嫉妬
翌日。
木乃葉は朝からぼんやりしていた。
授業中も、 黒板の文字が頭へ入ってこない。
千年前。
封印。
巫女。
そして、 夜。
考えれば考えるほど、 胸が苦しくなる。
窓際の席で頬杖をついていると、 前の席の女子が小声で騒ぎ始めた。
「ねえ見て、九条くん寝てる」
「横顔やばくない?」
木乃葉も思わず視線を向ける。
夜は机に突っ伏して眠っていた。
長い睫毛。 白い肌。 さらりと落ちる黒髪。
静かな寝息。
……綺麗だ。
そう思った瞬間、 木乃葉は慌てて顔を逸らした。
「何考えてんの私!」
一人で赤くなる。
すると。
「顔真っ赤だけど大丈夫?」
横から声。
銀だった。
木乃葉は飛び上がる。
「ぎゃっ!?」
銀は吹き出した。
「そんな驚く?」
白い髪がふわりと揺れる。
銀は自然に木乃葉の隣へ座った。
「木乃葉ちゃんって、 ほんと表情わかりやすいよね」
「う、うるさい……」
銀は楽しそうに笑う。
「九条のこと見てた?」
「見てない!!」
「見てたんだ」
「見てないってば!」
銀はますます笑う。
木乃葉は顔を覆った。
恥ずかしい。
その時だった。
教室の空気が、 ぴしりと凍る。
木乃葉は恐る恐る振り返る。
夜が起きていた。
しかも。
ものすごく不機嫌そうな顔で、 銀を見ている。
銀はにっこり笑った。
「おはよ、九条」
「……何してる」
「おしゃべり?」
夜は無言。
だが空気が怖い。
木乃葉は慌てて話題を変える。
「そ、そうだ! 今日って駅前でお祭りあるんだよね!」
銀がぱっと笑顔になる。
「あ、行こうよ」
「え?」
「木乃葉ちゃんと」
木乃葉は瞬く。
「え、でも」
「決まりね」
銀は強引だった。
その瞬間。
ゴッ!!
机が鳴る。
見ると、 夜が教科書を机へ置いた音だった。
だいぶ強かった。
銀が笑う。
「怖」
夜は低い声で言う。
「木乃葉」
「は、はい」
「行くな」
「え?」
「そいつと二人で行くな」
教室が静まり返る。
木乃葉は目を丸くした。
銀は面白そうに笑っている。
「独占欲すご」
夜の眉がぴくりと動く。
「違う」
「じゃあ何?」
沈黙。
夜はしばらく黙っていた。
そして小さく言う。
「……危ないからだ」
木乃葉の胸が跳ねる。
銀はにやにやしている。
「へぇ」
夜は露骨に顔をしかめた。
放課後。
結局。
木乃葉は、 銀と夜、 二人に挟まれて祭りへ行くことになった。
「何でこうなったの……」
木乃葉は頭を抱える。
駅前の商店街は、 祭りで賑わっていた。
提灯。 屋台。 金魚すくい。
浴衣姿の人たち。
どこか、 あやかし横丁に似ている。
木乃葉は少しだけ胸がざわついた。
「木乃葉ちゃん」
銀が綿あめを差し出す。
「はい」
「え、いいの?」
「もちろん」
銀は優しい。
距離感が近い。
自然に頭を撫でてくるし、 笑顔も甘い。
女子人気が高い理由がわかる。
その時。
「木乃葉」
振り返る。
夜だった。
たい焼きを持っている。
木乃葉は目を丸くした。
「……夜、 たい焼き買ったの?」
「悪いか」
「いや、 何か意外で……」
夜は不機嫌そうに顔を逸らした。
「お前が好きだろ」
木乃葉の心臓が止まりかける。
「え」
銀が吹き出す。
「九条、 それ口説いてる?」
「違う」
即答。
だが耳が少し赤い。
木乃葉は思わず笑ってしまう。
夜はさらに不機嫌そうになった。
「笑うな」
「だって……」
木乃葉はくすくす笑う。
その時だった。
祭囃子の音が、 ふっと遠のく。
ゾワッ――。
嫌な気配。
夜の表情が変わる。
銀も笑みを消した。
木乃葉は息を呑む。
屋台の影。
そこに、 黒い霧が渦巻いていた。
『巫女』
低い声。
『見つけた』
次の瞬間。
巨大な異形が現れる。
牛の頭。 蜘蛛の脚。 裂けた口。
周囲の人々は、 見えていないらしい。
楽しそうに祭りを続けている。
木乃葉だけが、 その怪物を見ていた。
怪物は木乃葉へ腕を伸ばす。
だが。
夜が木乃葉を背後へ引き寄せた。
ぐい、と腰を抱かれる。
「っ!」
顔が近い。
金色の瞳。
夜は低く言う。
「下がってろ」
狐火が弾ける。
銀も印を結ぶ。
白蛇の光が怪物を拘束する。
戦い。
轟音。
祭りの光。
まるで夢みたいだった。
木乃葉は夜を見る。
傷つきながら、 自分を守っている。
その姿を見た瞬間。
胸が強く痛んだ。
知らない記憶が流れ込む。
月夜。
桜。
夜が笑っている。
『紗月』
優しい声。
『お前がいると、 俺は人間になりたくなる』
木乃葉の目から、 涙が零れた。
「……え」
なぜ泣いているのかわからない。
だが。
苦しかった。
愛しかった。
その瞬間。
夜が怪物を焼き払う。
断末魔。
妖が消滅する。
静寂。
夜は木乃葉を見る。
そして。
そっと涙を拭った。
「……思い出したのか」
木乃葉は震えながら首を振る。
「少しだけ……」
夜の瞳が揺れる。
苦しそうだった。
悲しそうだった。
まるで。
思い出してほしいのに、 思い出してほしくないみたいに。
その時。
銀がため息を吐く。
「ほんと、 前世から変わんないなぁ」
木乃葉が振り返る。
銀は少しだけ寂しそうに笑っていた。
「木乃葉ちゃんは、 昔から九条を見る時だけ、 そんな顔する」
木乃葉の胸が跳ねる。
夜が銀を睨む。
「余計なことを言うな」
銀は肩を竦めた。
「事実じゃん」
夜は黙る。
だが。
木乃葉を抱く手だけは、 離さなかった。




