荒ぶる神に平和を願いし者
ほとんど焼け野原となったマサラに世界を終焉へと導く破壊の轟音がこだまする。
かつては栄えていた街の見る影もなくなった悲惨な姿をマサラの人たちは離れた高台から見下ろしていた。
「ねぇ、ゴブリー、これは一体どういう状況なの?」
ミケの魔法によって蘇った『必中のルビー』を宿すセブンスのファイがゴブリーに状況を尋ねた。
「いま、僕らは戦っているんだ。僕らを助けてくれた恩人を救うために…」
「恩人って?」
ファイと手を繋ぐ『知識のサファイア』を宿す同じくセブンスのアイがそう尋ねた。
「逆さメイドさんのことだよ」
「…でも、逆さメイドっていうのは私達が戦ってる相手なんじゃ…」
「そうだよ。僕らは戦ってるさ、逆さメイドさんを救うために逆さメイドさんと…」
「だったら、こんなところで見てるだけで大丈夫なの?」
「心配はないさ」
そんな3人の会話にランが割って入って来た。
「あそこにはまだ…我らが英雄が残っているからな…」
その時、再びマサラを逆さメイドの破壊的一撃が襲った。
皆が遠くから見守る中、一撃一撃がありとあらゆるものを消し去る神の鉄槌とも呼べる代物であるその攻撃の全ては…たった一人の、たったレベル1しかない最弱冒険者へと向けられていた。
「くそっ…くそぉ!!」
世界に終焉をもたらすもの、逆さメイドがやけくそにシンへと攻撃を繰り出すが、そのどれもがシンの息の根を止めるには至らなかった。
だが、それでも攻撃を受けるたびに痛みを感じる。破壊的一撃を一身に受けるシンが感じる痛みは尋常ならざるものであるはずだった。
逆さメイドはいつしかシンがそんな痛みに根負けすることを狙って攻撃をし続けていた。
トドメを刺すことはできずとも…一撃一撃が心をへし折るほどの苦痛、長くは耐えきれない。
そう踏んでいた逆さメイドだが、それでも何度でも立ち上がるシンに畏怖の念さえ抱いていた。
「どうして…どうしてそこまで立ち上がる!?死ななくても痛みは感じるはずだ!?一撃一撃が身を引き裂くような痛みが…それなのに、どうしてそこまで立ち上がる!?」
「はは…こんなの、君との冒険に比べたら可愛いもんだよ」
逆さメイドとの冒険で呼吸をするようにそんな痛みを感じて来たシンにはその程度、蚊に刺されるほどのものでしかなった。
「だとしたら…それこそなぜだ!?。私といてそんなにも辛い思いをして来たはずなのに、どうして私を止めようとする!?。どうして自分の命をかけてまで私の前に立ちはだかる!?」
「…ほんと、なんでだろうね」
逆さメイドの質問にシンは静かにそう答えた。
「君には散々殺されたり、放置されたり…ほんと、ろくな思い出なんてほとんどないよ。思い返せば辛い思いばっかり…君との冒険は本当に苦行でしかなかったよ」
「だったらどうして!?」
「だからこそだよ!!その苦行を一緒に乗り切った仲間だからだよ!!」
「仲間だと!?」
「君だってそうじゃないのか!?。クリアしたら自分が消えるかもしれないっていうのに、それでもクリアしようとしているのは僕たちのためなんじゃないのか!?」
「違う!!私はただ復讐がしたくて…」
「そういう言い訳は要らないよ!!」
シンは逆さメイドの言い分を遮るようにそう叫んだ。
「君ほど自己中な奴が、復讐なんかのために本気で命を賭けるわけないでしょ!!そういうのは要らないから、みんなが助かる方法を一緒に探そう!!僕らならきっと見つけられるよ!!。あんな苦行を乗り越えた僕らならきっと…」
「うるさい!!うるさい!!うるさぁぁぁぁぁい!!」
シンの説得を誤魔化すかのように逆さメイドはそう叫んで地面に向かって全力で頭突きをかました。
衝撃音が轟き、隕石が降り注いだかのようなクレーターが出来た後、冷静になった逆さメイドがふらふらとした足取りでうつむき、虚ろな声で一言呟いた。
「早く終わらそう…気が変わってしまう前に…」
そしてメニューを操作し、装備を変更した。
逆さメイドはエクスカリバーから先端にハートの装飾がついた魔法少女が使うような可愛らしいロッドを取り出し、装備した。
「こんなこともあろうかと取っておいて良かった。…『癒しのロッド』」
「『癒しのロッド』?」
「この装備は殴った相手を回復させる特殊な武器だ」
「相手を回復?。…それで一体どうやって…」
「まぁ…喰らえば分かる」
そう言って逆さメイドはゆらりと癒しのロッドを振りかざし、全力でシンへと叩きつけた。
レベル99、STR999の逆さメイドから放たれる一撃は神の鉄槌に等しい一撃。その衝撃はあたりの一切合切を吹き飛ばし全てを無に帰す…はずなのだが、癒しのロッドの効果でせいぜいシンに派手な回復エフェクトが出る程度にとどまった。
「これで一体どうやっ…て…」
殴った相手をただ回復させるだけの攻撃…倒すどころかダメージを与えることもできないはずのその一撃を食らったシンは…どういうわけか一瞬で棺桶にされた。
「仲間のよしみで教えてやる」
逆さメイドは癒しのロッドを肩にかけ、肩をトントンしながら棺桶となったシンへと説明を始めた。
