ep.12 偉大なる我らが父
ルリはモンスターの大群を眺めながら、傾く像の上で思考を巡らせた。
モンスターが現れた方角には、この街の関所がある。
保護対象であるエルフを国外へ連れ出されぬよう、現在は一時的に封鎖されている。
関所周辺の捜索には、警備強化も兼ねて勇者一行も加わると聞いていたが――勇者は一人、ここに来た。
慌てて飛び去って行った勇者、そして彼の腰で光っていた通信石を思い出すと、ルリは顔を上げた。
「……ふむ」
「ルリー‼︎ 早く助けてくださいましー‼︎」
ルリは縄を解いてヘデラを担ぎ上げ、崩れ落ちる像から飛び上がった。
「僕らも急いで向かいましょう!」
ルリはワイヤーを操り宙を飛び交う。
振り落とされないようしがみ付きながら、ヘデラは彼が向かう先へと目を向けた。
防壁をよじ登り、街に流れ込もうとする異形の群れ。
――その中に一体、他とは大きさも形も異なる存在がいた。
赤黒い肉を纏い、牛の頭蓋を被った巨大な怪物。
ぬめりを帯びた肉が、動く度にずるりと揺れるのを見て、ヘデラは堪らず顔を歪ませた。
「ウゲェッ‼︎ あそこに行きますの⁉︎」
「ブッ……あはは! 貴族のご令嬢が出していい声ではありませんね!」
恐怖よりも嫌悪を示すヘデラに、ルリの口からは笑いが溢れた。
「安心してください! あれをヘデラちゃんには近付けさせません! ……あっ、今のうちに神弾の複製をお願いできますか?」
「いくつ?」
「一つで十分です」
ルリは視線を異質なモンスターへと向け、歯を食いしばりながら落ちそうになる口角を無理矢理押し上げた。
◇◇◇
「っ……」
勇者が辿り着いた時には、
既にモンスターは防壁を超えて街へと雪崩れ込んでいた。
多くの人間とモンスターの悲鳴、
崩れた家屋に、誰のものかも分からない血溜まり。
そして――
「ハヤト……! やっと来てくれたんですね……!」
血を流す仲間達の姿に、勇者は顔を引き攣らせた。
「通信石でずっと呼びかけてたんだぞ!」
「そ、そうなのか……? 故障してたみたいだ……」
バツの悪さを感じて視線を逸らし、勇者は苦しい嘘を口にした。
罪悪感に強く脈打つ心臓を落ち着かせるように息を吐き出して、勇者は剣を構えた。
「後は俺に任せてくれ! アジュア、怪我人に回復魔法を! ヴァイオレットとヒューシャは住人の避難を!」
「ハヤト一人で戦う気⁉︎」
「大丈夫! なんたって俺は勇者――」
『自分の欲望の為に創り出したモノが、人々を傷付け、国を滅ぼした事に、なんの感情も湧かなかったのですか?』
脳裏に過ったルリの言葉が、勇者の言葉を詰まらせる。
「ハヤト……?」
「……と、とにかく任せてくれ。住人の避難が完了したら、フォローを頼む」
頭を振って迷いを払うと、防壁の上で街を見下ろす巨大なモンスターを睨み付ける。
(こんなモンスターは創った覚えがない……それに、俺が設定した章の山場はまだ先……あの男の出現といい、どうなってるんだ……俺の考えたシナリオが……)
『見て見ぬふりを続けられるほど、勇者という役を演じるのは、楽しいですか?』
「クソッ……! さっさと終わらせて――」
巨大なモンスターは、肉を揺らしながら勇者の前に降り立つと、膝をついてゆっくりと頭を垂れた。
「は……?」
「も、モンスター達が……」
仲間の声に周囲を見渡すと、周りにいたモンスター達も攻撃の手を止め、巨大なモンスターと同じように頭を下げていることに気付く。
――その姿はまるで、神へ祈りを捧げる信徒のように映った。
「……偉大なる我らが父に、御挨拶申し上げます」
見た目とは反した丁寧な口調で勇者に声をかけた巨大なモンスターに、
その場にいた誰もが言葉を失い、表情を凍りつかせた。
「父よ」
反応のない勇者に対して、モンスターは再び言葉をかける。
歯の隙間から漏れる抑揚のない声は、
剣を握る勇者の手を震わせた。
「父は世界の成長の為、我々に死を望んだ」
モンスターは顔を強張らせる勇者の横をゆっくりと通り過ぎ、街を見渡しながら言葉を続けた。
「しかし、父の迷いが、我々の中に生への渇望を呼び――力を与えました」
