クソゲーすぎる世界を君とどこまでも旅するRPG
世界に終焉をもたらすもの、逆さメイドの手によってラスボスである邪神は討ち滅ぼされ、多くのプレイヤーを閉じ込め、苦しめて来たクソゲーは、とうとうエンディングを迎えることとなった。
待望の現実世界に帰ることができる…だが、そのはずなのにその事実に喜びの声をあげるものは多くはなかった。
自分達の生還と引き換えに、犠牲になるひとりの少女を憂い、彼らの心は複雑な心境で満ちていたからだ。
このゲームはラスボスである邪神を倒してクリアした後、7日間のエンディングを経て、プレイヤーを強制ログアウトしてゲームが初期化される。
つまり、このゲームにいることができる最後の7日間が幕を開けたということだ。
そんな最後の7日間の1日目…逆さメイドの手によってボロボロとなったマサラの一角で、ギリギリ建物としての原型をとどめて生き残っていた宿屋の一室の扉を前に神妙な面持ちで立っていたシンにユーキは声をかけた。
「田中の様子はどうだ?」
「ダメだ、相変わらず塞ぎ込んでるよ。声をかけても何も答えてくれない」
逆さメイドとの総力戦の後、MPを回復させたミケの手によって犠牲となった者は全て蘇り、この最後の七日間を迎えることとなった。
だが、ゲームをその手でクリアした逆さメイドはエンディングが始まると同時にこの部屋に引きこもり、他のプレイヤーの入室制限をかけて、部屋の中でひとりで塞ぎ込んでいた。
逆さメイドが入室制限をかけたことによって部屋に入ることもできないユーキ達はなすすべも無く立ち往生するしかなかった。
「…もうすぐ、終わっちゃうんだね、このゲーム」
部屋の前で突っ立っていたシンが寂しそうにそう呟いた。
「あれだけ一緒に旅して来たのに、田中が急にいなくなっちゃったから僕達、まだサヨナラすら言えてないのに…このまま本当に終わっちゃっていいのかな?」
「良いわけないだろ」
このまま終わって良いわけがない…だからといって、どうすれば良いのかもわからない。
ユーキは逆さメイドが引きこもる部屋の扉から踵を返して、どこかへ歩き始めた。
「どこ行くの?ユーキ」
「…ちょっと散歩でもして頭を冷やしてくる」
ユーキはそう言って、焼け野原と化したマサラの街へと出て行った。
逆さメイドの手によって見る影もなくなった廃墟と化したマサラであるが、それでも人々はめげずに再建を目指して慌ただしく動き回っていた。
何度危機が訪れようとも、その度に立ち上がって一生懸命に前へと歩み続けるマサラの人々の姿はユーキにとって見ているだけで元気を貰えるような存在であった。
どんな時でも健気に前に進む彼らの姿からユーキが元気を分けてもらっていると、アイロがユーキに声をかけて来た。
「ユーキ…」
逆さメイドの件があったため、どんな顔してユーキに話しかけていいのか分からないのか、アイロは複雑そうな面持ちをしていた。
「ごめんね…力になれなくて…」
「何言ってんだよ、アイロ達がいなかったらそもそも話にならなかったさ。…感謝してる」
「でも…逆さメイドは…」
アイロは目を伏せてそんなことを呟いた。
「…あんまり気に病むなよ。まだ消えるって決まったわけじゃないんだ」
「そ、そうだね、きっと大丈夫だよね。…それはそうと、ユーキはここで何をしてるの?」
「ここんところずっと気を張ってたから、気分転換にちょっと散歩してたんだよ」
「そっか…だったらさ、私とデートしない?」
「え?デート?」
「ほら、迷いの森で私に借りを作って『なんでもする』って言ってたじゃん。その時の借りを返してよ」
「う、うーん…返してやりたいのは山々なんだが…こんな時にデートっていうのもなぁ」
「気分転換したいんでしょ?だったらちょうどいいじゃん。それに…もうすぐ、お別れだから…」
NPCとはいえど、この先の末路を察しているのか、アイロは寂しそうにそんなことを呟いた。
「…そうだな、もうすぐお別れなんだ。今日くらいは一緒にいよう」
そんなアイロの言葉を無下にできなかったユーキは最後の七日間の1日目をアイロと過ごすことにした。
デート…とは言っても街は逆さメイドの手によってボロボロとなってしまったため、デートスポットもクソもない。
それでもユーキは復興を目指して慌ただしく動き回る街を見守っているだけでも楽しかったし、このゲームが終わる前に行きたい場所もいくつかあった。
最初に二人が訪れたのは、ユーキ達のホームでもある教会であった。
もちろん逆さメイドの手によって彼らのホームも見るも無残な姿となっていたが、それでも教会は今日も多くの参拝者が訪れ、祈りを捧げていた。
そして教会の壇上には神父さんが迷える子羊へ今日もありがたい言葉を授けていた。
「今日も忙しそうだな、神父さん」
