「落ち葉の約束」
第4話 – 5ページ目:誰もが敬意を込めて呼ぶ名前
夜 – ホテルの大広間
大きなシャンデリアの光が、大理石の床の上できらめいていた。
クラシック音楽の穏やかな調べが、客たちの囁きと混ざり合っている。
給仕たちが、正装で客人の間を縫い、トレイに載せたグラスを運んでいた。
ミヤは母の隣に立っていたが、心は別の場所にあった。
こんな集まりは、どうしても好きになれなかった。
皆が笑っているけれど、誰も本当の気持ちを見せていない――そんな場所に立っているような気がしていた。
彼女の視線が、何気なく会場をさまよっていたとき、ふと、部屋の片隅から声が聞こえてきた。
数人の人々が、敬意を持って道を譲る。
一人の男性が、静かに言った。
「白鷺グループの副社長がお見えになりました。」
誰もが、無意識に入り口の方へと顔を向けた。
ミヤも、振り返った。
しかし、群衆はあまりに多く、彼女に視えたのは、警備員や幹部たちに囲まれて通り過ぎる、黒いスーツの男性の姿だけだった。
その顔は、はっきりとは見えなかった。
一人の女性が、興奮した様子で言った。
「まだ若いのに、本当にすごい人らしいわ。」
隣の男性が答える。
「社長より表に出ない人だから、顔を見たことがない人も多いですよ。」
ミヤは、無意識に耳を傾けていた。
副社長…?
数週間前、川辺で聞いた、あの言葉が頭をよぎる――
彼女の心臓が、静かに鼓動を打った。
母親が、そっと言った。
「ミヤ、こっちへ。」
ミヤは入口から視線を外し、母の後について行った。
しかし、彼女の心は、まだその言葉に囚われていた。
「副社長…」
どこかで聞いたような気がする。しかし、はっきりと思い出すことはできなかった。
数分後、もう一度入口の方を見たとき、あの男性はもうそこにはいなかった。
ただ、群衆だけがいた。
囁き声だけがあった。
そして、ますます膨らんでいく問いだけがあった。
ミヤは、そっと自分に言い聞かせた。
「何かが始まろうとしてる…」
冷たい秋の風が、半開きの窓から吹き込み、白いカーテンをそっと揺らした。
そして、ミヤがまだ気づいていなかったのは――
あの小さなカフェの世界と、この豪華な広間の世界との距離が、
彼女が思っていたよりも、はるかに近かったということだった。
続く…




