存在は消さなかった」
ヘデラの目が少しだけ見開かれる。
しかし、それはすぐに呆れたように細められた。
「そ」
もういいと言わんばかりの短い返事に対して、カズマは視線を天井へと向けた。
――欲の種を持たないカズマにとって、ハヤトが繰り返す懺悔の言葉は響かなかった。
しかし、彼の世界に生まれ、懸命に生きる人々を放って置くことはできず、
時を操り何年もかけて慰め、説得した。
世界が消えてしまわないように――
そして、彼は再び世界を導くことを決めた。
『モンスターを消さない?』
そんな彼が一つの選択をした。
『うん……大陸を分けたりして、なんとか共存できるように考えてみる。……あの子達は、生きたいって、そう願っていたから――』
その選択は優しいように見えて、身勝手なままだ。
『そうか』
カズマは敢えて何も言わなかった。
ハヤトにその選択肢を与えたのは――彼らと同じ、神の都合で作られた存在。
クッキーにはしゃぐヘデラを見つめ、
カズマは今日何度目になるか分からない溜息を、静かに吐き出した。
◇◇◇
「ルリ! どれだけ薪を割るつもりだ!」
「あっ……」
かけられた声にはっとして顔を上げる。
目の前には高く積まれた薪の山。
ルリは斧を下ろし、困ったようにぽりぽりと頬を掻いた。
リン達の元にやって来て2日目。
脳裏にちらつく緑髪が気がかりで、ルリは満足に休暇を楽しめずにいた。
「らしくないな?」
「すみません……」
「俺としては有難いが……これだけあればもう十分だ。中で休もう」
恰幅の良い中年の男――アインスは、
額にかいた汗をタオルで拭うと、ルリの背中を軽く叩いて家の中へと促した。
「……これはアインスが?」
「お、俺だけじゃないぞ⁉︎」
「まったく……」
昨日掃除したというのに、広いリビングにはもう物が散らかっている。
ルリが責めるようにじっと見つめると、アインスは慌てて片付けを始めた。
ゴミはちゃんと捨てているようだが、この世界に移り住んでから早数年。
そろそろ“物を出したら元あった場所に戻す”という基本を身につけてほしい。
呆れたように息を吐き出しながら椅子の背もたれを抱えるようにして座ると、視線を時計に向ける。
「……いつ頃帰って来ますかね」
「ん? ああ、リン達か?」
リン達は最近、この世界で生きていく為、
街の人と積極的に関わるようになった。
今日のように買い物に出かけると、しばらく帰って来ないのだが――
「すぐに帰って来ると思うぞ、ルリがいるからな」
ルリは静かに眉を寄せた。
「僕のことは気にせず、もっと街の人達と交流を深めて欲しいです。特に、リン――」
「リン?」
「……彼女には、早く“いい人”を見つけてほしいです」
ぽつりと落とされた言葉に、アインスはゆっくりと振り返った。
「……ルリ、何かあったのか?」
「別に何も」
ルリはアインスに対してだけ、たまに素っ気ない態度を取る。
その理由をなんとなく察しているアインスは、クスリと笑って片付けを再開した。
「何笑ってるんですか」
「いや、息子を思い出してな」
「……」
「……そういえば、願い事は決めたか?」
「はい?」
不意にかけられた問い。
彼の言う願い事とは、
この仕事を終えた時、カズマから与えられるものの事を言っているのだろう。
『ルリも、同じよね?』
頭に響く過去から届いた声に、ルリは視線を落とした。
「なにを……決めるもなにも、既に――」
「それはお前が望む願いじゃないだろ。……ルリ、お前が決めていいんだよ」
片付け終えたアインスは、
ルリの側に移動すると、頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「みんなには俺が話してやるから」
「……アインス」
「ん?」
「ソファーの下に隠さないで棚にしまってください」
「う、うぐっ……バレてたか……」
しょんぼりと肩を落として片付け直すアインスに、自然と笑みが溢れる。
「ただいま!」
「重い〜! ルリ助けて〜!」
そのタイミングでリン達が帰って来ると、ルリは表情を引き締めて、彼女達を出迎えた。
「たくさん買いましたね……貸してください、奥に運びます」
「俺も手伝うぞ!」
「助かるっす〜……うぅ……腕も足も限界……リンさんってば、ひどいんっすよ! ルリが待ってるから早く早くって急かしてきて!」
「ご、ごめん……」
リンはルリの方を向くと、頬を赤く染めて気まずそうに笑った。
どこか期待するような視線に、ルリは取り繕った笑みを返した後、荷物を運びながら話題を変えた。
「言い忘れていましたが、明日はカズマさんのところに行って来ますね」
「えっ……1週間お休みをもらったんじゃなかった?」
「確認したい事がありまして……夕刻には戻りますよ」
窓の外に広がる萌葱色の草原は、風に吹かれて波立っている。
――自分がいないことに気付いた彼女は、どれだけ取り乱したのだろうか。
泣き喚くヘデラ、そしてそれに頭を抱えるカズマの姿を想像すると、ルリは笑みを隠すように口元を手で覆った。
「あっ、そうだわ! カズマ様に届けて欲しいものがあるんだけど、頼まれてくれる?」
「わかりました」
「一緒に来て!」
自身の腕を引くリンの後ろ姿を見て、すぐに笑みが薄まる。
『ルリも、同じよね?』
『ぼ、僕は――』
過去の記憶を振り払うように頭を振る。
――本当のことを知ったら、彼女も同じ事を願うんだろうか?
◇◇◇
次の日。
「あははははは‼︎」
「ぎゃはははは‼︎」
「…………」
カズマとヘデラの元を訪れたルリは、目の前の光景に顔を引き攣らせた。




