第2章: 雪の約束
第2話 – 11ページ目:本屋での偶然
午前10時47分 – 翌日。
昨夜からの雪がまだ残っている。
通りはまだ白く、朝の光がその上を滑るように輝いていた。
ミヤが書店に入る。
入り口の小さなベルが鳴り、再び静けさが戻った。
中は暖かかった。紙と木の香り。
彼女は棚の間をゆっくりと歩いた。
特に急いではいなかった。
彼女の足は、無意識のうちに一つの場所へと向かっていた――
詩集のコーナーへ。
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午前10時52分
ひっそりとした片隅。
窓から差し込む光が、本の表紙に柔らかく落ちている。
ミヤは棚の間を静かに歩き、指を何冊かの背表紙にそっと這わせた。しかし、どれも手に取ることはなかった。
そして、立ち止まった。
誰かがいた。
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イロが、「現代詩人」の棚のそばに、床に座って本を開いていた。
グレーのコート。
そして、マフラーはしていなかった。
ミヤは、そっと息を吸った。
数歩、近づく。
「…また会ったね。」
イロが顔を上げる。
彼の目が、一瞬、止まった。
「…ミヤ。」
彼は微笑んだ。
驚きからではなく、むしろ認めるように。
本を閉じ、立ち上がった。
「何してる。」
「なんとなく。」
間。
「歩いてたら、入っちゃった。」
イロは、ちらりと棚を見た。
「詩、読む?」
ミヤは、少しだけ間を置いた。
「…たまに。」
「まだ、よくわかんないけど。」
イロは何も言わなかった。
ただ、手を棚に伸ばした。
何冊かをめくり、一冊を引き抜いた。
何の説明もなく、ミヤに差し出した。
「これ。」
ミヤは、表紙を見た。
「夜景座生まれ / 最果タヒ」
彼女の目は、「夜景」という文字に留まった。
静かに繰り返す。
「夜景…」
本を開いた。
数行を読んだ。静かに。
もう一度読んだ。
そして、閉じた。
「…いいね。」
イロは、少しだけ肩をすくめた。
「言葉がいい。」
間。
「夜景ってさ。」
彼の視線が、一瞬ミヤに向いた。
「暗い中に光がある感じ。」
とても短く、付け加えた。
「あんたみたいだ。」
ミヤは、何も言わなかった。
ただ、彼から視線を外した。
本を、少しだけ強く握りしめた。
「これ…買う。」
イロが手を差し出した。
「貸して。」
ミヤはためらったが、本を渡した。
イロはレジへ向かった。
何の説明もしない。
ただ支払った。
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書店の外
空気は、より冷たかった。
雪はまだ降り続いている。
イロは紙袋をミヤに差し出した。
「はい。」
短い間。
「プレゼント。」
ミヤは袋を受け取った。
その上に、しばらく視線を落としていた。
「…イロ。」
「ん。」
「ありがとう。」
イロは手をポケットに入れた。
「読んだら教えて。」
「どうだったか。」
ミヤはうなずいた。
「うん。」
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数歩、離れた。
そして、立ち止まった。
振り返る。
イロは、まだそこに立っていた。
ミヤは手を上げた。
振った。
イロも手を上げた。
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雪が、静かに二人の肩の上に降り積もる。
そして、ミヤの手の中には――
「夜景」という言葉を宿した、一冊の本があった。




