ep.11 イサミ ハヤト
「〜〜ッ!」
「あはは! すごい顔!」
このまま落ちれば仲良くミンチだ。
必死にしがみついて声にならない悲鳴を上げるヘデラに、ルリはおかしそうに笑ってワイヤーを引いた。
鈍い音が聞こえると同時に、今度は勢いよく体が上へと引き上げられる。
ルリはヘデラを抱えたまま、体をくるりと反転させると、ワイヤーのかかる先――街に聳え立つ神の像の鼻を蹴り上げた。
砕け散った破片が視界から姿を消すと、下からは多くの悲鳴が上がった。
「あースッキリした!」
「る、ルリ……! 肩からすごい音がしましたけど……!」
「ああ、大丈夫です。少し外れただけですから」
ルリは像の肩に着地すると、わらわらと逃げ惑う人々を見下ろしながら、外れた肩を顔色一つ変えずに嵌め込んだ。
「さて、これ以上文句を言われるのはムカつくので、しっかり働きますかね」
「これからどうしますの?」
「我々もエルフの行方を追いましょう。エルフは希少種族なので、国はエルフの保護を優先するはず……国に属する勇者も――」
ルリは指を丸めて覗き込むと、何かに気付いて口端を吊り上げた。
「煽りすぎましたかね」
像を駆け上がり、目の前に飛び出して来た人影。
驚いて後ずさったヘデラは、足を踏み外した。
(落ちる……‼︎)
宙に向かって手を伸ばし、恐怖に悲鳴が飛び出す寸前――
「危ない‼︎」
ルリを押し除け、“誰か”がヘデラの腕を掴んだ。
「大丈夫か……っ⁉︎」
「あんたは……」
見覚えのある顔に自然と眉が寄る。
ヘデラの腕を掴んだのは、オークション会場でルリを糾弾した勇者だった。
「今引き上げ――」
「僕の相手もして欲しいな♡」
ルリが勇者を蹴り飛ばすと、掴まれていた手が離れる。
「る、ルリィィイイ‼︎」
「あっ、すみません」
ルリは、怒りのこもった声を上げながら落ちて行くヘデラの腰に縄を括ると、ナイフで像に固定して落下を防いだ。
「オエッ‼︎」
「これでよしっと。すみません、少しその状態で待っててください」
「嘘でしょ⁉︎ オエェッ」
手足をばたつかせて怒るヘデラを視界の端に入れながら、勇者は剣先をルリに向けた。
「なんて酷いことを……クズめ……!」
「よく言われます」
ルリは態とらしく肩を竦ませると、勇者の腰でチカチカと光る魔法石に視線を向ける。
「お仲間がお呼びなのでは?」
「……お前が気にする事じゃない」
「ふーむ……勇者ごっこはもうおしまいですか? ――神様。……ああ、“イサミ ハヤト”さんとお呼びした方がいいですか?」
「黙――な、なんで……‼︎」
背筋に冷たいものが走る。
勇者は顔を強張らせながら、掌に炎を集めルリに向かって放った。
「そういえば」
ルリは背中を大きく逸らして避けると、そのまま手をつき、足の間から勇者を見上げて笑った。
「自己紹介がまだでしたね」
振り下された勇者の剣を足で弾くと、ルリは体勢を立て直して上着を脱いだ。
「ヨツヤ カズマさんから依頼を受けて参りました、使徒のルリと申します」
「は……? ヨツヤ カズマって……!」
目に見えて動揺する勇者の隙をついて、ルリは神弾の込められた銃を取り出して引き金を引いた。
神弾が勇者の皮膚を焼き、肉を抉るように肩を貫くと、勇者は痛みに悶え、その場に転がった。
「がァッ……なんっ……なんで……‼︎」
「あはは、大袈裟な!」
トランクからサブマシンガンを取り出すルリを見て、勇者は慌てて距離を取った。
神の像は山ほどの高さはあれど、足場は満足に戦えるほど広くはない――
ルリが引き金を引くと、勇者は恐怖に顔を青白くしながら慌てて炎を放った。
ゴムでできた弾は熱で溶け、勇者に届く前に像の肩を汚すように散らばった。
実弾ではない事に気付いた勇者は一気に距離を詰め、剣を振り下ろす。
ルリは銃身でそれを受け流し背後に回ると、勇者の背中を蹴り飛ばした。
「あはは、まるでお手本のような剣捌きですね」
「こいつ……‼︎」
