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白蛇の少年

翌朝。


木乃葉はほとんど眠れないまま学校へ向かっていた。


昨夜の出来事が、 頭から離れない。


あやかし横丁。


妖怪。


九条夜。


そして祖母の言葉。


――あの子に近づいちゃいけない。


木乃葉は鞄を抱え直す。


「……無理でしょ」


小さく呟く。


だって、 あんなことを知ってしまったら。


気にならないわけがない。


教室へ入ると、 すでに女子たちが騒いでいた。


「九条くん今日も顔良すぎない!?」


「ていうか肌白っ!」


「昨日誰とも話してなくない?」


木乃葉はそっと窓際を見る。


夜は一人で本を読んでいた。


相変わらず無表情。


まるで周囲に興味がない。


だが木乃葉が入ってきた瞬間、 夜の視線がこちらへ向いた。


金色にも見える、 不思議な瞳。


木乃葉の胸が跳ねる。


慌てて目を逸らした。


その時。


教室の扉が開いた。


「今日から転校してきました」


教室がまたざわつく。


入ってきたのは、 白髪の少年だった。


透き通るような銀白色の髪。


整った顔立ち。


柔らかい笑み。


まるで王子様みたいだった。


「白峰銀です。よろしく」


女子たちが一瞬で沸く。


「やばっ」 「イケメン二人目!?」


木乃葉も思わず見惚れる。


すると。


銀がまっすぐ木乃葉を見た。


そして優しく笑う。


「久しぶり」


木乃葉は固まる。


「……え?」


教室がざわつく。


「知り合い!?」 「何それ!」


木乃葉は慌てる。


「し、知らない!」


だが銀は楽しそうに笑った。


「そっか。 今はまだ覚えてないんだ」


その瞬間。


教室の空気が変わった。


ピシリ――。


冷たい音。


見ると、 夜が本を閉じていた。


無表情。


だが、 明らかに空気が冷えている。


銀はそんな夜を見ると、 笑みを深くした。


「久しぶりだね、九条」


夜は淡々と言う。


「帰れ、白蛇」


木乃葉はぽかんとする。


白蛇?


銀は肩を竦めた。


「相変わらず感じ悪いなぁ」


「お前が来ると面倒になる」


「酷いなぁ」


軽い口調。


だが二人の間には、 ピリピリした緊張が流れていた。


木乃葉だけが、 完全に置いていかれている。


昼休み。


木乃葉は中庭で頭を抱えていた。


「何なのほんと……」


すると。


「隣、いい?」


顔を上げる。


銀だった。


女子たちが遠巻きに騒いでいる。


木乃葉はぎこちなく頷いた。


銀は自然に隣へ座る。


ふわり、と。


どこか甘い香りがした。


「木乃葉ちゃん、 甘いもの好き?」


「え?」


銀は購買のメロンパンを差し出す。


「人気らしいよ」


「あ、ありがとう……」


木乃葉は受け取る。


銀はにこにこしていた。


夜と違って、 人懐っこい。


話しやすい。


だが。


「……どうして私の名前知ってるの?」


銀は少し黙った。


そして。


「ずっと前から知ってるから」


優しい声。


でも、 どこか寂しそうだった。


木乃葉は胸がざわつく。


まただ。


この感覚。


知らないはずなのに、 懐かしい。


銀は木乃葉を見つめる。


「木乃葉ちゃんは、 まだ夢を見る?」


木乃葉の心臓が跳ねた。


「……何でそれ」


「赤い着物。 燃える社。 狐」


木乃葉は立ち上がる。


「何で知ってるの!?」


銀は悲しそうに笑った。


「だって、 僕もあの時そこにいたから」


風が吹く。


白い髪が揺れる。


その瞬間。


木乃葉の脳裏に、 また映像が流れ込んだ。


白蛇。


刀。


赤い月。


そして、 誰かを守ろうとして血を流す少年。


「っ……!」


木乃葉は頭を押さえる。


銀が慌てて支えようとした。


だが。


バシッ!


銀の手が弾かれる。


見ると、 夜が立っていた。


金色の瞳が鋭く光っている。


「触るな」


低い声。


銀はため息をついた。


「過保護すぎ」


「お前に任せると碌なことにならない」


「それ、 どっちの意味?」


空気が張り詰める。


木乃葉は二人を見る。


まるで昔から知り合いみたいだった。


いや、 実際そうなのだろう。


千年前から。


その時だった。


校舎の奥から、 悲鳴が響いた。


「きゃああああ!!」


全員が振り向く。


教室の窓ガラスが、 一斉に割れた。


黒い霧。


悲鳴。


生徒たちが逃げ惑う。


そして。


窓の向こうに、 巨大な“顔”が現れた。


人間じゃない。


異形。


歪んだ口が笑う。


『巫女』


その目が、 木乃葉を捉える。


『見つけた』


木乃葉の足が竦む。


だが次の瞬間。


夜と銀が同時に動いた。


狐火。


白蛇。


青白い炎と銀色の光が、 怪物へ叩き込まれる。


轟音。


校舎が揺れる。


生徒たちは悲鳴を上げるが、 どうやら怪物は見えていないらしい。


木乃葉だけが、 はっきり見えていた。


怪物が叫ぶ。


『封印の巫女ォ!!』


夜が木乃葉を庇う。


銀が印を結ぶ。


二人の背中。


その瞬間。


木乃葉の胸が強く痛んだ。


懐かしい。


この光景を、 知っている。


昔もこうして、 二人は自分を守っていた。


涙が溢れそうになる。


なぜかわからない。


けれど。


胸が苦しかった。


夜は怪物を睨みつける。


金色の瞳が妖しく光る。


「――失せろ」


狐火が炸裂する。


怪物の身体が焼け、 断末魔が響いた。


やがて霧は消える。


静寂。


銀は息を吐いた。


「……もうここまで来てるんだ」


夜は険しい顔をする。


「封印が弱ってる」


木乃葉は震える声で聞いた。


「封印って……何なの」


夜はしばらく黙っていた。


そして低く言う。


「千年前、 お前が俺を封じた」


木乃葉の呼吸が止まる。


「そして今、 その封印が壊れ始めてる」


風が吹く。


割れた窓から、 桜が舞い込む。


夜は木乃葉を真っ直ぐ見た。


「だから妖たちは、 お前を狙ってる」

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