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崩れる封印

その夜から、 町がおかしくなり始めた。


街灯が突然消える。


夜道に、 見知らぬ鳥居が現れる。


「変な夢を見た」と言う人が増え、 行方不明者まで出始めた。


誰も気づいていない。


この町が、 少しずつ“向こう側”へ侵食されていることに。


だが木乃葉には見えていた。


夜になるたび、 町の景色が変わっていく。


赤い提灯。


石畳。


あやかし横丁。


異界が、 現実へ滲み出していた。


神社の境内。


木乃葉は不安そうに空を見上げる。


月が赤い。


嫌な予感しかしなかった。


「木乃葉ちゃん」


銀が石段を上がってくる。


その表情は珍しく真剣だった。


「結界がもたない」


木乃葉の胸が冷える。


「そんなに悪いの?」


銀は頷く。


「かなり」


風が吹く。


桜が散る。


銀は神社を見回しながら言った。


「妖たちが動き始めてる」


「夜を王に戻すために」


木乃葉は唇を噛む。


夜。


今頃どうしているのだろう。


あの日以来、 夜はまた姿を消していた。


銀は木乃葉を見る。


「……九条は、 自分を閉じ込めてると思う」


「え?」


「暴走しないように」


木乃葉の胸が痛む。


一人で。


また。


その時だった。


ドォン――!!


地響き。


神社が大きく揺れる。


木乃葉たちは振り返る。


町の中心部。


黒い妖気が、 空へ立ち上っていた。


『王』


『王』


『大妖狐』


無数の声。


銀の顔色が変わる。


「まずい……!」


次の瞬間。


空間が裂けた。


黒い霧が町中へ広がる。


悲鳴。


人々が逃げ惑う。


だが彼らには、 妖の姿は見えていない。


異界だけが、 現実へ侵食している。


木乃葉は息を呑む。


商店街が、 あやかし横丁へ変わっていく。


提灯。


妖たち。


歪む景色。


そして。


町の中央に、 巨大な狐火が燃え上がった。


木乃葉の鼓動が跳ねる。


「……夜」


銀が険しい顔で言う。


「行くよ!」


二人は駆け出した。


商店街。


そこはもう、 完全に異界だった。


妖たちが跪いている。


まるで、 王を迎える臣下のように。


その中心。


九条夜が立っていた。


黒い妖気。


九本の尾。


金色の瞳。


圧倒的な存在感。


だが。


その顔は苦しそうだった。


妖たちは歓喜していた。


『王が還った!』


『人間を滅ぼせ!』


『千年前の続きだ!』


夜は何も言わない。


ただ苦しそうに俯いている。


木乃葉は叫んだ。


「夜!!」


その瞬間。


夜の瞳が木乃葉を捉える。


妖気が揺れた。


夜は掠れた声で呟く。


「……来るな」


だが。


妖たちが笑う。


『巫女だ』


『封印の巫女』


『殺せ』


一斉に襲いかかる。


銀が前へ出た。


白蛇の光。


妖たちを弾き飛ばす。


「木乃葉ちゃん、 下がって!」


だが数が多い。


次々現れる。


木乃葉は夜を見る。


夜は動かない。


いや。


動けない。


苦しそうに頭を押さえている。


妖たちが囁く。


『王』


『人間を憎め』


『滅ぼせ』


その声に、 夜の妖気がさらに膨れ上がる。


木乃葉の胸が締めつけられる。


「夜!!」


木乃葉は駆け出した。


銀が叫ぶ。


「待って!!」


だが木乃葉は止まらない。


妖たちの間を抜け、 真っ直ぐ夜へ向かう。


夜が顔を上げた。


その瞳には、 理性と狂気が混ざっていた。


「……来るな」


低い声。


「今の俺に近づくな」


木乃葉は首を振る。


「嫌」


夜の表情が揺れる。


木乃葉は涙を浮かべながら言った。


「一人にしないって決めたの!」


その瞬間。


夜の妖気が大きく揺れた。


妖たちがざわめく。


『王が迷っている』


『巫女のせいだ』


『殺せ』


巨大な妖が、 木乃葉へ襲いかかった。


だが。


ゴォッ!!


狐火が炸裂する。


夜だった。


夜は木乃葉を庇い、 妖を焼き払った。


妖たちが驚愕する。


『王……?』


夜は低く唸る。


「……木乃葉に触るな」


その声は、 恐ろしいほど冷たかった。


妖気が爆発する。


次々と妖が吹き飛ぶ。


夜の尾が揺れる。


だが。


木乃葉は気づいてしまった。


夜の身体が、 少しずつ崩れていることに。


黒い妖気が、 夜を蝕んでいた。


銀が青ざめる。


「……まずい」


木乃葉が振り返る。


銀は唇を噛んだ。


「九条、 理性が限界だ」


木乃葉の呼吸が止まる。


銀は苦しそうに言った。


「このままだと、 完全に“大妖狐”になる」


風が吹く。


提灯が激しく揺れる。


夜は木乃葉を見た。


その目は、 泣きそうだった。


「……逃げろ」


木乃葉は首を振る。


「嫌」


「木乃葉!」


「嫌!!」


涙が溢れる。


夜は苦しそうに目を閉じた。


そして。


静かに呟く。


「……どうして、 お前は」


震える声。


「千年前から、 そうなんだ」


木乃葉の胸が痛む。


その瞬間。


空が裂けた。


巨大な妖門。


そこから、 無数の妖気が溢れ出す。


町全体が揺れる。


妖たちが歓喜する。


『封印が終わる!!』


『王が完全復活する!!』


木乃葉は悟った。


終わりが近い。


千年前と同じ悲劇が、 もうすぐ始まろうとしている。

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