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前世の恋

放課後の教室には、 夕陽が差し込んでいた。


木乃葉は窓際で、 ぼんやり桜を見ていた。


千年前。


封印。


巫女。


夜。


頭の中がぐちゃぐちゃだった。


「……私が、 夜を封印した……?」


現実感がない。


だが昨日見た怪物は本物だった。


あれを、 自分だけが見えていた。


つまり――。


「本当に、 普通じゃないんだ……」


小さく呟いた時だった。


「帰らないの?」


声がして振り返る。


銀だった。


白い髪が夕陽に透けている。


木乃葉はぎこちなく笑う。


「あ、うん……ちょっと考え事」


銀は木乃葉の机へ腰掛けた。


「夜のこと?」


図星だった。


木乃葉は黙り込む。


銀は困ったように笑う。


「わかりやすいなぁ」


「だって……」


木乃葉は唇を噛む。


「知らないことばっかりなんだもん」


銀は少しだけ目を伏せた。


そして静かに言う。


「……知れば、 きっと苦しくなるよ」


木乃葉は顔を上げる。


銀の瞳は、 どこか悲しそうだった。


「夜は危険だ」


「でも夜は、 助けてくれた」


銀は苦笑する。


「そういうところ、 前世と変わらないね」


まただ。


“前世”。


その言葉を聞くたび、 胸がざわつく。


木乃葉は思い切って聞いた。


「……前世の私は、 どんな人だったの?」


銀はしばらく黙った。


窓の外を見る。


風が吹き、 桜が舞った。


「優しかったよ」


懐かしそうな声。


「優しすぎるくらい」


銀は笑う。


「だから夜を好きになった」


木乃葉の心臓が止まりそうになる。


「え……」


銀は木乃葉を見た。


「驚いた?」


木乃葉は何も言えなかった。


前世の自分。


夜。


恋。


頭が真っ白になる。


その時だった。


ガラッ!!


教室の扉が勢いよく開く。


夜だった。


空気が一瞬で冷える。


夜は銀を見る。


「……何してる」


銀は肩を竦める。


「別に?」


「木乃葉に近づくな」


「それ、 命令?」


二人の間に、 ぴりっとした空気が走る。


木乃葉は慌てる。


「ちょ、ちょっと二人とも!」


だが夜は木乃葉の腕を掴んだ。


「帰るぞ」


「えっ!?」


「もう暗くなる」


強引だ。


木乃葉は引っ張られる。


銀はため息を吐く。


「ほんと独占欲強いなぁ」


夜の眉がぴくりと動く。


「……殺されたいか」


「怖」


木乃葉は完全についていけない。


結局そのまま、 夜に連れて行かれた。


夕暮れの道。


二人きり。


木乃葉はちらりと夜を見る。


相変わらず無表情。


だがどこか不機嫌そうだ。


木乃葉は恐る恐る聞く。


「……怒ってる?」


「別に」


「怒ってるじゃん」


「怒ってない」


「絶対怒ってる」


夜は黙る。


その反応が、 逆にわかりやすい。


木乃葉は少しだけ笑った。


すると夜がちらりと見る。


「何だ」


「いや…… 夜って意外とわかりやすいなって」


夜は露骨に顔をしかめた。


「どこが」


「今とか」


「……気のせいだ」


木乃葉はまた笑う。


不思議だった。


怖い存在のはずなのに。


一緒にいると、 落ち着く。


まるでずっと前から、 隣にいたみたいに。


その時。


突然、 世界が揺らいだ。


ゾワッ――。


冷たい感覚。


夜の表情が変わる。


「下がれ」


低い声。


次の瞬間。


電柱の影から、 黒い手が無数に伸びた。


『巫女』


『返せ』


『王を返せ』


木乃葉が息を呑む。


怪物たち。


影の塊。


夜が木乃葉を庇う。


狐火が弾ける。


だが数が多い。


怪物たちは笑いながら迫る。


『封印が壊れる』


『巫女を喰え』


木乃葉の足が震える。


怖い。


なのに。


その瞬間。


夜の背中を見た途端、 知らない記憶が流れ込んだ。


月夜。


桜。


黒髪の青年。


『紗月』


優しい声。


『お前は、 俺を怖がらないんだな』


木乃葉の胸が苦しくなる。


涙が溢れそうになる。


夜が怪物を焼き払いながら叫ぶ。


「木乃葉!!」


ハッと我に返る。


怪物の腕が、 目の前まで迫っていた。


その瞬間。


木乃葉の中から、 光が溢れた。


バチン!!


札のような光が舞い、 怪物たちを吹き飛ばす。


断末魔。


影が消滅する。


静寂。


木乃葉は呆然と自分の手を見る。


「……え」


夜も目を見開いていた。


木乃葉の周囲には、 淡い桜色の光が漂っている。


夜は苦しそうに呟く。


「……紗月の力」


木乃葉は震える。


「何これ……」


夜は木乃葉を見る。


その目は、 どこか切なかった。


「お前は、 思い出し始めてる」


風が吹く。


桜が舞う。


夜はそっと、 木乃葉の頬へ触れた。


「……だから言ったんだ」


低い声。


「知らないままの方が幸せだって」


木乃葉は夜を見る。


苦しそうだった。


悲しそうだった。


まるで、 また何かを失うのを怖がっているみたいに。


木乃葉の胸が痛む。


そして気づいてしまう。


自分はもう、 この人を放っておけない。

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