第89話 アボット侯爵邸 始まりはレモンケーキから
ここはアボット侯爵家の応接室。
天井が高く、よその屋敷の応接室よりランプの光では少し薄暗い感じがする。
だけど、その薄暗さも計算された上品で落ち着く空間を創り上げている。
クリフォードの案内で、リナとセドリックはアボット侯爵と対峙していた。
いや……もう、何も言うまい。
何かのお約束なのか。リナの召喚アイテムと思われているのか……ありましたよ。
(『シャングリア』のこれは……レモンケーキかな? あそこのは、ケーキ自体が幻アイテムだものなぁ。権力ってすごい)
「お嬢さんをお招きするのに、お菓子の一つも無いと思われても困るので。お口に合うか分かりませんが、どうぞお召し上がり下さい。私は食べている間に、国王陛下の書簡に目を通しましょう」
ベネディクト・アボット候が穏やかにお菓子を勧めてきた。
リナに対して、決して好意的では無い。
セドリックは、1口だけ食べて、自分の分のケーキをリナの方に渡す。
一口も食べないのは、毒入りを疑っていると取られるので、苦手でも食べるのだけど……。
(セドリック、甘い物苦手だっけ?)
アボット侯爵は、年寄りと言うには、まだかなり若い。
リナがいた前の世界だったら、普通に現役をやってそうな年齢に見える。
確かに白髪交じりではあるけど、元々銀髪だし。
ちなみに、書簡には要約すれば、リナたちと話し合ってね程度の事しか書いてない。
「さてと、どういった。ご用件だったかな?」
リナが、ケーキを食べ終わる頃に話を振ってきた。
まずは、事実確認かな? とリナは思う。
クリフォードはともかく。
セドリックがいるから、どこまで許されるか分からないけど。
「アボット侯爵様には、貴重なお時間を割いて頂きましたことを、心から感謝致します。まずは、お訊きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「かまいませんよ」
「前宰相様としてお訊きしたいのですが。現国王の就任時の事件の真相を知っていながら、事実とは違う噂を流したと聞いております。間違いないでしょうか」
「そうですね。結果的には間違っていません」
「結果的に……ですか」
「ええ。あの噂は真実を隠すためのものでしたから。現宰相も貴方のお父上も知らないだろう真実があるのですよ」
「結界維持……ですか?」
セドリックがいるため、リーン・ポートの事はしゃべれない。リナは一番、無難な事を言ってみた。
「おや、誰から聞きました?」
「王宮の奥の書庫で調べてるうちに……。知りたいことが書いてる本が無かったので、憶測に過ぎないのですが」
「憶測でかまいませんよ。お嬢さんの考えを話してみて下さい」
アボット侯爵は、少しリナへの認識を改めたようだった。
「でも……」
リナはチラッと、セドリックを見る。
「私が肯定するまでは、単なる憶測……なんなら、子どもの戯言扱いにしても良いですよ」




