立ちはだかる最弱の敵
魔王が封印されたのを見届け、同時にバハムートに連れられ、空を漂うミケのMPが底をついたのを確認したランは全員にこう声をかけた。
「やるべきことはやった!!皆よ!!撤退だ!!。後は英雄に全てを託そう!!」
魔王との突然の別れに田中が惚けている隙をついて皆が我先へと逃げ出した。
魔王の魂の封印に成功し、逆さメイドは大幅に弱体化されたと言えど、まだまだ束になっても敵うような相手ではない。
ユーキとの作戦の打ち合わせでも魔王の魂を封印するまでがラン達の役割だと事前に決まっていたということもあり、後のことはユーキに任せるべく、ラン達は身を引いたのだ。
魔王の魂を封印されたとは言えど、無抵抗のものを倒す気もない逆さメイドはそれを黙って見過ごした。
魔王の魂は封印されてしまったが、それでも邪神を倒すには十分すぎるステータスがある。だから魔王の封印程度では動じるはずがない…逆さメイドはそう思っていたが、ここ数ヶ月ずっといっしょにいた魔王がいなくなって心に穴が空いてしまったような感覚が残っていた。
特にこの2,3ヶ月は魔王と二人っきりだったこともあってか…逆さメイドは魔王の喪失にどこか寂しさを覚えていたことを自負した。
だけど…。
「どうでもいい。どうせ、全部消えるんだから…」
一人ポツンと残された逆さメイドは悲しそうにそう呟いた。
「いいや、消させやしないよ」
そんな田中にどこからともなく現れたシンはそう話しかけた。
「消させやしない。君を消させやしないよ」
強い意志を込めた言葉で真っ直ぐに逆さメイドを見つめながらシンは田中にそう告げた。
「…何しに来たの?シン」
ノコノコと姿を現した未だにレベル1のシンに逆さメイドは戸惑い混じりにそんな質問をぶつけた。
「何しにって…君を止めに来たに決まってるじゃん」
「…止める?私を?シンが?…はははは、こいつはお笑いだ」
シンの決意を嘲笑う田中。それも無理はない。レベル1しかないシンがレベル99のゲーム内最強の逆さメイドを止めるなど、口にするのもおこがましい夢のまた夢の与太話でしかないのだ。
「もしかして説得でもしようとしてるの?。無理無理無理、私が人の話をちゃんと聞くようなタイプに見える?。あんだけ一緒に旅してたのにそんなことも分からなかったの?」
世界に復讐するという決意を固めていた逆さメイドはこの期に及んで説得を試みようとしているであろうシンをゲラゲラと笑いながら罵倒した。
そんな逆さメイドをまっすぐ見つめながらシンは真顔でこう言い返した。
「違うよ、僕の言葉程度じゃ説得なんて出来っこないって分かってるよ。だから…実力で止めに来たんだよ」
「…はぁ?。正気なの?少し会わない間に頭でも打ったの?。レベル1しかないシンが、この逆さメイドに勝てるとでも思ってるの?」
「いや、流石に勝つのは無理だと思ってるよ。だけど…君を止めるくらいなら僕でも出来る」
迷いなく放たれたその言葉に、逆さメイドはただただ呆れるしかできなかった。
「こいつは驚いた…シンがこんなにも自惚れ屋だったとは…」
「御託はいいからかかって来なよ。ユーキの準備が整うまで、僕が相手になってやるからさ」
「マジでやる気なんだ…。じゃあ、遠慮なく…死ね!」
その言葉と同時に逆さメイドはレベル1のシンには過剰な威力の通常攻撃を繰り出した。
レベル99、STR999の逆さメイドから放たれる一撃は神の鉄槌に等しい一撃。
その衝撃はシンだけではなく、辺りの建造物や木々を飲み込み、木っ端微塵に吹き飛ばした。
逆さメイドの攻撃に耐え切れるものなどいない…そう確信せざるを得ない一撃で先程までギリギリで町の風貌を保っていたマサラもそのほとんどが焼け野原となってしまっていた。
逆さメイドの攻撃の後には何も残らない、彼女の後ろには焼け野原しか残らない、それがこの世の理…だが、それでもシンは逆さメイドの目の前に立っていた。
「…バカな」
全てを無に帰す一撃にレベル1のシンが耐え切れるわけがなく、逆さメイドは困惑してそんな声をあげてしまったが、その後にすぐにそのカラクリに気がついた。
影は薄いが、一応はシンはスキルホルダー。彼の持つスキル『神の慈悲』は『HPが最大の時、どんなにダメージを食らおうがHPが1残る』という効果を持つスキルだ。このスキルのおかげでシンは例え逆さメイドの攻撃だろうが、HPが最大ならば1残して耐えきる事ができる。…だがしかし、そんなものは雀の涙ほどの些細な抵抗に過ぎない。
