第2章: 雪の約束
第2話 – 4ページ目:雪の夜、川辺
午後7時07分。
雪は、まだ降り続いていた。
カフェの窓を叩くのではなく、今度は隅田川の黒い水面に静かに溶け込んでいた。
ミヤとイロは、石の階段に並んで座っていた。
イロがあの晩、独りで座っていた――
ミヤの影を思い浮かべていた、あの場所に。
遠くの街明かりが、積もる雪の上でぼやけ、消えていく。
夜の東京は、
まるで静かな海のようだった。
灯りがひとつまたひとつと、闇に沈むように。
ミヤは、両手をコートのポケットに突っ込んだ。
濃い藍色のマフラーは、まだ彼女の首を包んでいる。
イロの香りが、布地にひっそりと残っていた。
「東京…暗いね。」
イロは地平線を見つめていた。
雪の霞に消えていく、ビルの明かりを。
「うん。冬は特に。」
しばらくの沈黙が、ふたりの間に降りた。
それからイロは、静かに――
ほとんど独り言のように――
言った。
「でも…こんな暗い街でも、君の目は光ってる。」
ミヤは振り返り、彼を見た。
かすかな灯りが、イロの顔の半分を照らし出し、
残りの半分は闇に沈んでいた。
「…なに、それ。」
声は、少しだけ震えていた。
寒さのせいでは、なかった。
イロは微笑んだ。あの、いつもの穏やかな微笑みで。
「前から思ってた。ただ、言ってなかっただけ。」
ミヤは、彼から視線を外した。
水面を見つめる。
川の黒い面に雪が降り積もり…
そして、音もなく消えていった。
「私の目なんて…光ってないよ。」
イロは、しばらく彼女を見つめていた。
「自分じゃわからないよ。そういうのは。」
ミヤは、何も言わなかった。
ただ、マフラーを少し、きつく巻き直した。
風が吹いた。
イロの肩に、雪が舞い降りる。
ミヤは手をポケットから引き出し、
そして――無意識に――雪を彼のコートから払った。
「寒くないの?」
「平気。」
ミヤは、短く息を吐いた。
「またそれ…」
イロは笑った。短く、静かに。
「あんたも同じこと言うじゃん。」
ミヤは、微笑んだ。
「…そうかもね。」
雪は、まだ降り続いていた。
街は闇に飲み込まれていた――
しかし、川のほとり、
あの冷たい石の階段の上に、
ふたりは座っていた。
恋人ではない。
ただの友達でもない。
その間の、何か。
まだ名前のついていない何か――
しかし、その雪の夜には、
どんな場所よりも温かかった。




