ep.13 マシなエンディング
ヘデラは何度も、扇を勇者に叩き付けた。
神である勇者には、“神具”以外に痛みや傷を与えることはできない。
ましてやヘデラのようなただの小娘、衝撃さえ大したことはないだろう。
勇者の腰から生える欲の芽も、ヘデラを危険視していないのか、
何かするわけでもなく、観察するように彼女の上に蕾を垂らしている。
何度も叩きつけたことで、扇は乾いた音を立てて折れた。
彼女はそれを放ると、今度は平手で勇者を叩き始めた。
「ヘデラちゃん」
勇者の感情に反応してか、蕾の先が動きを見せると、ルリはハッとしてヘデラの手を掴んだ。
「手を痛めてしまいますよ。……それに、このままでは花が開いてしまいます。すぐに処理しないと――」
「この“雑草”を処理したって、神はこいつのままなのでしょう?」
ヘデラは靴の先を勇者の喉に押し付けると、顔を覗き込むように頭を横に倒した。
「邪神に食わせてやればいいじゃない」
その言葉に、ルリは思わず顔を引き攣らせた。
それに気付くことなく、ヘデラは勇者を蹴り付け、
「神が消え、世界が崩壊する―― 私と同じ、“神の快楽の為に作られた者達”にとって、そっちの方がよっぽどマシなエンディングだとは思わない?」
赤いドレスを翻して、踊るようにくるりと回った。
「ご、めんなさ……」
勇者のか細い声に、ヘデラの足が止まる。
「俺……っ……」
吐き出されるのは掠れた息。
勇者が頭を抱えて蹲ると、蕾が開き始める。
勇者の皮膚が波を打つように動き、少しずつ異様な形に膨らんでいく。
「……どうしたら……どうしたら、俺は……僕は、赦される……?」
ヘデラは勇者を見下ろして、笑みを浮かばせた。
「なんて愚かなのかしら」
「っ……僕は――」
花びらが開き切る直前、
鼓膜を震わせるような破裂音と共に、蕾は弾け飛んだ。
「……」
「すみません、撃っちゃいました」
勇者が意識を手放し地面に伏せると、ルリは煙を払うように銃を振りながら、ヘデラの背中に声をかけた。
――このまま開花を許せば、正式にクビを言い渡されかねない。
(まぁ、説教は確定しているだろうが……)
ルリはカズマへの言い訳を考えながら、ホルダーに銃を収めた。
「……ヘデラちゃん?」
そして、一向に反応を見せないヘデラに気付くと、緩く首を傾げる。
ルリはヘデラの手を優しく握り、表情を窺うと――頬を引き攣らせた。
「……」
感情の抜け落ちた顔――
勇者を見下ろしていたヘデラの瞳が、
ゆっくりとルリを捕らえると、まるで首に手を置かれたかのように喉が締まった。
ヘデラから無感情な瞳を向けられたのは、初めてだった。
今まで感じたことのない焦燥感が、染み込むようにじわりと内に広がる。
しばらく沈黙が続き、
彼女の唇が薄く開かれた瞬間――
「ヘデラちゃん」
ルリは反射的に声を発した。
「……僕には、願いがあります」
「願い?」
軽く握り返された手に少しだけ安堵する。
ルリは深く息を吐き出すと、慎重に言葉を並べた。
「はい。それを叶えるために、仕事をこなさなくてはなりません。……どうか、怒りを収めてくれませんか?」
表情や仕草から数値を測る自分の能力では、彼女の心の内を知ることはできない。
確認するために、敢えてその言葉を選んだ。
「……私、別に怒っていませんわよ?」
彼女はこてんと頭を横に倒した。
「そうなんですか? 黙ってしまわれたので、僕の行動にお怒りなのかと思いました」
「まさか、ただ――ああ、そういえば……ルリの願いってなんですの?」
「……知りたいですか?」
表情はまだ完全には戻り切っていない。
「結婚式です!」
ルリは答えを追及するよりも、彼女の問いに答えることを選んだ。
「結婚式?」
「はい。誓いはしましたが、式は挙げていなかったでしょう? カズマさんにお願いしてパーッとド派手な結婚式を挙げたいなぁって! 僕の身長よりも大きなウェディングケーキに、高い宝石をジャラジャラつけて!」
お粗末な嘘。
しかし、本来の願いは伝えるわけにはいかない。
――表情は取り繕っても、爪先に力がこもる。
「……ルリの背より高いウェディングケーキ⁉︎」
ヘデラの目がパッと輝く。
「なんて素敵な願いごとなんですの⁉︎」
「そうでしょう?」
笑みを弾けさせ、興奮気味に腕を振り回すヘデラに、先ほどまで確認できなかった数値が見えるようになった。
それと同時に、今さら冷静さを取り戻した自分に眉根が寄る。
ルリは横たわる勇者を足で転がして、鍵を上に掲げた。
宙に扉が現れ、そこから伸ばされた手が勇者を掴んで引っ張り上げる。
その手は、扉に収まる直前、
まるで責めるようにルリを指差した。
長い説教が待っていそうだ。
ルリは大きく溜息を吐き出すと、その場でスキップするヘデラに視線を投げた。
――何を焦っていたのか。
「ケーキ! ケーキ!」
――なぜ、こんなにも安心してしまっているのか。
「ヘデラちゃん」
「なに?」
握っていた手を引いて、包み込むようにそっと抱き締める。
ヘデラは当たり前のように背中に手を回した。
「あまり危険なことはしないでください」
「危険?」
「はい。蕾が開いた時は肝が冷えました」
あのまま花を咲かせていたら、残った神弾だけで処理する事は難しかっただろう。
それに――
頭に手を置くと、ヘデラは嬉しそうに目を細めて笑う。
ルリは逃れるように視線を外した。
「さて、お仕事完了です。……帰る前に、少しお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「私にできることならなんでもおっしゃって〜!」
「では、場所を移しましょうか」
ルリは時の止まったままの世界を横目に足を踏み出した。
「……」
――初めて見た、ルリの動揺した表情。
『安心してください。何かあればちゃんと処理しますから』
「……ああ、よかった」
動かないモンスター達を見つめ、ぽつりと溢れた言葉。
ヘデラはフッと鼻を鳴らして目を細めた。
「ヘデラちゃーん、どうしましたー?」
「今行きますわ〜!」
ヘデラはドレスを翻し、ルリの元へと駆け寄った。




