剣も魔法も金も無いけど
人間に戻るためにご馳走とのジハードを終え、世界の終末の七日間の三日目を迎えた田中一行。
これまでの旅路とは違い、田中がまともに戦えるどころか、このゲームの世界で圧倒的に最強の存在、まさに敵なし、無敵の存在となったことで彼らの今の旅路は心身ともにゆとりを持つことができた。。
そしてもう一点、これまでの冒険とは違うのは…なんと彼らにはお金があるということだ。
今までの冒険では何をするにもデスルーラをする必要があったので、ブラッドが貯まることなどあり得なかったが、今度の冒険は違う。
田中が邪神を復活させるために手に入れたブラッドの一部が余っていたため、彼らにはなんと金があるのだ!!。
もう一度言おう!彼らにはなんと、金があるのだ!!。
このゲーム、金がなくたって生きていくことはできる。
人としての尊厳は失うことになるが、生きていくだけならば金など無くても生きることができる。
故にこのゲームの世界では金は絶対に必要な必需品ではない。
だが、それでも金があるかないかでできることの選択肢が断然増える。
金があればなんと!酒場で水以外のものも頼めるし、金があればなんと!宿屋で泊まることが出来るのだ。
さらにさらに金があればなんと!武器屋で武器を買うことが出来るし、金があればなんと!魔法まで買うことができるのだ。はぇぇ、金があればそんなこと出来たんだ、たまげたなぁ。
100話を超えてようやく明かされた衝撃の事実に読者の皆様もさぞ驚かれているだろうが、当事者である田中達はそんなお金の意外な使い道に度肝を抜かれていた。
お金など神父さんに横領されるのが当たり前だと思っていた彼らは、昨日の晩、余ったお金でなんと!宿屋に泊まることが出来ることを知り、彼らはなんと!あろうことか宿屋に泊まったのだ!。
野宿がデフォで良くて教会のベンチで寝ていた彼らは、いつ以来か分からぬほどの久方ぶりになんと!ベッドで眠ることが出来たのだ!!。
昨日の初めての三人での酒場での乾杯に続き、初めて三人で泊まった宿屋…100話を超えてるのに初めてが多過ぎる!!。
そんなこんなで彼らはお金があることで選べる選択肢が圧倒的に増えることに気が付き、お金の偉大さをようやく実感することが出来たのだ。
人間らしさとはそれすなわち、選べる選択肢の多さであり、お金を得たことでようやく人間らしい生き方を選択できるようになった三人…。
…だが、奴らに限ってそんな幸せが長続きするはずがない。
話は変わるが、三人が訪れたペガスという町の名物は…カジノである。
もう一度言おう、名物はカジノである。
聡明な読者諸君は御察しの通り、カジノの前には財布をすっからかんにした三人が立ち竦んでいた。…これが俗に言う即落ち2行というやつである。
「ポーカーでフォーカードが負けるとか…普通ありえるか?」
「やめろ、田中。何も言うな」
死んだ目で負け犬の遠吠えを口にする田中をユーキは咎めた。
初めはちょっと遊ぶくらいの軽い気持ちでカジノに行った三人。
しかし、ビギナーズラックとは恐ろしいもので、序盤に面白いくらいに勝ち続けた三人を舞い上がらせたのだ。
だがしかし、己の運の尽きを見極める能力が田中達にあるはずがなく、彼らを勝たせてくれていたビギナーズラックさんは気がつけば実家に帰ってしまい、少しずつだが負けが嵩んでいったのだ。
せめて負け分は取り戻したい…ポーカーに手を出しつつ、そんな考えに脳が支配されていた田中の元に一筋の光が差し込んだ。
目の前に迷い込んできた役はフォーカード。勝ちを確信した田中の耳に悪魔がこう囁いた。
『全額レイズしろ』と…。
負けが嵩んだ田中に悪魔の囁きに抗う余裕などあるはずがなく、全額レイズで田中は全てを取り戻すために勝負に出た。
勝ちを確信し、台に叩きつけるようにフォーカードを見せつけた田中にディーラーは申し訳なさそうにロイヤルストレートフラッシュを突き付けた。
そして…今に至る。
「ちょっと武器売ってチップに変えてくるわ」
「やめとけやめとけ」
伝説の聖剣、エクスカリバーに手をかけようとした田中にユーキはなだめるように口を開いた。
「カジノの負けを取り戻すために伝説の聖剣を売るとか、正気か?」
「は?世の中所詮は金でしょ?。剣なんて何の役に立つの?」
「いや、一応ここは剣と魔法の世界なんだが…」
今明かされた衝撃の事実!ここは剣と魔法の世界だった!。
しかし、それでも頑なにエクスカリバーを売ろうとする田中にユーキは説得を続けた。
「やめとけよ、俺たちには博打の才能がない。それを売ったってどうせ負けるし、最終的には身ぐるみ剥がされる未来しか見えない」
「ぐぬぬ…このまま文無しのまま引けと言うのか?」
「そうだよ、せっかくお金もあってゆとりのある冒険が出来ると思ってたのに…また文無しだなんて…」
カジノに未練がたらたらなのか、田中とシンは不満そうに文句を垂れていた。
そんな二人にユーキは呆れ混じりにこんなことを言った。