「だったら…もう一発喰らわせれば終わりだ!!」
先程の攻撃でHPが1まで削られたであろうシンにトドメを刺すべく、逆さメイドは再びその剣を振るった。
逆さメイドから放たれた通常攻撃は無慈悲に辺りの一切合切を吹き飛ばした。
『神の慈悲』で一度は耐えられても二度目はない…そう考えていた逆さメイドの目に思わぬもの映る。
「バカな…なぜまだ生きている!?」
田中の目の前にはトドメを刺されたはずのシンが立っていたのだ。
そんなあり得ない出来事に驚きで歪ませる逆さメイドを見て、シンはフッと笑った。
「ようやく君の驚いた顔が見れたよ」
満足げにそう口にするシンに向かって逆さメイドは再びその剣を振るった。
天変地異のごとく世界を揺るがすその一撃が容赦なくシンへと襲いかかる。だがしかし、攻撃が当たっている確かな手応えはあるはずなのに、シンはそこで生きている。
そんな事実を否定するがごとく、逆さメイドは続け様にその剣を振るい続けた。
どんなに力のある強敵も、どんなに数が多くとも、どれだけレベルが高くとも、逆さメイドの攻撃を前には全てが塵同然であり、ありとあらゆるものを一撃で無条件に屠って来た。そんな最強最悪の攻撃を何度も何度も打ち出す。
マサラを飲み込むほどの大量のモンスターの軍団も、最終ダンジョンに出てくる強ボスも、大峡谷のレベルの高い魑魅魍魎も、その全てを呆気なく消し去ってきた一撃は…目の前に立ち尽くすたった一人のレベル1の冒険者だけは消し去ることが出来なかったのだ。
「バカな…なぜだ!?なぜ死なない!!」
「…さぁ?何ででしょうか?」
逆さメイドを前にレベル1のシンは得意げに笑ってみせた。
攻撃が当たっていないわけではない。確かに攻撃は当たっている。…だが、そのはずなのにシンは死なない。
もしかしてバグ?。
そんなことを逆さメイドが考えたが、シンが逆さメイドも知らないようなバグを見つけられるとは考えにくい。
ならば攻撃に耐え切れるとすればそれは『神の慈悲』が発動しているからとしか考えられない。
だが、神の慈悲を何度も発動させるにはHPを最大値にしなければならない。だからもし『神の慈悲』を何度も発動させるとすれば、その度にHPを最大まで回復しなければならない。
そこまで考えた逆さメイドの脳裏にとある一つの考えが浮かんだ。
「ま、まさか…『深緑のエメラルド』か!?」
「正解、よくわかったね」
そう言ってシンは田中に手に持った深緑のエメラルドをチラッと見せた。
「さっき魔王を封印した後にゴブリーから譲ってもらったものなんだけど…便利だね、これ」
深緑のエメラルドには持っているだけで状態を回復させる効果。そして…『ダメージを受けるたびにHPを10回復させる効果』がある。
「HPが最大の時、どんな攻撃を受けようが『神の慈悲』で死なない。…そして、ダメージを受けた時、深緑のエメラルドの効果でHPが10回復する」
「その通り、そしてレベルが1しかない僕の最大HPは10しかない。つまりはダメージを受けるたびに全回復するってことだよ」
このゲームはレベルが上がると自動的に、半強制的にHPが上がる仕様であるため、普通は回復量がたったの10ではこうはいかない。
だが、レベル1のシンならば…最大HPがたったの10しかないシンならば…。
「これこそがレベル1の僕が…いや、僕だけが出来る戦い方。君を止めるために僕だけが出来る戦法、その名も…『レベル1フェニックス』!!」
HPが最大の時、どんな攻撃にも耐えることができ、ダメージと同時にHPを最大まで回復することで再びどんな攻撃にも耐えることができるようになる。
つまりは…シンを倒すことは事実上不可能になるのだ。
これこそがレベル1のシンにのみ許された無敵の戦法、シンが見つけ出した不滅の答え。
まさかシンにこんな苦戦を強いられるとは考えもしなかった逆さメイドはレベル1のシンを前に思わず後ずさりをしてしまった。
レベル1しかない最弱のシンは世界に終焉をもたらす最強の逆さメイドを前に堂々と口を開いた。
「さぁ、かかって来なよ、僕を倒せるものならね」
そして、皮肉を込めた意地悪な口調でこう言った。
「言っておくけど…僕は弱いよ?」
そう言ってシンは、ニヤリと笑ってみせた。




