人として生き延びるためのあれやこれ
改めて君とどこまでも旅するRPGを始めた田中一行。
これまでの地獄への旅路と言う名の苦行とは違い、田中が最強になったことによって3人はこれまでに無いほど充実した冒険を送っていた。
「こ、こんなことが俺たちに許されて良いのだろうか?」
世界が終わる最後の七日間の二日目の夜、彼らはカジノで有名なペガスという名の街の酒場を訪れ、目の前に運ばれてきたジャッキに注がれた酒を目にして感動していた。
「さ、酒場って…水以外のものも飲めたんだね」
彼らは半年以上に渡って続いた君とどこまでも旅するRPG(強制)の中で、酒場で酒を頼んだことがほとんどなく、いつも水しか頼んでいなかったため、酒場=水飲み場というイメージが出来上がっていたのだ。
そんな彼らの前にジョッキにあふれんばかりに注がれた酒と、スライムという名の偽りの食事とは違い、見ただけで食欲をそそるような本物のご馳走が並んでいたのだ。
まさに酒池肉林…そう呼ぶにふさわしい桃源郷がそこにはあった。
「殆どのブラッドは邪神の復活に使っちゃったけど、それでも結構余っちゃった分があったからね、今日は私が奢るから好きなの頼みなよ」
澄ました顔でそう語る田中の顔をユーキとシンはヨダレを垂らしながら目を丸くして見つめた。
「田中の…奢りだと?」
「これは…明日の天気は槍だね」
二人が明日の天気が槍であると確信していると、田中が呆れ混じりにこんなことを呟いた。
「まぁ…持ってても意味ないしね…」
どこか寂しそうに呟いたその言葉に、正気に戻ったユーキは辛気臭くなってしまった空気を誤魔化すようにジョッキを持って立ち上がって声を張って叫んだ。
「よーし!!それじゃあ俺たちの新たな旅立ちを祝して、乾杯というか!!」
そんなユーキの意図を察して、田中もシンも笑顔を浮かべ、ジョッキを手にして同時にこう叫んだ。
「カンパーイ!!」
…思えば、この3人が盃を交わすのはこれが初めてかもしれない。
終末を目前にしたはじめての乾杯の後、豪勢なディナーが幕を開けた。
だが、目の前に並べられたさまざまな料理に目移りしてしまい、ユーキとシンはじっと料理を見つめたまま止まってしまっていた。
「…どうしたの?二人とも」
田中はご馳走を前にピタリと止まった二人を見てそんなことを尋ねた。
「いや、その…いままでずっとスライムっていう名ばかりの食事を続けていたからさ…」
「何から食べたらいいのかも分からないし…どう食べていいのかも分からない…」
そう、彼らは精神を保つために長きに渡って己を欺き、スライムを口にしていたため、普通の食事に対する耐性が無くなっていたのだ。
スライムを口にするサバトから解放するために雪がイノシシのモンスターの肉を食わせたが、あれだってようやく食事と呼んでいい最低限のものだ。
最低限の食事で感動のあまりあんなにも涙を流し、根本から価値観を矯正されてしまうほどの衝撃であったのに…目の前に居座るこれ以上ないほど豪華な食事を口にしてしまっては…そのギャップのあまり、最悪ショック死し兼ねない。
「たしかに私と旅してた時はスライムばっかりだったからギャップはあるかもしれないけどさ…私と別れてから3ヶ月近くあったんだよ?。その3ヶ月間もスライムばっかり食べてたの?」
「いや、そもそもこの3ヶ月間は空腹になる前に事あるごとに全滅してたからそもそも何も食ってない」
「僕は神父さんの元で働いてたから食事は用意してくれてたんだけど…まともな食事は喉が通らなかったから、ギリギリで喉に通る残飯を食べて生き長らえてたよ」
「…こいつら、このまま現実世界に戻って大丈夫なのか?」
このクソゲーで食文化を根本からねじ曲げられたユーキとシンを見て、田中はそんな心配をしていた。
「とにかく、温かいうちに食べなよ。スライム依存症のままじゃ現実世界に帰った時、苦労するよ。今のうちに正気に戻さないとさ…」
「それもそうだな」
「せっかく田中の奢りなんだし…食べないとね」
二人はスライム依存症を治療するためにも、恐る恐るご馳走に手を伸ばし、震える手で口へと運び…ほんの少し、ほんのかけらだけそれを口にした。
その瞬間、舌の味覚を伝って脳が伝達された。
甘味、辛味、苦味、酸味、旨味、そのどれもが人間の舌に最大限に相性よく絡み合うためにバランス良く、均等に統率のとれた最良の形で脳へと伝わる。
脳が忘れかけていた美味しいという感覚が息を吹き返すのと同時に、今まで食事として食べて来たなにかを改めて考察させられた。
