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ep.14 ご苦労様

 

「……これで4つ目」


 白い世界。

 静かに落とされた声は、雪のように冷たい。


「誰に唆されたのか」


 白い髪や身に纏う衣服は世界に溶け込んで映り、

 桃色に淡く色付いた肌は、逆に浮いて見える。


「やってることは大して変わらないというのに……私が力をつけることがよほど気に入らないらしい」


 白い瞳がこちらに向けられると、無意識に体が強張った。


「体の調子はどう?」


「特に問題は――」


 ぎこちなく開いた口から飛び出した声は、思っていたよりも低く、掠れて世界に響いた。

 驚いて喉元を押さえると、 鈴を転がしたような笑い声が鼓膜に触れる。


「うまく話せないようだね」

「……すみません」

「謝らないでいい。そこまで気を回せなかった私に非がある」

「ッ‼︎」


 白い髪が目の前を横切ると、喉に鋭い痛みが走った。


「そういえば、右腕もなかったっけ」


 喉を押さえようと動かした腕は、気付いた時には既に地面に転がっていた。


 ――吐き出そうとした声は濁った水音に、

 視界を支配していた白が、赤へと変わる。


「これで違和感はなくなったかい?」


 生暖かい血溜まりに転がり、溢れる血を飲み込むこともできず、口を繰り返し開閉させていると、

 上から垂れ下がる白い髪の隙間から覗いた口元が、緩く弧を描いた。


「っは……‼︎」


 次の瞬間、口の中に溢れていた血が消えた。


 それでも続く息苦しさに胸を押さえると、切断された腕が元に戻っていることに気付く。

 先程まで浸かっていた血溜まりも、初めからなかったかのようにシミ一つ残っていない。


「冗談」


 幻覚? ――いや、違う。

 観察するようにこちらを見下ろす白い瞳には、悪意に似たものを感じた。


「立てる?」

「は、い……」


 投げかけられた言葉は、問いではなく命令だ。

 短く息を吐き出すと、未だ混乱する体を無理矢理動かしてゆっくりと立ち上がった。


「少し悪ふざけがすぎたね」

「……“生前のオレ”は、右腕がなかったのですか?」

「そうだよ。右腕と喉……中身もかなり損傷していたかな? ……その状態で人生の半分を過ごし、最後まで戦い続けたって言うんだから驚きだ」

「そう、ですか」


 己は一度、生を手放した。

 しかし、目の前にいるこの者の手によって、引き戻された。


「いけない、話が脱線してしまった」


 生前の記憶は何かで覆われたように朧げで、

 己が何者だったのか、どのような人生を歩んできたのか――覚えていない。


 残っているのは、生前に培ったであろう膨大な知識と、肉体に刻まれた記憶のみ。


「私の代わりに行ってくれる?」


 ――与えられた使命をこなさなくては。


「承知いたしました」

「頼んだよ、“ユキ”」


『“  ”!』


 声が重なって聞こえた。


『冗談はやめてください! まったく、リンからも何か言ってやってくださいよ!』

『“  ”、あまりルリを困らせたらダメよ!』


 頭に響いた2つの声。

 生前の記憶だろうか。


 ――今のオレには必要ない。


 体に痺れるような感覚が走ると、溢れる記憶にそっと蓋をした。



 ◇◇◇


「ただいま戻りました〜」


「クズテメェ‼︎」


 怒号と共に目の前を椅子が飛んでいく。


 壁にぶつかり壊れて落ちるところまで見届けると、ヘデラとルリは揃って呆れた視線をカズマに投げた。


「相変わらず野蛮ですわ」

「ホントホント」

「うるせぇ‼︎ ふざけやがって‼︎」


 用事を済ませ、無事に戻って来た2人を待っていたのは荒々しい怒号。

 ヘデラは不服そうに表情をムッとさせた。


「何をそんなにキーキーと騒いで――」

「なんでこいつを止めなかった‼︎」


 カズマはヘデラを睨みつけた後、ルリを怒鳴りつけた。


「花が咲いてたらどうするつもりだった‼︎ 散々見て来たはずだろ‼︎ ()()がどれだけ危険なのかを‼︎」

「え〜? 止めましたよ〜? それに、咲く前にちゃんと処理したじゃないですか〜」

「テメェ‼︎」


 カズマがルリを突き飛ばすと、ヘデラは慌てて間に入って庇うように両手を広げた。


「ちょっと‼︎ 何するのよ‼︎」

「死んでたかもしれねぇんだぞ‼︎」


 カズマの怒声に、家は軋んだ音を立たせた。

 耳の奥が痛み、手のひらにじわりと汗が滲む。

 ヘデラはぐっと拳を握り締めて再び声を張った。


「煽ったのは(わたくし)でしてよ‼︎ 怒るのなら――」

「かもしれない、でしょう?」


 ルリは壁に凭れかかったまま、どこか楽しそうに口角を吊り上げた。


「実際には死なずに生きているじゃないですか」

「ふざけた事抜かしてんじゃねぇ‼︎」

