第2章: 雪の約束
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午前8時14分。
雪は、弱まっていた。
さっきよりもずっと軽く、空がゆっくりと自分を空にしているだけのように。
ミヤとイロは、並んで歩いていた。
あいだにはまだ距離があったけれど、朝一番のあの距離ではなかった。
ミヤはマフラーに手をやった。
無意識にそれを触っている。まだそこにあるか、確かめるように。
その香りは、まだ残っていた。温かく、素朴で。コーヒーのような。
イロは、彼女の方を見ないまま言った。
「今日は、なんだか重そうだな。」
ミヤは、少し間を置いた。
息を吐いた。
「たまに、こうなるの…人がいても、ちょっと離れてたくなる。」
イロはうなずいた。
「わかる。」
そして、シンプルに、まっすぐに言い添えた。
「でも、わかっててほしい。俺はここにいる。君が何も言わなくてもな。」
ミヤは、うつむいた。
まつげに、雪がひと粒、のっていた。
静かに言った。
「イロ…ありがとう。」
言葉は完璧じゃなかった。感情も、そうだった。
でも、本物だった。
数歩歩いて、イロは速度を落とした。
「ちょっと、座らないか?」
ミヤは、顔を上げる。
「…うん。」
ベンチに腰を下ろした。
雪が木の上に積もっている。でも、誰も払おうとはしなかった。
ミヤは空を見上げた。
白かった。果てしなく。
「雪って…音を消すんだね。」
イロは、両手をポケットに入れたまま言った。
「ああ。なんでもかんでも、静かにする。」
ミヤは、ほんの少し笑った。
「人間も、そうなれたらいいのに。」
イロは、彼女を見つめた。
「君は、そうだよ。今までも、そうだった。ただ、気づいてなかっただけだ。」
ミヤは、彼の方に向き直った。
この時は、何の言い訳もしなかった。
ただ、聞いていた。
風が、少し強くなった。
マフラーの上に、雪が降り積もる。
ミヤは手を伸ばして、そっとそれを払った。
「このマフラー、返すね。」
イロはすぐに言った。
「いいよ。」
ミヤは、間を置いた。
それから、ごく自然に言った。
「じゃあ、しばらく貸しとく。」
イロは、微笑んだ。
「前も、そうしたよな。」
また、静けさが戻ってきた。
でも、その沈黙は、重くはなかった。
ただ、そこにあった。