「このゲームはダメージには上限が設定されているが…回復量には上限が設定されていない。そしてSTR999の私がDEF1のシンに癒しのロッドで攻撃すれば、想定されていない限界以上の量の回復が発生する。上限が設定されていない限界以上の回復が発生したことにより、HPはオーバーフローを起こし…バグって0になる」
そう説明しながら逆さメイドは癒しのロッドからエクスカリバーへと装備を変更した。
「ダメージを食らったってわけじゃないから『神の慈悲』は発動しない。だからお前は死んだんだ。…本来は何かあった時に自分を殴って回復できるように用意した武器だったが…まさかこんな風に役に立つとはな…」
そして棺桶に背を向けて、邪神を倒すべく歩き始めた。
「ありがとう、シン。…嬉しかった」
そう小さく呟き、逆さメイドは世界に終焉をもたらすために教会へ向かって行った。
逆さメイドとシンの死闘により、マサラのほとんどは壊滅していたため、ホームである教会もボロボロになっていた。
扉は壊れ、壁や天井は穴だらけで部屋の中にも無数の穴から光が差し込み、教会は陽の光で満たされていた。
ほぼ全てのキャラがマサラから撤退したため、いつものマサラの活気は見る影もなく、教会には静かな時が流れていた。
そんな思わず戦いを忘れてしまいそうな神聖な温かさが満ちる教会に立つユーキの元に、逆さメイドが姿を現した。
「…よう、久しぶりだな、田中」
教会の壇上を見上げていたユーキは、後ろの壊れた扉から入って来た逆さメイドへと顔を向け、いつもの口調で挨拶した。
「…なるほど、最後はユーキが相手ってわけね」
今までNPCやプレイヤーによる総攻撃、それとシンとの戦いでなんとなく流れを汲み取った逆さメイドはそう言ってエクスカリバーを構えた。
「それで、ユーキはどうやって私と戦うわけ?」
今までの戦いから何かしらの策は打ってあると考えた逆さメイドは警戒しつつユーキにそんなことを尋ねた。
「バーカ、俺が戦えるわけないだろ。俺はNPCみたいに強くないし、シンのような特別な何かがあるわけじゃねえ。一人じゃ何もできない…正真正銘の凡人だ」
「じゃあ、なんでここにいるわけ?」
「決まってんだろ?。お前を倒して…本当の英雄になるためさ」
「へぇ…どうやって?」
「さぁ?どうやってでしょうか?」
逆さメイドの質問にユーキは意地悪く質問で返した。
「それはそうと…全身強そうな装備で身を固めてる割には…足元は随分と貧相なものつけてるんだな」
ユーキは相変わらず足に装備されたメイド服へと視線を移し、そんなことを口にした。
「これ?。逆さメイドってのはみんなが恐れる存在だから…これを着ていれば私が敵だっていうのが、分かりやすくていいでしょ?」
逆さメイドは不敵に笑いながらそう答えた。
そしてユーキへと踵を返し、今までの戦いでユーキが何かしらの策を打ってあると考えた逆さメイドは念のために距離をとって警戒しつつ教会を見渡して考えを巡らせ、あることに気がついた。
「…そういえば、邪神はどうしたの?。邪神は召喚されたらブラッドを求めて暴れるはずなのに…」
「そう、俺もナビィからそう聞かされてたんだよ。…だから、邪神が満足するくらいのブラッドをあらかじめ用意してたんだよ」
「『邪神が満足するほどのブラッド』だって?。そんなの一体どのくらい必要だと思ってるの?。私が集めたほどではないにしろ、相当な量のブラッドが必要なはずだよ?」
「そう、俺一人じゃそんな量のブラッドを集めるのは無理だった…だから、みんなに手伝ってもらった」
「…みんな?」
「そう、みんなに…全てはここで逆さメイドを倒すために…」
「そ、それじゃあ邪神は…」
「教会の中じゃ狭くて食事もままならなくてな…この近くで今もブラッドを吸収している最中だ。…そして、みんながお前を足止めしてくれたおかげで、ようやくいま万全の準備が整った」
ユーキがそう言った瞬間、教会の壇上の奥の壁が豪快に崩壊し、ブラッドで満たされ、赤い妖気を全身から放つ大きな鎌を携えた邪神が姿を現した。
「モンスターってのはブラッドを吸収すればするほど強くなるんだろ?。だったら限界までブラッドを吸収した邪神なら…逆さメイドをも超えるはずだ」
ユーキは教会の奥から現れた禍々しい気配を放つ邪神を背に、入口の方にいる田中を向きながらそう尋ねた。
「ユーキよ、我は満たされた。褒美にお前の願いを一つ、叶えてやろう」
大量のブラッドを吸収して力を覚醒させた邪神はユーキにそう尋ねた。
それと同時に先程まで陽の光で満たされていた教会はドス黒い霧のようなもので出来た嵐で荒れ始めた。
それだけにとどまらず、黒い霧から赤い雷のような閃光が幾度となく迸り、教会は地獄絵図のような禍々しい雰囲気に包まれていた。
「これこそが俺の…俺たちの最終兵器、逆さメイドを救うための逆転の一手。さぁ、最後の戦いだ、逆さメイド。…お前に俺たちが倒せるか?」
吹き荒れる暗黒の嵐、轟く真紅の雷、禍々しい闇の化身となった邪神を背に、ユーキは逆さメイドの方を向きながらその手を高く掲げて、邪神に宣言した。
「世界を…救え!」
そしてユーキは邪神に世界を救えと願った。