ミサが終わり、手が空いた神父さんにユーキはそう話しかけた。
「ユーキか。全滅したわけでもないのにわざわざこんなところに来よって…」
神父さんは口ではそう言うものの、ユーキの姿を見て少し頰を緩ませていた。
「使命であった邪神の召喚も達成したっていうのに…まだ神父としての務めは続けてたんだな」
「まぁな。人々が神に救いを求める限り、神父としての使命は果てることはない」
「へぇ…祈る神ももう倒されたってのにか?」
崇めていた邪神ロキが逆さメイドによって倒され、祈る神はもういないという事実をユーキは神父にぶつけてみた。
「神がいるかいないなどは重要なことではない。神などいようがいまいが、いつか救われると信じることさえできるなら、それは生きる希望になる。希望は活力を与え、その活力はいつしか活路を開き、巡り巡って己を救う。神はいなくとも、信じるものは救われるのだ」
そんな神父さんの言葉にユーキは素直に感心した。
「なぁ、神父さん…俺も一回、神様に祈ってみてもいいかな?」
「誰よりも熱心に教会に訪れていた参拝者だというのに、一度も祈ったことがないとは…薄情な奴め。だが…それでもいつかは報われると信じ、歩き続ける者は救われる」
神父さんからそんな言葉を聞かされたユーキは、今まで何千、何万と訪れていたこの教会で、初めて祈りを捧げた。
お世話になった神父さんに別れを告げ、ホームから巣立ったユーキ達は国王であるランの元へと足を運んだ。
「よく来た、ユーキさん、アイロ」
二人の訪問を快く迎えたランはそんなことを口にした。
「ラン、悪いな。こんな大変な時に時間を取らせて…」
「何を言うか。英雄が来てくれているんだ、時間などいくらでも作るさ」
先代のユーニグルドが亡くなり、王位を継承してからまだ数ヶ月しか経っていないというのに、ランはすっかり王様としての立場が板についていた。
「ランは凄いな。こんな時でも動じることなく民を先導して…もうすっかり一人前の王様だな」
「いや、私は大したことはしていない。先代から受け継いだマサラの人々が素晴らしいだけさ」
「そう謙遜するなよ、ラン。…まぁ、たしかに今もこうして街を再建させようと躍起になれる国民も凄いけどな。今まで逆さメイドの襲撃やら、魔王の襲撃やら、モンスターの襲撃やら…何度も何度も潰されて来たのに、それでもめげずにこうして前を歩いているのは凄いことだ」
目を伏せてそう語るユーキ。
そんなユーキにランはこんなことを語った。
「先代がよく言っていたのだ。どんなに辛くても、どんなに困難でも、それでも前に進むことしかできないのだと…そして前に進み続ければ、そのうちどんなに小さくとも希望が見えてくる。…きっとマサラの国民は、そんな先代の言葉に従って、こうして立ち上がって前に進み続けているのだろうな」
そしてランは最後に力強くこう付け加えた。
「これから先も、マサラは前に進み続ける。例えどんな敵が来たとしても、マサラは何度でも立ち上がり、前に進み続ける。ユーキさんも…どうか前に進み続けて欲しい」
田中を救う術が検討もつかずにユーキが足を止めようとしているのを察したのか、ランはユーキにそんな言葉を述べた。
ランとの別れを澄ましたユーキはアイロとともに前に進み続けるマサラの街並みを高台から見下ろしていた。
自分とは違い、希望を持って前へと進むその姿に、ユーキは少し嫉妬を覚えたのか、思わずこんな言葉を口にしてしまった。
「前に進んでどうなる?…どうせ全部無駄になるのに…」
いずれ消えゆくゲームの世界の住人達に向けたユーキの言葉にアイロが反応した。
「無駄なんかじゃないよ。だって…私達は消えるわけじゃない、いなくなるわけじゃない。ただ少し忘れてしまうだけ。私達の前に進み続ける姿は決して無くなるわけじゃないの。私達が忘れても、ユーキは覚えていてくれるから…」
日も沈み、西日にさらされ茜に染まるマサラを見つめながらさらにアイロは言葉を続けた。
「だから…私達のこと忘れないでね。この世界のことを、忘れないでね」
アイロは今もこうして前へと進み続けるマサラを背にユーキにそう語りかけた。
「今日は一日付き合ってくれてありがとう、楽しかったよ、ユーキ。さぁ、今度はユーキが前に進む番だよ。私のことよりもやるべきことがあるんでしょ?」
「…そうだな、俺も最後まで足掻いてみるよ。ありがとう、アイロ達のことは忘れない」
「うん、それじゃあ…さようなら、ユーキ」
アイロは最後に寂しそうな笑顔を見せた後、ユーキに背を向けて走り去ってしまった。
そんなアイロを見えなくなるまで見送った後、ユーキは高台からマサラの街を見下ろして一言呟いた。
「…よし、俺もいっちょ足掻いてやるか」
世界が終わり、自分が消えゆくその日をただ淡々と待つことを決めていた田中は宿屋の明かりのささない薄暗い部屋でひとりで座り込んでいた。
