第93話 身分制度とサイラスの甘言
結界の隙間をぬって来航していた船は、一週間くらいで出航したようでいなくなっていた。
諜報活動も行なっていたのだが、特にこれといった成果もなく完全な空振りだ。
学園の新学期が始まり、リナは2年生になった。
社交シーズンまでは普通に授業があるので、リナの王宮での活動はもっぱら放課後になっている。
騎士団は全ての隊が通常業務に戻っている。
リナは、騎士団の新人としての訓練に復帰していた。
騎士団の人たちとも、すっかり打ち解けて仲良くしてもらっている。
いつも通り訓練の帰り、リナが王宮を通って馬車の所に行こうとしてたら、ベネディクト・アボット侯爵が歩いているのが見えた。
(復帰してくれたんだ)
テテテッと、リナはアボット侯爵の方に駆け寄っていった。
今、リナは、騎士団の制服を着ているので、騎士の礼を執る。
「お久しぶりです。アボット侯爵様」
(なんか、冷たい目で見られた。あれ? 何か間違った? え……っと?)
「申し訳ございません。部下が何か失礼を致しましたでしょうか?」
気が付いたら、リナの前で団長がアボット侯爵にお詫びをしていた。
「ホールデン騎士団長。部下の躾は、きちんとされた方が良いのではないかな」
リナはサイラスから、いきなり頭押さえつけられて、お辞儀させられた。
「ご助言、肝に銘じます。申し訳ございませんでした」
アボット侯爵は、きびすを返していってしまった。
サイラスは、まだアボット侯爵の方を見てる。
アボット侯爵の姿が完全に見えなくなってから、リナはとりあえず謝った。
「すみません。ご迷惑かけてしまって」
サイラスは、冷たい視線でリナを見下ろす。
「俺はリナ嬢に身分制度の説明を、1からしなければ、ならないのかな?」
厳しい雰囲気で、リナと対峙している。
(忘れてた。学園生の身分でリーン・ポートを得て、みんなが同等のように扱ってくれてたから……。今のは、無礼討ちにされても、文句が言えない展開だ)
「いえ、申し訳ありません」
サイラスからフッと厳しさが消えて、いつもの優しい目でリナを見る。
「たまたま、俺が通りがかってたから、良かったものを。さすがの俺も、肝が冷えたぜ」
リナの頭をぽんぽんとして諭すようにサイラスは言った。
「アボット侯爵は、身分とかそういうのに厳しい方なんだ。普通に考えても子爵家の娘で、一騎士団員が気軽に声なんかかけちゃいけないだろ? アボット侯爵は、今の宰相みたいに、優しくないぜ」
本当に、当たり前のことを、当たり前に諭してくれる。
子どもにするように……。
「はい。すみません」
いや、返す言葉も無いとは、このことだとリナは反省した。
恐縮してるリナに、サイラスは溜息をついて、こう言った。
「今回、交渉成功させたの、セドリックだろ。リナ嬢の、情に訴えかけるような交渉じゃ、復帰してないだろうしな?」
「正解……です」
「セドリックの奴、あんたとつるんで丸くなったと、思ってたんだけどなぁ」
サイラスは頭掻きながら、溜息付いてる。
「リナ嬢、司令官服持ってるよな。見習いとはいえ、正式辞令出てるし」
「あ……はい」
「明日から、それ着てこい。でないと、とことんあんた、王宮で身動きがとれなくなるぜ」
「あの……でも」
「認めてやるよ。騎士団全部隊は明日から、あんたの指揮下に入る」
サイラスは、軽く言ってくれるけど。リナは冗談じゃないって思っていた。
「はぁ? 無理ですよ」
「文句は、セドリックに言いな。あいつの陰謀だ。これで嫌でもあんたは、司令官として動かないとならなくなった。どうせセドリックも、近衛騎士団の副団長とかの地位、取ってくるぜ。近衛と騎士団両方抑えられるのは、けっこう痛いけどな。今、ここで俺が認めなくても、明日にはそういう話が、宰相辺りから出て……結局は同じ事さ」
(そうなんだ。……どうしょう)
「だから、認めるから。共同で指揮しようぜ」
(あ……これ、交渉持ちかけられているんだ)
「そうですね。私だけじゃ、どうして良いのか分からなくなるの、目に見えてるので。よろしくお願いします」
「それじゃ、話通してくる。まっすぐ帰るんだぞ」
サイラスは、善は急げとばかりにサッサと行ってしまった。
(いや……子どもじゃないんだからって、子どもか……)




