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あやかし横丁

「……千年前の続き?」


木乃葉は呆然と夜を見つめた。


提灯の赤い灯りが揺れている。


周囲を歩く異形たちは、 まるで二人など見えていないかのように通り過ぎていく。


狐耳の女。 顔のない男。 人形を抱いた少女。


その全てが、 現実離れしていた。


木乃葉は震える声で言う。


「何なの……ここ……」


夜は静かに答えた。


「人と妖の境界だ」


「境界……?」


「本来、人間には見えない」


夜は木乃葉を見る。


「だがお前は見える」


木乃葉は首を振る。


「そんなの、おかしいよ……!」


混乱していた。


夢みたいだった。


いや、 悪夢だ。


なのに。


夜の顔を見ると、 胸が苦しくなる。


懐かしくて、 泣きたくなる。


夜はそんな木乃葉から目を逸らした。


「帰るぞ」


「え?」


「長くいると、 向こう側へ引き込まれる」


夜は木乃葉の手首を掴む。


その瞬間。


木乃葉の脳裏に、 また映像が流れ込んだ。


夜桜。


赤い着物。


月明かり。


そして。


『紗月』


優しい声。


木乃葉は頭を押さえる。


「っ……!」


夜が眉を寄せる。


「……思い出しかけてるのか」


「何なのこれ……!」


木乃葉は叫ぶ。


「私、 あなたなんか知らないのに!」


夜の表情が揺れた。


ほんの少しだけ、 傷ついたように見えた。


だがすぐに、 いつもの無表情へ戻る。


「そうだな」


冷たい声。


「忘れたのはお前だ」


木乃葉の胸が痛んだ。


理由はわからない。


けれど、 その言葉は酷く悲しかった。


夜は木乃葉を連れ、 横丁の出口へ向かう。


その時だった。


ザワリ――と、 空気が揺れる。


周囲の妖たちが、 一斉に二人を見た。


いや。


正確には、 木乃葉を。


『巫女』


『封印の巫女』


『見つけた』


低い囁き。


木乃葉の背筋が凍る。


次の瞬間。


無数の黒い影が、 一斉に襲いかかってきた。


「っ!」


夜が木乃葉を抱き寄せる。


狐火が炸裂する。


青白い炎が、 影を焼き払った。


悲鳴。


妖たちが散っていく。


だが数が多い。


夜は舌打ちする。


「面倒だな……!」


金色の瞳が鋭く光る。


その背後に、 巨大な狐の尾が現れた。


一本。


二本。


三本――。


木乃葉は息を呑む。


妖たちが怯え始める。


『王……』


『大妖狐……!』


空気が震える。


夜は低く呟いた。


「失せろ」


その瞬間。


凄まじい妖気が放たれた。


衝撃波。


提灯が吹き飛ぶ。


妖たちは悲鳴を上げ、 闇へ逃げていく。


静寂。


木乃葉は震えながら、 夜を見上げた。


夜は人ではなかった。


恐ろしいほど綺麗で、 恐ろしいほど異質だった。


なのに。


怖いはずなのに。


木乃葉はなぜか、 その姿から目を離せなかった。


夜はゆっくり尾を消す。


「帰るぞ」


「待って!」


木乃葉は叫ぶ。


夜が振り返る。


木乃葉は唇を噛む。


怖い。


けれど。


逃げたくなかった。


「……あなた、 本当に何者なの?」


沈黙。


やがて夜は静かに言った。


「九条夜」


「それは名前でしょ!」


「それ以上でも以下でもない」


木乃葉はむっとする。


「何それ!」


夜は小さく息を吐いた。


「面倒な女だな」


その言い方が、 なぜか懐かしかった。


木乃葉は一瞬呆ける。


その隙に、 夜は木乃葉の額へ指を当てた。


「え……?」


次の瞬間。


視界が白く弾けた。


気づけば、 木乃葉は神社の鳥居の前に立っていた。


夜風が吹いている。


さっきまでの横丁は、 跡形もない。


木乃葉は呆然と辺りを見回す。


「夢……?」


だが違う。


手には、 小さな狐の鈴が握られていた。


チリン――。


鈴が鳴る。


その音と同時に、 背後から声がした。


「それ、 まだ持ってたんだ」


振り返る。


そこに夜が立っていた。


街灯の下。


制服姿。


まるで普通の高校生みたいに。


木乃葉は思わず言う。


「……あなた、 学校では普通なのに」


夜が眉を寄せる。


「どういう意味だ」


「いや、夜は狐で妖怪で怖い感じなのに、 制服着て授業受けてるのシュールだなって」


夜はしばらく黙ったあと、 小さく吹き出した。


木乃葉は目を見開く。


「え」


今、 笑った?


夜はすぐ真顔へ戻る。


「忘れろ」


「今笑ったよね!?」


「笑ってない」


「笑った!」


木乃葉が食い下がると、 夜は面倒そうに顔を逸らす。


だが耳が少し赤かった。


木乃葉は思わず笑ってしまう。


怖かったはずなのに。


不思議と、 心が軽くなっていた。


その時だった。


社務所の戸が開く。


祖母が顔を出した。


「木乃葉!」


祖母は木乃葉を見るなり、 青ざめた。


「……なんで、 狐の鈴を持ってるんだい」


空気が変わる。


祖母の視線が、 ゆっくり夜へ向く。


夜も無言で祖母を見る。


二人の間に、 重い沈黙が落ちた。


やがて祖母は低く言った。


「……九条の狐」


夜は静かに目を細める。


「久しぶりだな、宮司」


木乃葉は目を丸くした。


「え、知り合い!?」


祖母は苦しそうに木乃葉を見る。


そして、 震える声で言った。


「木乃葉。 あの子に近づいちゃいけない」


夜の瞳が揺れる。


祖母は続ける。


「その狐は、 お前を不幸にする」


木乃葉の胸がざわつく。


だが夜は、 何も言い返さなかった。


ただ静かに、 どこか諦めたように笑った。


「……そうだな」


その笑顔が、 あまりにも寂しくて。


木乃葉はなぜか、 胸が締めつけられた。

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