サブマシンガンに装填された弾に殺傷性はない。
蹴りによる攻撃も、衝撃があるだけ。
(問題はあの銃……実弾であっても俺の体を傷付けられるはずがない……どうなってる……⁉︎ クソッ、四ツ谷のやつ……俺の世界に干渉して来やがって……‼︎)
勇者が宙に炎を集め、雨のように降らせると、ルリはトランクから番傘を取り出し、炎から身を守るように開いた。
「炎系統の魔法ばかり使っていますが、何かこだわりでも?」
ルリは煽るようにピアスのついた舌を覗かせる。
「この……っ‼︎」
焦りが腹の底から這い上がってくる。
「楽しいですか?」
銃口が向けられると、
勇者の足は、恐怖で貼り付いたように動かなくなった。
――この世界で動く為に体を創って現界した。
人間の体、しかし神の器。
傷つけることなど不可能のはず。
「楽しいのかと聞いているんです」
しかし、目の前の男は――
震える手で剣を構えて初動を見逃さないように目を見開く。
ルリは嘲笑うように口元を歪ませて更に問いを投げかけた。
「自分の欲望の為に創り出したモノが、人々を傷付け、国を滅ぼした事に、なんの感情も湧かなかったのですか?」
「黙れ……!」
「この世界に降り、人々と接して、何も感じなかったのですか?」
「俺は……!」
吊り上がっていたルリの口角は、静かに下を向いた。
「見て見ぬふりを続けられるほど、勇者という役を演じるのは、楽しいですか?」
「違っ……」
勇者の声は吐き出される度に弱々しさを増していく。
『すげー! めちゃくちゃ発展してる!』
世界の成長を喜ぶ過去の声が聞こえる。
『君の創った世界は素晴らしいね』
まるで薄い布を被せられたように、どこか朧げな記憶――
『小さな争いはあれど、とても平和な世界』
白く長い髪が自分の上から垂れ下がる。
『でも、君が本当に望んでいる世界の姿は?』
『俺が、本当に望んでいる世界……?』
男か女かもはっきりしない、俺に世界をくれた“あの人”の声。
『ファンタジーな世界観を創り出したのは、どうして?』
『…………』
世界を創る時に参考にしたライトノベルが、視界の端で強く存在を放つ。
『――世界に試練を与えなきゃ』
「ぐっ……‼︎」
勇者は頭を突き刺すような痛みに顔を歪ませて片膝をついた。
揺らぐ視界――忘れていた記憶が布を取り払われたように次々と鮮明に蘇る。
『強さの調整間違えたか? まずいな……このままじゃ人類滅亡しちまう』
――君の世界だ。
『やっぱ勇者欲しいな〜! 適当に力与えて、神託を……いや、久しぶりに人間創るか?』
――君の創り出した世界。
『あっ! 神様に頼んで転生とか転移させるでもいいな! めっちゃ強くて、女の子にモテる……』
――君だけの世界。
『…………』
種は膨らむ欲望に根を伸ばした。
『……そうだ、俺の世界なんだから、俺が主人公じゃなきゃ』
「――違う‼︎」
勇者は剣を像に叩き付けた。
眉間に濃く皺を刻みながら、引き下げられた眉。
震えにカチカチと鳴る歯、定まらない視線。
表情に滲むのは、後悔、不安、焦り――罪悪感。
「……何が違うだ」
「〜〜ッ‼︎」
ルリの言葉に反応するように、勇者のマントを押し退け、腰から植物の芽が顔を出した。
「はぁ……もう少しゆっくりしたかったのに……残念です」
引き金にかけた指に力がこもる。
「ルリ‼︎」
「!」
焦るヘデラの声――その直後に起こった強い振動が体のバランスを崩させた。
体勢を整え、下に目を向ける。
像の足元は何かに抉られたように大きく損傷していた。
「一体何が……」
「いきなり光の玉みたいな物が飛んできて……ほら! あそこ!」
ヘデラが指差した先は、国を囲む防壁。
その向こう側にはモンスターと呼ばれる多くの異形の姿があった。
「……そんな……!」
同じく視線を向けた勇者の顔は、先程とは比較にならないほど青白く染まっていた。
芽が引かれるように体に戻ると、勇者はルリ達に構うことなくその場から跳び去った。