時計の針が刻々とカウントダウンを告げる音だけが響く部屋で、田中はこれから起こりうる出来事も、これまでのことも何も考えないようにしていた。
宿屋の部屋は設定で誰も入れないように出来るため、田中はここでこの決意がぶれてしまわないように…誰にも会うことなく、何もすることなくただその日を待っていた。
しかし、そんな田中の目論見とは違い、突然何の前触れもなく地面から誰かが姿を現した。
田中が驚き、部屋に現れた人物の正体を見ると、そこにはバハムートに連れられたユーキとシンの姿があった。
二人は部屋で塞ぎ込む田中を見るなり声をかけた。
「よぉ、田中。なに引きこもってるんだ?」
「ど…どうやってこの部屋に…」
「壁抜けして来たんだよ、お前が空を壊したからZ軸がループしてるのを利用して、地面の下から入って来たってわけだ」
「壁抜けか…そういえば、そんな方法があったな…」
絶対に誰も入ってこないと考えていた田中は観念したかのようにそう呟いた。
「だが…いまさらなにをしたってもうどうしようもないんだ。私は消えるんだ。…それなのに…なにをしに来た?。私になにをさせようっていうんだ?」
淡々とそう尋ねてくる田中にユーキは胸を張ってはっきりとこう答えた。
「決まってんだろ!!冒険に行くんだよ!!」
「…は?冒険?。…いまさらなにを言ってるの?ユーキ」
「お前こそなに言ってんだ!?冒険をしなきゃ、何のためにこのゲームの世界に来たか分からないだろ!?。…言っておくがな、俺はまだ全然冒険なんて出来てないんだぞ!?。ダンジョンだって一つとしてクリアできていないし!ボスの一人も倒せていない!。どっかのバカに振り回されっぱなしで、俺はまだこのゲームを全然楽しめていないんだよ!!だから…責任とって最後まで俺達と冒険しろ!!」
この期に及んでまだ冒険などに執着するユーキに田中が呆れてなにも言えないでいると、シンも田中に声をかけて来た。
「ユーキの言う通りだよ、これから冒険が楽しくなるって時に君がいなくなっちゃったから…僕もまだ全然冒険し足りないよ。だから一緒に行こうよ、このクソゲーすぎる世界を君とどこまでも旅したいんだ」
そう言って二人は座り込む田中に向かって手を伸ばした。
何の迷いもなく自分に向かって手を差し出す二人を見上げ、田中はふっと笑い、そして口を開いてこう言った。
「断る」
そんな田中の回答に二人がキョトンとしていると、田中が語り始めた。
「いまさらお前ら程度と冒険だぁ?バカじゃないの?そんなことしてなにになるの?。どうせ私は消えるんだ!消えて全部なくなるんだ!!だから私は覚悟を決めたんだ!!消える覚悟を決めたんだ!!それなのに…余計なことしないでよ!!」
必死に訴えかけるようにそう叫ぶ田中を見て、ユーキとシンは目を見合わせて頷き、二人で田中の手を取って引っ張りあげて部屋の外へと連れ出した。
「ちょっ…なにするの!?」
突然の行動に田中はそう言って驚きつつも、その手を振り払おうとはしなかった。
二人はそのまま宿屋を出て、マサラへと連れ出し、さらにそのまま田中を引っ張ってマサラの外の始まりの草原まで連れ出した。
あれよこれよと始まりの草原まで連れ出された田中は何もない草原に出たことによって目の前に浮かぶ太陽の光を遮るものがなくなり、西日にさらされ、先程まで薄暗い部屋に引きこもっていたことも相まってその眩しさに思わず目を閉じてしまった。
そんな目も開けられないほどの眩しさに包まれた田中は少しずつ目が慣れて行き、その瞳をゆっくりと開いた。
目の前に映る始まりの草原は今まで吐き気を催すほど何度も見て来た光景であったが、風に流されたなびく草木の音色や、地平線までどこまでも広がるその景色は、例え何度目にしたものであっても、田中の好奇心をくすぐるものであった、
あの地平線の先には何があるんだろう。…この世界のことは知り尽くしているはずなのに、それでも心のどこかには色あせることないトキメキが産声をあげていた。
そんな広大な景色を背に、ユーキとシンは田中へと手を伸ばし、二人でこう言った。
「さぁ、行こう。このクソゲーすぎる世界を君とどこまでも旅しよう!!」
いずれこの世界は終わる。
いずれ私の存在は消える。
いずれ全てが無に帰す。
だから全ては無駄になる。
成果も想いも記憶も感情も、全て何もかも無駄になる。
そんなことはわかっているのに…わかりきったことなのに…それでも田中は二人の手を手を差し伸ばさずにはいられなかった。
そして田中は二人の手を取って、再び彼らの冒険が幕を開けることとなったのだ。
世界が終わる目前で、彼らの本当のクソゲーすぎる世界を君とどこまでも旅するRPGがようやく始まったとさ。