今まで食べて来たものは食べ物ではない、食事などではない。生命をこの世に繋ぎ止めるためとはいえど、それは人間には許されない最大の禁忌、神ですら口にするのを許されなかった禁断の果実すら可愛く見える人智を超えた先にある触れられざる真理。
どうして自分は今までそんなもので命を繋いでしまっていたのか…どうして今までこんな美味しいものを口にすることが出来なかったのか…。
こんな美味しいものが食べられないのならば、これまでの生きてきた人生など、何の意味もない。生きている意味がない。
今までの食事のような何かとのあまりのギャップに、そんな激しい後悔とともに自分のこれまでの人生の全てを否定されるような感覚に苛まれたユーキとシンは口に含んだご馳走に対して拒絶反応が現れ、顔を真っ青に染めて両手で口を必死に押さえてトイレに駆け込んだ。
そしてトイレからこれまで耳にしたこともないこの世のものとは思えない激しい嗚咽の音が轟いて来た。
この世の全てを否定するかのごとく延々と続く嗚咽音が止んだ後、げっそりとした顔をして、二人が田中の元へ帰って来た。
「…マジで現実世界に戻って大丈夫なのか?こいつら」
あまりにひどすぎる食事への拒絶反応に流石の田中も心配せざるを得なかった。
そして二人はなにも言うことなく自分の席へと戻り、辛そうな表情を浮かべて黙って俯いていた。
「おいおい、せっかく私が奢ってやってるのに…それはないだろ。まったく…まぁ、私が二人を連れ回していたせいでもあるけどさ…」
田中は二人に呆れ混じりにそんなことを言いながら目の前にあったご馳走を何気なく口にした。
そしてその瞬間、気がついてしまった…。
昼夜を問わずにひたすらブラッドを集めていたこの数ヶ月、ずっと野宿続きで自分も、まともな食事にありつけていないことに…。
この世界の真理に辿り着いてしまった田中はユーキとシンと同様に顔を真っ青に染め、両手で口を必死に押さえてトイレへと駆け込んだ。
先程と同様にこの世の全てを否定するかのごとく嗚咽音が轟いた後、げっそりとした顔の田中がトイレから出てきた。
そしてなにも語ることなく死んだ目をしたまま自分の席へと戻り、二人と同様に辛そうな表情を浮かべて黙って俯いた。
三人はなにも語ることなくしばらく黙りこくった後、ユーキがふとこんなことを口にした。
「…食べよう」
「…正気か?ユーキ」
ご馳走を前に食事をしようなどと狂気じみたことを口にするユーキをシンが目を丸くしてそんなことを尋ねた。
「俺たちは生きて現実世界に帰るんだ…こんなまま帰ったらマジで全滅し兼ねないだろ」
「…たしかに、それもそうだね」
ユーキとシンはそう言ってご馳走という天敵と対峙するため覚悟を決めてその猛毒を再び食らった。
まるでスライムでも口に含んでしまったかのような苦しみに悶絶しながらも、口に含んだ猛毒を飲み込もうと懸命に争っていた。
「が、頑張れ、二人とも」
我関せずと他人事のように田中はそんなことを口にした。
そんな田中にユーキはご馳走を口に含んだ苦しみに抗いながらも必死に口を開いてこう言った。
「…なに言ってんだよ、田中も食うんだよ」
「え?いや、だって私は…」
『どうせ消滅するんだ』。
そう言おうとした田中の言葉を遮って、ユーキは口に含んだご馳走に抗いながら強い口調でこう言った。
「『俺たち』は!!生きて現実世界に帰るんだ!!」
口の中のご馳走と必死に戦いながらユーキは田中をまっすぐに見つめてそう言った。
そんなユーキの言葉に田中が何も言えないでいると、今度はシンが口の中のご馳走と戦いながらこう言った。
「そうだよ!!死なば諸共…だよ?」
それと同時にシンは田中の口に無理やりご馳走をぶち込んだ。
突然の餌付けに反応できなかった田中は思わずその猛毒を飲み込んでしまった。
そして三人ともとうとうご馳走に根負けし、同時に顔を真っ青に染めて両手で必死に口を押さえながらトイレに駆け込んだ。
トイレから仲良く嗚咽音を轟かせた三人はげっそりした顔でトイレから出て来て、何も言うことなく席へと戻った。
しばらく呼吸を整えたのち、ユーキとシンは決意を固めて再びご馳走へと手を伸ばし、人間に戻るための戦いを始めた。
そんな二人の奮闘を少し見守った後、田中は何を言うでもなくユーキ達と同様に人として生きるためにご馳走とのジハードを再開した。
結局、酒場が閉店になるまでトイレを田中一行が独占した後…ペロリと綺麗に平らげられたご馳走に反して、げっそりとした顔した三人の冒険者が三人仲良く並んでぐったりとしていたのだとさ。
…こいつら、何と戦ってるんだろう?。