「あのなぁ…たしかに俺たちは金がなくなったが、それでも俺たちは冒険してきただろ?。剣も魔法も金も無かったけど、それでも冒険してきただろ?」
「まぁ…そうだけどさ…」
ユーキの言葉に納得はしつつも拭い去れない不満があるのか、二人は渋々カジノを後にして冒険へと出かけた。
だがしかし、よほど最初のビギナーズラックで運を使い切ってしまったのか、田中達はこの日の冒険で大した稼ぎは出来なかった。
今日の食い扶持を確保すべく、何かしらのモンスターを倒して飢えをしのぐつもりであったが、エンカ運が悪く、その日はスライムさんとしか出会うことができなかった。
そうなると彼らの今晩の食事は必然的にスライムさんになるわけで…。
三人は体育座りで火を囲みながら虚ろな瞳で紫色の謎の液体を滴り落とす焼けていくスライムさんを眺めていた。
慣れ親しんだ食事のような何かとは言えど、心を殺さなければ喉にそれを通すことはできないため、三人は黙って心を殺す覚悟を固めていたのだ。…結局、なにを食うにしてもこいつらは苦労せざるを得ないのか…。
やがて、生き延びるために心を押し殺した三人は静かに焼けたスライムへと手を伸ばし、なにも言うことなく口に流し込み始めた。
感情と味覚を死滅させたためスライムを口に含んでも何かを感じることはない。
だがしかし…それでも我慢出来なくなったのか、その内田中がボソリと呟いた。
「…マズい」
今までこの食事という程でやっていたスライムを体内に流し込むサバトでその言葉は禁句であると暗黙の了解で決まっていた。
理由は当然、文句を口にして仕舞えば押し殺したはずの感情が息を吹き返してしまうからだ。
このサバトにおいては生き延びることへの障害でしか無かった感情を蘇らせるわけにはいかず、現実から目を背けるために三人の間で自然に出来てしまっていた暗黙の了解、だがしかし、田中はとうとう我慢出来ずにその言葉を口にしてしまったのだ。
田中の言葉に連鎖するようにユーキとシンの心が激しく主張し始め、根負けしたユーキとシンはとうとうこの言葉を吐き出した。
「…マズい」
一度目覚めた感情を再びおしこめることは出来ず、三人は「マズいマズい」と文句を垂れ続けた。
…だがしかし、それでもスライムを手放そうとはしない。生きることを諦めようとはしない。
明日へとその命を繋ぐため、懸命にスライムを口へ流し込んだのだ。
昨日のご馳走とは違い、こちらは純粋に精神を蝕む程度の毒であるため、昨日のご馳走とのジハードを乗り切った三人にとって、この程度の苦行は屁でもなかった。
「マズい、本当にマズい…でも、こっちの方が僕たちらしいよね」
文句を口にしながらもシンはふっと笑ってそんな言葉を口にした。
そんなシンの言葉に二人は特に返事をすることはなかったが、シンと同様にスライムを手にふっと笑ってみせた。
やがてスライムを平らげた後、「ご馳走さま」と両手を合わせて口にした後、ユーキはその場に寝転がって仰向けになって吹っ切れたかのように笑いながらこう言った。
「クソマズいスライム食って、地べたに寝転がって野宿して、金も剣も魔法も無くて…まぁ、確かにこっちの方が俺たちっぽいな」
今まで散々蝕まれてきた苦行ですら、大切な日常となってしまったことにことにユーキ達は笑わずにはいられなかった。
そしてこれまで延々と続いてきたように、こんな最低な冒険が続いていく…田中はこのどこか和やかな景色の中でふと一瞬、そんな希望が脳裏によぎってしまった。
叶うはずもない希望に気がつかされ、心が絶望に満ち、田中の顔からそっと笑顔が消えてしまった。
そんな田中の表情に気がついたかどうかは定かではないが、ユーキは寝転んで天を仰ぎながら愚痴るようにこんな言葉を零した。
「こんな地べたでも星空でも見えればまだマシなんだがな…誰かさんが壊したせいでそれすらもままならない」
「…うるさいなぁ」
「田中はほんといろんなものを壊してきたよな。俺たちの人生を壊し、ダンジョンを壊し、国を壊し、空を壊し、NPCを壊し、そしてクソゲーを壊し、世界を壊した」
それだけ言うとユーキは田中の顔を見つめ、こんな質問をぶつけた。
「今度はなにを壊す気だ?田中」
そんなユーキの質問に少しの間なにも答えることなく黙った後、体育座りで目の前で燃え盛る焚き火の炎を見つめながら小さな声でこう呟いた。
「…運命」
そんな田中の口から何気なく放たれた途方も無い言葉にユーキはニヤッと笑ってこう言った。
「じゃ、今度はそいつをぶっ壊しに行こうか」
ユーキに続いてシンも口を開いてこう言った。
「いいね、僕も手伝うよ」
「…バカじゃないの?」
運命などと途方もなくどうしようもない概念を相手に物怖じすることなく真顔でそう語る二人に田中は呆れ混じりにそう吐き捨てて、二人から顔を背けてその場に寝転んでふて寝した。
だけど、そんな口から出た言葉に反して、田中は心のどこかでそんな未来を期待してしまっていたとさ。