「なに、を……」
「我々は、別の形で世界の糧になる事を望みます」
胸部の肉が透けて光が漏れる。
光が強さを増しながら口元へと移動すると、モンスターの頭蓋が大きく開かれた。
背中に虫が這うようにゾワリと悪寒が走る。
――止めろ。
頭の中で警鐘が鳴る。
光が街に向かって放たれる直前、勇者は手袋を外して手を翳した。
「は、……はっ……‼︎」
巨大なモンスターの口から放たれた、大通りを容易く飲み込んでしまうほどの大きな光の弾は、仲間達の眼前で動きを止めた。
止まったのは光の弾だけではない。
光の弾を目の前にしても、仲間達は逃げることなく静止し、
頬を撫でていた風も、砂が擦れ合う音も、全てが勇者だけを残して、その時を止めた。
勇者は息を乱したまま周囲を見回すと、頭を抱えて膝をついた。
「ど、どうしよう……‼︎ じ、時間を戻して……いや……肉体がある今、時間を戻せば反動が……一度神域に戻ってから時を――」
『ハヤトー!』
『父は世界の成長の為、我々に死を望んだ』
「時を……」
『私達ね』
『我々は、別の形で世界の糧になる事を望みます』
『ハヤトに会えて、本当に良かった』
「どこまで……?」
勇者の背中から、ゆっくりと植物が顔を出す。
それは勇者の感情を糧に蕾をつけると、耳元に開きかけた花びらを寄せる。
花びらの隙間から見える唇が、笑みを浮かべながら薄く口を開いた時――
「おやおや、大変なことになっていますねー」
「これどうなっていますのー?」
緊張感のない2つの声が響いた。
「な、なんで動いて……‼︎」
振り返ると、そこには時の止まった世界を歩き、残状を眺めるルリとヘデラの姿があった。
「今はそんな事どうでも良いのでは? ……それより、この状況をどうなさるおつもりで?」
「こ、こんなはずじゃなかったんだ……こんな……」
ルリの瞳は黒いレンズで見えない。
しかし、責めるような視線が向けられている事が分かると、勇者の口からは言い訳にも満たない言葉が零れ落ちた。
「既に神の力を必要としなくなった世界に、これだけ過剰に干渉すれば、当然大きな歪みが発生します」
ルリは勇者から生えた植物を一瞥し、大袈裟に溜息を吐き出した。
勇者は過剰に肩を跳ねさせ、拳を握りしめる。
そして、光の弾の前に立つ仲間達に視線を向けると、静かに口を開いた。
「お、俺が間違ってた……だから、俺が干渉する前まで、時を戻して……」
「彼らは?」
「…………」
「……やはり人間以外はどうでも良いのですね」
ルリは動きを止めたままのモンスター達を横目に、ホルダーから銃を取り出して勇者に向けた。
「僕はあなたのように人間から神となった存在を、少しだけ多く見てきました。
そのような存在はみんな、人間という生き物を特別に思っていました。
――彼らだって、神が生み出した子供であるにも関わらず……人間のため、自分の罪から逃れるため……生きたいと願う彼らを消すと言うんですね」
「…………」
口を閉ざした勇者を見て、ルリはどこか小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「……ま、お好きにどうぞ」
「ルリ」
ヘデラの声に、引き金にかけていた指が動きを止める。
煩わしさを感じながら視線を投げると、ヘデラは小さく首を傾げていた。
「殺すの?」
「……いいえ、欲の芽を処理するだけですよ」
ルリは冷静さを欠いていた事に気付いて、ゆっくりと銃口を蕾に向けた。
このまま花が開き、実をつければ邪神に食われてしまう。
そうなればカズマは“願い”を聞き入れてくれないかもしれない。
リン達の顔が脳裏に浮かぶと、ルリは引き金にかけた指に力を込める。
「少し待ってくださる?」
そう言ってヘデラは勇者の前に歩み寄った。
まさか、情でも湧いたのだろうか?
ルリは呆れたように口角を落としてヘデラに手を伸ばしたが――直後に乾いた音が響き渡ると、思わず手を引いた。
「……ヘデラちゃん?」
「この男、なんで被害者みたいな顔しているんですの?」
再び音が響く。
それは、ヘデラが扇で勇者を叩き付ける音だった。




