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大妖狐

夜が学校へ来なくなって三日が過ぎた。


木乃葉は落ち着かなかった。


授業中も、 休み時間も、 帰り道も。


気づけば夜を探してしまう。


窓際の空席を見るたび、 胸が苦しくなる。


「あーあ」


隣で銀がため息を吐いた。


「完全に恋する顔」


木乃葉は真っ赤になる。


「ち、違……!」


「違わないよ」


銀は頬杖をついた。


「前世からほんと変わんない」


木乃葉は俯く。


前世。


その言葉を聞くたび、 胸が痛む。


思い出す。


炎の中の夜。


悲しそうな瞳。


そして。


『私はあなたを置いていかない』


紗月の言葉。


木乃葉は唇を噛んだ。


「……夜、 大丈夫かな」


銀の表情が少し曇る。


「わかんない」


珍しく、 軽口じゃない。


「封印が壊れ始めてる今、 九条はかなり危うい状態だと思う」


木乃葉の心臓が縮む。


銀は窓の外を見る。


「昔も、 あいつは一人で抱え込んでた」


放課後。


木乃葉は神社へ戻る途中、 気づけばあやかし横丁の入口へ来ていた。


赤い提灯。


石畳。


異界の匂い。


以前なら怖かったはずなのに、 今は違う。


夜がいる場所。


そう思ってしまう自分がいた。


木乃葉は意を決して足を踏み入れる。


妖たちがざわめいた。


『巫女』


『封印の巫女』


『王の女』


木乃葉は居心地の悪さを感じながら進む。


すると。


「あれぇ?」


高い声。


振り返ると、 猫耳の少女が立っていた。


小柄で、 赤い着物を着ている。


尻尾が揺れていた。


「人間?」


木乃葉は目を瞬く。


「えっと……」


少女は目を輝かせた。


「わー! ほんとに王様の嫁だ!」


「よ、嫁!?」


木乃葉が真っ赤になる。


少女は楽しそうに笑った。


「お鈴だよ! 猫又!」


勢いがすごい。


木乃葉が戸惑っていると、 お鈴はにやにやしながら顔を近づけた。


「王様探してるんでしょ?」


木乃葉は息を呑む。


「……夜、 どこにいるの?」


お鈴は少しだけ真顔になった。


「奥」


その瞬間。


横丁の空気が変わる。


重い妖気。


冷たい圧。


木乃葉の身体が震える。


お鈴が小さく呟いた。


「……機嫌悪いねぇ」


木乃葉は奥へ進む。


提灯が減っていく。


暗い。


静か。


まるで世界の底みたいだった。


そして。


木乃葉は見つけた。


古い社の前。


夜が一人で座っていた。


黒髪が風に揺れている。


だが。


その背後には、 巨大な狐の影が現れていた。


尾は九本。


圧倒的な妖気。


人ではない。


完全に、 “怪物”だった。


木乃葉は息を呑む。


夜がゆっくり顔を上げる。


金色の瞳。


その目に木乃葉が映った瞬間、 夜の表情が歪んだ。


「……何で来た」


掠れた声。


木乃葉は震えながら言う。


「心配だったから」


夜は目を伏せる。


「帰れ」


「嫌」


即答だった。


夜が眉を寄せる。


「木乃葉」


「帰らない」


木乃葉は夜へ近づく。


妖気が重い。


普通なら立っていられない。


だが木乃葉は止まらなかった。


夜は苦しそうに言う。


「今の俺に近づくな」


尾が揺れる。


地面が軋む。


「抑えが効かない」


木乃葉の胸が締めつけられる。


夜は俯いたまま続けた。


「お前を見ると、 封印が揺らぐ」


その言葉に、 木乃葉の鼓動が跳ねた。


夜は自嘲するように笑う。


「滑稽だろ」


低い声。


「千年前も、 俺はお前のせいで壊れた」


木乃葉は首を振る。


「違う」


夜が目を細める。


木乃葉は涙を堪えながら言った。


「あなた、 ずっと一人だったんでしょ」


その瞬間。


夜の瞳が揺れた。


木乃葉の脳裏に、 記憶が流れ込む。


雪。


血。


化け物と呼ばれ、 石を投げられる少年。


孤独。


飢え。


憎しみ。


そして。


小さな手。


『大丈夫?』


幼い紗月が、 傷だらけの夜へ手を伸ばしていた。


『怖くないよ』


夜が驚いた顔をする。


『……俺を、 怖がらないのか』


紗月は笑った。


『うん』


優しい笑顔。


『あなた、 泣きそうな顔してるから』


木乃葉の目から涙が零れる。


気づけば、 夜も木乃葉を見ていた。


苦しそうな顔。


泣きそうな顔。


木乃葉は夜へ近づく。


そして。


そっと抱きしめた。


夜の身体が震える。


「木乃葉……」


木乃葉は泣きながら言う。


「ずっと苦しかったんだね」


夜の呼吸が止まる。


木乃葉は抱きしめたまま続ける。


「誰にもわかってもらえなくて、 ずっと一人だったんだね」


夜の尾が揺れる。


妖気が不安定になる。


だが。


暴走はしなかった。


代わりに。


ぽろり、と。


夜の目から涙が落ちた。


木乃葉は目を見開く。


夜は俯いたまま、 震える声で呟く。


「……今更だ」


木乃葉は首を振る。


「今更じゃない」


夜は木乃葉を見つめる。


その目は、 千年前と同じだった。


孤独で。


優しくて。


どうしようもなく、 愛おしかった。


その時だった。


横丁全体が大きく揺れる。


轟音。


空が裂ける。


妖たちの歓声。


『封印が崩れる!!』


『王が還る!!』


夜の表情が凍る。


木乃葉の背筋が寒くなる。


空の裂け目の向こう。


巨大な“何か”が、 こちらを見下ろしていた。


そして木乃葉は悟る。


もう時間がない。


千年前の終わりが、 再び始まろうとしていた。

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