「ちゃんと仕事はこなしたというのに、ひどいなぁ」

「……もういい、テメェはクビだ」


 その一言に、一瞬ルリの眉がぴくりと跳ねた。


「僕より都合のいい“クズ”が他に存在しますかね?」

「はっ、今更焦ってんのか? 勘違いしてんじゃねぇぞ、お前は――」

「〜〜この猿‼︎」

「あぁ⁉︎ なんだとテメ……ッ⁉︎」


 ヘデラの空気を読まない一言が割って入ると、カズマはカッとなって声を荒げたが、

 頭上に現れた“ソレ”に気付き、声を途切らせた。


「ルリをいじめるな‼︎」


 ヘデラの声が響いた次の瞬間――“ソレ”は勢いよく落下すると、

 カズマを押し潰し、床に沈み込んだ。



「……」

「……」


「……あー…… カズマさん、生きてます?」


「…………こんなんで死ぬかバカ‼︎ なんでこんなもんがここに…………お前ら‼︎ (イサミ)の世界から複製して(コピって)きやがったな⁉︎」

「はい……しかし、このような使い方は……考えていませんでしたが……」


 ルリは帰還する前、これからの戦いで役立ちそうな兵器をヘデラに記憶させていた。

 カズマを押し潰した“装甲車(ソレ)”も、その内の一つ。


 装甲車の下から這い出てきたカズマは、傷一つついていない。

 しかし、よほど驚いたのか顔は真っ青だった。


「俺じゃなかったら死んでたぞ‼︎ バカ‼︎」

「うるさい猿‼︎」


 装甲車を消して家を修復するカズマに向かって、ヘデラはがなり立てた。


「アンタが何もできないからルリが代わりにやってあげてるんでしょ⁉︎ なのに帰ってきて早々怒鳴り散らして、アンタの方がクズじゃない‼︎」


「それはコイツが――」


「ルリはアンタの代わりに異世界に行って、アンタの代わりに情報を集めて、アンタの代わりに神と戦って……私の面倒まで見て……なのに、なのに……‼︎」


「おい待て‼︎ これ以上家を壊すんじゃねぇ‼︎ クソ……」


 ヘデラが再び何かを作り出そうとすると、カズマは慌ててそれを止めた。

 そして不服そうにしつつも、何か思うところがあったのか、

 カズマはルリの方を向いてもごもごと口を動かした。


「あー……」

「何も言わなくて結構です」


 言葉を探すカズマに、ルリは不快そうに顔を歪ませて拒絶の意思を示した。


「て、テメェ‼︎」

「ヘデラちゃん、僕のためにありがとうございます。いつもの事なので気にしなくていいですよ」

「まったく‼︎ ルリは優しすぎますわ‼︎」

「……」


 ぷりぷりと怒るヘデラを宥めるように抱き締めるルリ。

 その顔が困惑に引き攣っていることに気付くと、カズマは眉を寄せた。



『……僕には、願いがあります』

『願い?』



 妖精を通して見た2人の姿。


 突然興味を失ったかのように表情をなくしたヘデラ。

 そして、彼女の様子に焦りを見せたルリ。


 今のヘデラにその時の影は一つも見えないが、

 ルリの雰囲気は少し変わったように思う。


 苛立ちが波のように引いていくと、カズマは困ったように頬を掻いた。


「……はぁ……もういい。とにかく無事でよかった」

「ご苦労様ぐらい言えませんの? お猿さんには少し難しかったかしら」

「こ、こいつ……」


 波のように引いてすぐに押し戻ってきた苛立ちをぐっと堪える。

 カズマはソファーに座って、ルリに睨みを飛ばした。


「装甲車の他には何を覚えさせた」

「ああ、カタログ見ます?」

「カタログ……」


 差し出された冊子の表紙には“モンスターから身を守る為の専用カタログ!”の文字と共に、様々な武器や兵器の写真が散りばめられている。


「これ、全部か……?」

「いえ、付箋が貼ってあるページの物だけです」

「……」


 付箋の数は思っていたよりも少ない。

 しかし、パラパラとめくって内容を確認すると、カズマは額を押さえてソファーに深く沈み込んだ。


「……いざという時以外使うな」

「え〜?」

「え〜? じゃねぇ‼︎ どの世界にもあると思うな陸上兵器‼︎」


 こめかみ辺りで痙攣を感じる。

 血管が悲鳴をあげているようだ。


 神になった身で、血管は切れるものなのだろうか。

 ――いや、知りたくもない。


 カズマは深く息を吐き出すと、ルリにべったりとくっ付くヘデラに視線を向ける。


「……おい、ポンコツ」

「誰がポンコツよ‼︎」


「ケーキ食うか?」


 カズマは手を翳し、何かを覚悟したように表情を引き締めた。


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― 新着の感想 ―
最初の不気味な表現描写に目を奪われました。最後の「ケーキ食うか?」という誤魔化しにも似た突然のボケには笑いました。
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